第25話 簒奪者の正体?
「やはり、この世界の人間は嫌い」
サズ子は目に大粒の涙を浮かべると、僕の右腕にある傷跡に手を当てる。
その瞬間、サズ子の身体は槍と共に光となって僕の身体に吸い込まれてしまった。
「あ、おい⁉」
『私のことは、暫く放って置いて欲しい』
その声と共に、サズ子からは激しい悲しみの感情と微かに泣いているような呻き声が伝わってくる。
……え? コイツもしかして、マジ泣きしてるのか?
まあ、仮にもし、本当にコイツが数多の国を相手にたった一人で元所有者を守ったのだとしたら……結果はどうあれ、この結末は流石にショックだったのかも知れない。
僕は咄嗟に出掛けた罵詈雑言を飲み込み、身体に異物が入り込んで来るかのような生理的不快感をグッと我慢する。
いつもなら、そんな布団感覚で人の身体に入って来るんじゃねえ。お前ぶっ飛ばすぞ。と怒鳴り散らすところだがしょうがない。
今は本人の希望通り、そっとして置くことにしよう。
……しかし、腕の中に人間と槍一本収納出来るとか、僕の身体は一体どうなってしまったのだろうか?
そろそろ、自分が本当に人間なのか不安になってきた。
「やれやれ……こうやってみると、災厄の悪器もただの少女にしか見えんな」
「……悪器って、一体何なんですか?」
「さてな。悪器は魔法の書と同様に、異世界からこの世界に流れ着いた【
「そうですか……」
「ただ、私の天叢雲と違い、その悪器は極めて人間に近い。本来、人間に近い悪器は危険だと言われているが、真にその悪器が君のことを想っているのなら、自分のルーツを教えてくれるかもな」
「コイツは、自分の事を神だとしか言いませんよ」
「なら、ひとまずはその言葉を信じてみればいいさ。どの道、君はその悪器の所有者に選ばれてしまった以上、その子の事を受け入れるしかない」
「酷い詐欺に会った気分ですね」
『ねえ、ついさっきまで私に優しくしてくれそうな雰囲気だったのに、いくら何でも切り替えが早すぎない?』
「おっ、もう立ち直ったのか」
『蒼のあまりの手のひら返しの速度に、落ち込んでた気分が吹き飛ばされた』
「なら、良かった」
『全然良くない』
その時、部屋のドアが慌ただしくノックされた。
「入れ」
「し、失礼します!」
扉が開くと、顔を歪めた海兵が急いで部屋に飛び込んで来る。
まるで、何かから逃げてきたみたいだ。
「どうした」
「た、只今、黒海に反応がありました! 第一海層から【簒奪者】が渡って来ます!」
「なに? 予定より随分と早いな」
「恐らく、星読みで警備が手薄の時を狙われたのかと……い、いかがいたしましょう?」
「……本当に下から上がってくる奴が【簒奪者】なら、私が出るしかないだろう」
アリスさんは、そう言って立ち上がるが……ふと、僕の事を見つめると難しそうな顔で考え込む。
「悪器、君に聞きたい。私達に協力する気はあるのか?」
『蒼に任せる』
「ほう……。それは、多少は私の力を認めたという事か?」
『まあ、正直あまり期待はしていない。ただ、あの女を追い詰める可能性は感じた。もしも、あの女を殺せそうなら協力しても良い』
「それで十分だ。ありがとう」
『……別に、これに関してはどっちでも良いと判断しただけ。蒼が行きたいならついて行くし、蒼が危なくなったら逃げる』
「お、おい、サズ子。何の話をしてるんだよ」
「蒼。時間がないから、私から簡潔に説明する」
「アリスさん……?」
「今から一か月前、【簒奪者】と呼ばれる世界最大の危険人物が第一海層に侵入するのが確認された。本来なら、それはあり得ない事だ。第一海層は、各海層で捕まった罪人や海賊を海層流しにする時に送られる監獄のような場所だからな」
「え? それって、つまり、その世界最大の危険人物が、自分から監獄の中に入って行ったって事ですか?」
「状況だけ見ればそうだ。しかし、現実的に考えてそんな馬鹿な事が起こるはずがない。恐らく、奴の目的は第一海層にいる凶悪な海賊達を自分の仲間にする事だろう」
「で、でも、監獄っていうくらいですから、簡単には抜け出せないんじゃ……?」
「……第一海層が監獄と言われているのは、第一海層から出てこようと這い上がって来た者を沈める看守役がいるからだ」
「もしかして、それが……」
「そう。我ら、全海層の秩序を守る海の軍隊、海軍の役目だ。私達は、今から【簒奪者】を迎え撃つ。今回の海兵募集の目的は、【簒奪者】を迎え撃つための即戦力を集める為のものだった」
「……だった?」
「……ああ、本当なら、【簒奪者】が現れるまでにもう少し時間があるはずだった。しかし、奴は【星読み】……つまり、未来予知によって海軍が一番手薄な今日この瞬間に現れようとしている。流石に、今日海軍に入ることが決まった者に命を懸けて戦えと強要する事は出来ない」
アリスさんは、そこで試すように僕の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「蒼、私は言ったな。例え海軍試験に合格したとしても、その先には地獄が待ち受けていると。これが、その地獄だ。生きて帰れる保証など何処にもない。命を懸けて戦ったとしても、得られるのは少しの報酬と見ての通り更なる仕事の山だ」
部屋を埋め尽くすほどの書類の山を見て、アリスさんは自虐的に笑う。
「君は事実上の合格者だが、まだ海軍に入った訳では無い。だからこそ、君には選ぶ権利がある。このまま一般市民としてここから避難し、君の目的である上の海層を目指すのか。それとも、このまま海軍としてここに残り、これから現れる巨悪と戦うのか」
「……」
「基地の中にいる海兵を招集するまでに、三十分ほどの時間がある。それまでにどうするか、自分で決めたまえ」
アリスさんはそう言うと、部屋に飾ってあった真っ白の豪奢な軍服を羽織る。
「私は、海軍基地の門の前にいる」
その言葉を残し、扉は閉められた。
「……サズ子」
『なに』
「お前は、【簒奪者】を知っているのか?」
『うん』
「……それは、もしかして、お前がずっとあの女って言っていた人と同一人物なのか?」
『そう。この世で最も性格と口と趣味と意地が悪い女』
「…………僕は記憶を失う前、その人と会った事があるのか?」
『……ある』
「……そうか」
……はぁ、僕は本当に何者なのだろう?
記憶は無いわ。悪器は持っているわ。世界最大の危険人物と知り合いだわ。
ロクな情報が出て来ない。
あまり想像したくはないが、記憶を失う前は悪人だった可能性だってあるくらいだ。
「……でも、何でお前はその人をそんなに目の敵にするんだよ」
『蒼に危害を加える人間だから。私は、蒼が記憶を失う前からずっと蒼を守って来ていた』
「……僕の記憶喪失も、その人が原因なのか?」
『そう。でも、安心して。私は例えあの女が相手でも、蒼のことを守るよ。だから、蒼は蒼のやりたい事をして』
「……何か、今回はやけに協力的じゃないか?」
『あの金髪の女が一緒の戦場にいれば、少なくとも蒼を連れて逃げる事は出来る。それに最近蒼の私への好感度の低下が酷いから。たまには、飴をあげるべきだと判断した』
「僕は子供かよ……ったく」
『可愛らしさで言えば、似たようなもの』
「全然嬉しくねえ……なあ、サズ子。お前は、何でそこまで僕の事を守ろうとするんだ?」
『え? そんなの、私が蒼のことを好きだからに決まってる』
「即答かよ……」
僕は考える。本当に、コイツの事を信用しても良いのか?
しかし、試しに今までの事を思い返してみるが……うーん、見事なまでに全く信用出来ないな。
だが、コイツは僕の言うことを聞かないし、自己中だし、何を考えているか全く分からない……が、行動は一貫して僕の事を守ろうとしている気がしなくもない。
上の海層に行けと言っていたのは、【簒奪者】とやらが下の海層から来ることが分かっていたからだし、身体を勝手に動かされていた時も、別に僕自信に危害を加えられた訳じゃない。
それに……ヴァンが撃たれそうになった時、僕はコイツの力のおかげでヴァンを助けることが出来た。
認めたくはないが、結果だけ見れば僕はコイツに感謝するべきなのだろう。
アリスさん曰く、神話になるほどコイツの力は凄いらしいし、アリスさんと協力すれば【簒奪者】とやらを倒す事も出来るかも知れない。
「……最後に教えてくれ」
『なに?』
「【簒奪者】って、何者なんだ? 僕と一体どういう関係があるんだ?」
『あの女……【簒奪者】は、全ての海賊達の頂点である、【海賊王】。そしてその名は、ディア・シー』
ドックン——ッ!
その名を聞いた瞬間、心臓が跳ね、何かを思い出せそうなもどかしい感覚が僕を襲う。
間違いない。僕は、その名を知っている。
ディア・シー……それは、確か——っ。
『蒼のストーカーであり、ショタコンであり、ネクロフィリアという三拍子揃った超絶変態女。その目的は、蒼を死体にして口には出せないほどのいかがわしい行為に及ぶこと』
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………どうしよう。戦いに行きたくなくなってきた。
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