第10話 目覚め
夢から覚めた僕は、ゆっくりとベッドから身を起こす。
「頭痛い……寝過ぎたかな?」
ベッドに手を付くと、鋭い痛みが走る。
自分の右腕を見てみると、右腕は内側から弾けそうなほど熱を持って膨らんでいた。
まるで、膨張しているみたいだなと思って触ってみようと手を伸ばすと……左手に握っていた槍が、無くなっている事に気が付く。
僕は慌ててベッドから起き上がって槍を探すが、槍はベッドのどこにも無い。
……恐らく、危ないからディアがこっそり回収したのだろう。
あの時は、まるで縋るように必死に槍を握りしめていたが、冷静に考えてみたら円形に棘が飛び出ている槍を持って寝るなんて危険過ぎるからな。
それに……どうせお守り以上の価値はないんだし、あれ以上あの槍を持っていても仕方ないか。
しかし、一つだけ困ったことがある。
「海賊……どうしようかな」
そうなのだ。僕はまだその事について、何も考えられていない。
しかし、恐らく槍を持っていない僕を見たら、ディアはその事について聞いてくるだろう。
槍を回収したのは、ディアなりのタイムリミットという意味もあるのかもしれないな。
「とりあえず、水でも飲むか」
僕はひとまず医務室を出ると食堂へと向かい、樽からいつもの消毒された水をコップですくって飲む。
相変わらず、キツい水だ。飲むと頭がハッキリとする。
「よーっす。もう元気になったか、蒼?」
「ああ、ティザー……っ」
カランッ。
「うおっ⁉ おい、馬鹿野郎! タバコから引火したらどうすんだ⁉」
何でただの水が、タバコから引火するんだよ。それもう確実にアルコールじゃねえか……とか。
大体、そんな危険ならタバコの火を消してから食堂に来い……とか。
いつもならそんなやり取りをして、笑いながら溜息を吐くところだ……しかし。
「いやー、それにしても聞いてくれよ、蒼。昨日はディアの奴が、蒼の代わりだっつって料理したんだけどよー。これが不味くて仕方ねえ。やっぱ、お前コック向いてるよ」
ティザーはそう言って、昨日の食事を思い出したのか顔を顰めると、口直しをするように美味そうにタバコを吸う。
「だから、別に無理して戦わなくてもいいんじゃねえか? 天海に行きてえって言うなら、俺らが連れて行ってやるからよ」
「あ、ああ……ありがとう、ティザー」
「おう。まあ、そういう事だから、あんま無理すんなよ」
ティザーは気のいい親戚のように、僕の頭をポンポンと叩く。
恐らく、ティザーなりに僕の心配をしてくれているのだろう。それは素直に嬉しいと感じる。
「今日の夕飯、期待してるぜ」
「……結局、飯かよ」
「ははっ、じゃあな」
ティザーはそうして、いつも通り兄貴風を吹かせながら食堂を後にした。
僕はそんないつもと変わらない風景を、
「どういう事だ……?」
右眼がおかしい。
別に見えなくなった訳では無い。いや、もしかしたら失明していた方がマシだったかも知れないレベルだ。
僕は左眼を抑えて、右眼だけでもう一度ティザーの後ろ姿を注視する。
名前 ティザー・バルバトス 所属 ブラックハーツ
筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 体術 ??? 剣術 ???
スキル「剣聖」「予見」「逃亡者」
魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」「錬金魔法」「火魔法」「風魔法」「雷魔法」「空間魔法」「治療魔法」
備考・死体は術者によるステータスの変動がある為、計測不可能な箇所があります。
……これは、間違いなくステータスだ。
しかし、僕は鑑識魔法の魔法の書なんて読んだことないし、いつもディアが言うようなステータスという言葉も発してない。
魔法がどういう理屈で発動するのかは分からないが、ディアが魔法を使っている様子を見る限り、恐らくだが発動する為のトリガーとなる言葉を発しないと駄目なはずだ。
……だが、そんな事は今どうでも良い。
問題は最後の……
ティザーが死んでいる……?
そう考えた瞬間、心臓が不愉快な鼓動をかき鳴らす。
「お……お姉ちゃんに、相談しないと……」
僕はフラフラと覚束ない足取りで歩きながら、焼き切れそうなほどに熱い右腕の傷口を抑え、いつもディアがいる甲板に向かう。
「あ、蒼、起きたんだね!」
甲板に出ると、ディアはいつも座っている周りの海を一望出来る船首に座っていた。
僕の視線を感じたのか、すぐにくるりとこちらを振り向くと、明るい笑顔を浮かべながら僕に手を振る。
「……」
「腕の調子はどう?」
「……めちゃくちゃ熱い」
僕はそう言ってディアの隣に座り、一緒に海を眺める。
「あははっ! そんなもんだよ! 大丈夫、ちゃんと処置はしといたから、すぐに治るはずだよ」
「……ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、何でいつも甲板にいるの?」
「え、海を見るのが好きだからかな? それに呑んだくれのみんなは、いつも大体二日酔いで使いものにならないから、私が周囲に異常がないか見張りをしないといけないんだよね。また、人が流れてきたりしたら、大変でしょ?」
ディアはそう言って、面白そうにこちらの顔を覗く。
「その節は、どうもお世話になりました……でも、寂しくない?」
「え、寂しい? なんで? そりゃあ、暇ではあるけど……今は蒼がいるから、むしろ楽しいくらいだよ! 蒼なら、二日酔いの心配もないしね!」
「それは、どういう意味だ?」
「え……あ、あははーっ、それは勿論、蒼がお酒を飲んでないからに決まってるジャン」
「おい、信じられないくらいの棒読みやめろって。その言い方だと、まるで僕がいつもお酒を飲んでいるみたいになるだろ?」
「ソンナマサカ」
「そうだよな?」
「……そ、それより! 蒼は、もう槍を持たなくてもいいの?」
「あれ? あの槍は、お姉ちゃんが持っていったんじゃないの?」
「え、私は知らないよ?」
「え?」
「はい?」
僕とディアは、不思議そうに顔を見合わせる。
先程と違い、嘘を言っている様子ではない。
「……何か、朝起きたら無くなってたんだけど」
「ありゃっ」
「僕はてっきり、お姉ちゃんが親切心と返事へのタイムリミットの意味も込めて持っていたんだと思ってたよ」
「いやいや、流石に昨日の今日で返事を聞こうだなんて思ってないよ。もっと、ゆっくり考えていいからね。大事な事だもん」
「……ありがとう。でも、本当に何で無くなったんだろ? ベッドの横にでも挟まってたのかな?」
「その可能性もあるかも知れないけど……やっぱり、アレは【
「え? それって、僕と同じ……?」
「そう。蒼よりちょっとだけ早くにこの世界に来た【
「……何だか、めちゃくちゃ物騒な名前してない?」
「うん、そうだね。悪い武器を略して、悪器。能力はどれもズバ抜けて高い武器なんだけど、その名の通り、所有者を選んで取り憑く、意思を……悪意を持った武器なんだよね。そのほとんどは所有者を不幸にするんだけど、ごく稀に相性が良いと使いこなす人もいるんだよ」
「へぇー……でも、あの槍はただのゴミだって、ゾアも言ってたじゃないか」
「うん。でも、最初に業物とも言ってたよね? お頭は、予勘っていうスキルを持っていて、勘で物事の良し悪しを見極める力を持っているんだよ。そのお頭があの武器を見た瞬間、業物って言った。それに噂だと悪器の中には魔法やスキルを使える物もあるらしいからね。ステータスを隠していた可能性もあるよ」
「武器なのに、そんな事まで出来るのか?」
「言ったでしょ。悪器は意思を持っているんだよ。つまり、私達と同じ考える力があるの」
「……じゃあ、お姉ちゃんもゾアもその事を分かっていて、僕にそんな危ない物を持たせてたのかよ」
「いやまあ、言いたい事は分かるんだけどね? 蒼がもし変になっても責任を持って止めるつもりだったし、蒼自身ももっと強くなりたいと思ってたみたいだからさ。悪器は、色んな意味でかなりヤバい代物だから、使いこなせていればかなり強くなれたはずだよ。まあ、残念ながら蒼は所有者に選ばれなかったみたいだけどね」
そう言って、ディアは肩をすくめる。
どうやら、僕の事を良く考えた結果の決断だったようだ。
そう言えば、ゾアにも教育と言っていた気がする。
……たぶん、ディアは本当に僕が自分の力で天海に行けるように、真剣に考えて鍛えてくれているのだ。
「そっか……ありがとう、お姉ちゃん」
「ううん、家族じゃない。可愛い弟を守るのは、お姉ちゃんの役目だよ」
「うん。ありがとう……ごめんね。まだ少しだるいから、そろそろ部屋に戻るよ」
「そっか、あんまり無理しなくていいからね。ご飯は蒼の調子が良くなるまで、お姉ちゃんに任せといて」
「みんなの為にも、すぐ復帰するよ……コックだけでも」
「ちょっと、それどういう意味かな⁉」
ディアの文句を背中で受けつつ、僕は一体、何が本当で何が嘘なのか分からなくなっていた。
だって、ディアのステータスは——
名前 ディア・シー 所属 ブラックハーツ
筋力 50.00 体力 50.00 魔力 50.00 体術 50.00 銃術 50.00 剣術 50.00 話術 50.00
スキル「理の極意」「天衣無縫」「魂の支配者」
魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」「簒奪魔法」「死霊魔法」「呪縛魔法」「浄化魔法」「誓約魔法」「破壊魔法」
この見ただけで分かる、物騒なスキルと魔法の数々……何より、魂の支配者、死霊魔法という明らかにティザーの事と関係のありそうなスキルと魔法……まるで、ディアの言っている事と入ってくる情報が一致しない。
僕は医療室に戻り、一応ベッドの周りをしっかりと確認して槍が無くなっている事を確認すると、そのままベッドに倒れ込む。
……駄目だ。ディアには一人になる為の口実として、身体がだるいと言ったが、本当に体調が悪くなってきた。もしかしたら、熱もあるかも知れない。
僕は、再び深い眠りにつくのだった。
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