第26話 あの日の約束
「ゔぇ?」
自分でも信じられないくらい変な声が出た。
でぃ、ディア•シーって、そんなにヤバい人なのか? それは、確かに世界最大の危険人物と言っても過言ではないが……。
『ちなみに、私の言っている事は全て本当。私は嘘を吐いた事がないと言ったはず』
「いや、それに関しては別に信じてないけどさ……」
『……蒼は、記憶喪失。だから、私の話を信じられない。蒼の記憶喪失は、ディア・シーに追いかけ回された恐怖によるショック症状だというのに』
「そ、そうなのか?」
『うん。さっきも言ったけど、ディア・シーの目的は蒼を死体にしていかがわしい行為をする事だから。その証拠に、蒼はあの親子に助けられた時、酷い怪我を負っていた』
「た、確かに……」
『私は、あの女から必死に蒼を守った……でも、ごめんなさい。何とかここまでは逃げては来られたけど、私は貴方を守りきれなかった。だからこそ、本当はもっと上の海層に逃げて、蒼には平穏に暮らして欲しかった』
「サズ子……ごめん。お前はずっと、僕のために戦ってくれてたんだな……それなのに、僕はそうとも知らずに、お前に酷い事を……」
『気にしないで。私と蒼の絆は、そんな事で揺らぐものではない。それより、正直私は蒼に
「……一つ、気になった事がある。もしかして、アリスさんが……死んでいるのに、動いているのって……」
『あの女の力。あの女は死体を操る能力を持つ。あの女はネクロフィリアだから、自分の周りに死体を集める趣味がある』
「……という事は、アリスさんもディア・シーに狙われているんじゃないか?」
『可能性は高い。あの金髪の女は、何らかの力でディア•シーの拘束を受けていないようだけど、それもいつまで持つかは疑わしい』
「それでも、アリスさんはディア・シーに立ち向かおうとしているのか……サズ子」
『いいよ』
「……早いな」
『さっきも言ったけど、今回の件は全て蒼の判断に任す。それにあの金髪の女と協力すれば、もしかしたら、ディア・シーを殺す事が出来るかも知れないから』
「……分かった。ありがとう、サズ子。お前の力を、僕に貸してくれ」
すると、僕の中でサズ子が嬉しそうな
『任せて』
****************
僕はアリスさんの執務室を出ると、アリスさんとの集合場所に行く前にとある場所に向かう。
「失礼しまーす……」
部屋に入ると、そこにはいくつものベッドが等間隔で並んでおり、その中の一つにヴァンはいた。
「おーっす、蒼」
「ヴァン。元気そうで良かった」
医務室のベッドに横たわっていたヴァンは、僕を見つけるとそう呑気そうに声をかけてくる。
僕が安堵のため息を吐きながら、ヴァンの元へ近づこうとすると……ベッドの隣に座っていたクオンと目が合ってしまう。
……き、気まずい。
「く、クオン……」
「……私は行くわ」
「あっ、おい! 待てよ、クオン!」
しかし、クオンはプイッと僕から目を逸らすと、ヴァンの制止も聞かずさっさと医務室から出て行ってしまった。
「……完全に嫌われちゃったな」
「まあ、クオンは最初からあんな感じだったろ。あんま気にすんなよ、蒼」
「そ、そうかな?」
「おう。今はちょっと視線が合わなくなって、口数が減って、言葉に棘が出てるだけだ」
「それ、確実にちょっとの許容範囲からオーバーしてますね」
果たして、その状態から関係を修復出来る未来はあるのだろうか。サズ子の性格がまともになるくらい難しそうだ。
『何故、今さりげなくディスられたのだろうか』
「それより、蒼が無事で良かったぜ」
「まあね。ヴァン、最終試験の結果は聞いた?」
「聞いたぜ! 最終試験まで行った奴は全員合格なんだろ? やったな、蒼!」
「ああ、これでお互い海軍だな」
「……でも、良いのか? 蒼は上の海層に行かなくちゃいけないんだろ?」
「大丈夫。ひとまず、上の海層に行く必要は無くなったんだ」
「それって……記憶が戻ったのか⁉︎」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、上の海層に行きたい理由を思い出したんだ」
「……その理由って、何なんだよ?」
「理由……それはな」
ゴクリッと、ヴァンの僕がから生唾を飲み込む音が聞こえる。
僕はたっぷりと間を取ると、重々しく口を開いた。
「実は、第三海層にある夏季限定海鮮プリンを食べに行きたかったんだ」
「……は?」
「そのプリンは、全海層を見渡してもそこにしか売ってない激レアプリンでな。海鮮のえぐみとプリンの感触がマッチした、一度食べたら病みつきになるほど美味しいプリンなんだ」
「それ一番ダメな要素を掛け合わせてないか? 全く美味そうじゃ無いんだが」
「いや、逆に上手い」
「なんの逆だよ」
「……とにかく、僕はしばらく上の海層に行かなくて良くなったんだ。これは本当だ」
「なあ、これは本当って事はプリンの流れは嘘なんだろ? お前どんだけペラペラの嘘で、この場を乗り切ろうとしてんだ。俺のことをチョロいと思い過ぎだろ」
「だまれ」
「図星を突かれたからって、逆ギレしてんじゃねえ」
ヴァンは、呆れながら首を振る。
……あれ、おかしいな。ヴァンだったらこのくらいの嘘ですぐ騙せると思ってたのに。
「……蒼、ごめん。そういえば、俺もお前に言わなくちゃいけない事があるんだった」
「え?」
「実は、俺とクオンは付き合う事になった」
「え、ええええええええええええええええええええっ⁉︎」
「嘘だ」
「いや、嘘かい⁉︎」
「……はぁ、言っておくが、こんな風にお前は俺より騙されやすい。それに、お前は素直で嘘をつけなくて、困っている人を見捨てられないどうしよもないお人好しだ」
「そ、そんな事はないぞ?」
「いんや、お前はそんな奴だよ。だからこそ、俺はお前を信用してる。お前が大丈夫だって言うなら、俺はその言葉を信じるさ。……でもな、俺は優しすぎるお前が心配なんだよ。他人の為になら、平気で自分じゃ絶対に勝てない相手に突っ込んで行くくせに、簡単に悪い奴に騙されてしまいそうなお前がな」
「……あれ、これもしかして馬鹿にされてる?」
「否定はしない」
「否定はしないんだ⁉︎」
まさか、ヴァンにそんな事を言われる日が来るとは思わなくて愕然とする。
僕って、そんなに騙されやすそうに見えるのか?
「蒼、お前が海軍に残るのは……本当に、お前の意思か?」
「……ああ」
「……分かった。お前を信じるよ、親友」
ヴァンはしばらくジッと僕の目を見つめた後、くしゃっと顔を崩して笑う。
しかし、その瞳から不安そうな光は消えない。
「……ヴァン。これだけは、知っておいてくれ。僕は……どんな事があっても、ヴァンの友達だ。友達だと思っている」
「当たり前だ」
「ありがとう……でも、僕は記憶喪失だ。もしも、記憶を取り戻した時の僕が……悪人だった時は、ヴァンが僕を止めてくれ」
「……分かった」
「こんな事を頼んで、本当にごめん……無責任だよな」
「気にすんな。その代わり、記憶を取り戻した時、もし周りの誰にも頼れなくなったら、俺を頼れ」
「ヴァン……」
「俺とお前は、どんな事があっても友達なんだろ? だったら、遠慮なんかするんじゃねえよ」
「……うん」
僕はそう言うと、静かに病室を後にする。
ヴァンの様子を見に来たつもりだったのに、逆に気を使わせてしまった。ヴァンには、本当に敵わないな。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
僕がそのまま医務室を出ると、入り口の横では意外な人物が僕を待っていた。
「クオン?」
「アンタ、これから何処に行く気?」
「え?」
「……まさか、ブラックハーツが来たの?」
「ブラックハーツ?」
『ディア・シーがいる海賊団の名前』
聞き慣れない単語に首を捻っていると、サズ子がそう教えてくれた。
「ああ、なるほど……」
「……また、ひとりごと?」
「あっ、い、いや、これは」
「悪器と喋ってるんでしょ。もう気が付いてるわよ」
「え、じゃあ、クオンも鑑識魔法で心を読めるのか?」
「んなわけないでしょうがっ! アンタ、私のことが王族にでも見えるわけ⁉︎」
「ご、ごめん」
あれ、おかしいな……? アリスさんは普通に出来ていたのだが、もしかして、アリスさんって王族だったりするのだろうか?
「……はぁ。それで、どうなのよ」
「……だったら、どうす——」
「私も行くわ」
「食い気味⁉︎」
「ああ、その反応で大体分かったわ。ブラックハーツが来るのね」
「ま、まだ、分からないだろ」
「分かるわよ。むしろ、私はアンタほど分かりやすい人間を見たことがないわ」
クオンは呆れたように、溜息を吐く。
ヤバい。ただでさえ、ヴァンに騙されやすいと言われたばかりなのに、そこに更に分かりやすいまで追加されると、生きていく上で割と致命的なハンデを背負っている気分になる。
「まあ、例えそうじゃなくても、何か相当な大事件があった事くらいは分かるわよ。最終試験を中止してまで、海軍総出で対応しなきゃいけない案件なんてブラックハーツ関係くらいだもの」
「……それを知って、クオンはどうするんだよ」
「だから、ついて行くって言ってるじゃない。私が一体、何の為に海軍に入ったと思ってるの?」
「でも、少なくとも、ブラックハーツと戦うためではないだろ?」
「……ブラックハーツと戦うためよ」
「え?」
つまり、クオンはブラックハーツ海賊団が来るのを分かっていて、海軍試験を受けに来たのか? そんな馬鹿な。
僕はまた騙されているのかと思って、慎重にクオンの表情を伺う。
しかし、クオンはただ不快そうに顔を歪めるだけだった。
「何よ」
「……いや、綺麗な顔だなって」
「は?」
「嘘だ」
「アンタ、ぶっ殺されたいの⁉︎」
しまった。特に嘘を吐いている様子もなかったので、適当に誤魔化すためにヴァンの真似をしたら、クオンが物凄い顔をして僕を睨み始めてしまった。
「か、勘違いだ!」
「こんな正面衝突事故を起こされて、勘違いなわけないでしょ⁉︎ アンタ、今度は寸止めじゃすまないわよ」
「ほ、本当は、サラサラの灰色の髪が綺麗な美少女だと思ってます」
「黙りなさい」
クオンは僕と戦った時と同じように魔法で壁から剣を作ると、一瞬で僕の首元に突き付ける。
「とにかく、こっちにだって事情があんのよ。ごちゃごちゃ言わず、さっさと集合場所に案内しろ」
「ぼ、僕が行くとは限らないだろ」
「目線ブレブレで、声も震えてる。アンタ、嘘つけないんだから無駄な抵抗はやめときなさいよ」
「……やっぱり、そうなのか?」
「自覚無しとは、いよいよ救いようがないわね。それに、私と戦った時は全力を出してなかったみたいだけど、少なくともアリス元帥と戦っている時のアンタにだって私は勝てるわ。あんまり、私のことを舐めないで」
クオンは髪と同じ、美しい灰色の瞳で僕をきつく睨む。
今更こんな事を言うのも何だが、クオンは本当にちゃんと美少女だと思う。
だからこそ、怒っている時の顔が怖いのだが……。
「わ、分かった。連れて行くよ」
「ふんっ。最初からそうしなさい」
クオンは怒りをぶつけるかのように、剣を作った時に凹んでしまった壁に剣を突き刺して【創造】と呟く。
すると、剣は溶けるように壁と同化して、壁の凹みと共に綺麗に消えて無くなってしまった。
「さっきも思ったけど、便利な魔法だな」
「ええ。この魔法があれば、いつでもアンタの背中を斬りつけられるわ」
「何でそんな限定的な使い方なんですかね⁉︎」
「自分の胸に聞きなさい」
クオンは、そのままツーンッと顔を背けてしまう。
うーん……それにしても、困ったな。
勝手にクオンがついて行く事を了承してしまったが、果たしてアリスさんは許可してくれるだろうか?
仮にアリスさんにしぶられたとしたら、クオンは僕を巻き込んでその場で暴れかねない危うさがあるぞ。
僕は内心頭を抱えながら、ヤケクソな気持ちで海軍基地の門に向かうのだった。
****************
「構わんぞ」
「え、良いんですか?」
「ああ、むしろ声を掛けようか迷っていたほどだ。連れて来てくれたのは、とてもありがたい」
アリスさんはそう言うと、クオンの方を向く。
「改めて、アリス・オーシャンだ。今回の作戦に志願してくれて深く感謝する」
「とんでもありません。アリス元帥、貴女のようなお方に会えて光栄であります」
「まあ、そう固くなるな。ところで、君の配置は後方で良いか?」
「いえ、出来れば最前線に置いて頂きたく存じます……コイツと一緒に」
「え、僕もか?」
「勿論、蒼は最初からそのつもりだったが……良いのか?」
「あれ、そうなんですか?」
「はい。非才の身ではありますが、ご期待にそえるよう、精一杯努力致します」
「分かった。君の献身に最大限の感謝を」
クオンが敬礼しながらそう答えると、アリスさんも敬礼で返す。
めちゃくちゃ無視されたが、まあ、それはいい。
それより何だろう、クオンの返答が凄く軍人っぽいな。いくら知り合いといえども、僕もアリスさんと話す時は同じことをした方がいいのだろうか?
「さて、それでは行くか。蒼とクオンは、私と一緒に来い」
そう言って、アリさんはズラッと海兵達が並んでいる横を悠々と歩いて行く。
……僕はどちらかと言うと、並んでいる海兵さん達の後ろに並ぶくらいの気持ちだったんだけど、僕の勘違いでなければ最前線に連れて行かれるみたいな話をされたような気がする。
「……って言うか、クオン」
「何よ」
「もしかして、アリスさんって相当偉いのか?」
僕がずっと気になっていた事を聞くと、クオンが信じられない馬鹿を見るような目で僕を見つめてきた。
「アンタ、それ本気で言ってんの? だとしたら、海軍試験に筆記試験が無かった事を天に感謝するのね」
「そ、そんなにか?」
「……例えば、アンタ自分が住んでいる国のトップって誰か知ってる?」
「国のトップって、王様の事か?」
「そうね。そして、アンタは今王様って偉いのって私に聞いて来ているようなもんよ」
「じゃ、じゃあ、アリスさんって、海軍のトップなのか⁉」
「正確には、第二海層のだけどね。海軍基地が存在する第二~十一海層の海軍基地、そのトップが元帥よ。そして、全部で九人いる元帥の指名と除名の権限を持っているのが、大元帥。でも、大元帥は光海教会の教皇様の事だから、海軍基地の実質的トップは元帥で問題ないわ」
「マジか……」
「しかも、アリス元帥は第二海層、つまり海軍基地本部のトップだから……簡単に言っちゃえば、アンタの言った通り海軍のトップって認識で問題ないわね」
「……ど、どうしよう、クオン。僕、クオンみたいなちゃんとした喋り方なんて知らないぞ」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。むしろ、何でアンタ程度がアリス元帥にあそこまで信頼されているのかが謎だわ」
クオンが訝しげな視線で、僕を見て来る。
う、うーん、それを説明するのは色々な事情があるのだが……だからと言って、僕にとってもそこまでの立場の人に、あんなフレンドリーに接して貰えていたという事実の方が衝撃的だ。
僕が前を歩くアリスさんを見ると、いつの間にか僕達は港に停泊していた馬鹿でかい軍艦の前まで来ていた。
「さあ、乗れ。蒼」
「りょ、了解しました!」
「うん? ……ふふっ。何だ、蒼。折角、面白かったのに、とうとう私の立場に気が付いてしまったのか」
「は、はい、クオンに聞きました! 今まで失礼な口を聞いていてすみません!」
「気にするな……と、言いたいところだが、私以外の上司に向かってその口調は少し不味いだろうからな。この戦いが終わったら、ゆっくり学べばいいさ」
「は、はい」
「……ふむ」
アリスさんはガチガチに緊張した僕を見ると、僕のすぐ横まで来て耳元でそっと囁く。
「緊張している君も可愛いが、私の前だけでは今までのままで構わん。君と私は、上司と部下である前に友人ではないか」
「あ、アリスさん?」
「皆の手前、先程は言うことが出来なかったが……私は君が来てくれて、とても嬉しかったのだぞ? 君はちゃんと、私との約束を覚えていてくれた」
約束?
僕は一瞬、何の事か分からず首を傾げてしまう。
「何だ、覚えてないのか。君と出会った日、最後に君は言ってくれただろ? 私が困っていたら、友人として全力で助けに来てくれると」
「……あっ」
「ふふっ。君は、悪い男だな。私はあの言葉、結構刺さったんだぞ?」
アリスさんはそう言うと、あの日と同じように永遠に飾って置きたいくらいの美しいウインクを残して船に乗り込んでいく。
僕は顔中に熱が帯びるのは自覚しながら、その後ろ姿をジッと見つめていた。
「不潔……」
『蒼の浮気者。私以外にも女を作る事は許さない』
「いや、まずお前は女にカウントしてないわ」
「何ですって⁉」『とても不本意』
サズ子に言ったつもりだったのに、近くにいたクオンにまで誤爆してしまった。
僕は外からも内からも騒がしい声せいで、折角の余韻が消えていくのを感じる。
……はぁ、台無しだ。
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