第11話 サズ?


 ——あの女ぶち飛ばす。


 ……第一声から物騒過ぎないか?

 ——散々ディスられた挙句、悪い武器扱いされたら誰でもキレると思う。

 それは否定しないけど……何で、お前はそんなに僕の世界の喋り方に近いんだよ。

 ——貴方の頭の中から勝手に学習した。悪気はない。悪器じゃないだけに。

 やっぱり、悪器で合ってるじゃねえか。冷え切ったわ、心が。

 ——ついでに、右腕も冷えるとちょうど良かったのにね。

 やかましいわ!


 ——大体、悪と言うのなら、あの女の方がよっぽど悪じゃない。

 ……なあ、ディアのあのステータスは本当なのか?

 ——私は悪い武器らしいから、教えてあげない。

 ごめんて。

 ——もっと誠意を持って、私に忠誠を誓うなら許してあげる。

 コイツだっる。

 ——……ちなみに、ここは君の心の中だから、君の思った事はダイレクトに私に伝わってくるので気をつけた方がいい。

 怒ったか?

 ——普通に傷ついた。


 ……なあ、メンタル弱いなら変なこと言わずに、普通に教えてくれよ。

 ——私みたいな女は、自分が優位に立たないと他人に優しく出来ないの。

 最悪じゃねーか。

 ——はい、病んだ。

 めんどくせえ……。

 ——私そろそろ死ぬけど、最後に言うことある?

 人の心の中で、勝手に死ぬんじゃねえ。何か気持ち悪いだろ。

 ——……貴方って、本当は全然優しくないのね。敵の命を救えなくて、あんなに落ち込んでいた人と同一人物だとは思えないレベル。もしかして、偽善者?

 ……かもな。だって、僕は十何年も嫌なことを全部兄貴に押し付けて、自分は他人のフリして呆れてたんだぜ? ……家族なのにな。

 ——最悪じゃない。

 本当にな。


 僕は心の中で、大きく溜息を吐く。


 ——弱虫の卑怯者で自己中心的な貴方が、よくも私をディスれたわね。

 返す言葉は……結構あるが、まあ概ねその通りだな。

 ——それに自己肯定感も低いし、言いたい事があるのに我慢するなんて、貴方はこの世界に来てから何も学習していない。

 お前さっき、僕が我慢せずに言いたい事言ったら、散々文句言ってきたじゃねえか。

 ——……自分の都合の良い事しか見ないし聞きたくないし、何ならいつだって被害者でいたい。女って、そういうものよ。

 そんな最悪な女は、世界でお前だけだ。

 ——そう。私は最悪なの。だから、貴方がどんなに傷ついたって構わない。思った事をそのまま言わせてもらうわ。

 おい、コイツ。とうとう、開き直りやがったぞ……僕に言いたい事って、何だよ?

 ——貴方は、弱くて卑怯者。だから、いつだって誰かに守られて生きてきた。……でも、だからこそ、貴方は誰よりも正しい事が何なのかを知っている人。それこそ、天然の善人である貴方のお兄さんなんかよりも、ずっと……それが、偽善者というものよ。


 ……買い被り過ぎだ。

 ——むしろ、それ以外に貴方の良いところなんてないわ。

 それは見下し過ぎだ!

 ——それで、この状況で貴方の思う正しい事ってなに?

 ……分かんねえよ。

 ——どうやら、貴方の存在価値はゼロに等しくなったようね。

 本当にお前って奴は、下手に出てると際限なく上から押し潰してくる奴だな⁉

 ——さっきの質問に答えてあげようとしたんだけど、やっぱやめた。

 ……僕が悪かったです。

 ——不満はありありと伝わってきたけど、まあいいわ。

 ……。


 ——貴方の見たステータスは、全部本物だよ。


 ……でも、何で急にステータスが見えるようになったんだよ?

 ——私の右眼を貸してあげてるから。

 右眼? 武器なのに眼があるのか?

 ——眼っていうのは、比喩表現。要はスキルを貸してあげているだけ。

 ていうか、今更だけどお前ってあの槍だよな?

 ——お前じゃない。サズウェル。


 すると、突然何もない闇の空間に女の子が現れた。

 その子は、病的なほど真っ白な肌をした美少女で、黒い髪をツインテールに結んでいる。

 服装は僕が住んでいた日本のものに近いようで、黒を基調としたフリルの多い服を着ていた。

 いわゆる、地雷系ファッションというヤツだろうか?

 その子は鈴を鳴らすような可愛らしい声で、静かに毒を吐く。


「私が好きな服に、ケチ付けないでくんない?」

「……お前、筋金入りだな」

「それは、私と同じような服装をした全人類を敵に回すってこと?」

「規模がでけえよ……」


 ああ、間違いない。コイツが、さっきまで僕が話していた女だ。


「お前——」

「サズウェル」

「……言い辛いんだよ」

「別に、略称で呼んでも構わない」

「……略称……サル?」

「次にその名前で私を呼んだら、金輪際貴方に力は貸さないし、毎晩寝るたびに貴方がうなされて起きるまで、シューベルトの魔王を歌い続けてやる」

「なあ、絶対にお前は悪器と呼ばれても仕方ない存在だと思うんだけど、僕は間違っているのか? 大体、服装もそうだけど、何で僕よりも僕の世界に詳しそうなんだよ」


 僕は今サズウェルが着ているようなファッションなんて、テレビで一度見た事あるかどうかくらいの記憶しかないし、音楽の授業で習った魔王の作者がシューベルトなんていう名前だったなんて、全く覚えて無かった。


「……」

「……はぁ、悪かったって。それじゃあ、何て呼べば良いんだよ?」

「さっきは略称という言い方が不味かった。今度は愛を込めて愛称を考えて」

「ええー……、愛?」

「どうやら、話はここまでのよう」

「分かったよ! 今考えるから、待てって!」

「……」


 サズウェルはツーンッと顔を逸らし、頬を膨らませながらチラリと横目で僕を見ている。

 何てあざとい奴なんだ……はぁ、めんどくさい。

 しかし、愛称かぁー……いや、マジでどうしよう。全く何も思いつかないぞ。


「これだけ悩むという事は、さぞ可愛くて素敵な愛称が出てくるはず」

「……サルだって可愛いぞ?」

「……仮にも、私は女の子。サルは流石に酷い。そもそも、貴方はもっと私に優しく対応してくれても良いはず」

「自分の日頃の行いを、もっと見直してから言ってください。ていうか、今更だけど槍に性別とかあるのか?」

「もちろん、私の世界じゃ常識」

「僕の世界だったら、考えられないなー……」

「そんな事より、早く私の呼び方を決めて。可愛いやつ」

「いや、それなんだけど……僕、本当にそういうの苦手で…………あっ、でも、そういえば、僕の国では可愛いものには、最後にコを付ける文化があってさ」

「ほうほう?」

「ワンコとかニャンコとか」

「なるほど」

「うん。だからさ……サズ子とか、どうかな……?」

「…………ごうかーーーーくっ!」

「え、マジで⁉」

「うん。普通に可愛くて好き」

「そうか……」

「……何でちょっと引いてるの?」

「いや、別に? 全然引いてないですけど?」

「そう? まあ、いい。それで話の続きだけど、私も貴方と同じ気が付いたらこの世界に流れついていた被害者の一人。だから、帰る為に天海を目指す貴方に力を貸したいと思っている」

「え、サズ子もそうなのか?」

「うん、他にも流されてきた仲間がいるみたいだし、きっと帰る道はあるはず」

「じゃあ、サズ子はこの世界に来た他の仲間も助けたいのか」

「え、全然? 私は別に、自分さえ帰れればそれでいい」

「お前は、本当に果てしなくクズだな」

「……じゃあ、逆に聞くけど、貴方と同じ世界から来た人がこの世界で悪人って呼ばれていたら、わざわざ探して会いに行こうと思う? 自分だって帰れるか分からないのに?」

「うっ、それは……」


 僕は、咄嗟に言葉に詰まる。

 確かに、そう考えたら出来るだけ関わりたくないかも知れない。

 すると、サズ子がとてつもなく見下した目で僕の事を見てきた。


「貴方って、本当に果てしなく愚かなクズね」


「いや、そこまでは言ってないだろ⁉」

「私には言う権利がある」

「……それより、サズ子の世界ってみんな武器の姿なのか?」

「話を逸らしたわね、愚かなクズ。そんな訳ないでしょう、愚かなクズ」

「どんだけ、マウント取って殴ってくんだよ⁉ 謝るまで一生離す気ねえじゃねえか! 悪かったよ!」

「この世界だと、何故か本来の姿に戻れない。力はスキルや魔法という形で使えるからまだいいけど、人に頼らないと移動するのすら困難なのがキツイ」

「お、おう、そうか。……でも、確かにただでさえ知らない世界なのに、自分で動けないのはもどかしいよな」

「そう。だから、貴方は私を運ぶ奴隷」

「一瞬で同情する気が失せた。一刻も早く、僕の心の中から出ていけ」

「でも、私達の利害は一致しているはず。私は一人じゃ満足に動けないから、私の代わりに動く足が欲しい。そして貴方は力が欲しい」

「……ディアも言ってたけど、サズ子達ってそんなに強いのか?」

「本来なら、この世界の人間も貴方の世界の人間も相手にならない。比べられるのすら屈辱」

「そ、そんなに強いのか……」


「うん。だから、あの女も殺せるよ」


「……」

「貴方も気付いているはず。あの女は貴方を利用している」

「……でも、それこそ利害の一致から始まった関係だ。例え、ディアにどんな事情があったって、僕と一緒に天海を目指す事に変わりはない。それに殺すなんてやり過ぎだ。ディアは僕の命の恩人なんだぞ?」

「へぇ……だったら、何故貴方はあの女に力を奪われているの?」

「……え?」

「貴方のステータスの中に、途中で読めなくなっているスキルがあるはず」

「あ、ああ」

「さっき、貴方を通してあの女を見て確信した。貴方はあの女に、力を奪われ続けている。今、この瞬間ですらそう。だから、スキルの文字が読めなくなっている」

「そんな馬鹿な……ディアがそんな事をするはずがない!」

「何故、そう言い切れるの?」

「だって、ディアは僕の命の恩人で……他にも、たくさん僕を助けてくれたし、僕が一人でも戦えるように鍛えてだってくれている」

「それで、貴方はいつになったらあの女と同じくらいまで強くなれるの?」

「……それは」

「恐らく、あの女は最初に貴方を助けた時に、一度力を奪おうとして失敗している。だから、貴方が逃げてスキルが奪えなくなる前に、この船に縛り付けてゆっくりと力を奪おうとしている」

「……だから、それに何の意味があるんだよ! 僕のステータスは、ディアに比べたら赤子同然なんだぞ⁉」

「ステータスじゃない。あの女は、貴方のスキルが目的」

「え……?」

「あの女も言っていたはず、貴方は天海へ行く為の鍵になる。その理由は、貴方のスキルに海という文字が含まれているから」

「そ、そんなの……」

「言っておくけど、私はこの世界に来てから海と名の付くスキルの存在を聞いた事が無い。そんなモノがあれば、絶対に話題になるはずなのに」

「……でも、それでも、まだディアが何かしていると決まった訳じゃない」

「そんなに疑うのなら、あの女が貴方に干渉している力を私が斬ってあげようか? そしたらもう、あの女は今まで貴方の前で付けていた仮面を外して、物理的に貴方を拘束しに来るはず」

「……」

「勿論、そうしたら戦闘は避けられない。その時、貴方には絶対に私の力が必要になる」

「……結局、お前も僕のスキルが目的なんだろ」

「それは否定はしない。でも、私は自分じゃ移動出来ないし、貴方のスキルを奪う力もない。そんな事が出来たら、とっくに貴方のスキルを奪って今頃天海へと向かっている」

「……もう、僕には何も分からないよ」

「私を信じて、蒼」

「……しばらく、考えさせてくれ」

「……わかった。それまでは、私の右眼を貸したままにしてあげる」


 そうして、僕は静かに……目を覚ました。

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