第19話 一次試験


「だーかーらーっ、私は誰とも馴れ合うつもりはないの! 名前なんて教えないわよ!」

「僕は、蒼。よろしくね」

「俺は、ヴァンだ」

「話を聞けっ!」


 あれから、受付の順番が来るまで暇を持て余した僕達は、少女と仲良くなろうと色々と話しかけていた。

 しかし、少女は毎回律儀に返事を返してくれるのだが、なかなか名前を教えようとはしてくれない。

 うーん……年と出身と好きな食べ物と嫌いな食べ物、あとは子供の頃の夢まで教えてくれたのに、何故そこだけ頑なに拒否し続けるのだろうか?


「何でなの⁉ 何で、アンタ達は私に構うの⁉」

「え、最初に年が近いからって話しかけて来てくれたのはそっちだろ?」

「話しかけてないわ! アンタ達がへなちょこで気に入らなかったから、文句を言いにいっただけよ!」

「おかしいな。ついさっきまで、俺らを庇ってくれてた気がしたけど、アレは夢か?」

「うるさいっ!」


 そう言うと、少女は再び唸るように僕達を睨みつける、

 しまった。ふざけ過ぎたせいで、折角上がった好感度が再び下がってしまったようだ。


「次の方、どうぞ」

「ふんっ! ようやく、私の順番が来たわ。これで、アナタ達ともお別れね」

「ああ、また後でな。出口の所で待っててくれ」

「俺らもすぐ行くからな!」

「お! こ! と! わ! り! よ!」


 凄い。言葉の一音一音に、これ以上ないくらい力を込めている。

 ……あれ? もしかして、これって本気で嫌われてない?


「……やり過ぎたかな?」

「そうかもな」


 ドスドスッ! と、音が聞こえそうなほど足踏みをして去っていく少女の後ろ姿を見送りながら、僕達は少し反省する。


「おっ。でも、アイツのステータスを見た受付のお姉さんが、随分と驚いた顔をしてるぜ。案外凄い奴なのかもな」

「まあ、女の子一人でここに来るくらいだからな。きっと、只者じゃないんだろ」


 少女は受付で赤いハチマキを貰うと、門の中に入っていく。

 何だ、アレ?


「次の方、どうぞ」

「おっ、じゃあ、悪いけど先に行って来るぜ、蒼」

「うん。また後でね」

「おう!」


 ヴァンはそう言うと、元気に受付に走っていく。

 受付の人はそんなヴァンを微笑ましそうに見ると、ステータスを確認した後にヴァンにも赤いハチマキを渡した。


「次の方、どうぞ」

「はい」

「隠蔽魔法かスキルは持っていますか?」


 いよいよ、僕の順番が来たので受付の前まで行くと、受付のお姉さんに単刀直入にそう聞かれた。


「持ってないです」


 僕がそう答えると、受付のお姉さんは暫く僕の顔をジッと見つめる。

 ……ああ、何かデジャヴを感じると思ったら、図書館でも同じような事をされたな。

 恐らく、今受付のお姉さんは図書館にいた司書さんと同じように嘘を見抜く魔法とやらを使って、僕が嘘を吐いていないかを確かめているのだろう。


「確認が完了しました。それでは、次にステータスを確認するので手を出してください」

「分かりました」

「ありがとうございます。【ステータス】」


 名前 天条蒼 所属 ???

 筋力 30.14 体力 29.97 魔力 28.00 体術 36.80

 魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」


 僕のステータスが表示されると、受付のお姉さんは微かに目を見開く。

 多少驚いているようだが、しかし、流石に司書さんの時のように怯えられてはいないようだ。


「ああ、君がそうでしたか……」

「え?」

「貴方の事は、アリス元帥から伺っています。本来であれば、身元が不確かな未所属の方は試験を受ける事は出来ないのですが、今回は特別にアリス元帥が身元保証人になって下さるそうですよ」


 ……え、そうなの⁉

 募集要項をよく確認していなかったとはいえ、まさか海軍試験の募集条件がそこまで厳しいとは思ってもみなかった。

 アリスさんが気を使わせてくれてなければ、僕は今頃試験に落ちるどころか受けさせても貰えない所だったのか……これは、今度アリスさんに会ったらお礼を言わなければいけないな。


「海軍試験を受ける前に、まず受験者の皆さんには不正防止のために誓約魔法で試験ルールの絶対遵守を約束して頂きます。私はこの通り、光海教会から誓約魔法を使用する事を許されている者ですので、ご安心を」


 ステータスの確認が終わると、次に受付のお姉さんはそう言って、胸元に光る銀のネックレスに触れる。

 光海教会? 誓約魔法? 何それ?


「【誓約】天条蒼は、海軍試験中に大会ルールを決して破らない事を誓います」

「はい?」


 カチッ。

 その時、脳内から何か音が鳴った気がした。

 ……ヤバい。何だか分からないが、僕の本能が盛大に溜息を吐いている気がする。


「誓約が完了しました。ご協力して頂き、誠にありがとうございます。では、このハチマキをどうぞ。この後、試験のアナウンスがありますので、それまでは門の前の広場で待機していてください」


 僕はそう言われて、青いハチマキを渡される。

 あれ、ヴァン達と色が違うな?

 流石に、試験には手を貸さないとアリスさんも言っていたので、偶然だとは思うのだが……このハチマキには、一体どういう意味があるのだろうか?


 僕は首を傾げながらもハチマキを受け取り、海軍基地の入り口である門の中へ入る。

 基地の中は、まるで本当に街であるかのような造りをしており、人の姿は見えないが宿屋や雑貨店のような建物もある。


「あっ、来た来た! おーいっ!」


 僕が基地の中を眺めていると、すぐ近くでこちらに向かって大きく手を振っているヴァンと、不機嫌そうなしかめっ面をした少女が、そっぽを向きながら立っているのを見つける。


「二人共、お待たせ」

「おう!」

「待ってない!」

「待っててくれて、ありがとう」

「だーかーらー……はぁ、もういいわ」

「おっ、ようやくか」

「うるさい。黙れカス」

「あれ、言葉の棘の鋭さ増してね?」

「僕達が順番を抜かされた時に、僕達の代わりに怒ってくれた女の子と同一人物とは、とても思えないな」

「あの女は、もう死んだわ」

「じゃあ、そろそろ君の名前を教えてくれよ」

「……何で、アンタ達はそんなに名前にこだわるのよ」

「え、だって、友達の名前を知らないなんて変だろ?」

「は、友達? 誰と誰が?」

「君と僕達に、決まってるじゃないか」


 少女は、ポカーンとした顔で固まってしまう。

 ……あれ、違ったかな?


「……急に距離を詰められ過ぎて、気持ち悪いわ」

「まさかのドン引き⁉」

「蒼……それはやり過ぎだって」

「いや、少なくともヴァンは僕の味方でいてくれよ⁉」

「当たり前だ。俺がいつ、お前の味方じゃない時があった?」

「今、この瞬間ですけど⁉」


 まさか、ヴァンにイジられる日が来るとは思わなくて焦る。

 わざわざ、こっちの方まで父親の背中を追わなくてもいいのに。


「……クオンよ」

「え?」

「勘違いしないでね。別に、友達になった訳じゃ無いから。ただ、アナタ達があんまりにもしつこいから、仕方なく教えてあげたのよ」


 クオンは、何かを誤魔化すように急に早口で喋り出す。

 ……願わくは、僕と話すのが嫌過ぎて早口になっている訳じゃ無いと信じたい。



****************



「つまりな。誓約魔法に一度同意すると、絶対に誓約内容に逆らえなくなるんだよ」

「え、誓約魔法って、そんなに危険なモノだったのか?」

「アンタ、何でそんな事も知らないのよ……」


「お待たせ致しました。受験者のステータス確認が終わった為、これより試験について説明します」


 あの後、試験が始まるまで僕達が暫く談笑していると、広場の方でようやくそんなアナウンスが聞こえて来る。

 やっとか。受付を済ませたのは結構後の方だったのに、割と待たされたな。


「まずは、皆様は受付を済ませた際にハチマキを渡されたと思います。これは、これから行う一次試験で使用する物なので決して失くさないでください。また、ハチマキには赤と青の二種類あります。これは所謂グループ分けです。一次試験は、赤いハチマキは、赤グループ。青いハチマキは、青グループ。というように、それぞれ分かれて試験を行います」

「マジか」


 僕はその説明を聞いた瞬間、思わずそう呟いてしまった。

 つまり、僕だけがヴァン達とは別グループになってしまったという事か。


「不安だ……ヴァンが」

「いや、俺⁉」


 ヴァンは酷く驚いたような顔をするが、いきなりグループが分かれてしまっては試験について来た意味がない。


「ヴァン、試験に落ちても恥ずかしがらずに僕に言うんだぞ……」

「正直、お前がそんなに俺の事を信用してなかった事実に驚愕して、それ所じゃねえよ⁉」

「二人共、うるさい」


 クオンが、酷く冷めた目で僕達を見ている。

 うーん、とても友達に向けるような目ではないな。やはり、気持ち悪がられているのだろうか?

 僕が密かにクオンの好感度を気にしている内にも、試験の説明は続く。


「次に、試験の内容の説明です。ルールは簡単です。制限時間内に、各グループでこのハチマキを奪い合って貰います。ハチマキを奪われた者は、即失格。また、ハチマキを一つも奪えなかった者も失格とします」


 そのルール説明に、会場が僅かにざわつく。

 当たり前だ。そのルールだと、あまりに失格者が多すぎる。

 例えば、一人一つハチマキを奪ったとしよう。

 その時点で、受験者の二分の一は失格となる。

 しかし、このルールではハチマキをすでに持っている者が、他の誰かにハチマキを奪われない保証はない。

 つまり、一次試験だというのに、いきなり最低でも過半数以上を失格にすると言っているようなものだ。


「それでは、これより皆様にはグループ毎に分かれて頂きます。赤いハチマキの方は、広場にいる試験管の元へ。青いハチマキの方は、門の前にいる試験管の元へ集まって下さい」


 すると、それぞれのグループの試験管役である海兵さん達が手を振って存在を主張し始める。

 僕は青だから、門の前に集まれば良いのか。


「それじゃあ、蒼とはひとまずここでお別れだな」

「ああ、頑張れよ。ヴァン」

「任せろ!」

「いや、ほんと……マジで頑張ってくれよ?」

「だから、何でお前はそんなに俺を信用してないんだ⁉」


 文句ありげなヴァンを見送りつつ、僕は溜息を吐く。

 正直に言って、大分予定が狂ってしまった。

 本当なら、ヴァンにバレないように試験をサポートしようと思っていたのに。


「それでは、試験の詳細なルールを説明します」


 僕がヴァンの後ろ姿を見つめていると、門の方からそんな声が聞こえて来た。

 はぁ……行くか。


「まず、改めて説明致ししますが、試験は決められた時間内でのハチマキの奪い合いです。その為、皆様は試験が始まる前までに、必ず体の何処かにハチマキを身に付けておいてください。又、試験開始前や試験終了後の他者との戦闘行為は禁止とさせて頂きます。逆に試験中であれば、殺人以外のいかなる手段を使ってでもハチマキを奪って頂いて結構です。武器は勿論、魔法やスキルの使用も許可します。最後に試験会場ですが、この街全体が試験会場です」

「この街全体が……ですか?」


 その時、受験者の一人がポツリと疑問の声を漏らす。


「はい。そもそも、この試験は市街地で行われる乱戦の適正を見るテストです。ですので、あまり推奨はしませんが建築物を破壊してしまっても構いません」

「基地の外に出てしまった場合は、どうなるのですか?」

「その場合は、失格とさせていただきます。また、先程は街全体といいましたが、正確には街の地面に青いテープを張っておりますので、そのテープの中で戦闘を行ってください。念のため、テープの近くには試験管が立っておりますので、試験管の近くではあまり戦闘をしない事をお勧めします」


 試験官はそう締めくくると、門の近くに設置されていた時計を見上げる。


「試験開始は、十一時からです。開始のアナウンスが入り次第、戦闘を始めて頂いて構いません。試験終了時間は、試験が開始してからきっかり一時間後とさせて頂きます。これで説明は以上となりますが、何かご質問などはございますか?」


 シーン……。

 どうやら、誰も質問があるものはいないようだ。


「宜しいようですね。それでは、試験開始までまだ少し時間がありますので、皆様自由に行動して頂いて結構です。街の構造や範囲を確認するも良し、隠密するも良し、各自試験に備えてください」


 時計の針は、現在十時半をちょうど過ぎたあたりだ。

 つまり、あと三十分くらいは自由時間があるという訳か。


「それでは、私はこれで失礼させて頂きます。試験終了後、合格者の方は再びこの門の前までお集まりくださいませ。ご清聴ありがとうございました」


 試験官さんはペコリと頭を下げると、門の中へさっさと戻って行ってしまう。

 さて、暇な時間が出来てしまったな。

 どうせだし、街の構造でも見ながら探索でもするか。

 僕が街に向かって、一歩踏み出す。


「「「……」」」

「うん?」


 その時、不意に何か視線を感じるなと思って後ろを振り返ると……ギラギラとした熱い眼差しを僕に向けている、何十人もの筋肉だるま達と目が合った。

 仮に小さい子供が同じ光景を見たら、間違いなく一生モノのトラウマになるだろう。

 ……やっべ、この試験落ちたかも。



****************



「アイツって、そんなに強いの?」

「うん?」


 現在、俺達は試験会場を青グループと分けるために、街の反対側まで移動しているところだった。

 すると、あまりに暇だったのか突然クオンが俺にそんな事を聞いてくる。


「いや、正直分からん」

「何それ、アンタ達は友達でしょ?」

「クオンもそうだろ?」

「キモイ」

「いや、だから、言葉の棘がえぐいんだって⁉ 軽い冗談の返しくらい、もうちょっとオブラートに包んでくれよ⁉」

「ふんっ。真面目に答える気が無いんだったら、もういいわ」

「いや、だから、別にそういう訳じゃなくて……蒼は、元々一ヶ月前に俺と親父が助けた漂流者だったんだ」

「漂流者……?」

「おう。しかも、俺達が蒼を見つけた時、蒼はかなり酷い大怪我を負っててな。そのせいか、アイツは記憶を失っちまっていた。だから、仕方なくステータスを見させて貰った事があるんだけどよ……凄かったぜ。スキルは持ってなかったが、どの数値も大体30くらいだった。親父曰く、相当な修羅場をくぐって無ければ、ああはならないって話だ」

「……そうね。確かに、スキルも持っていないのにその数値は異常ね」

「だろ? だから、きっと記憶を失う前は相当強かったんだろうな。だが、俺は蒼が戦っている所を直接見たことがねえ。でも、いくらステータスが高くたって、記憶を失っちまったら戦えないんじゃないかとは思ってる」

「ふーん……それにしては、アンタは全然心配そうじゃないわね?」

「まあ、そこは信頼してるからな。蒼が助けを求めて来ないんだったら、きっと大丈夫なんだろ」

「……あっそ。まあ、でも、そうね。アンタの予想は大方間違ってないわ。記憶が無いと言っても、脳みそが無くなった訳じゃないもの。アイツの頭の中には、確かに戦い方の記憶が残っているはずよ。それはステータスが如実に物語っているわ」

「ステータスが?」

「……そもそも、アンタは勘違いしている。ステータスって言うのは、人や物のの状態を視覚化する魔法よ。仮に、ステータスが低くなっていたとしても……その低くなったステータスが、アンタが見た蒼のステータスよ」



****************



「ふっ」


 僕は角を曲がって来たサーベルソードを持った男の腕を取ると、思いきり建物に頭を叩きつける。

 すると、レンガで出来た壁には大きくヒビが入り、男は顔中を血だらけにして気絶するが、刃物を振り回して襲いかかって来たのだから、このくらいやり返されても仕方ないと思う。


「いたぞ! こっちだ!」

「くぅ……っ! しつこいぞ⁉」


 僕は男が腕に巻きつけていたハチマキを回収すると、再び全力で走る。

 早く……っ! 何処か、身を潜められる場所を探さなければ!


「おい、テメエ! そんなに逃げて恥ずかしくはねえのか⁉︎ 男なら、正々堂々真っ正面からかかってこいやぁぁああああああああああっ‼︎」

「やかましい⁉ 少なくとも、それはなぁっ! 大の大人数十人が、確実に自分よりも年下のガキ一人を追いかけ回している時に、使って良いセリフじゃねえんだよぉぉおおおお⁉︎」

「うるせえっ‼︎ 例え、後でどんなに卑怯者と罵られようと、確実にお前だけは失格にしてやるぅっ‼︎」

「お前らに、プライドはねえのか⁉︎」

「むしろ、ここまでやっちまったからこそ、お前一人倒せなかったら俺達のプライドが許さねえんだよ‼」

「最悪だぁーーーーっ‼︎」


 ……冷静に考えて欲しい。今の会話のどれ一つを取っても、海軍を目指している奴のセリフではない。

 仮にもし、コイツらが何かの間違いで海軍になるような事があれば、残念ながら僕はもう二度と海軍を信用する事は出来ないだろう。


 ……はぁ、それにしても何でこんな事になってしまったのだろうか?


 いや、まあ、最初からそもそもおかしかったのだ。

 試験開始直後……いや、開始前からすでに僕の周りには呆れるほど大勢の人がいた。

 恐らく、一番弱そうな僕からハチマキを奪って楽に試験を突破しようとでも考えていたのだろう。

 だが、それでも今の状況と比べたら百倍マシだったと言わざるを得ない。

 何せ、僕のハチマキは一つしかないのだ。

 つまり、僕のハチマキを奪ったとしても試験を突破できるのは一人だけ。

 なので、最初は僕と僕のハチマキを狙っている人達とで、本当の乱戦が繰り広げられていた。

 しかし、時間が経つにつれ僕が中々リタイアしない事を疑問に思った人達が、徐々に僕を狙いを定め始める。

 ただ、それでも僕は戦い合っている人達の中に突っ込み、乱戦に持ち込む事で何とか耐えてはいたのだ。

 しかし、やがて人数が減っていき、戦闘が落ち着いてきた頃……何処からか、悪魔の囁き声が聞こえて来た。


「ていうか、ここまでしてあのガキ一人を倒せてないってマジかよ」


 ……本当に、余計な事を言ってくれたと思う。

 その言葉を聞いた瞬間、僕は周りの空気が変わったのを肌で感じた。

 そこからは、もうさっきの通りだ。

 僕はすでに試験突破に必要なハチマキは持っていたし、いい加減戦うのにも疲れていたので、脇目も振らず全力で逃げ出した。

 すると、後ろから引くに引けなくなった男達が、武器を振り回し結託しながら僕を追いかけて来たのだ。


 正直、最初は何故そこで潰し合わないのかと疑問だったのだが、恐らく今僕を追いかけ回している奴等は、全員試験を突破する為のハチマキをすでに持っている。

 だから、これはシンプルな嫌がらせだ。

 ……本当に、いい加減にしろと叫びたい。

 後はもう時間が経つのを待って試験に合格するだけなのに、わざわざリスクを取ってまで僕を潰しに来るとか意味が分からないだろう。


「「「待て、コラァ!」」」

「た、助けてくれ、ヴァ―ンッ!」



 ~数十分後~



「ぐぁ……っ」

「はぁ……はぁ…………」

「……やるな。まさか、この俺を倒すとは……坊主、お前がNO.1だ」

「うるせえ、早く退場しろ」

「あ、ちょっ、やめてください……っ」


 僕は倒れ伏している男の腕から、無理矢理ハチマキを奪い取ると、それを地面に投げ捨てる。

 正確に数えてはないが、もう百人くらいの敵からハチマキを奪っているので、流石にもう持ちきれない。


 ……はぁ、それにしても疲れた。


 僕はしゃがみ込みながら、周りで死屍累々と倒れている僕を追いかけ回していた受験者達の屍を見る。

 何とか全員捌き切ったが、正直もうヘトヘトだ。

 身体に傷が無い箇所を、探す方が難しい。

 最後の方とか、普通に頭から真っ二つにする勢いで剣を振り下ろされたからな。


 ……ていうか、今思い返してみても、流石にアレはやり過ぎじゃないだろうか?

 下手したら、何かの間違いでそのまま本当に死んでいたぞ。

 普通にルール違反だと思うのだが、誓約魔法とやらはモラルと一緒に何処かへと消えてしまったのだろうか……?


 僕は再度溜息を吐くと、門の前にある時計を見上げる。

 逃げ回っているうちに、いつの間にか門の所まで戻って来てしまった。


 うーん、残り時間はあと五分も無いし、これは何とか合格出来そうだな。

 体感時間的には、すでに五時間くらい戦っていた気もするが……まあ、結果オーライだ。

 これで後は、ヴァンさえ合格してくれていれば——


『危ないっ!』


 その時、僕の身体が動いた。

 すると、後方からパァンッ! という音が鳴り響く。

 慌てて後ろを振り返ると、僕が先程まで居た位置には何かが撃ち込まれたかのような穴が開いていた。

 ……っ! 撃たれたのか⁉


「……けっ、何であれを躱せるんだよ。お前は後ろに目でも付いてんのか?」


 そう愚痴りながら近くに現れたのは、受付の時に僕達に絡んできた二人組のうちの片割れだった。

 ……全く気配を感じなかった。一体、いつの間にあそこまで近づいていたのだろうか。


「……殺人は、禁止されてるはずだぞ」

「はん。武器持った数十人の人間を一人で捌き切る奴が、この程度で死ぬとは思ってねえよ。まあ、一生まともに歩けないくらいにはするつもりだったが」


 男はそう言うと、意地悪そうに顔を歪める。


「しかし、お前は本当に悪運の強い奴だな。折角、俺様がそこに転がってる奴等を煽ってヘイトを向けてやったのに、まさか生き残るとは思わなかったぜ。一体、どんなステータスをしてやがんだ、この化け物が」

「……アレは、お前のせいだったのか」

「まあな。俺は【悪印象】っていうスキル持ちなんだよ。俺がやろうと思えば、人の印象操作なんてお手の物さ」

「最悪のスキルだな……お前に、お似合いだよ」

「だろ? 俺にお似合いの、最高にクールなスキルだ」


 男はそう言うと、【隠者ステルス】と呟く。

 すると、スゥ―……っと目の前から男は姿を消した。


「な……っ⁉」

「そして、俺のもう一つの最高にクールな魔法であるこの隠蔽魔法さえあれば、どんな乱戦だろうと安全にやり過ごせるって訳さ」

「隠蔽魔法……っ⁉ それは禁止じゃないのか⁉」

「馬鹿か、テメエ。隠蔽魔法でステータスを隠す事が禁止されてるだけで、所持する事自体は禁止されてねえんだよ。勿論、試験で使用する事もな」


 ……クソッ! 確かに、試験管は殺人以外ならどんな方法を使ってでもハチマキを奪って良いと言っていた。

 つまり、これはルール的には何の問題も無い行為だ。

 しかし、まさか目の前で消えられるとは思わなかった。

それどころか、声は聞こえるのにその声が何処から聞こえて来るのかさえも分からない。

 不味いぞ。さっきは、銃弾を避けられたから良かったが、見えない敵が今も僕の事を銃で狙っているのだ。

 もし、次撃たれたら……今度は躱せるか分からない。


「……はっ。何を勘違いしてるか知らねえが、お前を潰すだけなら簡単なんだよ」

「……っ!」


 頭上から声が聞こえると同時に、僕の頭からが取られた感覚がある。


 まさか……っ⁉

 僕が慌てて後ろを振り向くと、そこには僕の頭に巻き付けてあったハチマキを持った男が、ニヤニヤと笑いながら僕を見下ろしていた。

 その瞬間、街全体にアナウンスが鳴り響く。


(試験終了。皆様、お疲れさまでした。現在戦闘している方は、すぐさま戦闘を辞めてください。時間が来ましたので、これで一次試験を終了とさせて頂きます)

「残念だったな。これで、お前は失格だ。お疲れさん」



****************



 アナウンスが終わると同時に、門の中から試験官が出て来た。


「それでは試験通過者の方はここに集まって、ハチマキを提出してください」

「おっ、はいはーい。俺、通過しましたー」

「おめでとうございます。では、ハチマキを」

「あー、ちょっと待っててくださいね。少し数が多いんで、出すのに時間が掛かりそうです」


 男はそう言うと、ポケットから一本ずつ僕に見せつけるようにハチマキを出していく。


「十九……二十っと、ちょうど、二十本っすね」

「はい。ありがとうございます。では、お名前を」

「ホーキンスです。ヒム・ホーキンス」

「ホーキンスさんですね。では、少々お待ちください」


 すると、試験管さんと一緒に出て来た記録係のような人が、男の名前とハチマキの本数を手元の用紙に書き込んでいく。


「お疲れさまでした。これで、一次試験は終了となります。次は二次試験なのですが、その前にこちらでお昼を用意しているので、このまま係員の案内に従って食堂まで向かって下さい」

「マジっすか⁉ あざまーす! ちょうど、腹が減ってたんすよ!」

「そうですか。次の試験開始は十三時からですので、それまではゆっくりと休憩してください。では、次の方」

「……はい」


 僕はゆっくりと立ち上がると、試験管の前に行く。

上機嫌だったヒム・ホーキンスは、驚きながら僕の方を振り返る。


「はぁ? お前、嘘を吐くなよ。お前のハチマキは俺が奪っただろ?」

「……」


 僕はその声を無視して、左腕の服の袖を捲る。

 そこには……夥しい数のハチマキが結びつけられていた。


「な……っ⁉」

「すみません。数が多いので、時間が掛かりそうです」


 僕は左腕に巻き付けていたハチマキを全て解いて提出すると、次は右腕の袖を捲る。

 すると、そこにも左腕と同じくらい大量のハチマキが結んであった。

 僕は右腕のハチマキを全て解くと、再びそれを試験管に提出し……更に、右足、左足、右ポケット、左ポケットと次々に敵から奪ったハチマキを提出していく。


 そして、最後に服の下に垂らすように首に巻いていた、を解いて提出すると、隣でそれを見ていた記録係の人が震えた声で呟く。


「ひゃ、百二十本……?」

「すみません。それ以上は持ちきれなかったので、回収出来ていないハチマキがあるのですが、大丈夫でしたか?」

「は、はい、それは問題ないんですけど……」

「なら、良かったです。あっ、僕の名前は天条蒼って言います」

「……っ! し、失礼しました! 試験突破おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 僕は試験管と記録係の人に軽く頭を下げると、係員と思われる人の元に向かう。

 ついでに、唖然とした顔でその光景を見ていたホーキンスの近くを通りすぎる時に、ボソリと呟いておくのも忘れない。


「あんな取られやすい場所に、自分のハチマキを巻いてる訳ないだろ。ばーか」

「……っ! テメエッ⁉」

「試験終了後の戦闘行為は、禁止だぞ」

「ぐぅ……っ!」


 直後、ホーキンスの身体は金縛りにあったかのように動かなくなった。

 なんだ。誓約魔法、ちゃんと機能してるじゃん。

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