第4話 温かな旅立ち

「他に何か説明して欲しいことある?」

「うーん。それじゃあ、ずっと気になっていたんだけどさ。ディアが僕に良くやる、ステータスについて教えてくれよ」

「オッケーっ! まあ、そんなに説明する事もないんだけどね」


 そう言って、ディアは僕の胸に手を当てようとするが、僕は一歩引いてディアの手を躱す。


「え、どうしたの?」

「いや、僕のステータスはもう見たことあるから、出来ればディアのステータスを見たいなぁって思って」


 どうも話を聞く限り、この世界で僕のステータスは赤子レベルで低いらしい。

 なら、この世界の人のステータスはどんなものなのかを見てみたいと思ったのだ。


「……えっち」

「僕は知らずに、えっちな事をされていたのか⁉」

「くふっ! そうじゃないけど、この世界では自分のステータスは生命線みたいなものだからね。普通は他人に見せないんだよ」

「なんで?」

「うーん……。例えばさ、私みたいな美少女のステータスをわるーい男の人が見たとして、その男の人が私よりステータスが高かったら、コイツ弱いし、襲っちゃおうかな? って思っちゃうかもしれないでしょ?」


 ディアは、笑いながらそう言う。

 なるほど。確かに、言っている事は分かる。


「君もいつ私に惚れて、狼さんになっちゃうか分からないからね」

「やかましい。大体、僕のステータスはあんなに気軽に見たくせに」

「だって、君の身元も分からなかったし、流石に不審な人物をそんなにホイホイ信用なんて出来ないよ」

「ステータス見たって名前くらいしか分からなかっただろ……むしろ、より不信感が増しただけじゃないか?」

「えーっと……まあ、その通りなんだけど、逆に安心出来る部分もあったよね?」

「安心?」


 はて、僕のステータスに安心出来る部分なんてあっただろうか?

 確か、内容は名前と所属とスキルと筋りょ……。


「……僕のステータスが弱すぎて、警戒心が消え失せたってこと?」

「ぶっちゃけそうだね!」


 ディアはそう言って、爆笑する。

 一体、どれだけ僕のステータスは弱いのだろうか……もしかして、比喩だと思っていたが本当に赤ちゃんと同じレベルとか?


「精々、背中には注意しておくんだな」

「拗ねないでよー。まあ、別に君に何かされたって、どうにでも出来るけどっ!」

「マジだるい」

「くはーーっ、笑い過ぎてお腹痛い……っ! まあ、でも、これでこの世界でステータスがどれだけ重要か分かったでしょ? それに君のステータスはもう私にバレてるんだから、大人しく見せなよ♪」

「……」


 ディアが再び手を伸ばしてくるので、僕は無言でそれを受け入れる。


「いい子だね。【ステータス】」


 目の前に半透明の板が現れると、ディアは僕の隣に来て一つずつ指を差して説明してくれる。


「名前は分かるから飛ばして、まずは、所属。これは自分の住んでいる所や所属している団体があれば表示されるよ。スキルで隠蔽しない限りは、普通は何かしらは書いてあるけど、定住地が無い人とかは極まれにこういう表記になる事があるんだよ。君の場合は、たぶん異世界から来たからこういう表記になっているんだろうね。でも、今日から君の所属はブラックハーツ海賊団だよ!」


 ディアがそう言った瞬間、???の表記が消えてブラックハーツと文字が変わった。


「え、これってそんなに簡単に変わるものなのか?」

「まあ、所属は意識の問題だからね。だからこそ、???なんて表記は珍しいんだよ」


 ふーん、自分の所属はここだと思えば、本当にその通りになるのか。

 しかし、この世界には日本という国は存在しないから???になっていた。なるほどな。


「つまり、今君は意識的にこの海賊団にいる事を受け入れたってことっ! これで、君は正式に私の弟になったわけだ! これからは、私のことはちゃんとお姉ちゃんって呼ぶんだよ?」

「この表記がまた???になるような事を言わないでくれ」

「それは流石に酷くないかな⁉」


 ディアは、酷くショックを受けたような顔をする。

 一体、この人はどれだけお姉ちゃんと呼ばれたかったのだろうか?

 普通に、怖いんですけど。


「それより、この筋力と体力は分かるんだけど、この魔力ってなに?」

「魔法を操る能力の事だね」

「魔法?」

「あれ、君の世界は魔法とかないの?」

「ないっすね」

「ふーん……例えばね。【誓約】天条蒼は、これからディア・シーの事をお姉ちゃんと呼ぶ」

「はい?」


 僕がそう言った瞬間、脳内でカチッと何かが鳴った。


「……まさか、こんなに上手く引っかかるなんて……もっと別の内容にすればよかった」

「おい、お姉ちゃん。僕に……?」


 あれ、僕は今ディアの名前を呼ぼうとしたのに、口が勝手に……?


「これが、誓約魔法だよ。「誓約、ほにゃらら」みたいな感じで誓約内容を言われた後に、その言葉を肯定するような言葉を使っちゃうと、強制的に誓約を結ばされちゃうから、これからは十分気を付けようね!」


 ……ということは、これから僕はディアの事を呼ぶ時は、必ずお姉ちゃんと呼ばなければいけないのか?


「ふ、ざ、け、る、なぁーーーーっ‼」


 僕は、心の底から叫ぶ。

 つまり、アレか⁉ あの、はい? という疑問のつもりで使った言葉!

 アレが肯定したとみなされて、僕はこんなふざけた内容の誓約魔法を発動させてしまったという事か⁉


「おね……おねえちゃ……っ! 本当に、お姉ちゃん以外の名前を呼べないじゃないか! 今すぐ元に戻してよ、お姉ちゃん!」

「うーん……可愛い!」


 すると、突然ディアが僕を抱きしめてくる。


「ちょっ⁉」

「顔真っ赤にして照れちゃって、君は天使か⁉ 可愛すぎるよ、君! 絶対に、この魔法はもう解かないからね! これも戒めと思って、諦めてくれ!」

「え、ガチで⁉」

「うん、マジで」


 恐ろしいことに、ディアの目は冗談を言っているように思えない。

 どうやら、本当にこのままディアのことをお姉ちゃんと呼び続けなければならないようだ。


「最悪だ……」

「こらーっ、お姉ちゃんにそんなこと言っちゃ駄目でしょ!」

「だるいってぇーーっ!」


 何かに目覚めたのか、ディアの喋り方まで何だか年下を相手にするような感じになってしまった。


「それじゃあ、最後はスキルの説明だねっ♪」

「いや、飛ばし過ぎだろ! 魔法について、もっと詳しく教えてくれよ!」

「えー、しょうがないなぁ」


 ディアは物分かりが悪い子供を見るような目で、僕の事を見てくる。

 マジでぶっ飛ばしてやりたい。

 言葉一つでこんなに追い詰められるモノを、このまま知らずに放置出来るはずないだろ。


「魔法はね。別名、万能の力とも言われていて、数えきれないくらいの種類があるんだけど、覚えるには魔法の書っていう物を見ないといけないんだよ」

「それは、結構珍しい物なのか?」

「生活魔法は国が無料で公開してるけど、強かったり珍しい魔法の書は一気に希少になるね。基本は奪い合いだし、その魔法を自分だけのものにする為に、燃やしたりする人もいるくらいだよ」

「そんなにか……」

「まあね。と言っても、誓約魔法みたいに効果は絶大だけど有名過ぎて対処法が確立されていたり、逆に最初はマッチの火くらいしか効果が無くて弱いとされていた火魔法とか、魔力の数値が高い者が使えばいくらでも化ける魔法なんかもあるから、どの魔法がどれくらい危険なのかは使用者によって大分変わるかな」

「ふーん……ちなみに、今後の為に聞いておきたいんだけど、有名な魔法ってなに?」

「おっ、魔法に興味あるの?」

「現在進行形で、本当に取り返しのつかない状況に陥っているからな」

「……私が言うのもなんだけど、そこまで言わなくても良くないかな?」


 ディアはちょっと本気で傷ついた顔をするが、自業自得だと思う。


「まあ、一番有名な魔法といえば、君も知っているステータスかな」

「あれも魔法なのか」

「そうだよ。鑑識魔法【ステータス】触れている人や物の状態を調べる魔法で、食べ物や飲み水なんかに毒が無いか調べたり、建造物の耐久値を調べたりといった風に生活に欠かせない万能魔法だよ」

「そんなに凄い魔法だったのか」

「うん。だから、鑑識魔法の書を読んでいない蒼には、ステータスの魔法は使えないよ」

「へぇー……ちなみに、それも国で無料で公開されているのか?」

「そうだね。昔は王族とか貴族が独占していたんだけど、とある国が流行病で滅びた事があってね。それで、その時の原因が飲み水の汚染だったの。上流階級の人間は安全な水しか飲まないから発見が遅れたんだけど、もっと早い段階で気づけていれば国が滅びることもなかったでしょ? だから、今はどこの国も市民に鑑識魔法を公開して、そういうのを未然に防げるようにしたんだよ」

「……随分、身勝手な話だね」

「しょうがないよ。鑑識魔法を独占出来れば、それだけで他国よりも圧倒的に優位に立てるからね。それに噂ではステータスの上位魔法もあるんじゃないかって話だし」

「何それ?」

「私も良く知らないんだけど、普通は手で触れなきゃ見られないステータスが、相手を視認するだけで覗き見出来るんだって」

「ほへー」


 そんなつもりは無かったが、何だか空虚な返事になってしまった。

 その証拠に、ディアはちょっと不満そうだ。


「ちゃんと聞いてる?」

「……いや、ごめん。まだ良く理解出来てないや」

「えー、しっかりしてよね。魔法の書は君と同じ【漂流物カデラ】でもあるんだから」

「え、そうなの⁉」

「そうだよ。最初に見つかったのは数百年前なんだけど、それより前はこの世界に魔法なんて存在しなかったんだからね? 君の世界と同じだよ」

「じゃ、じゃあ、魔法の書は定期的に天海から流れて来てるってこと?」

「そうなのかもね。魔法の書はどこからともなく現れる。それは砂漠のど真ん中だったり、山の谷底だったり……海の上だったりするから」


 その言葉に、胸の鼓動が大きく跳ねる。

 海の上……それは、僕がこの世界に来た時と全く同じ状況だ。


「でも、僕の世界では魔法なんて……」

「みたいだね。私はもしかしたら、君が魔法の書を作っている世界から来たのかと思っていたけど、違うみたい」

「じゃ、じゃあ、天海は僕がいた世界とは繋がっていないんじゃ……っ⁉︎」

「落ち着きなよ。魔法の書だけじゃない。この世界には、いくつも【漂流物カデラ】と言われているものがある。ある学者は、神様がこの世界の発展の為に新たな理を創り続けているんだって言っていたけど、君は神様に創られた存在なの?」

「……違う」

「じゃあ、きっとそれが答えだよ」


 ディアはまるで本当の姉が弟を安心させる時のように、僕の頭を撫でる。


「君には自我があって、それを裏付ける過去がある。なら、やっぱり天海に神様はいない」

「え……?」

「蒼、この際だから言っておくよ。私は……私達ブラックハーツは、天海に何でも願いを叶えてくれる便利な神様がいるなんて信じちゃいない。そんななんて求めていない。もっともっと、面白いものがそこにあると信じている。それを誰よりも早く手にするのが、私達の目的」


 ディアの瞳に、強く黒い……欲望の輝きが宿った。

 僕はその輝きに……どうしよもない欲望の渦に、吸い込まれてしまいそうになる。


「天海には、必ず君の世界に繋がる道があるはずだよ。だから、安心して? 蒼は、私が絶対に天海に連れて行ってあげる。例え、君が嫌がったとしてもね」

「……いや、それはちょっと」

「……あれぇっ⁉」

 まさか、この流れで断られるとは思ってなかったのか、ディアは驚いたように僕の顔を二度見する。

 そのしまらない表情を見て、僕は思わず笑ってしまった。


「僕は、ちゃんと自分の意思で天海に行くよ。だから、遅れずについて来てね。お姉ちゃん?」

「……言うじゃん。生意気。でも、可愛い!」


 ディアが再び抱き着いてくるが、先程のような照れはない。

 言葉の影響かも知れないが、僕はディアの事を徐々に受け入れてきているのかもな。

 僕は不思議と心地の良い安心感のようなものを感じながら、これも悪くないと思うのだった。


 ****************


「それじゃあ、最後にスキルの話だね」

「そう言えば、僕はスキルを一つ持っているんだけど」

「うん。一つあるよね。読めないヤツ」


 ……ああ、確かに後半部分が???になっていたが、あれはそういうスキルではないのか?


「スキルって言うのはね。まあ、いわゆる生まれ持った才能だね。あるだけで身体能力が特別高かったり、魔法みたいな効果を発揮するようなものまであるよ」

「ふーん、珍しいの?」

「そうだねー。スキル一つ持てば一生食うのに苦労せず、二つ持てば英雄、三つ持てば人類を超越する。なんて言葉があるくらいには珍しいね」

「じゃあ、僕の将来は安泰だな」

「そうだね。優良物件ってヤツだ」


 僕が肩をすくめてそう言うと、ディアは楽しそうにノッて来てくれる。


「でも、僕はスキルを持っているけど、そんなに凄いものだとは思えないよ」

「なんで?」

「だって、正体も分からないスキルなんて持っていても仕方なくないか?」

「まあね。ただ、スキルは身体機能の一部みたいなものなのだから。所有者が使う意志が無いと使えない。誰だって、生まれた時から歩けないでしょう?」

「どういう意味?」

「つまり、今の蒼は自分の足で立てることを知らない赤ちゃんと同じってこと。そして、それは自分でどうにかするしかない」

「……僕の事を育ててくれるんじゃないのかよ」

「うーん、それは生まれつき腕が三本ある人に、三本目の腕の動かし方を教えてくれって言われているようなものかな」


 ディアは困ったように笑うと、再び優しく僕の頭を撫でる。


「私が教えられるのは、私が出来ることだけ……大丈夫。そのスキルは蒼のものなんだから、いつかきっと他の人には真似出来ない、蒼だけの特別が見つかるはずだよ」

「……ごめん、困らした」

「いいよ。だって、もう家族だもん」


 ディアはそう言うと、まるで世界を抱きしめるように両手一杯を広げて空を仰ぐ。


「さあ、今日から君の新しい物語はここから始まった! 俯いてないで、胸を張れ! 世界を見渡すんだ! 我らブラックハーツ海賊団は、今日もまた世界を旅するのだから!」


 僕はすでに何度目か分からない、この世界の空を見上げる。

 そこには、本当の意味で世界を包みこんでいる果てしない海が僕等を見下ろしていた。


「一緒に天海に行くんでしょ? 立ち止まっている暇はないよ」

「……ああっ!」


 そうして、僕の……地獄のような旅は始まる。

 後から思えば、この時がこの世界に来てから一番幸せな時間だったかもしれない。

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