第5話 海賊の在り方

 あれから、一週間が経った。


「おーい、新入り! 酒がたんねえぞ!」

「ツマミもだぁ! ひゃあくもってこぉい!」


 べろべろになった僕の家族達(笑)が、ジョッキを振り回しながらそう叫ぶ。

 現在、僕はこの海賊団のコック兼雑用係をやっている。


 正直に言おう、これじゃない感が半端ない。


 僕は今朝海で釣れたゲソをバターで炒めながら、早くも海賊になった事を後悔していた。

 海賊というものを一言で表せば、ガラの悪いニートの集まりだ。

 毎日明け方から夕方まで寝て起きてを繰り返し、夜は昼間使わなかったエネルギーを全てぶちまけるように騒ぎ倒して、そしてまた寝る。その繰り返しだ。


「持ってきたぞー」


 僕は溜息を吐きながら、飲んだくれの仲間の一人である、ティザーという男に料理を持っていく。

 ティザーは灰色の髪をした冴えないおっさんで、いつもタバコを加えながら喋っているのが特徴だ。


「おう、あんがとうな、蒼。ほら、アレやるぞアレ。お前もグラス持て」

「えー、またかよー」


 僕は厨房に戻ると、樽に入っている消毒された水をグラスに注いで持ってくる。

 この世界では、普通に水が腐ることがあるらしいので、安全を考えた結果、強い消毒効果のある水が常備されているのだ。


「よっしゃ行くぞ、お前ら!」


 僕がグラスを持って来たのを確認すると、ティザーはテーブルにいた他の仲間に向かって勢いよく叫ぶ。


「ティザーから始まるーっ!」


「「「YEEEEEEAHッ‼」」」


「古今東西ゲーム!」


「「「YEEEEEEAHッ‼」」」


「お題はー……、海賊の処刑方法―っ!」


「「「FOOOOOOOOッ‼」」」


「せーっの! 磔ッ!」


 ……コイツらは、何故このお題でこんなに盛り上がれるのだろうか?


 そもそも、何でこの世界の住人であるティザー達が古今東西ゲームを知っているのかと言うと……理由はもちろん、僕が教えたからだ。

 きっかけは、僕がブラックハーツ海賊団の一員になった日の夜、ゾラによって他の仲間達に紹介された時に、本当に異世界人なら異世界の話を聞かせてくれと言われた事だった。

 僕は学校であった些細な事から日本の文化についてなど、とにかく色々なことを話した。

 すると、それが思いのほかウケたので、そのまま日本のことを話していると、僕の入団式はいつの間にかただの飲み会へと変わっていたのだ。

 そして飲み会といえば、日本には様々な飲み会のゲームやコールが存在する。

 その時、僕はとにかくみんなに受け入れて貰おうと必死だったので、知っているゲームやコールは全部教えた。

 結果、狙い通り飲み会のゲームやコールは海賊達の中で大流行し、僕は晴れて仲間の一員になれたのだ。


 ……誓って言うが、僕は十六歳つまり未成年なので一滴も酒を飲んだつもりは無いし、仲間に勧められてもいつも丁重にお断りしている。もちろん、前世でだってお酒を飲んだ事は無い。

 では、何故コールなんてものを知っているのかというと、僕の実家が居酒屋で、店の手伝いをしているうちに自然と覚えたというだけの話だ。


「おい、蒼。お前の番だぞ」

「え、ああ……いや、よく考えたら僕は海賊の処刑方法なんて知らないわ」

「はい! じゃあ、蒼の負けだ! ほれ、イッキ! イッキ!」

「「「イッキ! イッキ!」」」


 ……僕が教えた事とはいえ、このノリは結構めんどくさいな。

 まあ、僕が持っているのは所詮ただの水だし、いくら飲まされようが関係ないか。


「おお……っ」

「いつ見てもエゲツねえな……」

「これだけでも、蒼が異世界人って納得出来るぜ……」


 僕を見て酔っ払い共がザワついているが、コイツ等にはこれが酒にでも見えているのだろうか?

 確かに、消毒効果があるせいで少し匂いはキツイが、これが酒だとしたら僕はジョッキに並々注いであるアルコールを一気飲みしている事になる。

 飲んだことがないので分からないが、こんな酒の飲み方をしたら、急性アルコール中毒とかで普通に死ぬんじゃないだろうか?

 だが、僕はこの一週間、何度もこの水を一気飲みしているが何ともない。

 つまり、この水は酒ではないということだ。

 ……ちなみに、消毒している成分が消えてしまうので、この水の近くでは絶対に火を使ってはいけないと最初にディアに言われた事がある。

 なので、まあ疑う気持ちがない訳でもないのだが……しかし、もしも海の上で食中毒なんかを起こしたりしたらそれこそ命に関わるので、どのみち多少危険でも消毒された水を飲んだほうがいいのだ。


「おおーっ、やってるね、蒼」


 すると、違うテーブルで飲んでいたディアがトコトコとこちらへ歩いてきた。


「お姉ちゃん」

「何だい、弟よ」

「いい加減、この魔法解いてくれないか?」

「可愛いから、いやー」


 ディアは大分酔っているようで、そのまま僕にぐでーっとのしかかってくる。


「いいとこでしょ。ここ」

「卒業出来なかった大学生の成れの果てみたいなところだね」

「へぇー、大学ってこんな感じなんだ。いいなぁー。大学ってところ、私も行ってみたいなぁー」

「まあ、大学は僕も行った事ないけど……大学受験までには、元の世界に帰れたらいいな……」


 つい、元の世界の事を思い出してしまった。

 友達は別に多くは無かったが、叶うのなら高校の卒業式とかも出たいなぁ。

 しかし、帰るには天海という、この世界にいる人達がずっと目指しても辿り着けない伝説の海に行かなければならないのだ。

 どんなに少なく見積もっても、あと数年はかかってしまうだろう。


「……お姉ちゃん、悪いんだけどさ。ちょっと付き合ってくれないか?」

「えー……、えっち。昼間も散々やったでしょ?」

「なあ、何でそんな誤解を生むような事を急に言うんだ⁉ 昼間にやったのは体術の練習で、やましい事なんか何一つやってないだろ⁉」

「私はいつでもいいんだよ?」

「酔っ払いに頼んだ僕が馬鹿だった」


 僕はのしかかっていたディアを押しのけると、甲板に出る。

 夜の風が少し寒く、海が本性を現したように全てを飲み込む闇色に姿を変えていた。

 ……まるで、僕が前の世界で見た最後の海のようだ。

 僕は手すりに寄りかかりながら、ジッと海を見つめる。


「そのまま海に飛び込んでも、たぶん帰れないよ」


 すると、後ろから僕を追って来たディアがそう言う。


「……分からないだろ?」

「何、焦っちゃった?」

「何に?」

「隠さなくてもいいよ。寂しくなっちゃったんだよね」

「……」

「……えいっ」


 ぎゅっと、ディアが僕に抱き着いてくる。

 前から思っていたが、ディアには抱き着き癖があると思う。


「何だよ……」

「蒼が海に攫われちゃう前に、捕まえておこうと思ってさ」

「……そうしたら、またお姉ちゃんが助けてくれよ」

「無理だよ。蒼は黒髪だから、夜の海じゃ暗くて見つけられないからね。蒼が海になる前に、しっかりと捕まえておかないと」

「……もう、何を言ってるのか良く分かんないよ」

「えへへっ、私も」

「……」

「……」


 闇に溶けて見えない海が、存在を主張するように波の音をたてる。


「……お姉ちゃん」

「うん?」

「本当に、僕は帰れるのかな?」

「帰れるよ。言ったでしょ? 私が必ず連れて行く」

「……うん」

「それにさ、蒼はこの短期間で強くなってきてるよ。【ステータス】」


 ディアがそう呟くと共に、僕の目の前にステータスが現れる。


 名前 天条蒼 所属 ブラックハーツ

 筋力 3.07 体力 2.78 魔力 1.00 体術 1.95

 スキル「異海の???」


「……これって、本当に強くなっているの?」

「うん。間違いないよ」


 ディアは間髪入れずに肯定するが、僕はイマイチその言葉を信用しきれない。

 数値の伸びも小さいし、筋力が伸びているのだって毎日二十人近くの料理を作っているせいだと思う。

 服などの洗濯はディアが浄化魔法という服を清潔にしてくれる便利な魔法を持っていたので、雑用の中には含まれていないが、それでもかなりの重労働には変わりない。

 その証拠に、この船に来た頃よりも確実に腕が太くなった気がする。


「僕はご飯を作るために仲間になったんじゃないぞ」

「もちろんだよ。だから、毎日鍛えてあげてるでしょ? ご飯は体力作りの一環と思って頑張ってね」

「はぁ……、もっと有意義な体力作りをしたいよ」

「そうかな? 私は蒼の美味しいご飯が毎日食べられて、とっても有意義だよ」

「よく言うよ」


 もう一度、大きく溜息を吐く。

 本当に、僕はこのままで良いのだろうか?


「……しょうがないなぁ。じゃあ、明日は武器の使い方を教えてあげる」

「本当?」

「うん。だから、今日はもう寝よ?」


 そう言って、ディアは相変わらず手の掛かる弟を見るような顔で僕を見る。

 僕は何となく、自分が凄く幼稚な事をしていた気分になって顔を隠した。

 ディアには、本当に頭が上がらないな。


「じゃあ、蒼も寂しそうだし、今晩はお姉ちゃんと一緒に寝よっか?」

「それは断る」

「なんで⁉」


 ……はぁ、台無しだ。

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