第18話 ヴォルガノ海軍基地本部
ヴォルガノ海軍基地本部島。
それは、第二海層ヴォルガノ海のガイア黒海近くに存在する島の一つで、島一つをまるごと基地として利用した、全海層秩序自衛軍の本部基地だ。
僕達は現在海軍試験を受けるため、海軍が用意した船に乗ってその島に上陸していた。
「しかし、これはいくら何でも多過ぎるだろ……」
僕達は、海軍試験が行われる予定のヴォルガノ海軍基地本部に上陸すると、そのあまりの人の多さに圧倒される。
海軍の人達は皆一様に白い制服を着ている為、私服の人達は全員受験者のはずなのだが……これ、ザッと見ただけでも数百人くらい居ませんかね?
ていうか、僕はそもそも海軍試験の定員が何人かも良く知らないぞ。
もしも、この中から数人しか合格者が選ばれないんだとしたら、すでに結構絶望的だ。
「おい、ヴァン。ちょっと聞きたいんだけど——」
「大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ大丈夫だ……」
……どうしよう。ヴァンがもう、リタイア寸前だ。
「お、おい、ヴァン?」
「……え、よ、呼んだか?」
「いや、いくら何でも緊張し過ぎじゃないか?」
「そ、そんな事はねえよ! ここにいる奴等は、全員俺がぶっ飛ばしてやる!」
「「「ああ?」」」
「本当に、すみませんでした」
ヴァンが大声でそんな事を叫ぶと、周りにいた厳つい男達が一斉にヴァンを睨みつける。
その瞬間、ヴァンは躊躇なく頭を下げた。
……なるほど。こうやって、周りを油断させる作戦か。
「おい、坊主共。ここは子供の遊び場じゃねえぞ。怪我したくなきゃ、さっさと船に乗ってお家に帰りな」
すると、店長並みの筋肉を持ったスキンヘッドの大男が僕達に絡んできた。
「俺はな。元々上の海層で海軍をやってたけどよ。そこを辞めてまで、この試験を受けに来てんだ。だが、勘違いするんじゃねえぞ? ここには、俺みたいな奴がゴロゴロといる。第二海層でぬくぬく育ってきた坊ちゃん達が、気軽に来ていい場所じゃねえんだよ」
「……悪いんですけど、僕達も遊びで来ている訳じゃないんで」
「あん?」
「おい、ヴァン。いつまで日和ってんだ。海軍になるんだろ?」
「蒼……」
僕はヴァンの背中を思い切り叩いて、瞳を真っ直ぐ覗き込む。
ヴァンは一瞬驚いたような顔をするが、すぐに瞳に覚悟を宿す。
「そ、そうだ! 俺達だって、海軍になる為にここに来てるんだ! 元海軍だろうが何だろうが関係ねえ!」
「……チッ、ガキが。後悔すんじゃねえぞ」
すると、男はあっさりと捨て台詞を吐いて何処かへと行ってしまう。
まあ、元々海軍になるような人だ。ガラは悪かったが、根は悪い人ではないのだろう。
……それに恐らくだが、あの人は嘘を一つも言っていない。
僕はアリスさんから聞いて、この試験に他の海層の海兵さん達がたくさん来ている事は知っていたし、僕達は周り人達と比べても明らかに若い。
何なら、あの大男はガチガチに緊張していたヴァンを見て、親切心で忠告しに来てくれた可能性だってあるくらいだ。
「……蒼、ありがとうな。俺、正直ビビっちまってた」
「まあ、こんなに人数がいたらしょうがないよな。全員強そうな人達ばっかりだし」
「あ、ああ……でも、やっぱり、蒼はすげえよ。あの厳ついおっさん相手に、少しもビビらず啖呵切れるんだから」
「いや、別に啖呵を切ったつもりはないんだけど……」
今の話を要約すると、僕はただ海軍になる為に海軍試験を受けると至極当たり前の事を言ったに過ぎない。
それなのに、何故かヴァンはキラキラとした目で僕を見ている。
コイツ、本当に大丈夫だろうか?
「集合―っ!」
その時、基地の門の前で海兵と思われる人が声を張り上げる。
「只今より、基地の門を開ける! ステータスを開示し、問題が無い者だけ中に入ることを許すので、海軍試験を受ける者は受付に並べ!」
その声と共に、次々と門の前にあった簡易テントが開き受付が始まった。
船着き場に居た受験者達は、一斉にテントの前に並び始める。
「ここでも、ステータスが見られるのか……」
「まあ、ステータスを見れば、すぐにそいつの強さが分かるからな。それに海賊や犯罪者を海軍に入れる訳にはいかないから、それを防止する目的もあるんだろ」
「ステータスで、犯罪者が分かるのか?」
「ああ、まず犯罪歴がある奴は名前を調べれば、ほとんど分かるな。後は、所属が地名や街の名前じゃない奴には、海賊が多い」
「なるほどな」
通りで、図書館に入る時もステータスの開示を求められた訳だ。
犯罪者や海賊に、大切な魔法の書を見せるわけにはいかないもんな。
「でも、相手がステータスを隠蔽していたら、どうするんだ?」
「その場合も、問題ない。鑑識魔法の中には、相手の嘘を見抜く魔法があるからな。流石に、一般には公開されてないけど、海軍の人達ならその魔法を持っている人達がいるはずだ」
「鑑識魔法の中には、そんな魔法まであるのか」
どうやら、僕が思っていた以上に鑑識魔法には汎用性がありそうだ。
あ、でも、僕は鑑識魔法の一部しか読んでいないから、【ステータス】の魔法しか使えないのかな? 鑑識魔法と言語魔法を習得したのは良いものの、未だに一度も魔法を使っていないから分からないや。
そもそも、この二つの魔法は生活に必須な魔法のはずなのに、意外と使うチャンスが無い。
鑑識魔法は、【ステータス】によって人や物の現在の状態を見ることが出来る魔法だ。しかし、今まで僕は安全な人や物にしか関わってこなかったので使う機会がなかった。
言語魔法は、【真言】という魔法で、様々な文字や言葉を理解出来るようになるそうなのだが、周りの人間が全員言語魔法を習得しているので、なかなか言語が理解出来ないという状況に陥らない。
ちなみに、言語魔法を使っても魔法の書の文字だけは解読出来なかったりする。不思議だ。
「とにかく、俺達も早く受付を済ませようぜ」
「あ、うん」
僕がボーッとそんな事を考えていると、ヴァンが待ちきれないといったようにソワソワとし出す。
まるで、お祭りを目の前にした子供みたいだ。
僕はそんなヴァンを温かい目で見ながら、列の最後尾に向かう。
その時……
「オラ、どけよ」
「痛っ」
まるで、僕達が列に並ぶタイミングを見計らっていたかのように、二人組の男が割って入って来た。
いや、またかよ。何故、僕達は海軍試験を受ける前からこんなに嫌がらせを受けなきゃいけないんだ?
「お、おい! 俺達が先に並んでたんだぞ!」
「ああ? まだ並んでなかったろ」
「並んだタイミングで、お前等に押しのけられたんだ!」
「おいおい、言いがかりは辞めてくれよ。こっちが並んだタイミングで、お前等がぶつかって来たんだろ?」
その二人組は肩をすくめると、怒った顔で睨んでいるヴァンをニヤニヤと見つめる。
……海軍試験を受けに来る人の中には、こんな奴等もいるんだな。
「おい、ヴァン。相手にするのも馬鹿らしいし、別の列に並ぼうぜ」
「で、でも、そんなの納得いかないぜ、蒼!」
「そうよ! 男らしくないわ!」
「いや、そういう問題じゃ……?」
はて、何だか声が多いような?
「私、見てたんだから! 絶対にこの人達より、貴方達が並んだタイミングの方が早かったわ!」
「あん? 何だ、このガキ」
「お前には、関係ねえだろ」
「いいえ、同じ海軍を目指す者として、こんな陰湿な行為は許せないわ!」
自分よりも数段背が高い男達に向かって、少しも怯まずに高らかにそう吼えたのは、腰まである灰色の髪を揺らした僕達と同じくらいの年頃の少女だった。
「おい、何を騒いでいる!」
「……すみません! 何でも無いです!」
「はぁ? ちょ——っ⁉」
僕は少女の口を塞ぐと、目の前の二人組に向か会って静かにしろとジェスチャーを送る。
コイツ等も、これ以上騒ぎを大きくして立場を悪くしたくは無いはずだ。
「……チッ」
「……ほら、ヴァン行くぞ」
「え……、お、おう」
僕達に絡んできた二人は舌打ちをすると、何事も無かったかのように前を向く。
僕はそれを確認すると、ヴァンを連れて静かに並んでいた列から離れる。
……ついでに、少し迷ったが灰色の髪の少女も一緒に連れて行く事にした。
あのまま、あそこに放置しておくのは流石に可哀想過ぎる。
僕達が別の列の最後尾に並び直すと、ここまで大人しく付いて来た少女はもう我慢出来ないといった風に僕を睨む。
「……何で逃げたのよ」
「いや、逃げたっていうか……順番を抜かされただけだろ?」
「でも、アナタは理由もなく嫌がらせを受けたのよ⁉ 怒って当然じゃない!」
「き、気持ちはありがたいんだけどさ……少し落ち着こうぜ?」
少女は歯茎を剝き出しにしながら、僕を威嚇するように唸る。
まるで、狼みたいな少女だ。正直、スキンヘッドの大男に凄まれるよりも断然怖い。
「……ふんっ。年が近そうな人達がいたからわざわざ庇ってあげたのに、見損なったわ!」
「そういえば、君いくつなの?」
「教えないっ!」
ツーンッと拗ねたように、少女は顔を背けてしまう。まいったな……。
「よしっ、ヴァン出番だぞ」
「え、このタイミングで⁉ お前もう、完全に嫌われた後じゃねえか! せめて、もうちょっとフォローが入れられそうなタイミングで振ってくれよ⁉」
「本当にすまないと思っている。反省はしていない」
「なら、謝らないで貰って良いですかねぇ⁉ 謝罪されたはずなのに、何故か俺の中には苛立ちしか残ってねえんだわ!」
「ふーん」
「少しは謝れよぉぉおおおおおおおおっ⁉」
「いや、どっちだよ。そもそも、僕は最初にヴァンに謝っただろ?」
「アレを謝罪にカウントするんじゃねえ⁉」
何故か分からないが、凄く怒られている。
ヴァンは難しいな。思春期か?
「……でも、こればっかりは、俺も納得出来てねえよ。あの状況だったら、海兵の人に言った方が良かったんじゃねえか?」
「何て言うんだよ?」
「そりゃあ、普通に順番を抜かされました。とかじゃないか? こっちには証人も居たんだし、間違いなく俺らの方が有利な状況だったぜ」
「……まあ、確かに。それで順番を抜かされた事は証明出来るかも知れないけど、僕らの目的は少しでも早く受付を済ませる事じゃないだろ?」
「それは、そうかもしれないけどよ……」
「それに、僕達はただでさえ悪目立ちしてるんだ。こういう事はまたあるかも知れない。その度に海兵の人達に助けて貰ってたら、それだけでかなり状況は悪くなると思わないか? これだけ受験者がいるんだし、向こうはわざわざ
「……なるほどな。それなら、納得だぜ」
ヴァンは、感心したような目で僕を見る。即興で考えた言い訳にしては上手く誤魔化せたな。
本当は、ああいう輩を相手にする事自体が面倒くさかっただけというのは内緒だ。
「……十六よ」
「え?」
「…………私の年」
目の前にいる灰色の髪をした少女は、顔を背けたままボソリとそう呟く。
良かった。何とか、この少女と仲良くなる事が出来そうだ。
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