第20話 真剣勝負?

 僕が街の反対側にある食堂に辿り着くと、そこには居心地悪そうにカレーを食べているヴァンと、すました顔でサンドイッチを食べているクオンがいた。

 僕はそれを見て、ホッと安堵の息を吐く。


 正直、もしもヴァンが僕と同じ状況に陥っていたら、試験に合格出来ているかどうか不安だったのだ。

 しかし、ここにいるという事は上手く切り抜けたみたいだな。

 まあ、僕の場合、ホーキンスとかいうあの男がヘイトを僕に向けていたのが原因だったのだし、そこまで執拗に狙われなかったのかも知れない。


「お疲れ様、二人共」

「あ、蒼、良か——ッ⁉ お、おい、大丈夫か⁉ ボロボロじゃねえか!」

「いや、色々あってさ……まあ、全部かすり傷だから大丈夫だよ」


 一応、係員の人にも医務室に行くことを勧められたのだが、行動に支障が出るほどの傷ではなかったし、何よりもヴァンの事が気になって仕方なかったのでそのまま食堂に来たのだ。


「それにしても、二人共随分と軽傷だな? あんまり戦闘はしなかったのか?」

「あー……俺はそうだな。最初以外は、全く戦ってないぜ」

「そっか。まあ、ハチマキが一本でもあれば試験に合格出来るんだから、無理して戦う必要ないもんな」

「ソ、ソウダナ」

「……ヴァン?」


 どうしたんだろう? さっきから、これ以上ないほどヴァンの様子がおかしい。

 それにずっと気まずそうに隣に座っているクオンの事をチラチラと見ているし、何かやらかしたのだろうか?


「あれ、そういえば、他の赤グループの合格者の人はどうしたんだ?」


 僕はガラガラの食堂を見渡しながら、そう言う。

 ここに来る途中で気が付いたのだが、食堂の近くにある街は赤グループの試験会場になっていたようだ。

 なので、ヴァン達以外の赤グループの合格者が他にもっと居ても良いと思うのだが。


「……いない」

「へ?」

「……俺達以外、赤グループの合格者はいないんだ」

「……何でだ?」

「そんなの、私達が全員倒したからに決まってるでしょ」


 その時、いつの間にかサンドイッチを食べ終わってたクオンが僕を見ながらそう言う。


「自分だけが特別だとでも思ってた? 漂流者さん?」

「……ヴァン?」

「あ、悪い……クオンに蒼の事を教えちまったけど、駄目だったか?」

「いや、それは良いんだけど……」


 バツの悪そうなヴァンを横目に、僕は目の前の少女が何者なのかと考える。

 いくら、僕がヴァンの事を信頼しているからと言って、ヴァンに数百人いる受験者全員を倒せるだけの戦闘能力があるとは思っていない。

 それにヴァン自身も最初以外は戦闘していないと言ってたし、つまり、目の前にいる女の子がほとんど全ての受験者を倒したという事なのか?


「クオン……」

「何よ」

「何で、ヴァンは倒さなかったんだ?」

「…………別に」



****************



「お前ら、卑怯だぞ! それが海軍を目指している人間のやる事かよ!」

「うるせえな。俺達だって本気で海軍になろうとしているからこそ、確実に試験を突破しようとしているだけだろ?」

「そうだぞ。それに、そもそも弱い奴が海軍になったってすぐに海賊に殺されるだけだ。むしろ、俺達は親切でやってるんだぜ?」


 俺達は試験が始まってすぐに、大勢の受験者達に囲まれていた。

 クソッ! 海軍になりたいっていう気持ちは同じだが、俺がなりたい海軍っていうのは、少なくともこんな卑怯な事をするような奴等の事じゃねえ!

 俺がなりたい海軍っていうのは……っ!


「……クオン。俺が道を開けるから、その間に逃げろ」

「は? アンタ、もう海軍になるのを諦めたの?」

「諦めてねえ。諦めてねえが……すまん。俺には、こんな状況を切り抜ける程の力はねえんだ。だが、俺はせめて……逃げないで立ち向かいてえ。俺がなりたい海軍っていうのは、どんな状況だろうと自分の身体を張ってでも、弱い者を守る。そんな人間だから」

「……」

「……でも、俺の我儘にクオンまで巻き込むわけにはいかないからよ。だから、俺の事は見捨ててクオンだけでも逃げてくれ」

「……馬鹿ね。貴方がなりたい海軍っていうのは、仲間を見捨てて一人で逃げるような人間なの?」

「いや、それは……」

「それに、私は貴方達の友達なんでしょう? 守られるべき人間じゃないわ。だから、一緒に戦うわよ」

「……分かった。悪かったな、クオン」

「本当にね。見くびり過ぎよ」


 クオンは、呆れたように溜息を吐く。

 ……不甲斐ない。自分達で友達だと言っておきながら、俺はクオンの事を全く信頼してなかった。

 これじゃあ、クオンから拒絶されるのも当然だな。


「良い、ヴァン? 絶対に自分のハチマキだけは取られるんじゃないわよ」

「え?」

「自分の身さえちゃんと守ってくれるなら……後は、私が何とかしてあげる」



****************



「へえ、そんな事があったのか」

「で、デタラメよ! 話を脚色しているわ!」

「ああ……いや、本当に不甲斐なかったぜ。俺が何とか一人倒した頃には、クオンは周りの受験者全員倒してたんだからよ。それどころか、こんなんじゃ、準備運動にもならない。他の受験者も全員倒しに行くわよって言って、本当に一人で全員倒しちまってたからな」

「だ、だから、二人で倒したの! その証拠に、ヴァンだって何本かハチマキを持っていたじゃない!」

「まあ、クオンに比べれば、本当に少しな」


 ヴァンが惜しみない賞賛をクオンに送っていると、褒められることにあまり慣れていないのか、クオンは顔を真っ赤にしながらそれを否定する。

 まるで、夫婦みたいだ。何だか、少し疎外感を感じてしまう。

 僕は先程注文したうどんを食べ終わると、改めてクオンにお礼を言う。


「本当に、ヴァンがお世話になりました」

「……いえ、気にする事ないわ。ヴァンは仲間だもの」

「まあ、ヴァンの仲間になったのは、僕の方が先だけどね」

「ああ、そう言えばそうだったわね。そんな些細な事あまり気にしてなかったわ」

「……あれ? 何か、空気悪くね?」

「全然?」

「何が?」

「お、おう。それなら良いんだけどよ」


 可哀想なヴァンは、僕達の圧に負けて何も言えなくなっている。

 僕はそれを見て癒されると、茶番を辞めて大きく伸びをした。


 一時はどうなるかと思ったが、とにかく、本当にヴァンが試験を突破出来て良かった。

 それにまだ分からないが、クオンが大分人数を減らしてくれたので、もうグループに分かれて試験が行われることはないんじゃないか?

 食堂を見渡してみても、すでに受験者は三十名弱しかいない。

 医療室にまだ他の受験者がいるかも知れないが、それでもかなり人数が減ったと言えるだろう。

 しかも、どうやら物凄く強いらしいクオンはヴァンの事を気に入ってくれたようだし、クオンさえ敵に回らなければ未来は明るいな。

 これもひとえに、ヴァンの人徳がなせるわざか。


 僕が安心しながらお茶を啜っていると、食堂のスピーカーからアナウンスが流れ始めた。


「受験者の皆様、お待たせ致しました。これより十分後に次の試験のルール説明を行います。係員の案内に従い、模擬戦会場にお集まりください」



****************



 食堂を出ると、僕達はまるで要塞のような建物に出迎えられる。

 中に入ると、そこではたくさんの海兵さん達が忙しく歩き回っており、僕達の事など見向きもしない。

 ……なるほど。市街地戦用の街とは、随分雰囲気が全然違うな。

 恐らく、ここからが本当の海軍基地なのだろう。


 僕達は海兵さん達の仕事の邪魔にならないように端を歩きながら、係員の案内に従い模擬戦会場と書かれた部屋に着く。

 そこは室内とは思えないほど天井が高く、中央には闘技場のように戦うフィールドがあり、周りを囲むように観客席が設けられていた。

 また、観客席には海軍のお偉いさんといった雰囲気の人達が大勢座っており、僕達の一挙手一投足を観察するように見ている。


「まず、皆様にはルール説明の前にお知らせしなければならない事があります」


 僕達受験者が全員集まったのを確認すると、開口一番に試験管がそんな事を言う。


「本来なら、まだいくつか試験が用意されていたのですが、第一次試験の失格者がこちらの予想を大きく上回る結果となってしまった為、これから行われるのは最終試験となっております」


 その言葉を聞いた受験者の一部が、動揺したようにざわつく。

 僕は間違いなくその原因を作った少女を横目で見ながら、それはそうなるだろうなと思った。

 アリスさん曰く、そもそも今回の海軍試験は人手が必要だったから募集したと言っていたし、定員もそれなりに多く取っていたはずだ。

 流石に、もう少し選別はするつもりだったようだが……何処かの少女が一次試験で受験者の半数近くを蹴落としてしまった為、予定が狂ってしまったのだろう。


「では、最終試験のルール説明を致します。最終試験では、こちらが決めた組み合わせで模擬戦をして頂きます。勿論、一次試験同様、武器や魔法、スキルの使用は自由です。決着方法は、どちらか片方がギブアップをするまでとします。ただし、こちらが続行不可能。つまり、これ以上模擬戦を行えば死者が出ると判断した場合は、強制的に勝負を中止致しますのでご安心を」


 ……ふむ。最終試験と言っても一次試験と同じように、ルールは至ってシンプルのようだ。

 しかし、これは組み合わせがかなり重要だぞ。

 僕とヴァンが対戦相手になるのはまだいいが、ヴァンとクオンが対戦相手となった場合は結構不味い。


「それでは、第一試合の対戦カードを発表します。名前を呼ばれた選手は前へ出てください。まずは、クオン・バルバトスさん」

「はい」

「続いて、天条蒼さん」

「……はい?」


 ……だからと言って、いきなりこのパターンは想定していなかった。

 ど、どうしよう?



****************



「……まさか、アンタが対戦相手とはね」

「そうだね……」

「……言っておくけど、手加減はしないわよ? 私だって、海軍になる為にここに来てるんだから」

「……うん、分かってるさ。どっちが勝っても恨みっこ無しで行こうぜ」

「あ、蒼……」

「何も言うな、ヴァン」


 ヴァンが何かを言おうとするが、僕はそれを直前で制止する。

 もしかしたら、クオンの戦い方や弱点のヒントが得られたかもしれないが、そんな事をしてはクオンからの印象が下がってしまうだろう。

 別にフェア精神という訳では無い。ただ……もしも、僕が試験に落ちた時、ヴァンに味方がいなくなる状況だけは避けたい。


「……先に、闘技場で待ってるわ」


 しかし、クオンは気にする事ないというように首を振ると、中央にある闘技場へ向かう。

 もしかしたら、すでにある程度僕の事をヴァンから聞いていたのかも知れないな。


「わ、悪い……俺、こんな事になるなんて思ってなくて、蒼のステータス……クオンに教えちまった」

「……やっぱりか」

「本当にすまん!」

「いや、大丈夫だ。別に隠すような魔法もスキルも、僕は持ってないからな」

「そ、そうか……?」

「ああ。だけど、僕がクオンに勝てるかは分からない。どうやら、クオンは相当強いらしいからな」

「あ、蒼……クオンはな——」

「だから、良いって。無理するなよ、ヴァン。お前は、そんな卑怯な事をする奴じゃないだろ?」

「で、でも……」

「向こうだって、僕の戦い方は知らないはずだ。それにステータスを知られてたって、僕の強さが変わる訳じゃない」

「蒼……分かった。お前を信じる。だから、絶対勝てよな」

「善処する」


 僕はそう言って、闘技場に向かう。

 闘技場の中央で待機していた少女の前まで行くと、少女は確認するように僕に聞いてくる。


「私の情報、ちゃんとヴァンから聞いて来たんでしょうね?」

「いいや? あのヴァンが、そんな卑怯な事をする訳がないだろ」

「馬鹿。それじゃあ、私が納得いかないのよ」


 少女は溜息を吐くと、呆れたような顔でヴァンを見る。


「……私の武器は、剣よ」

「剣? そんなの持ってないじゃないか」

「魔法で作るのよ」

「へぇー、便利だな」

「……アンタ、答えたくなかったらそれで良いんだけど、まさか素手で戦うつもりじゃないわよね?」

「え、そうだけど?」

「……はぁーーーーっ、それがブラフである事を願うわ」


 少女は再度、重―い溜息を吐く。

 ちょっ、そのプレッシャーのかけ方やめて貰って良いですかね?

 すると、タイミングを見計らっていた試験管が確認するように僕達を見る。


「準備はよろしいですか?」

「……はい」

「大丈夫です」

「では、これからクオン・バルバトス対天条蒼の模擬戦を開始します! 試合開始!」


「【創造クリエイト】」


 開始の合図と共に、クオンは宣言通り地面から剣を作り出す。

 剣の材料になった部分の地面が、分かりやすく凹んでいるが……アレって、後から元に戻せるのだろうか?

 僕はそんな場違いな感想を思い浮かべながら、クオンに突っ込む。

 一次試験では、隠れられる場所が多い市街地戦だったから何とかなったが、ここには一切の遮蔽物がない闘技場だ。

 ステータスが大きく開いていれば別だが、基本的に相手が武器を使う以上、超近距離戦に持ち込む他に、僕に勝ち目はないのだろう。

 クオンには悪いが、武器が完成する前に勝負をつけさせてもらう。


「そんな焦んなくても、これはアンタにあげるわよ」

「うぇい⁉」


 クオンはそう言うと、完成した剣を僕に向かって蹴り上げた。

 僕は回転しながら顔に飛んできた剣を、慌てて受け止める。

 あ、危うく大怪我をする所だった。


「どういうつもりだ?」

「素手相手に、手加減して戦える訳ないじゃない。どうしてもって言うならやってあげなくもないけど……アンタ、私の刃を避け切れなかったら普通に死ぬわよ?」


 ……恐ろしい事に、クオンは本気でそんな事を言っているようだ。

 と言っても、僕は剣なんてこれっぽっちも使えないぞ。


『槍が良い』


「……槍?」

「何よ、アンタ。私に槍を作れって言うの? 図々しいわね。別に良いけど」

「ああ、いや……そういう訳じゃ無いんだけど……」


 しかし、僕が静止する前にクオンはすでに魔法を発動させて、槍を作り終えていた。


「ほら、使わないんだったらその剣返しなさい」

「あ、ああ……」


 クオンが槍を差し出してくるので、それを受け取る代わりに手に持っていた剣をクオンに返す。

 ヤバい。何故、こんな事になってしまったのだ。槍なんて剣よりも使い方が分からないぞ。

 それに、さっきの声……あれは神様か?

 おかしいな。アイツは、僕が海軍試験を受けるのを決めた夜……散々文句を言って来た挙句に、無視して寝ようとしたら急に背筋が凍えるような壮大な曲を歌い始めたので、思わずブチギレたら泣いて出て来なくなったはずだ。

 恐らくあの様子だと、海軍試験を邪魔する事はあれ、手伝う事はないと思うのだが……何だか嫌な予感がしてきたな。よし、今すぐこの槍は捨てよう。


「へぇ……やるじゃない」

「うん?」


 しかし、僕が槍を捨てようと動かした腕は曲芸のように槍を操ると、それらしい構えを取って動かなくなった。


「絶対おかしい」

『任して、私が蒼の代わりに戦ってあげる』

「やっぱり、お前が何かしてるのか⁉ ていうか、やめろ! 絶対まともに戦う気無いだろ⁉」

「は? 私がふざけてるとでも言いたいワケ?」

「いや、クオンの事じゃなくて……」

『大丈夫。どうせ、蒼じゃあの小娘には勝てない。だったら、せめて私達の練習台になって貰おう』

「おい、どうせ勝てないとか言うなよ⁉」

「そんな事は一言も言ってないわよ⁉ 意味分かんない事を言わないでくれる⁉」

「ああ、違うんです……」


 ヤバいぞ。何だか、試験どころじゃなくなってきた。

 ていうか、そもそも全然自分の身体が言うこと聞かないんだけど、何コレ。

 僕はグッと全身に力を込めるが、まるで筋肉が硬直しているような鈍い反応が返って来るだけで全く動く気配がない。


『蒼、私がこれから貴方の身体を動かすから、貴方は私の息に合わせて力を出して』

「ふざけんな。今すぐ、僕の身体を返せ」

『……本当に返して良いの? これは、チャンスでもあるんだよ』

「ああん?」

『わ、私がその気になれば、あの小娘だろうと倒す事が出来る。でも、その為には蒼の協力が必要不可欠』

「……名前は呼ばないぞ」

『そ、そうじゃない。いや、本当はそれが一番良いんだけど……とにかく、私は槍の扱いに慣れている。だから、今から貴方の身体を直接動かして槍の使い方を教えてあげるから、貴方は槍の扱い方を理解しつつ、私と息を合わせて身体を操って欲しい。私が主導権を握っているとはいえ、これは貴方の身体だから本来の力を引き出せるのは貴方しかいない』

「槍なんか使わない方が、まだ勝てるだろ」

『じゃあ、蒼は体術だけで、あの小娘に本気で勝てると思っているの?』

「……」

『ほらね。蒼は、あの小娘に勝てる気がしないんでしょう? だったら、まだ私に賭けてみた方が良いんじゃない?』

「……それで、勝てるのか?」

『それは、戦いの中で蒼がどのくらい早く成長出来るかに掛かっている』

「……ちなみに、もし僕が断ったら、身体の主導権は僕に返してくれるのか?」


『え、そんな訳ないじゃん。元々、私は蒼が海軍に行くのは反対なんだし、普通に妨害しまくるけど?』


「お前、最悪だな⁉」

『そんな事はない。このまま放置してても蒼は勝手に負けるのに、勝てる可能性を提示してあげてるだけまだ温情がある方。試験に落ちたくないのなら、拒否権なんてあると思わないで欲しい』


 こ、コイツ……僕がこの状況で逆らえないと察した瞬間、急に上から来たな。

 確信した。コイツ、絶対神様じゃないわ。


『それにこんな状況にならないと、私の言う事を聞かない蒼にだって問題がある。今のうちに槍を使えるようになって置かないと、絶対困るんだから』

「何でだよ」

『……とにかく、交換条件。蒼さえ完璧に槍を使いこなせるようになれば、あの小娘に勝てる事は保証する』

「……はぁ、分かったよ。どうせ、拒否権ないんだろ?」


 全く、本当にコイツは何者なのだ?

 頭の中に喋りかけてくるだけじゃなく、身体まで操って来るとか……いよいよ、アリスさん辺りにでも相談してみた方が良いのだろうか?

 僕が溜息を吐きながら前を見ると、ドン引きした様子のクオンと目が合った。

 ……静かに、僕の頬から冷や汗が流れ落ちる。


「く、クオンさん……」

「……」

「あ、あの……警戒したような目つきで、僕に剣を向けないで欲しいんですけど……」

「事情を説明……やっぱり、良いわ」

「せ、説明する! いや、説明させてください!」

「聞きたくない」

「な、何で⁉」

「まさか、アンタが槍に向かって永遠に独り言を言い続けるような奴だとは思わなかったわ」

「だから、それは誤解で……っ!」

「ああ、いいの。交わす言葉はもう無いから。その槍は、最後の選別よ」

「それは、これから真剣勝負するからだよね⁉ 決して、人間的に嫌いになったからじゃ無いんだよね⁉」

「そうね。嫌いというか……もはや、アンタに対して少しの感情も浮かばないわ」

「それ一番駄目なヤツ⁉」


 僕達がそんなやり取りをしていると、困ったような顔で試験官が声をかけて来る。


「あのー……そろそろ、勝負を再開して欲しいんですけど」

「ああ、すいません。今から始めます」

「さっきまでとは、凄い温度感の違いだ……」


 スタンスは変わらないが、さっきまでのクオンにはまだ僕に対する情を感じられた。

 しかし、今のクオンからはさっさとこの試合を終わらせようという無機質な感情しか感じ取れない


「お、お前、これであっさり負けるとか、本当にやめてくれよ?」

『任せて欲しい。私は出来る女』


 ……どうしよう。果てしなく不安だ。

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