第21話 決着


 ガキンッ!


『だから、違う! ここはもっと、こうしてこう!』


 スカッ!


『ああ、もう! また狙いがズレた! 攻撃来るよ!』


 ガキッ! ジャリジャリ——ッ!


『この瞬間に、身体を回転させてあれをあれしてからの連結技でこう!』


 スカッ! スカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカススカスカスカスカスカスカスカスカカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカススカスカスカスカスカスカスカスカカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカッ!


『ちょっと、いい加減にしてくれる⁉︎ これだけ攻撃して掠りもしないって、どんだけセンスがないの⁉︎』

「知るかぁーーーーッ‼︎」


 僕は手に持っている槍を、今すぐにでも地面に叩きつけたい衝動に襲われる。

 ていうか、身体が自由に動くのならすぐにでもこんな槍放り捨てているところだ。

 しかし、この自称神とやらがそれを許しはしない。


『おかしい……あの女の時は、あんなに飲み込みが良かったのに……私の教え方が悪いはずないし……』

「いや、確信を持って言うが、お前の教え方は下手だ」


 これをこうであれをあれしてで、一体何が伝わると言うのだろう?

 これじゃあ、説明の意味がまるでない。身体の動きを覚えるのに集中した方がまだマシだ。


『……分かった。どうやら、蒼には説明するよりも身体で覚えさせた方が早そう』

「なあ、何でさも僕の覚えが悪いみたいな言い方されなきゃいけないんだ?」


 本当に、どうやったらこの自称神に痛い目を見せられるのだろうか。

 声からしてコイツの性別は女のようだが、今目の前にいたら躊躇いなくグーで殴れる自信がある。


 ガキンッ!


「危ねえっ!」


 その時、目の前にいたクオンが消えると死角から僕を攻撃してくる。

 しかし、僕の身体は勝手に動くとクオンの攻撃を防ぎ、カウンターのように突きを放つ。

 すると、クオンは小さく舌打ちをしながら再び僕から距離を取った。

 ……さっきから、ずっとコレの繰り返しだ。

 僕は溜息を吐きながら、遠くから警戒したように僕を睨んでいるクオンを見る。


 僕はクオンの攻撃を、一度たりとも目で追えた事が無い。

 クオンが消えたと思った頃には、いつも気が付いたら僕のすぐそばでクオンは剣を振りかぶっているのだ。

 これが魔法によるものなのか、はたまたスキルによるものなのかは分からないが、凄まじい速度だと言えるだろう。

 しかし、驚くべきことに自称神はそんなクオンの動きを全て見切っているかのように槍を操り、毎回クオンの攻撃を弾き返しているのだ。

 おかげで、僕は未だにギブアップせずに済んでいるが……逆にこちらの攻撃もクオンに当たらないので、さっきから千日手のように同じ攻防を繰り返している。


『蒼、このままじゃ埒が明かない。こうなったらもう、攻撃が当たるまで攻撃をし続ける』

「そ、そんな事が出来るのか?」

『出来る。そもそも、槍は一対一において最強の武器。その真価は攻める事にある。相手を寄せ付けぬ伸縮する広い間合いに、攻撃の多種多様さはどんな反撃も許さない。その証拠に、あの小娘はこちらが攻撃している時、いつも逃げるだけで決して槍を受けようとはしない』

「た、確かに……」

『本来なら、相手が間合いに入った時点でこちらの勝利は確定的と言っても良い。逃げられてしまうのは、ただの技量不足。だからこそ、何十回何百回と攻撃して戦いの中で蒼の技量を上げていくしかない』

「で、でも、僕の体力だって無限じゃないぞ?」

『勿論、蒼の体力が尽きるまでに蒼の技量が小娘を越えなければこちらの負け。これは元々そういう勝負だったはず』

「……やるしかないのか?」

『うん』

「……はぁーっ」


 正直、槍なんてもう二度と見たくもないほど嫌いになっているが……神がクオンの攻撃を槍で受けてなければ、僕はもうとっくに負けているのも理解している。

 この自称神の思い通りになるのは本当に気にくわないが、これも勝つためだ。仕方ない。

 僕は全身の力を抜くと、身体の主導権を出来るだけ神に渡す。


「……僕は、今から一切手出ししないで見ている。だから、お前は僕の身体を使って僕に槍の使い方を教えてくれ」

『……いいの?』

「ああ、その代わり、負けたら承知しないからな」

『嬉しい。やっと、私を信用してくれたんだね』


 その言って、神が僕の顔でニヤァッと口が裂けたような笑みを浮かべる。

 その瞬間、真正面にいたクオンはまるで不審者を見るような目で僕を見て来た。

 ……凄まじい後悔の念が僕を襲う。


 やっぱり、コイツに身体なんて貸すんじゃなかった。



****************



 ……彼は、本当に何者なのだろうか。

 嵐のように激しい攻撃を躱しながら、私は酷く冷静な思考で目の前の少年を観察する。

 槍を渡した時は、正直ただの素人にしか見えなかった。


 しかし、実際はどうだ。

 彼は槍を手足のように自在に操り、私の急所を執拗に狙って来ている。

 ……脳天、眼球、喉もと、鳩尾、丹田、脊髄……どの攻撃だって、まともに当たったら死に直結するような部位ばかりをだ。


 何故、誓約魔法が発動しないのか。

 それに、私が知っている彼はとてもこんな殺人鬼みたいな攻撃をしてくるようなタイプには見えなかった。

 事実、今だって彼は一切の殺意を私に向けてはいない。


 ……人格と攻撃が一致しない……まるで、二つの人格が一つの身体を使っているようなこれは……まさか、身体が覚えている記憶を失う前の彼の攻撃か?

 だとしたら、誓約魔法が発動しないのは……彼が無意識の内に致死の一撃を放っているから。

 この状況に、無理矢理理屈を並べるとしたらこんな所か。

 まあ、仮にそうだとしたら、記憶を失う前の彼は相当な極悪人だった可能性が高い。


 ……だが、そんな事はこの際どうだっていい。

 私は彼の攻撃が止んだタイミングで彼の死角に入ると、腕を斬り落とすつもりで剣を振るう。


 ガキンッ!


 しかし、私の攻撃はあっさりと槍で弾き返されると、カウンターまで受けてしまう。

 私はその攻撃を咄嗟に受けようとするが、本能が全力で警鐘を鳴らすのですぐに後ろに下がる。


 そうして距離を取って冷静に観察して……ようやく、その攻撃が受けてはいけないモノだと分かるのだ。

 一見なんてこと無いような攻撃だが、彼は槍を突く時に激しい回転をかけている。

 あの状態の槍を剣で受け止めようとしても剣が槍に弾かれてしまい、私はそのまま貫かれてしまうだろう。まるで、達人技だ。


 ……私の剣術が、全く歯が立たないなんて。

 こんなの、屈辱以外の何者でもない。

 というか、何故スキルも持たないたかだか30程度のステータスの奴が、こうまで強いのだ。

 こちらは、スキルを駆使してまで攻撃を仕掛けているというのに。


 私が彼を睨みつけていると……その瞬間、彼の雰囲気が変わった。


 視線には悪意が満ち、この世の全てを嘲るように口が裂ける。

 私の全身は硬直し、全身の毛穴から冷や汗が出てくると、捕食者に見つかった動物のように動けなくなった。

 不思議なものだ。私の本能(スキル)は今すぐ逃げろと叫び散らかしているのに、身体は立ち止まる事を選択している。

 あれが、彼の本性なのか……?


「……上等よ」


 しかし、それでも私は絶対に逃げないし諦めない。

 何故なら、私には命を賭してでも叶えたい願いがあるから。

 ……出し惜しみは無しだ。

 私がを意識すると、全身の血が沸騰しそうなくらい熱くなる。


「【神災の大狼フェンリル】」



****************



 ……クオンの様子がおかしい。

 僕が神に身体の主導権を渡した瞬間、急に心臓を抑えて蹲ってしまった。

 それに気のせいじゃなければ、クオンの頭から……狐か狼のような大きな耳が生えてきている。


『あれは……【禁忌の血ビースト・ブラッド】⁉ 不味い!』


 神はそう言って走り出すと、蹲っているクオンに向かって槍を突き刺そうとする。


「……って、おい! それは駄目だ!」

『……ぐっ! 邪魔しないで、蒼! 手遅れに——』


「遅いわよ」


『危ない!』


 その声が聞こえた瞬間、目の前で蹲っていたクオンの姿が消えた。

 神は無理矢理僕の身体の所有権を奪うと、槍を構える。

 すると、何も無い空間からいきなり剣が現れ、激しい火花を散らしながら槍を斬りつける。


「なっ⁉」

『まだ来る!』


 神は全身を使って槍を操ると、背後から来た攻撃を再び防ぐ。

 しかし、クオンの攻撃はそれでは終わらない。

 円を描くように全方位から絶え間なく剣が現れると、次々と火花を散らしながら消えていく。

 神はそれを、必死に防ぎ続ける。

 槍を手足のように操り次々とくる目に見えない攻撃を防いでいくそれは……まさに、神業としか言いようのない槍捌きだ。


『調子に乗るなぁッ‼』


 その時、甲高い音を立ててクオンが持っていた剣が打ち上げられる。

 神は無防備になったクオンに向かって、確殺の意思を持った突きを繰り出した。

 ……あ、危ないっ!

 僕がそう思った時には、神の繰り出した槍の穂先はクオンの顔の間近にまで迫っていて……数瞬後には、僕の瞳には最悪の光景が映し出されようとしていた。


 ——しかし、僕の不安は杞憂で終わる事になる。


 何故なら、神が持っていた槍はあっさりと砕けたからだ。

 いや、その表現は正しくない。

 正確には、大きく口を開けたクオンによって槍がのだ。


『なっ⁉』

「【創造】」


 更にクオンは魔法を使って神が持っていた槍に触れると、それを剣に作り直した!


「終わりよ」


 クオンはそのまま剣を持つと、躊躇いもなく僕に向かって——


「そこまで!」


 ピタッ。


 ……試験管の叫び声が聞こえると同時に、時が止まったかのようにクオンの動きが止まる。

 咄嗟に、クオン持つ剣の先を辿ると……剣の刃は僕の首筋にぴったりとくっついていた。


「試合終了! 勝者、クオン・バルバトス!」



****************



「……おい」

『負けたのは、私のせいじゃない。私が出て来た瞬間、あの小娘が本気を出してきただけ。凄まじい勝負勘の強さ』

「違う。試合に負けた事なんてどうでもいい。それより、お前クオンを殺そうとしたな?」

『……』

「黙ってないで、何とか——」

「……ねえ」


 その時、目の前にいたクオンが声をかけて来る。


「クオン……」

「勘違いしないでね。私はアンタと違って、試験管に止められる前にちゃんと寸止めしてたわよ」


 クオンはそれだけ言うと、僕に背を向けてさっさと闘技場の外に歩いて行ってしまう。

 僕はその背を……ただ見送る事しか出来なかった。

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