第12話 似た者同士
……僕は、フラフラとした足取りで船内を歩いていた。
食堂の前を通ると、いつも通りの喧しくも楽しそうな狂乱騒ぎが扉を内側から鳴らしている。
僕は扉の前で足を止めると、暫く考えた末に大きく扉を開けた。
「あん? おお、起きたのか、蒼コノヤロー。起きれんなら、飯作ってくれよ。それかディアが量産した残飯を食え」
「おい、ティザー!そんなこと言って、ディアに聞かれたら大変だぜ⁉ 調理してない塩漬け肉の方が、数段美味いなんていう残酷な事実を言うなよなぁっ!」
「がっはっはっ! ちげえよ、実はこの料理は塩漬け肉を上手く食べるための調味料なのさ!」
「な、なるほど!だとしたら、コイツは素晴らしい料理だ! 店を開いたら、全海層の海賊どもがこぞって食べにくるぞ! まあ、その前に食品衛生法に引っかかって、ぶっ潰されるだろうがな!」
「テメエら、最後の言葉はそれでいいか⁉ 正直者は前に出ろ! 世界一の料理人、ディア姐さんのお通りだぁ!」
「お前から、死ね! このクソ酔っ払い共がぁっ‼」
ティザー達の笑い声とブチギレたディアの叫び声が鳴り響く混沌とした目の前の光景は、まさに海賊達の食卓と言った風景だ。
僕がもし芸術家だったら、間違いなく筆を取っていた事だろう。
それほど、幻想的で狂楽的な風景だった。
「おーい、あおーっ。早くツマミ―」
「……分かったって! ったく、怪我人に優しくねえ海賊団だな!」
「かっかっか! お前は塩漬け肉を美味く作るのが、世界で二番目に上手いからな! 一番はディアの飯だ!」
「それ不味いじゃねえか」
「蒼―っ⁉」
「がっはっは! 蒼にまで言われたらお終いだな!」
「まあ、料理すること自体は良い事だと僕は思うけどね」
「食ってから言え」
ドンッ! と、目の前にベタベタと何か脂っこいものが付着している塩漬け肉が置かれる。
……え? これ、料理なのか?
僕はそれを手に取ると、ほんの少しだけ齧って味見をした。
「……ゴホッ」
「うわああああああんっ!」
「ちょっ、まだ何も言ってないよ。お姉ちゃん!」
口に入れた瞬間、そのあまりのエグさに思わず咳き込んでしまうと、それだけで全てを察したディアが泣きながら厨房に引っ込んでしまう。
「という訳で、俺らにはお前が必要だ。いつまででも、ここにいて良いからな」
「……うん。ありがとう。でも、僕は帰らなきゃ」
「あん? それは天海に行ってからの話だろ? 流石に、気が早いぜ」
「そうだね……僕も早く強くなれるように、頑張るよ」
「ったりめえだ! 俺ら全員で力を合わせて、絶対に天海へ行くぞ! そうだよな、お前らっ‼」
「「「おーーーーっ!」」」
「……からのー、ティザーから始まるーっ! 古今東西ゲーム!」
「「「YEEEEEEAHッ‼」」」
「お題はー……海賊の処刑方法―っ!」
「「「FOOOOOOOOッ‼」」」
……心なしか、天海へ行くと言った時よりも古の飲み会ゲームが始まった時の方が、全員の声が大きい気がする。
コイツら、本当にやる気があるのだろうか?ていうか、また海賊の処刑法かよ。絶対コイツらそれしか知らねえだろ。
僕は呆れながら、騒がしい酔っ払い共を放って厨房にいるディアのところまで行く。
「お姉ちゃん?」
「……」
ディアは厨房の端、良く僕が飲んでいる消毒された水の樽の横で、膝を抱えながら座っていた。
僕はディアに近づいて、鏡のように同じ姿勢でその場に座り込む。
「そんな所にいないで、みんなの所に戻ろうよ」
「……や」
「え?」
「嫌―っ! みんなが謝ってくれるまで戻らない!」
「そんな子供じゃないんだから……それに、ティザー達も悪気があった訳じゃないよ」
「あれに悪気が無いって言うなら、世界中のほとんどの物事には悪気はないって事になるね」
「……まあ、でも、そうなのかもね」
「え?」
「どんな人も、最初は悪気なんて無いはずなんだ。ただ、自分の事で必死なだけで」
「そうかな? それは流石に世界を甘く見過ぎじゃない?」
「……それじゃあ、お姉ちゃんには悪気があるの?」
「そりゃあまあね。海賊と言っても、常識はあるからさ。船を襲うのもお宝を頂くのも全部生きていくためだけど、悪いとは思ってるよ」
悪いか……それを悪いの一言で済ませられるディアは、きっと昔から強かったのだと思う。
「……お姉ちゃんって、強いよね」
「うん? そうだねぇー……私が今生き残っているって事は、きっと強いんだろうね。私の生まれた所では、生きるために命の奪い合いなんて普通で、死んだとしても遺骨ですら奪われるような世界だったから」
「……」
僕は意図せず出て来たディアの昔話に、唖然とする。
僕の想像以上……いや、想像もつかないような世界で、今までディアは生きてきたんだな。遺骨なんて奪って、どうするのか見当もつかない。
「それは……大変だったんだね」
「うん。でも、私から見たら蒼だって強いよ?身体じゃなくて心がだけど」
「そうかな?」
「だって、蒼はこんな世界にある日急に放り込まれても、帰ることを諦めてないでしょ?」
「そりゃあそうだよ。高校だってまだ卒業してないし、大学だって行きたいもん」
「……私には、それがどれだけ価値のある事か分からないけど、でも、蒼のその強い意思はきちんと結果に現れている。実際、調子に乗らないように言わなかったけど、蒼のステータスの伸びは凄いんだよ。このペースで行けば私なんてすぐに追い越されちゃう」
「それは、流石に言い過ぎじゃない?」
「こらーっ! そこは私を追い抜くつもりで来てよ! 一緒に天海に行くんでしょ?」
ディアはそこまで言うと、急に少し暗い顔になる。
「……でも、きっと蒼はもう戦うのは嫌だよね」
「え……?」
「最初から、何となく分かってたよ。今まで殺し合いどころか喧嘩すらしてこなかった蒼は、きっと海賊なんてやりたがらないって」
「それは……」
「でも、それでも生きるために……元の世界に帰るためになら、割り切ってくれるかなと思ったけど、その様子じゃあ無理だよね」
「お姉ちゃん……」
「いいよ。例え、蒼がもう戦えなくたって、私が蒼を天海まで連れて行ってあげる。だから、蒼はもう戦わなくていい」
僕は……そのディアの言葉を聞いて、どうしても確認したい事が出来てしまった。
『そこまでだよ』
——その瞬間、僕の右腕に巻いていた包帯が弾け飛び、蛇が這ったような傷跡から、無くなったと思っていた槍が飛び出して……そのまま、ディアの胸を貫いた。
「な……っ⁉」
あまりに一瞬で起こった出来事に、僕の脳の処理速度が追い付かず固まっていると、槍が刺さったディアの胸から、血の代わりに夥しいほどのドス黒い霧みたいなものが溢れ出す。
「……えっ、うそ……やだ、やだやだやだっ! だめ……だめだよ…………逝っちゃだめぇぇええええええええっ‼︎」
ディアは胸から溢れ出してきたものを見ると、発狂しながら胸の槍を力尽くで引き抜き、叫ぶ。
「死霊魔法【
ディアがそう唱えた瞬間、僕のいた床は崩れさり、底の見えない奈落へと突き落とされた。
「う、うわぁぁああああああああっ⁉」
『身体、借りるね』
その時、再び何処からか声が聞こえる。
しかし、今回はそれだけじゃない。
僕と一緒に落ちてきた槍に巻きついていた古布が、先程までつけていた包帯の代わりというように僕の右腕に巻き付いてくると、同時に僕の身体は何者かに操られるかのように勝手に動き出し、手足のように槍を操って壁に突き刺す。
その結果、肩が外れるんじゃないかという衝撃が僕に襲い掛かり、急激に減速しながら落下は止まった。
「がぁ……っ!」
『落ち着いて、すぐに下まで降りるから』
しかし、代償に完治していない右腕が悲鳴を上げながら、激痛を全身に訴える。
そのあまりの痛みに、思わず掴んでいる槍を離しそうになってしまうが、まるで麻酔がかかったみたいにじんわりと痺れたような感覚が返ってくるだけで、僕の身体は全く動こうとしない。
痛みと混乱で、頭がおかしくなりそうだ。
「お、お前は……サズ子なのか?」
『せいかーい。正義の味方、サズ子ちゃんですー』
頭の中で、場違いなくらい可愛らしい声が響く。
「何で……何で、お姉ちゃんを刺したんだっ⁉ お前は、お姉ちゃんに何をした‼︎」
『それはまず、この状況を何とかしてから話そう。そうしないと、貴方の右腕が壊れちゃうから』
サズ子がそう言うと、僕の左腕が僅かに飛び出した壁の一部に指を引っかける。
「……僕の左手に、全身の体重を支えるほどの握力はないぞ」
『大丈夫。あの女から取り戻したステータスがあるから、そのくらい余裕』
……サズ子の言っている事は分からないが、少なくともこの状況で僕に出来る事は無い。
だが、少なくともコイツには僕の身体が必要なはずなので、命がかかっている今の状況で裏切ることはないだろう。
『うん。そのまま、力を抜いて。私に身体を預けて』
「預けてるんじゃなくて、奪われてるんだけどな……」
『些細な違い』
サズ子はそう言うと、再び僕の右手が勝手に動き出し、壁に刺さった槍を引き抜くと槍の穂先を地面に向ける。
そして、次の瞬間、驚くことに槍の柄がどんどん伸びていった。コイツは如意棒か何かなのか?
暫くすると、遥か下で何かに突き刺さる手応えが返ってくる。
『壁から手を離すけど、慌てないでね。ゆっくり降りて行くから』
すると、先程のように槍の柄に付いていた古布が動き、僕の足場となるとゆっくりと左手が壁から離れる。
槍はそのまま縮むように下に降りて行くと、やがて地上に辿り着き、僕の身体を労わるように丁寧に降ろしてくれる。
「……ありがとう、サズ子」
『へえ、勝手に身体を借りて、お礼を言われたのは初めて』
そりゃあそうだとは思うが、僕は別にサズ子に危害を加えられた訳ではない。
むしろ、状況だけ見れば助けられたと言っても過言ではないだろう。
この状況を引き起こしたのが、サズ子でなければの話だが……。
「……何で、お姉ちゃんを刺したんだ」
『むしろ、あの状況で、何故貴方はこの船に残ろうとしていたの?』
「……」
『私はただ、あのままじゃ蒼が死んでいたからあの女を刺しただけ』
「何でディアが僕を殺そうとするんだ!」
『貴方だってその右眼で見たでしょ? ……あの女の異常性を』
そう言われて、僕は先程まで見ていた……
『それに私の槍の刃には、刺した存在が持つあらゆる魔法やスキルを全て引き裂く力がある。だから、いずれあの女に奪われていた貴方の力は全て戻ってくるよ。その証拠にほら』
右手にキツく巻き付いていた古布が少し解けたと思うと、サズ子が僕の身体を操り、右眼の前に右手を持ってくる。
古布の隙間から少し覗いている自分の肌を見た瞬間、僕の右眼にステータスが現れた。
名前 天条蒼 所属 ブラックハーツ
筋力 24.07 体力 23.08 魔力 21.00 体術 34.09
スキル 「異海の???」
『スキルはまだ取り戻せてないけど、それも時間の問題』
「……」
『このまま力が戻るまで、何処か遠くに身を隠していよう。それか、あの女を殺しに行ってもいい。あの女が奪っていた力が、すでにこれだけ戻っているのならそれも可能なはず』
「……サズ子、お前さっき、あのままだったら僕はこの船に残ろうと思っていたって言ったよな? それってつまり、お前には僕の考えている事が分かるのか?」
『……別に心が読める訳じゃない。ただ、私は貴方の心に寄生しているから、それに近いレベルで感情が伝わってくるだけ』
「言い方最悪だな」
『事実だからしょうがない。私は宿主がいないと動けない生ける屍も同然……そういう意味じゃ、私もあの女に使役されている、哀れな死体と何も変わらないのかも知れない』
「……その言い方、やめろよ」
『何で? そもそも、貴方は私のやった事が理解出来ないみたいだけど、私の方こそ貴方の感情が理解出来ない。何故、貴方はあの女のおぞましい真実を知ったのにも関わらず、何の嫌悪も抱かなかったの?」
……ああ、なるほど。それでサズ子は僕がこの船に残ると考えたのか。
でも、確かにサズ子に言われて初めて気付いたが、僕はかつての仲間を死体にして操り、かつ、僕のステータスと元の世界に帰る手掛かりになりそうなスキルまで奪っているかも知れないディアに対して、何の嫌悪も抱いていない。
勿論、最初はティザー達が本当は死んでいると知って動揺したが、今はディアの魔法がサズ子によって強制解除された事で、ティザーがどうなったのかを心配している。
たぶん、こんな気持ちになっているのは……短かったけど濃かった、これまでの思い出と魔法を強制解除された時の、恐らく初めて聞けたディアの本心が原因だと思う。
「……僕には、どうしてもお姉ちゃんがただの悪人には思えないんだ」
『それは、ただ貴方があの女にマインドコントロールされているだけ。あの女は、今日まで貴方にこの世界の居場所を提供する事で、貴方を自分に依存させている』
「……だとしても、僕はもう一度、お姉ちゃんと話がしたい」
『どうせ、本心なんて話す訳がない。時間の無駄』
「……良いから、お前は黙って僕の言う事を聞けよ。そろそろ本気で面倒くさい。それに、僕はこれでも、勝手にお前が僕の身体を使ってお姉ちゃんを刺したこと本気で怒っているんだぞ。これ以上、勝手な事をしたら、お前ごと右腕を切り落として海に捨ててやる」
『……貴方には、そんな事出来ない』
「僕が冗談を言っているように見えるか?それに、お前は僕の身体を完璧に操る事は出来ないんだろ?その証拠に、本気で抵抗すれば動けそうだ」
僕は右手に力を入れて、槍から指を離す。
キツく古布が巻き付いているせで、完全に右手から離す事は出来ないが、最悪右腕ごと切り離す事は出来そうだ。
もちろん、そんな事をしても何の意味も無い事は分かっている。
ただ、僕はコイツにこれ以上好き勝手されるのが、我慢出来ないのだ。
それに僕の意思に反して、勝手にディアを刺したコイツはもう信用できない。
何ならサズ子の言っている事は全て嘘で、ディアの方が正しい可能性だってあるくらいだ。
真偽を確かめる為にも、ディアにはもう一度会いに行かなければならないだろう。
『……分かった。信じられない事に、本気で右腕ごと私を海に捨てる覚悟をしているみたいだから、ひとまずは協力してあげる。でも、貴方には生きてもらわなきゃ私も困る。貴方に危険が迫ったら、腕だけになってでも必ず貴方を守るよ』
「おい、待て。何カッコ良く僕の腕だけでも確実に持っていこうとしてるんだよ。ふざけんな。そんな状況になったら、『こんな宿主選んだ私が馬鹿だった。海に捨てられる前に、さっさと他の宿主を探しに行こう』ってなれよ」
『残念。私は病み系女子だから、一度信じた人には裏切られるまで一生付きまとう』
「それ、結局僕から離れるかどうかは、全部お前の匙加減って事じゃねえか。やっぱ、お前最悪だわ」
『……あまり、私のメンタルの貧弱さを舐めない方がいい。それ以上言われたら、普通に泣く』
最後に僕の顔で悲しそうな表情をすると、サズ子は僕に身体の支配権を返してくれる。
どうやら、しばらくは自由に行動させてくれるようだ。
……はぁ、まいった。こんな事を言うのもなんだけど、僕はサズ子にも不思議と嫌悪感が湧かないのだ。
本当に、自分でもどうかしていると思う。
だって、コイツは僕の身体を勝手に操って、人を殺すのも躊躇わないような自称病み系のサイコパス女だ。
……しかし、話している限り、ちゃんと理性があり知性を感じる。
そして、それはディアにも共通して言える事だ。
サズ子は嫌がるだろうが、ディアもサズ子も本質はとても似ていると思う。
目的があり、その目的を叶えるために手段を問わず周りのもの全てを利用しようとするが、情が無いわけではなく、むしろ二人とも他人が好きなタイプだと思う。
「……ああ、そっか。二人共、兄貴に似ているんだ」
サズ子は僕の兄貴とディアは正反対の存在と言ったが、僕からしたらみんな似た者同士だ。
僕は地面に突き刺さった槍を握り締めるとゆっくりと槍の柄が伸びていき、ご丁寧に再び古布で足場まで作ってくれた。
どうやら、サズ子は僕の感情どころか空気も読めるらしい。
僕は心の中でお礼を言うと、最後に見た瞬間、今にも泣き出しそうな顔をしていた少女の事を思い出す。
「お姉ちゃん……」
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