第3話 海賊になりました

 ディアと名乗った少女の話をまとめると、どうもここは日本近海どころか地球ですらなくて、しかも、この船に乗っているのは、全員海賊らしい。

 本当に、訳が分からない。


「……」

「おい、この小僧。あまりの衝撃に固まっちまってるみたいだが、どうすんだい」

「まあ、元から記憶喪失っぽかったし、いきなりここが海賊船だって知ったら当然の反応じゃないかな?」

「……アンタ、よくそこの説明省いて私達の仲間に入れようとしたね。仲間になっても、そのうち逃げ出すのがオチじゃないか」

「だって……それ以外に選択肢なかったし」

「んなもん。今からでもコイツを海に捨てちまえばいいだけだろ」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 あまりにも非現実的な話だったので混乱していたが、それは不味い。後は君次第だからと言っていたディアの言葉の意味が、今ようやく理解出来た。


 つまり、ここでこの船長をどうにか説得しないと、僕に未来は無いのだ。


「ど、どうにか、暫く僕をここに置いてくれませんか⁉」

「暫くっていつまでだい?」

「そ、それは……」

「大体、何処から来たのかも分からない得体の知れない奴を船に置くなんてごめんだね」

「だ、だから、それは日本で……」

「その日本っていうのは、一体何処にあるんだい?」

「……」


 ヤバい。頭が回らない。

 僕だって、ここが異世界だなんてまだ信じられていないのに、それをどうやって説明すればいいのだ。


「……ディア、この小僧を海に捨てな」

「でも……」

「チッ、それじゃあ、私がやるよ」


 ヌッと伸びてきた腕にヒョイっと襟を掴まれ、そのまま軽く持ち上げられる。

 普通の男子高校生くらいの体重はある僕を片腕で持ち上げてしまうなんて、とんでもない怪力だ。

 ミシミシと襟から嫌な音がなる。首が閉まって呼吸が上手く出来ない。

 僕は猫じゃないんだぞ! ああっ、クソッ!


「ま、待て……っ!」

「あん?」

「ぼ、僕は……僕は異世界から来たんだ‼︎」

「……はぁ?」


 ドサッと落とされる。

 尻がめちゃくちゃ痛い。


「言うに事欠いて、何が異世界だ。ついに頭がおかしくなっちまったのかい?」

「嘘じゃない! 僕は地球って星の日本という国から来た!」

「だから、それは何処だって聞いてんだよ。ここまでどうやって来たんだ?」

「んなもん、知るかぁーーっ‼︎ 喧嘩して気絶して気付いたらここにいたんだよ‼︎ でもな、僕は必ず元の世界に帰る! 帰りたい! だから、それまで僕をこの船で働かせてくれ‼︎」


 力の限り叫ぶ。

 そうだ。僕は何としてでも、家に帰らなければならないのだ。

 だって、そうないと兄貴が心配して、僕を見つけるまで海の中を探し回りかねない。


「……」


 ゾアはしばらく無言になると、気に入らなさそうに口を曲げる。


「人にものを頼む時はもっとへりくだりな、クソガキ」

「お願いします!」


 僕は躊躇いなく、ゾアに土下座する。完全にヤケクソだ。


「……はぁ。おい、ディア。アンタが拾ってきたんだから、アンタが責任を持って育てな」

「はーいっ!」


 ゾアは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、船の中に戻っていく。

 僕は、暫く呆然とその後ろ姿を見送る。

 ……ぼ、僕は、助かったのか?


「立てる?」

「あ、ああ……」

「これで、君を助けたのは二回目だね。しっかりしてくれよ、新人君♪」

「ぼ、僕は助かったの?」

「そうだよ! 結構フォローしてあげたんだから感謝してよね! 貸し二つっ!」

「それはもちろんだけど……ゾアはあんな勢いだけの言い訳に、本当に納得してくれたのかな?」

「まあ、納得はしてないだろうけど、面白いと思ったのは確かだろうね」


 ディアは僕を見ながら、ニヤリと口が裂けたみたいに笑う。

 ……二回も僕を助けてくれた恩人にこう言うのはなんだけど、その笑顔はまるで獲物を前にした獰猛な肉食獣みたいで凄く怖かった。


「でも、正直、私は確信してたよ。お頭は少なくとも、君を海に捨てることは無いだろうってね」

「え、何でだ? 自分で言うのもなんだけど、僕は凄く怪しいぞ」

「それはね……君が、黒髪黒目だから」


 ディアはそっと僕の顔を撫でながら、妖艶に笑う。


「うちの船長、ゾア・ロバーツはね。黒が大好きなの。黒は何者にも犯されず、万物を侵略する色だから。まさに、海賊を象徴するかのような色でしょ? だがら、私達の船では黒は特別な色なの。それに、私達の海賊名にもなっているけど、黒い心ブラックハーツを持て。それが、私達の唯一であり絶対のルール。意味は……そのうち分かると思う」


 ディアの瞳が、僕を真っ直ぐ射抜く。

 その瞬間、ディアのルビーのように美しく透き通った深紅の瞳が、急に鮮血のように見えてしまい、僕は思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。


「それにね、船長はいつも言っているんだ。本当の宝は、黒い海にあるに違いないって……そして、黒髪黒目の君は海から流れてきた。偶然にしては、出来過ぎだよね? 本当に、お宝があるのかな?」


 何が? その言葉が僕の口から出る前に、ディアの手が僕の顔から心臓まで流れる様に落ちてくる。

 ……まるで、僕の胸抉り取って、心臓を取り出そうとしているみたいに。


「……なーんてねっ!」

「へ?」

「冗談だよ。別に、君を解剖したりなんかしないし、殺すつもりもないよ」


 いつもの雰囲気に戻ったディアを見て、僕はへたり込んでしまいそうなほど全身から力が抜ける。

 どうやら、気が付かないうちに相当気圧されていたようだ。


「ほ、本当にやめてくれよ……大体、よく考えたらその理論だとディアだって当てはまりそうじゃないか」


 瞳こそ透き通った美しい深紅だが、髪の毛はカラスの濡羽のような綺麗な黒色だし、肌だって黒くはないが小麦のような褐色だ。


「確かに、そうかもね! でも、残念。そもそもお頭が言っている黒い海っていうのは、黒海の事なんだよ。黒海って分かる?」

「全然分からん」

「だよね。黒海っていうのは、その名の通り一面が真っ黒な海のことだよ。その海は底を見せることはなく、命綱無しで潜れば一瞬で方向感覚が狂って溺れ死ぬとまで言われている絶対不可侵海域なんだ」

「そうなんだ……」

「……ただね、黒海は天海に繋がっているんだよ」

「天海?」

「うん。まあ、簡単に説明すると空を見てよ」


 僕は言われた通り、空を見上げる。


「空ってさ、何で青いんだと思う?」


 はて、空が青い理由?

 あまり興味が無かったので、詳しく調べた事はなかったが……確か、昔テレビで光の見え方の違いが何ちゃらと言ってた気がする。


「正解はね、空にも海があるから」

「はい?」

「この世界は、海層という海で出来た層によって何層にも分かれているの。ここはその中でも最も内側にある海、ルルシチア海なんだよ」

「そんな、馬鹿な……」


 僕はもう一度、空を見上げるが……アレが、海?

 地球と同じ、普通の空にしか見えないんだが……。


「根拠はあるのか?」

「そうだねえ。まあ、一つは黒海。黒海には海層を移動出来る場所があって、そこから上の海層に行くことが出来るよ。あと、もう一つは海龍かな」

「海龍?」

「そそ。たまーーっに、空にでっかい影が出来るんだけどね。それは階層の深くに住む龍の影なんだけど、その龍が黒海を作ってるんじゃないかって言われてるよ」


 僕は、やはり信じられずに空を見つめ続ける。

 もしも、そんな生物がいたとしても、ギリギリ空を飛んでいる野良龍という可能性はないのだろうか?

 まあ、そしたら次は野良龍って何だという話にはなるが。


「後は、これが一番納得しやすいと思うけど、実際に空を飛んで上にある海層まで行った人がいるんだよ」

「……なるほど」


 僕は、それでも首を傾げ続ける。

 そりゃあ、ここはどうやら信じられない事に異世界らしいし、この世界にしかない常識なんかもあるのだろうが、普通に空に海があるなんて、科学が発展した世界から来た僕としては、物理的にあり得ないだろうと思ってしまう。


「……そして、最後に君の存在」

「え、僕?」

「そう。だって、君は異世界から来たんでしょ?」

「……まあね」

「ああ、別に馬鹿にしている訳じゃなくてね。空のはるか上、海層の一番外側には、誰も行った事がない天海と呼ばれる神が住む海があるって言われているんだよ。そして、そこに辿り着いた者には、神様がご褒美にどんな願いでも叶えてくれるんだって」

「コテコテだね」

「異世界から来た君にまでそんな事を言われちゃったら、天海を信じている人達はいよいよお終いだね」


 ディアは、楽しそうにコロコロ笑う。


「……でもね、天海は実在するよ。だって、この世界には極まれに、今まで存在しなかったモノが突然現れる瞬間がある。君みたいにね」


 ディアはそう言って、僕をジッと見つめる。

 ……確かに、それは僕だからこそ納得せざるを得ない事実だ。

 だって、僕は元々こんな空に海があって、更にそこに龍が住んでいるようなメルヘンチックな世界の住人では、絶対にないのだから。


「そういう、天海からの漂流物の事を総称して【漂流物カデラ】って呼ぶの。そして、私は君が天海から黒海を経由してここまで流れてきた【漂流物カデラ】じゃないかって思っている。たぶん、ゾアもね」

「……それが、僕を仲間にした理由?」

「そうだよ。この世界に存在する、全ての海賊達の目的は天海に行くこと。だから、私達は天海へ繋がりそうな君を仲間にした。それに、それが結果的に君が異世界に帰る方法に繋がるんじゃないかな?」


 ……なるほど。つまり、話は全て繋がっていたわけか。

 ディア達は、僕を利用して天海へ行きたい。そして、僕は元の世界に帰る方法を探す為に天海に向かわなければならない。だったら、仲間にしてしまえばいいと。


「だけど、僕は天海への行き方なんて知らないぞ?」

「知ってるよ。だって、行き方を知っていたら、私達に教えない理由がないもの」


 確かに、仮に僕が天海の行き方を知っていたとしたら、ディア達は喜んで船を出してくれるだろう。

 早く元の世界に帰りたい僕としても、元の世界に通じている可能性のある天海へ行けるんだとしたら、ディア達と利害は完全に一致している。


「私達は、天海に行ける手段があるなら何でもする。それは、この世界の海賊全員がそうだよ」

「……でも、それなら何で一番内側の海層にいるんだ? 天海っていうのは、一番外側の海層にあるんだろ?」

「くふっ、それはね……」


 ディアが俯きながら、突然不気味な笑い声をあげる。前髪で表情が分からないので、一層怖い。

 出会ったばかりでこう言うのもなんだが、ディアって何か底知れない闇を感じる瞬間があるんだよなぁ。


「……いやーっ! 実は、海層って一海層上がるごとに危険度も跳ね上がるんだよね! そこを縄張りにしてる海賊のレベルとか、海獣の危険度とか!」

「はい?」

「つまり、私達弱小海賊団だけじゃ、とてもじゃないけど天海を目指せないってワケ。でも、そしたら蒼はもっと強い海賊団に浮気しちゃうかも知れないでしょ? だからさ、今のうちにたくさん蒼に恩を売っておいて、蒼が他の海賊団に行かないようにしておこうかなって」

「……それだけ? 言っておくけど、僕はすこぶる弱いぞ?」

「それは、ステータス見た時点で知ってるよ。でも、蒼は重要な天海へ通じる手がかりだしね。手放すわけにはいかないのですよ」


 ディアは手をわきわきさせながら、楽しそうに笑う。


「まあ、蒼は私が優しく育ててあげるし、私達もそろそろ上の海層を目指そうと思っていたところだからさ。これから、お互い仲良くしていこうよ。それに、うちの海賊団は他と違って暖かいよ? 船長は私達のことを自分の子供にするくらい溺愛してるし、私達も仲間のことは家族だと思っている。そ、れ、に、私みたいな美少女もいるしね!」

「……はぁ、分かったよ。出来るだけ早く帰りたいけど、今はディア達しか頼れる相手がいないし、ディアには二回も僕の命を救ってもらったからな。一緒に天海に行こう」

「ふふんっ、そう言うと思ってたよ。あ、私のことはお姉ちゃんって呼んでも良いからね」

「ええ……」

「何でそこが一番不満気なのさっ⁉」


 僕は文句を言うディアを無視して、再度溜息を吐く。

 ディアのハイテンションに、すっかり気が抜けてしまった。

 ……だが、帰れる希望が見つかったのは大きい。

 正直、僕はこの世界じゃ赤子より無力だ。

 守ってくれる人も、信じられる仲間もいない。

 だからこそ、ディア達の存在はとても助かる。


 ——なってやろうじゃないか、海賊。

 僕はどんな手段を使ってでも、絶対に元の世界に帰ってみせるんだ。

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