第16話

楽しみにしていた夏祭り。


だけどそんな夏祭りに少しだけ気落ちして向かう俺。


待ち合わせ場所で陽葵ちゃんが明夫と俺たちが入り込めない世界を作っていたらどうしよう。


そんな一抹の不安が素直に俺の気持ちを盛り上げてはくれない。


なんていうか……


(俺、すごい心が小さい人間だな……。)


自分で誘っといて子だから本当に情けない。


なんて思いながら待ち合わせ場所に到着すると陽葵ちゃんと明夫の姿があった。


(……あれ?陽葵ちゃんの浴衣、あれって……。)


遠目から陽葵ちゃんを見た瞬間になんとなく気づいた。


陽葵ちゃんの浴衣は多分、俺が好みだといった浴衣だった。


柄は俺の欠片ほどしか覚えられない記憶力ではあんまり覚えてなかったけど、でも見た瞬間好みだと思える柄と黒色ということから多分そうだったはずだと思えた。


(……黒にしたんだ。)


そう思いながら俺は樹と一緒に俺たちを待つ二人の元へと歩み寄った。


「こんばんは、阿久津さん、樹さん。」


俺たちが二人と合流すると陽葵ちゃんが笑顔で挨拶をしてくれる。


その時ふと気づいた。


(そういや樹のことは樹って呼んでるよな、陽葵ちゃん。まぁ、樹がちゃんと自己紹介してないから俺たちが呼んでる呼び方で呼んでるってのはわかるけど……。)


自分だけがよそよそしく呼ばれている事実に悲しくなってきた。


が、そんなことを思ってはいられない。


なんたって夏祭りだ。


気持ちを切り替えて楽しもう。


「それじゃみんな揃ったし、早速お祭りまわろっか。」


気持ちを切り替えて思い切り笑顔を浮かべてみんなに語り掛ける俺。


そんな俺の笑顔とは裏腹に樹と明夫はあきれた表情を、陽葵ちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。


(え……何?)


なんで皆はそんな表情をしているんだろう。


そう思いながら唖然としていると明夫が俺に近寄ってきて俺の頭をたたいた。


「いった!何すんだよ!」


「馬鹿をしばいただけだ。」


痛がる俺に何故か明夫が冷たく言い放ってくる。


俺、何かした?


そう問いかけてみるものの明夫から返ってきたのは盛大な溜息だった。


「時間がもったいないし回るか。ほら、とっとと行こうぜ、

幸也。」


「はぁ……もう、何なんだよ。」


何故叩かれたのかわからずなんだかもやもやする気持ちを抱えながら俺は出店へと向かい歩き始める明夫に続いて歩き始める。


「……黒にしたんだ、浴衣。でもやっぱりもう一つのほうがあんたには似合ってたと思うよ。」


「……ですよね。でも、阿久津さんの綺麗といった浴衣を着てみたかったんです。」


「……あっそ。」


歩き始めてすぐ後ろを振り返った俺は俺らの後ろで何やら樹が陽葵ちゃんと話している目に飛び込んでくる。


(やっぱりもう一個のピンク色の浴衣のほうが陽葵ちゃんには似合ってた気がするな。)


なんて思うけど似合ってないと言いたいわけじゃない。


ただ本当に俺の選んだ浴衣が陽葵ちゃんの良さを引き出せている気はしないというだけの話だ。


もちろん、黒の浴衣は黒の浴衣で似合っている。


なんかいつものかわいらしい雰囲気とは違って大人っぽく見える陽葵ちゃん。


心なしか顔だっていつもと何かが違う気がする。


「綺麗だよな、陽葵ちゃん。」


息を吐くようにポロリと零れ落ちる言葉。


その言葉を吐いた次の瞬間だった。


「そういうことはちゃんと本人に言ってやれ。馬鹿幸也。」


俺は明夫に殴られた。


今度は背中を。


俺は明夫に叩かれてほんの少し痛む背中をさすりながらそっぽを向いた。


「いえるわけないじゃん。そんなの。」


明夫に聞こえない小さな声で言葉をこぼす。


だって、陽葵ちゃんの浴衣は確かに俺もいいとは言ったけど、おそらく明夫が選んだ二着から俺は俺が好みなほうを一つ選んだだけ。


つまりは陽葵ちゃんは明夫が選んだ浴衣を着ているともいえる。


それで今日だって明夫に迎えに来てほしいと頼んだくらいだ。


一番最初におめかしした姿を見せたい相手は明夫だったってことだろう。


それが少し悔しくて、悲しくて、俺は素直に誉め言葉を言えるような気持ちにはなれない。


というか明夫の為にめかしこんだ姿を実のところ、あまり見たくないと思いながらお祭りを回り始めたのだった。


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