第3話

「それじゃあ幸也、日曜日の約束忘れんなよ。」


「んー。」


それぞれの自宅に帰る為帰り道の方向が異なる分かれ道で俺は樹と別れる。


明日から夏休みで学校は休みになる。


学生生活最後の夏休みを謳歌しようと樹と明夫に誘われ、来週の日曜日に俺は夏祭りに行くことになった。


せっかくだから皆で浴衣を着ようって話になって、一週間前の次の日曜日、3人で浴衣を買いに行くことになったのだ。


(にしても浴衣か……甚平じゃダメかな……。)


雰囲気だけならそれもありだと思うんだけど、どうしても樹が浴衣がいいといって三人とも浴衣でそろえることになった。


しっかし、大人っぽいクールな樹はともかく、騒がし系の明夫や童顔の俺は浴衣に対し似合う似合わないの問題とはしゃぎすぎて来崩さないかの心配がある。


(夏祭り自体は楽しみだけど、浴衣で楽しめるかな、俺……。)


そんなこと思いながら河川敷の上をとぼとぼ歩く。


「浴衣……また着る時が来るなんてな。」


昔、一度だけ浴衣を着て夏祭りに行ったことがある。


忘れっぽい俺でも絶対に忘れられない夏祭りの思い出。


小学5年生の夏、好きな人と浴衣で行った夏祭りだ。


「今、何してるかな……陽葵ちゃん。」


小さいころ隣の家に住んでいた同じ年の女の子。


お父さんは有名な研究者ならしく、その研究の為に小学6年生の夏休み前にお父さんとアメリカへ引っ越したのだ。


(不思議なことに俺、小学校の時みんなと何したとか、どんな奴がクラスメイトだったかとかまともに覚えてないのに、陽葵ちゃんの事だけはたくさん覚えてるんだよな。)


これが愛の力というやつなのだろうか。


残念過ぎる記憶力の俺でも忘れられない思い出たち。


それだけ彼女と過ごした日々は特別で、あの時の俺の世界は彼女が中心だった。


会えなくなっても彼女は俺の心から消えることはなく、ふと一人になった時思い出すのはいつだって彼女の記憶だった。


そして思い出は美化されるものだ。


俺の中で唯一大事な思い出として残る彼女の記憶は次第に尊いものになり、そんな記憶の中の彼女を超える素敵な女性がいまだどこにも表れない為俺、阿久津幸也は年齢イコール彼女いない歴の残念な男なのだ。


(あぁ、そんな残念な男、阿久津幸也に神様!どうかご慈悲をっ……!)


なんてちょっとふざけながら神社にいるわけでもないのに神様にお願いしてみる。


(はは、なんてね。)


別に本気でお願いしてるわけじゃないし、単なる悪ふざけだ。


神様だってそんな暇じゃないだろうしなぁーなんて思っていた時だった。


(え……嘘だろ……。)


河川敷の橋の上に見覚えのある人物を見つける。


もしこれが神様がくれたご慈悲なら俺は明日にでも神社に行って神様に感謝しなければならない。


そう、そのある人物というのはほかでもない。


「陽葵ちゃん!!!」


俺は河川敷の橋の上にいる彼女のもとに走り寄った。


最後に合ったのは小学6年生の時だけど、それでも間違えるはずがないんだ。


何度も何度も記憶の中で見たその顔。


橋の上にいたのは俺の初恋の人で幼馴染の杉坂陽葵すぎさかひなただった。


陽葵ちゃんは声をかけるとゆっくりと振り返って俺を見てくれた。


すこし大人っぽく綺麗になったけどそこにいたのはやっぱり俺が知る陽葵ちゃんの面影のある少女だった。


「あ、あの!俺の事、覚えてる!?俺、阿久津幸也!君がこの町にいたとき、ずっと隣に住んでた幸也だよ!」


覚えてほしい。


そう思いながら俺は自分の名前を叫んだ。


いや、きっと彼女なら覚えててくれてるはずだ。


彼女は俺と違ってひどく記憶力がよかった。


一度見たものは忘れないというほどの脅威の記憶の持ち主だ。


大丈夫、きっと、大丈夫――――――


「…………えっと、阿久津幸也君…………?」


大丈夫、そう言い聞かせる俺に対し帰ってきた反応はひどく戸惑っているような反応だった。


まるでそれは俺が誰だかわからないといった様子。


ありえないほど記憶力がよかった彼女が俺のことを忘れている。


それだけ俺は彼女にとって印象の残らなかった人物なのだろうか。


(い、いや、落ち着け、落ち着け俺。彼女に対の記憶だけには唯一記憶があるけどもしかすると人違いだってこともある。人違いなら知らなくたって仕方ない!よしっ!)


「あ、あの、君って杉坂陽葵さん……だよね?」


きっと彼女が俺を知らないのはそっくりな別人だからなんだと自分に言い聞かせながら小さな希望を抱きながら問いかける。


どうかそっくりな別人でいてくれ。


どうか――――――


「あ、はい。そうです。私は杉坂陽葵です。えっと……ごめんなさい。覚えてなくて。」


困ったように笑う陽葵ちゃん。


そんな陽葵ちゃんを見て俺はまるで頭をトンカチで殴られたかのようなダメージを受けた。


(おわ……った……。)


長い間会っていなかった彼女のことを今もなお好きだったのかはわからない。


だけど好きだった彼女の記憶に欠片も自分が残っていないというのは要はその好きが過去で終わっているものであれ現在進行形のものであれ、僕は彼女にとって何でもない存在だったというわけでつまり―――――


俺、阿久津幸也は高校三年生の夏休み前に人生初の失恋をしました。

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