第6話 遠い背中
次の日の朝、僕は甲板に出ると大きく伸びをする。
この世界には、太陽が無い。あと、月も。
まあ、空が海に覆われているのだから当然の事なのかも知れないが、しかし、不思議な事にちゃんと朝と夜はあるのだ。
理由は、海底にあるコケが昼間は光っていて、夜は光らなくなるからとディアが言っていたが……つまり、空にある海にはコケが生える岩などがあるのだろうか?
だとしたら、何で海層を突き抜けて落ちてこないのだろう?
「おはよー、蒼」
僕が首を傾げながら空を見上げていると、後ろからディアが声をかけて来た。
「おはよう、お姉ちゃん」
「うん。じゃあ、早速準備運動も兼ねていつもの軽い体術から始めようか」
「わかった」
僕とディアはお互いに向き合うと、この世界に来た日からやっている訓練を始める。
僕はグッと身構え、普段と変わらない自然体に見えるディアに向かって走り出す。
あの不良達と出会う以前は喧嘩すらした事なかった僕だが、ここ一週間ディアに鍛えて貰ったおかげで、攻撃はそれらしく出来るようになっていた。
僕はディアの無防備な顔に向かって、回し蹴りを放つ。
「ほっ」
……しかし、その気の抜けた声が聞こえると同時に足元の感覚が無くなり、気付いた時には無様に地面に叩きつけられていた。
どうやら、あっさり投げられてしまったようだ。
「うん。だいぶ、私を攻撃する時の躊躇いが無くなってきたね。喜んであげたいところだけど、お姉ちゃんとしては複雑な気分だよ」
「……どうせ、当たらないって分かってきたからね」
僕は地面に座り込みながら、溜息を吐く。
そうなのだ。攻撃は確実に良くなってきている。それは体術のステータスが伸びてきている事から考えても、間違いない。
しかし、ディアと僕の間にはそれ以上の圧倒的な実力差があるらしく、いつも何をやられたのかすら分からないまま倒されて終わる。
いつもの事とはいえ、こうも歯が立たないと心が折れるな。
「もう! 折角、良い感じに育ってきてたのに腐らないの! そんなんじゃ、いつまで経っても強くなれないよ?」
「成長してるのかな……?」
「大成長だよ! 最初に、格闘技どころか喧嘩すらロクにした事ないって聞いた時は、流石の私も頭を抱えたもん」
確かに、あの瞬間のディアの真顔は頭から離れない。
そんな生物、存在するのかという顔だったもんな。
「でも、一週間ずっと体力作りして、こうしてお姉ちゃんと体術の練習もしているのに、未だにお姉ちゃんに触れることすら出来ないなんて、僕には体術の才能はないんじゃないか?」
「うーん……、そもそも蒼は勘違いしてるんだけど、これまでやっていたのは体術の練習なんかじゃありません」
「え?」
「身体を動かす練習です」
「でも、ステータスには……」
「確かに、この一週間で体術の数値が現れて少し伸びてきてはいるけど、あれは一週間私の攻撃を喰らい続けて身体が勝手に覚えた体術の数値だよ」
「……じゃあ、今までしていたのは何だったんだよ」
「いや、だってさ。今まで歩いたことない人相手に、鬼ごっこを教えても意味ないじゃん? だから、今まではとりあえず走り方を教えてたんだけどね。君は走り方を練習しつつ、教えてもない鬼ごっこのやり方を理解し始めている。これって、実は結構凄いことなんだよ?」
……何だろ、本人は分かりやすく説明してくれているのかも知れないが、余計分かりづらい。
「まあ、蒼があんまりにも不満そうだから、今日はちょっと目標を作ってみようと思います。昨日言った事は覚えている?」
「武器を使う練習だろ?」
「そう! ちょっと早いけど、やっぱり一番手っ取り早く強くなるには武器が使えた方がいいからね」
ディアはそう言うと、甲板を歩いて船の中に入っていく。
「ちょっと待っててねー」
「え? あ、おい」
ディアは、何故船の中に行ったのだろう?
まあ、大方練習用の武器を忘れたかなんかだろうな。
特に、いつもと変わった物は持っていなかったようだし。
~数分後~
「お待たせーっ!」
「だぁっ! 耳元で大声出すんじゃあねえよ、ディア!」
「……ティザー?」
ディアが船から戻ってくると、二日酔いで頭が痛そうなティザーを連れて戻ってきた。
「何で、ティザーがいるんだ?」
「……おいおい、またお前はなんも説明してねえのか。だから、毎回船長にぶん殴られんだよ」
「えぇっ‼ なにーっ⁉ ティザーっ‼ もっかい言ってーーーー‼」
「だぁああああああああ‼ うるせえ‼ 頭に響くんだよ、クソガキィ‼」
「ふんっ。ティザーが生意気なこと言うからいけないんだよ」
「生意気って……お前、一応俺は年上だぞ」
「この海賊団にいたのは、私の方が先ですぅー」
「……はぁ、これだからガキは嫌いなんだ。蒼の方がよっぽど大人だぞ」
「なっ⁉ そ、そんな事ないでしょっ!」
「ディア……この際だから、ハッキリ言ってやる、お前にだる絡みされても、怒鳴り声ひとつあげねえのが、どれだけ凄いことか分かるか? ましてや、お前……誓約魔法まで使って、無理矢理お姉ちゃん呼びさせるとか……蒼が可哀想過ぎるわ」
途中でフォローしようとしたが、ティザーの言っていることがあまりに正論なので、思わずうなずいてしまいそうになる。特に誓約魔法の事とか。
「……どうやら、本当に立場を分からせる必要があるようだね」
ディアはそう言うと、いつも腰にぶら下げていた映画とかで海賊がよく持っているような古式銃を抜く。
「って、いやいや、お姉ちゃん⁉ いくら的確に痛い所を突かれたからって、流石にそれはやりすぎだよ!」
「……蒼。その件は、あとでゆっくり話そうね」
やばい。余計な事を言ったら、僕まで巻き込まれた。
「大体、これは予定通りではあるんだよ」
「ティザーが思った事を正直に言っちゃうタイプだってこと?」
「おい、蒼。いくらお前でも、それ以上ディアを刺激したら死ぬぞ」
ディアのこめかみがぴくぴくと痙攣しだしたのを見て、ティザーはそう言う。
「元々はな。お前に武器を教えるって話だったんだが、大抵戦い方っつうのはまず対処法から教えるんだ。体術だったら受け身の取り方。銃だったら、弾丸の防ぎ方だったりな」
ティザーはタバコの火を付けながら、ディアの構える銃をチラリと見る。
「唯一、打ち合わせと違う点があるとすれば……弾丸の防ぎ方を教えるのは、お前だったんじゃないのか?」
「こんなの、どっちがやっても同じでしょ? ティザーは、ただいつも通り目と耳を塞ぎながら私の撃つ弾丸を防げばいいんだよ」
「どこの大道芸人だ。馬鹿」
バンッ!
ティザーが喋っている途中で、ディアの銃から爆音が鳴り響く。
……あれ、本当に撃ってない?
僕が慌ててティザーの方を見ると、ティザーは何事も無かったかのように立っていた。
「ティ、ティザー⁉ 大丈夫⁉」
「ああ、仲間に本気で殺すつもりで撃たれたこと以外は、特に問題ねえよ」
「お姉ちゃん!」
「ちょっ⁉ ティザーがこの程度の距離から撃たれたくらいで、何かあるわけないじゃん⁉ 風評被害はやめてよね⁉」
「そんな事ないよな、蒼?」
「お姉ちゃん……流石にやりすぎだよ……」
「あれーっ⁉」
ディアが焦った顔で僕に近づこうとしてくるが、平気で銃弾ぶっ放す人に銃を持ったまま近づかれたくはない。
僕はそっと後ずさりながら、ついティザーに助けを求めるような視線を送ってしまった。
「……ティザーっ‼︎」
「こんな余裕のないディア初めて見たぜ。ウケる」
ギリギリと歯ぎしりをしているディアを見て、ティザーは笑う。
何故、この人は銃を持った人間相手に平気で挑発出来るのだろう? 馬鹿なのか?
とにかく、先程はわざとディアが外したようだが、このままではいつディアが本当にティザーを撃ち殺すか分かったもんじゃない。
「冗談だよ、お姉ちゃん……落ち着いて?」
「あお―っ‼ 嫌われたかと思って心配したよーっ!」
「……ははっ、そんな訳ないじゃないか」
僕が近づくと、ディアはいつものように僕を力一杯抱きしめてくる。
ちなみに、ディアはまだ銃を握り締めたままだ。
「あんな感情が死んだ笑い……見た事ねえぜ」
ティザーが同情したように、僕を見つめる。
「それで、結局僕になにを見せたかったの?」
「ああ、つまりね」
バンッ! バンッ!
突然、鼓膜が破れるかと思うほどの爆発音が鳴り響き、咽るような火薬の臭いと共に銃弾が飛び出す。
その凶弾は、完全に油断していたティザーの頭と胸の真ん中に向かって的確に飛んでいった。
「あぶねぇぇええええええええええ⁉」
しかし、ティザーは頭に撃ち込まれた弾丸を咄嗟に身体を捻って躱し、腹に撃ち込まれた弾丸は
「……は?」
僕は、目の前で起こったありえない事態を呆然と見る。
「このように、この世界である程度鍛えた人間には弾丸なんて意味が無いんだよね」
「意味無いことあるかぁっ‼︎ お前、今眼球狙って撃ちやがったろ⁉ んなところ打たれたら、普通に脳天貫通して死ぬわ!」
それはつまり、眼球以外なら打たれても死なないという事だろうか?
「蒼には、あれを目指してもらいます」
「ごめん。僕の世界じゃ、人間はあれほど強くないんだ」
「くふっ、大丈夫。私達の世界でも鍛えてなければ弾丸なんて避けられないし、まして掴む事なんて出来ないよ。要は、ステータスを伸ばせば良いってわけ」
逆に言えば、ステータスさえ伸ばせば弾丸が効かなくなるという事か? 訳が分からない。
「じゃあ、今日は弾丸を避ける訓練をしようか」
「すみません。やっぱり、体力作りからゆっくり鍛えていきます」
「よろしい」
ディアは満足そうにそう言うと、ようやく銃を腰のホルスターにしまう。
……あれ、もしかして、これが目的だったのか?
「あん? 何だ辞めんのかよ、蒼」
「当たり前だろ⁉」
「出来るうちにやっとかねえと、いつか後悔すんぞ」
「むしろ、出来ないうちに無茶して死にたくないんだよ」
「ふーん、逃げんだ?」
「……は?」
「まあ、お前が怪我したら俺達の飯を作る奴がいなくなっちまうからな。別に、それでも良いんだけどよ」
ティザーはそう言うと、欠伸をしながら船の中に戻っていく。
その後ろ姿は、まるでお前は大人しく船で飯だけ作ってろと言っているようで、何だか無性に腹が立った。
「……お姉ちゃん」
「うん?」
「体術、ちゃんと教えてくれよ」
「うーん……まあ、いいよ。とりあえず、受け身の練習からね」
「……分かった」
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