第13話 喧嘩上等
ディアが魔法で作った円状の筒みたいに伸びている空間をずっと上がって行くと、やがて元々僕とディアがいた厨房に辿り着いた。
まあ、厨房と言っても恐らくディアが魔法で船の造りを変えてしまったせいで、最早そこには突き抜けた深淵が円状に広がっているだけの場所になってしまっていたが……。
僕は残った地面に足をつけると、ティザー達のいた食堂の方を覗き込む。
しかし、そこには少し前のような狂楽的な雰囲気はなく、まるで何年も放置されていたような朽ちかけた机や椅子が乱雑に並んでいるだけだった。
最悪、死体になったティザー達が海外のゾンビ映画の如く襲ってくるところまで想定していた僕は、安堵の息を吐く。
「……お姉ちゃん、何処に行ったんだろう?」
僕がそう呟くと、元の大きさに戻っていた槍が勝手に動き、道を示すように甲板の方を指す。
どうやら、サズ子にはディアの場所が分かっているようだ。
僕はいつ襲われても対処出来るように、構えを取りながらゆっくりと廊下を進む。
一応、右手に槍は持ってはいるが、槍の使い方なんて真っ直ぐ突き刺すくらいしか知らないので、片手が塞がっていたとしても体術に頼った方がまだマシなはずだ。
……この状況で、ディアに教わった体術が頼みの綱になるとは皮肉なものだな。
しかし、幸いにも特に戦闘になる事なく、僕は甲板に辿り着く。
たぶんだが、ディアには僕の位置が分かっているはずだ。
それなのに、ここまで妨害されなかったという事はディアも僕と話したいと思っているのかも知れない。
僕はそんな淡い期待を持ちながら、いつものディアの定位置である船首へと向かう。
だが、残念な事にそこにディアの姿は見当たらなかった。
「お姉ちゃん……」
「わぁっ!」
「うわぁぁああああああああっ⁉」
僕が無意識の内にディアの名前を呼んでしまうと、まるでその言葉に反応したかのように、突然ディアが僕の目の前に現れた⁉
「あっははははっ! 蒼は可愛いなぁ、もう。あんまりにも切なそうに呼ばれちゃったから、思わず出てきちゃったよ」
「お、お姉ちゃん⁉ 今どこにいたの⁉」
「ふふーんっ。私が本気で隠れれば、そこの悪器にも察知されないくらいの隠密が可能なのです。それに、さっきみたいな不意打ちはもう通じないからね」
ディアはそう言うと、得意げに胸を張る。
本気でびっくりした。この状況での悪ふざけは心臓に極悪な行為なので、本当にやめて欲しい。
「……あれ? お姉ちゃん、何だか凄い服着てるね」
普段、ディアはシンプルな白いシャツとスキニーのような肌に張り付く黒いパンツを履いている。
それはシンプルだが、シンプル故ににディアの魅力を最大限引き立たせる服装だ。
しかし、今はそれに加えて、漆黒の質の良さそうな生地に金の糸で刺繍された、軍服みたいなコートをディアは羽織っていた。
「あっ、気付いた? へへっ、さっきので胸のあたりが破けちゃったから、着替えるついでに勝負服を持って来たんだ。もう二度と油断しないっていう覚悟も込めてね」
「……ごめん。さっき刺されたところ、大丈夫だった?」
「うん。全然平気だよ。見る?」
「……いや、槍が刺さってたのって胸のあたりなんでしょ? そんなとこ見れないよ……でも、お姉ちゃんが無事なら良かった」
「やっぱ、めちゃくちゃ痛んできた。血出てないか見てくれる?」
「あっ、良かった。本当に、大丈夫そうだね。心配して損したよ」
「流石に、そこまで言わなくても良くないかなぁ⁉ 仮にも、刺したのは蒼だよね⁉」
「ご、ごめん……」
しまった。つい、ディアがいつもの調子でふざけてくるので、僕もいつものノリで返してしまった。反省だ。
「……良しっ。確認終了。私は今の蒼が、ちゃんと蒼だって信じる事にしました!」
ディアはそう言うと、急に僕を抱きしめてくる。
「え……? わっ⁉ お、お姉ちゃん⁉ 急にどうしたの?」
「あおーっ! 良かったよーっ! もう、悪器に操られてないんだね! どうやって、蒼を無傷で正気に戻そうかずっと考えてたから安心した! どうやって、そいつをねじ伏せたの?」
ああ、なるほど。ディアはずっと、僕がサズ子に操られていると思っていて警戒していたのか。
通りで、最初に隠れていたわけだ。
「……でも、ごめんね、お姉ちゃん。実はそういう訳じゃないんだ」
「……どういうこと?」
「サズ子……この槍の名前なんだけど、サズ子はまだいつでも自由に僕の身体を動かせる。だから、危ないから距離を取っていて欲しいんだ」
「……ふーん。それにしては、さっき問答無用で不意打ちをしてきた悪器が、今は全く攻撃してこないね。でも、大丈夫だよ。この体勢からでも、攻撃は躱せるから」
「いや、めちゃくちゃ密着してるけど、本当に大丈夫? それに自慢じゃないけど、今の僕は結構力あるよ?」
「ああ、そういえば蒼から預かっていた力が戻っちゃったのか。まあ、それでも問題ないよ。実は、この体勢は蒼を拘束する意味もあるからね」
「いや、もう一回聞くけど、本当に大丈夫? 頭をぐりぐり押し付けている上に、足まで絡め始めたけど、本当にこんな体勢からでも躱せる攻撃ってあるの?」
日本の保険でも、流石にこの状況で怪我をしたら保険の対象外になるレベルで密着されている。
ていうか、いい加減これ以上身体を押し付けるのは辞めて欲しい。僕の身体が、別の意味で危険な状態になってしまう。
「それで、何でその悪器は今大人しいの?」
「……それを説明する前に、お姉ちゃんにいくつか聞きたい事があるんだけどさ。さっき、お姉ちゃんは僕の力を預かっていたって言ったよね?」
「うん、そうだよ。何度も言ってたと思うけど、蒼の力は想像以上に伸びていたからね。あんまりにも急激に強くなると、戦いが力任せになって体術の技術が伸びなくなるんだよ。それに攻撃を受け流すのも辛いから、蒼には悪いけど黙って少し力を吸収してたんだよね」
「……じゃあ、僕のスキルの後半部分が読めなくなっているのも、ティザー達が……もう死んでいるのも……全部、事情があるの?」
「……やっぱり、蒼はもうステータスを見ることが出来るんだね。それも文字通り、見るだけで……それは、その悪器が関係しているのかな?」
「……うん。サズ子が力を貸してくれて、そのおかげで見れるようになったんだ。黙ってて、本当にごめん」
「いいよ。家族とか言っておいて、蒼に隠し事をしていた私が悪いの。今まで黙っていた事は、全部話すよ。だけど、その前にこれだけは信じて欲しい。私は何があっても蒼の味方だから」
『騙されないで、この女はそう言ってまた蒼を騙すよ』
その時、サズ子が再び頭に響くような声で話しかけてきた。
「……やあ、君が私の可愛い蒼を誑かしている悪器かい?」
すると、何故かディアがその声に反応する。
ディアにも、サズ子の声が聞こえているのか?
『誑かしているとは人聞きが悪い。それは貴女の方でしょ? ねえ、【
……はい?
「……くふっ!違うよ。海賊王は私の船長、ゾア・ロバーツの事だもん。私は、ただの副船長だよ」
『本人が死んでいるんだったら、生き残りである貴女がその名を引き継ぐはず』
「その理屈は良く分からないなぁー。海賊王っていうのは、家名みたいに引き継がれるものじゃなくて、世界に示すものなんだよ。貴女みたいにね、【
……おっ?
『……ふーん、私の事を知っていて蒼に預けたんだ』
「まあね。五海層の世海大図書館にある悪器解約書を読んだ時に、異海の太陽とやらを象った黒銀の槍っていうのを見たことがあったからさ。本物かどうかは半信半疑だったけど、どうやら正解だったみたいだね。それにしても、隠蔽魔法かスキルを持っているみたいだけど、ステータスを全部隠しちゃうのは三流以下がやる事だよ。特に、貴女みたいな有名な悪器はね」
『……確かに、貴女みたいな三文芝居しか出来ない小娘に見抜かれるようだったら、私もその事実を認めざるを得ない』
「そういう事だね。それじゃあ、そろそろ私の蒼から離れてくれる? この寄生虫」
『残念、私と蒼は既にどんな刃でも引き裂けない関係になっている。むしろ、貴女の方こそ後方姉面を辞めてさっさと何処か行け。このフラレ女』
やばい。気になる単語が多すぎてフリーズしていたが、このままでは勝手に殺し合いをし始めかねない雰囲気になってきた。
「ちょ、ちょっと待って! お姉ちゃんもサズ子も落ち着いて!」
「落ち着くのは蒼の方だよ。この悪器は国をひとつ滅ぼした前科のある、悪器の中でも最も危険と呼ばれている災厄の一つ、【国喰い】だよ? 冷静に考えてコイツの言うことなんか信じるべきじゃないでしょ」
『それを言うなら、その女こそこの世で最も悪名高き海賊、【簒奪者】ディア・シー。そして、この海賊団は海賊の頂点である、ブラックハーツ海賊団。船長である海賊王ゾア・ロバーツがすでに死んでいるなら、今はそいつが海賊王のはず。つまり、この世で最も悪い女』
「いや、情報量の質が濃すぎて処理しきれんわっ⁉ と、とりあえず、一人ずつ話を聞くから黙ってて! まずは、お姉ちゃん!」
「なーに?」
「海賊王なの⁉」
「私はそんな風に名乗った事はないし、そんな風に思った事もないけど、一応海軍とか一般人からはそう呼ばれているね」
「……それは間違いなく、海賊王だね」
「そう思う?」
「うん」
「蒼がそう言うなら、今日からそう名乗っちゃおうかな♪」
「いや、ノリ軽っ⁉ ややこしいから、それでも良いけどさ! え、でも、だったら、何でこんな下の海層にいるの? それに、最初に会った時にこの海で十三番目に強いみたいな事を言ってなかったっけ?」
「うーん。まあ、実は海賊の序列って十三番目が一番強いって事になってるんだよね。理由は、天海が十三海層にあるって言われているからなんだけど」
「そ、そうなの?」
「うん。それで、私達がこの海層にいる理由だけど……結局、十二海層まで行っても天海に通じる黒海が見つからなかったんだよねー。だから、もう一度下から順に天海に行く方法を探してみようかなって」
「そ、そんな理由で、ここまで戻ってきたのぉ⁉ あと一つ上の海層に行けば、天海だったのに⁉」
「まあ、急がば回れって言うじゃん。それに、おかげで蒼にも出会えたしね♪」
「で、でも、そんなにディアが強いなら、僕なんて必要なくない?」
「そんな事ないよ!たぶん、そこの悪器から聞いていると思うけど、蒼のスキルに海の名前が入ったスキルがあるでしょ? アレは、きっと天海に行くための手掛かりになると思うんだっ! だから、私と一緒に天海へ行こうよ、蒼。大丈夫、戦いは全部私に任せて。蒼は必ず私が守るから!」
そう言って、ディアは僕の目を真っ直ぐ見つめる。
その瞳に……嘘は見えなかった。
本来なら、いくらディアが僕に隠し事をしていたとしてもこれだけ頼りになる味方はいない。
なので、このままディアの話に飛び付いてもいいのだが……しかし、珍しくここまで大人しく話を聞いていたサズ子の話も聞くのが、一応筋というものだろう。
「じゃ、じゃあ、次はサズ子……ディアが国を一つ滅ぼしたとか言ってたけど、それは本当なの?」
『それは、悪意のある話の切り抜き方。ちゃんと理由がある。あの愚者の国は、私を利用するだけ利用して、最後に私と私の前の宿主を処分しようとした。だから、滅ぼしたの』
「それで……その前の宿主の人は、今はどうしてるんだ?」
『……分からない。結構前の事だし、たぶん寿命で死んでいるとは思うけど……その人は、国を滅ぼした後、すぐに私の事を化け物と呼んで海に捨てたから』
「それは……」
『——だから、私は今度こそ絶対に海に捨てられないように、こうやって常に腕に巻き付いておく事にした』
「それで⁉ それで、今僕はこんな目に合っているのか⁉ そもそも、絶対に今の話の反省点はそこじゃないだろ‼ 何でそうやって、お前の話はいつもいつもオチが最悪なんだよ⁉ 少しでも同情した、僕の気持ちを返せ‼」
『やはり、この世界の人間は信用出来ない。私だったら、世界は違うけど境遇も目的も同じなんだから、蒼を裏切る事は絶対にしない。しかも、そこの女が蒼のスキルを奪っている疑惑は晴れてないまま。スキルさえ奪ったら、足手まといの蒼はいつ捨てられたとしてもおかしくはない』
「私が蒼のスキルを奪っている? 何でそんな話になっているのかな?」
『貴女は他人のステータスを奪う事が可能。なら、スキルを奪う事が出来たって何もおかしくはない』
「身体の機能の一つであるステータスや知識である魔法と違って、スキルは魂の一部だよ? いくら私だって、魂をいじる事は出来ないよ」
『死霊魔法で、仲間の魂を縛っている貴女がよく言う』
「アレは、みんなの意思でこの世界に残ってもらっているだけだよ。私はただ魂をこの世に留めているだけ」
『信用出来ない。どうしてもと言うなら、私の刃に触れて今発動しているスキルと魔法を全て解除して。さっきはすぐに魔法を再発動されて取り返し切れなかったけど、今度こそ蒼の全てのステータスが戻るまでは手放さないで。もし、それでも蒼のスキルが戻らなかったとしたら、貴女は嘘をついていないという事が証明される』
「それは出来ないよ。もしも、そんな長時間全ての魔法を解いていたら、みんなの魂が何処かへ飛んで行っちゃう。天海に行くのは私だけの夢じゃないの」
『なら、結局貴女は最後に蒼ではなく、仲間を優先する事になる』
「話が繋がってないよ。そうやって、必死に私から蒼の信頼を奪おうとしているんでしょ? いざという時に、自分の味方をしてもらえるように。くふふっ。一人じゃ何も出来ない寄生虫らしいセコイやり方だね」
『……いい加減、自分より弱い相手に下手に出るのもストレスが溜まってきた。要は、貴女を倒せば十二海層までは行ける事が可能ということ。なら、話は簡単』
「そうだね。私もそろそろこの不毛な話し合いに意味を感じなくなってきたところだったよ。それに、元々悪器に蒼が取り込まれたら助けてあげる約束だったし、まさか寄生されるとは思ってなかったけど、蒼の意識がある分ずっと話は簡単だね」
やばい。気付いたら、再び殺し合いが始まりそうな雰囲気になってきた。
何故、この二人はこんなに好戦的なんだろう?
似た者同士なんだから、相性は悪くないはずなのに。
「ふ、二人とも、落ち着いて!」
「蒼、どう考えても、これ以上は話し合いの無駄だよ。それかもう、いっそのこと蒼がどっちを信じるか選んでよ。たぶん、その粘着質な悪器は何を言っても蒼から離れようとしないだろうけど、奇跡が起きれば自分の行いを恥じて、そのまま蒼の事を諦めるかもしれないよ?」
『確かに、それはいい考え。そこの勘違いしている痛い女に、いい加減その何でも知っているような態度が気持ち悪いとハッキリ言ってやればいい。命の恩人だからと言って遠慮することない。蒼に優しくしているのは、全部自分の目的の為の演技。今まで貴方に隠し事をしていたのが、その証拠』
「いやいや、普通に初対面で実はこの船の人は全員死んでいます。何て言えないでしょ? ああ、ただの槍にはそんな事も分からないか」
『……そもそも、私にも貴方達と変わらない意思があるのに悪器だの寄生虫だのと言うのは、普通に性格が悪い。結局、その女の本性はそれ』
「あれれ? 傷ついちゃった? まあ、そうやって被害者ぶっても、それこそ白々しい演技にしか見えないけどね」
『……この性格ゴミ女! 今すぐぶっ殺してやる!』
「そっちこそ本性現したね、国喰いの悪器! もう二度と人の手に渡らないように、念入りに重石をつけて海に沈めてあげるよ!」
不味い。言っている内容は小中学生レベルなのに、この二人はおそらく本当に実行出来る力と価値観を持っているのが本当に不味い。
それに僕からしたらディアは恩人だし、サズ子はこの世界に僕と同じく迷い込んだ同志と言ってもいい。
なので、正直二人には仲良くして貰いたいのだが、このままではどう考えても無理だ。
「ああ、もう! どうしたら、二人とも仲良くしてくれるんだ!」
「『選んで』」
ディアとサズ子は生き別れの双子かと思ってしまうほど、声を揃えて言う。
「私を選べば、確実に天海へ連れて行ってあげる」
『私を選べば、絶対に裏切らないし、天海にも一緒について行く』
そう言って、ディアは抱きしめる力を、サズ子は強く右腕を締め付ける力を強くする。
選べと言いながら、二人とも欠片も僕を離す気配がないのは気のせいだろうか?
ていうか……いい加減、もうウンザリしてきた。
この二人は、僕を取り合っているようで自分の事しか考えてないようにすら思えてくる。
……いや、そうか。これが答えか。
「お姉ちゃんもサズ子も……いい加減にしろッ‼︎」
僕は人生でも、これ以上ないほど大きな声を出す。
しかも、咄嗟に兄貴が不良と喧嘩する時みたいなドスを効かせた声の真似をしたら、想像以上に上手く出来てしまったので結構怖い声が出たと思う。
ディアもまさか僕がそんな声を出すとは思っていなかったのか、一瞬ビクッと怯んだのが身体越しに伝わってくる。
僕は僅かに緩んだディアの腕から抜け出すと、船首の方へと走り出し手摺りに飛び乗る。
「サズ子、約束は覚えてるな?」
『や、約束? な、何のこと?』
「あんまり勝手な事をしたら、右腕を切り落としてでも海に捨てるって」
『え、うん。でも、まさか……?』
「ああ、約束とは少し違うけど、僕はこれからお前ごと海に飛び込む。僕から離れるなら今のうちにだぞ」
『し、死ぬ気なの⁉』
「もしかしたら、そうなるかも知れないな」
僕はそう言うと、呆然とこちらを見ているディアの方を向く。
「お姉ちゃん、前に言ったよね? スキルがあるんだから、僕には僕にしかない特別があるはずだって」
「え、う、うん……」
「……実は、ずっと疑問だった事があったんだよ。いくら何でも意識がない状態で海に放り込まれて、本当に死なないものなのか? ってね」
「……っ! ま、まさか、蒼⁉」
「もしも、お姉ちゃんが僕のスキルを奪っていたとして、そのせいでスキルが発動しなかったとしたら……僕は死ぬかも知れない。いや、まあ、この話には何の確信もないし、もちろん僕はお姉ちゃんを信じているんだけどさ」
そして僕は本当にもう一つだけ、最後に気になっていた事を実行する。
僕は右手に持っていた黒銀の槍の穂先、刃の部分で軽く左手の手のひらを斬った。
——パリンッ!
すると、頭の中で何かが弾けた音がする。
たぶん、ディアに掛けられた誓約魔法が砕けた音だろう。
……やっぱり、僕はこの槍に斬られたのに誓約魔法が解除されていなかったのは、僕は円形に出ている棘で怪我をしたから、魔法スキルの強制解除能力が発動しなかったのか。
「……
そうして、僕は倒れるように海に飛び込む。
「ま、待って!」
すると、何となく予想していた通り、ディアが僕を追って海に飛び込んできた。
僕は右手に持っていたサズ子を、思いきりディアに向かって放り投げる。
「サズ子! 確実に生き残りたかったら、ディアに寄生しろ!」
『ちょっ⁉』
ドボォーンッ!
強い衝撃と共に、一瞬で視界が泡だらけになって周りが見えなくなるが、僕は構わずがむしゃらに身体を動かして遠くに逃げようとする。
……しかし、そんな僕の努力はすぐに虚しく砕け散る事になった。
何故なら、数秒もしないうちに右腕がとてつもない力で引き寄せられると、僕は勢いよく海面から引き上げられたからだ。
み、右腕がぁ……っ⁉
「『逃がすかぁぁああああっ‼︎』」
僕は、そのまま魚の一本釣りのように海から空中へと放り出される。
チラリと船の方を見ると……そこには何と、黒銀の槍を船に突き刺し足場とする事で体勢を整えたディアが、古布を身体に巻き付けてサズ子と共に僕を引っ張り上げている姿があった。
恐ろしいほどの連係プレイだ。やはり、あの二人は本当に相性が良い。
……最初からその相性の良さを発揮してくれていれば、僕が逃げる事もなかったのにな。
「氷結魔法【
ディアがそう叫ぶと、一瞬で海面が氷の大地に変わった。
す、凄い。この魔法があれば、地球の温暖化問題は一撃で解決するだろう。
「って、あぶなぁぁああああああ……っ! 頭が割れるように痛い⁉」
空中に投げ出された僕は、当然のように身動きが取れない。
僕はそのまま抵抗する事も許されず、頭から氷の大地に突っ込んだ。
たぶん、頭は割れた。
「はぁ……はぁ…………な、何考えてるのかな、蒼⁉ 普通の人は、そんな事を考えても実行しないんだよ⁉」
「……この状況がすでに普通じゃないんだから、今更普通のことをしても意味ないだろ⁉」
「いや、どういう逆ギレ⁉」
ディアは船から飛び降りて危なげなく氷の大地に着地すると、初めて僕に向かって怒ったように声を荒げる。
チィッ! あのまま、足を滑らせて気絶すれば良かったのに!
「あっ⁉」
「ぐはぁっ⁉」
すると、古布を縮めディアの手の中から勢いよくサズ子が僕の目の前まで飛んで来た。
……そして、その勢いのままその鋼鉄よりも硬そうな柄の部分で、僕にベットバッドをかます。
確信を持って言うが、絶対にわざとだ。
こ、こいつ、何しやがるッ⁉
『馬鹿じゃないの馬鹿しゃないの馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの⁉ 貴方がいなくなったら、私はどうやって帰ればいいの⁉』
「んなこと知るかぁっ⁉ 痛いんだよ、このメンヘラ女がっ‼ 大体、お前は槍もメンタルも鋼鉄過ぎるだろ⁉ どうやって育ったたら、そんな性格になるんだ⁉ そんなに帰りたきゃ、ディアと仲良く天海目指せや‼︎」
『はぁーーーーっ⁉⁉⁉ あんな性悪女となんかと一緒に行動するとか、絶対嫌ですけど??? それなら、海に沈んだ方が百倍マシですけど??? それに、私言ったよね? 死ぬまで貴方から離れないって、貴方と一緒ならこの世界で骨を埋めてもいいって!』
「そんなセリフ一言も聞いてねえわッ‼ どんなメンタルしてたら、そんな堂々と嘘吐けるんだよ⁉ 調子いい事ばっかり言ってんじゃねえぞ⁉ 大体、お前ら厄介さ加減ではそんな大差ないだろ‼︎」
「それはちょっと、流石に聞き捨てならないかなぁ⁉」
はぁはぁ……っと、僕等三人(?)の荒い息遣いが、暫く氷の大地の上で鳴り響く。
「と、とにかく、僕は……っ! 一人で天海を目指す! そうしたら、今ある問題は全部解決だ!」
「その選択が一番誰も幸せになってないよ⁉ 大体、私と一緒に天海に行くって言ってくれたくせに! 蒼の嘘つきーっ!」
「いや、こんな事は言いたかないけどさ! 今まで僕を騙してたディアが良く言えたな⁉ そんな約束なんて無効だ‼」
『そう。貴女は、一人で寂しく天海へと向かうと良い。これ以上、私達の邪魔をしないで』
「だから、お前は何で自分だけついて来れると思ってんだ⁉︎ これ以上僕に付き纏うようなら、本当に右腕ごと海に捨てるぞ⁉」
『大丈夫。右腕を切られそうになったら、その前に全身に巻き付く事にした』
「おい、ディア! 約束しただろ⁉ 一刻も早く、僕からサズ子を引き剥がしてくれ‼」
「良く言えたなは、こっちの台詞なんですけど⁉ 本当に、この状況で私がその約束を守ると思ったの⁉」
「う、うるさーい! 大体、この槍を僕に押し付けたのはディアじゃないか⁉」
「なっ⁉ わ、私は、蒼の為を思ってやったのに……っ! それに、ならまだその槍に拘束されて身動きが取れなくなった蒼を、天海に連れて行く方がマシだよ!」
「それもう、僕の存在価値ゼロじゃないか⁉」
「もうこの際、蒼は居るだけで良いの!」
「滅茶苦茶だぁーーーーっ⁉」
いい加減、収拾がつかなくなってきたので、僕は覚悟を示すように真っ直ぐディアの目を睨みつける。
「僕は、僕の思うように行動する! ディアの言うような黒い心とか、そんなの関係ない! 僕は……そう、蒼だ! 蒼い心で行動する! この世界の海が蒼いように、いくら黒に侵略されようと、絶対に揺るがない蒼になる‼」
「……なら! 私は変わらず黒い心で、必ず君を私色に染め上げてあげる! 海賊らしく、無理矢理にでも君の心を奪ってみせるよ‼」
『……それなら、私は常に蒼と共に居続けて、貴女から蒼を守る盾になるわ』
「お前、槍じゃねえか。ていうか、さり気なく僕と一緒について来ようとすんな」
「そうだよ。それにそもそも、こんな状況になったのも全部貴女のせいだからね。私も貴方だけは逃がすつもりはないよ」
『ひ、酷い。二対一で私をイジメるなんて……』
「……馬鹿、二対一じゃねえよ。一対一対一だ」
僕がそう言うと、サズ子は『なるほど』と呟いて、ユラユラと怪しげに古布を揺らす。
『つまり、私が勝手にあの女を攻撃すれば、条件次第じゃ二対一を作ることも出来る訳ね』
「……まあ、そうだな。条件次第だが、そういう状況になる事もある」
「ふーん……そういう事をするんだ。まあ、いいけどね」
僕とディアとサズ子は、それぞれ戦闘態勢を整える。
「それじゃあ、最後に勝った奴の言うことを聞くって事でいいかな?」
「おう」
『異論はない』
「上等だね。【強奪】」
ディアは羽織っていた立派な軍服を脱ぎ捨てると、軍服はそのまま空中で消える。
どうやら、流石にあの恰好では動きづらいと判断したらしい。
しかし、それはつまり、ディアは本気で僕達をぶちのめすつもりだという事だ。
「覚悟してね、蒼」
『……気を付けて。あの女は、恐らく私と同じ隠蔽スキルか魔法でステータスを隠している。魔法の欄には無かった氷結魔法で、この氷の大地を作り出したのがその証拠』
「……ああ、サズ子がずっと僕の右眼に力を貸してくれているおかげで見えているよ。と言っても、もうほとんど見えなくなったけどね」
ディアはステータスを隠蔽しているのを隠す気が無くなったのか、名前以外の全てのステータスを消してしまった。
どうやら、もう手の内を見せる気はないらしい。
「悪いけど、手加減はしないからな、ディア」
「そっちこそ、泣くまでボコるけど嫌いにならないでね」
「別に泣かないけど、仮に泣いたとしても心は絶対に折れないからな」
「……いいね。そうやって、強がってる蒼も可愛いだろうから見てみたいな」
『私も』
「……今、改めて、この状況がちゃんと一対一対一だって再認識したよ」
僕は妖しく光る黒銀の槍をジト目で睨みながら、やっぱり、コイツはあまり信用しないでおこうと心に誓う。
——そうして、僕達のコントみたいに締まらないけど、全員がきっと人生のどの瞬間よりも本気の喧嘩を始めた。
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