第43話 唇に乗る口紅は、相手の唇に移り得る
迷宮を抜けてからブラブラと校内を散策し、お化け屋敷の順番が回ってきたのでお化け屋敷に入り――暗闇をいいことに秋夜さんにイロイロされて生気を十分に吸い取られたあと。
校庭の屋台に行こうと外に出たものの、何故か校舎裏から大回りで散策していた。秋夜さんに何か考えがあるのかと思って彼女についていったつもりが、彼女も僕に何か考えがあると思っていたようで、今更引き返すのもバカらしくてそのまま歩く。
行き違う学生やら来校者やらの視線を普段より多く感じる。――秋夜さんが可愛いからだろう。
今更だが、秋夜さんの服装紹介。
デニムキャップに、ふんわりパーマの当てられたショートヘア。ナチュラルメイクの施された端正な顔と、その上にちょこん乗るピンク色の柔らかそうな唇。
英語の文字入りの白のティーシャツに、クリーム色の固めの質感の羽織り物。デニムのタイトスカートと、その下には水玉の――なんでもない。
肩掛けされたウエストポーチのベルトが秋夜さんの胸の上を斜めに走っていて――なんでもない。
百人中百人の目を惹くような――……惚れた欲目で言い過ぎた。百人中九十人の目を惹くような秋夜さんの姿を見れば、視線を感じるのも納得だ。
ともかく、秋夜さんは可愛すぎた。そして僕には不釣り合いすぎた。まぁ僕はそこに引け目を感じるような男ではないので問題ないが。
だって僕には秋夜さんより優れている部分があるのだから!
例えば僕は秋夜さんより国語と英語の点数が高いし……う、運動が人並みにはできるし、他には……他には――
虚しくなってきて思考を放棄した時、秋夜さんが僕の腕を引いた。
「ねぇ月弥、あそこの写真部面白そうよ」
「ん? あぁ、あれか」
顔を上げると、校舎裏のお花畑を背景にして写真部が来校者の写真撮影を行っていた。校舎の外壁に沿ってちょっとした列が出来ていて、ボードを持って列の横を慌ただしく走る写真部員も見られる。
「へぇ、撮りたいの? いいよ、じゃあ僕は屋台でなんか買って戻ってくるから」
「月弥と一緒に撮りたいの。ほら、並ぶわよ」
「っ……照れるじゃんか、バカ」
秋夜さんは、にぃ、とはにかむだけでどうやら僕の呟きは無視してくれるようだった。
列に並ぶと走り回っていた写真部員にボールペンとB5の紙が挟まれたボードを渡された。
撮影した写真は後日メール送信してくれるらしい。
名前とメールアドレスと電話番号、被写体の人数の欄に文字を埋めていく。一番下の欄には、来年の宣伝用として使ってもいいかというチェックボックスがあった。
顔を上げると、校舎の外壁に沿って去年のものと思われる写真が等間隔で張られていた。当然チェックは入れないでおいて、秋夜さんに手渡す。
それから数分待つと、順番が回ってきた。
秋夜さんと並んでお花畑のあぜ道の真ん中に立つと、あぜ道から見て斜めの方向に三脚と高そうな一眼レフがあった。なるほど、お花畑のあぜ道を隠す手法か。工夫してるんだな。
それに比べてうちのクラスは――以下略。
素直に感心していると、一眼レフを覗き込んでいた部長っぽい女子の先輩が良く通る声で言う。
「カレシさんはカノジョさんの肩に手を回して~」
「っ……!?」
「月弥、こうこう」
「おっ、逆パターンもいいっすね~。 じゃあカレシさんちょっと屈んでくださ~い」
僕らの関係を知らない部長の便宜的な呼び方でしかないことは理解しているが、『カレシカノジョ』と呼ばれてドキッとした僕の耳は部長の指示を聞き逃してしまう。
戸惑っていると、秋夜さんが僕の肩に手を回してピトリと身体を寄せて、僕の肩に力を入れた。その力に負けて膝が曲がると、秋夜さんの顔がすぐそこにある。
頬と頬がくっつくギリギリの、ほんの数センチしかない隙間は、秋夜さんの匂いを薄めるのになんの意味も成さなかった。
つまり、心臓がゴムまりみたいに跳ねるのは防ぐことができなかった。
「はい、チーズ! もう一枚行きますよ~」
僕の慌てて作った笑顔は、後日送られてきた写真で見ても明らかにぎこちなくて、その代わりと言わんばかりに、秋夜さんは満面の笑みを浮かべていた。
*
「……んで、何かと思えば秋夜さん?」
「何かしら」
「あのチェックボックス入れたんだね? 来年の広告に使うってヤツ」
「えぇそうよ。部員さん喜んでたでしょう? 広告に使える写真が少なくて困ってたようだし、いいことした気分よ」
「バカ! なんてことしたんだよ!」
写真撮影のあと『広告掲載ありがとうございます!』と部員さんに言われて、どうやらそのお礼で配っているのか来年用のファストパスを受け取った後。
——その言葉で、秋夜さんが広告掲載のチェックボックスにチェックを入れたという事実に気がついたあと。
僕らは紙コップに入れられた焼き鳥と、同じようにビッグサイズの紙コップに入れられた焼きそばを日陰のベンチに座って食べていた。
なるほど、紙コップだと食べやすいし分別の必要もなくなるのか。頭がいいな。それに比べて――以下略。
秋夜さんは串を横向きにして焼き鳥に齧り付きながら悪びれず言った。
「いいじゃない。使われるって確定したわけじゃないし、使われたとしても、月弥は私にメロメロですってマーキングになるでしょ? 悪いようにはならないわ」
「バカ! 恥ずかしいじゃん! それに秋夜さんのこと狙う人増えるじゃん! ――な、なんでもない!」
叫んで気付いて慌てて否定したが、秋夜さんはそんな僕を呆れた目で見てやれやれとため息を一つ、僕の肩を励ますように叩いた。
「私は月弥にメロメロです、ぐちょぐちょです、アヘアヘですって宣言してるのにそれでも私にアタック仕掛ける輩なんて愚の骨頂。興味も沸かないし濡れもしないわ」
「い、言い方がなんか不自然だからやめて!」
「はいはい、じゃあこの話はお終い」
あれ? 秋夜さんを非難するはずだったのになんか僕が叫んだだけで終わったような……
秋夜さんが『ん?』と首を傾げたのに『なんでもない』と首を振って返し、焼きそばを啜った。
*
バカだなぁと思いつつ、マスクのゴムを耳に掛ける。
――バカだなぁと思ったのは僕らのことである。わざわざ身バレする可能性を抱えながら、僕らのクラスの展示に寄ろうとしている僕らのことである。
言い出しっぺの秋夜さんは、じーっと自分のマスクを見下ろしてなかなか着けようとしない。
汚れでもついているのかと覗き込んでみたが、なんの汚れも一切ついていなかった。首を傾げれば、僕の視線に気付いた秋夜さんがボフッと顔を赤くした後、恐る恐るマスクを着けた。
ぎこちなく歩く秋夜さんに首を傾げること数十秒、本調子に戻ったのか、秋夜さんは普通に歩き始めた。——虫でもついてたのかな?
ふと、秋夜さんが僕の顔を見て、目の端を引っ張って狐の目をする。睨め、ということだろうか。
そう読んで眉根に皺を寄せて秋夜さんに睥睨を送れば、彼女はキュンと胸を両手で押さえて蹲った。どうやら正解だったらしいが、バカにされている気がして不愉快だ。
何が『マスク+睥睨でキリッとイケメン!』なんだか。
腹は立ったが、僕の場合マスクだけだと目でバレる可能性もあるので、少し睨み気味に目の形を変えていた。
「あ~……ど~も……」
とてもやる気のないお出迎えに、来校者としての気分が一気に萎える。
一方、身バレの危険にドキドキしながら教室に入って歩いてみたが、睥睨を解いても全くバレる気配がなかった。秋夜さんも同じく。——というか、ブースに出ているのが二人しかいないのだ。スリルもクソもない。
室内はデコレーションもない記事が順路を作る間仕切りに張られているだけだった。最初の数枚は達筆だ。見ただけで分かる、秋夜さんの文字だ。
それから数枚先に進むと、雑な文字に変わって、最後は鉛筆で薄く書かれた下書きの状態だった。
抜け出した僕が言えることではないが、クオリティが酷すぎる。道理で僕ら以外に一人二人しかこの教室の中には見当たらないわけだ。
しかも教室の隅の方の休憩室からはキャッキャッとはしゃいでいる声が聞こえる。どうやら受付を任せて休憩室で遊んでいる生徒がいるようだ。
「はぁ……」
「ねぇ月弥。何か感じたことはない?」
「何? どんどん字のクオリティも落ちてることなら感じたけど」
小声で秋夜さんが聞いたので小声で返せば、秋夜さんは首を横に振った。
なんだろうか。手慰め――ならぬ唇慰めにマスクの口元を軽く唇で挟んで弾くと、秋夜さんは顔を真っ赤にして、駆け足で教室から出て行ってしまった。
この教室の展示に興味はないので秋夜さんを追いかける。
どうしたの? と聞くが秋夜さんは答えずに早足で廊下を歩いて、クラスからかなり離れた
「何?」
聞きつつマスクを外すと。唇の当たっていたところにピンク色のグロスがついていた。その色は、彼女の唇の色と同じだった。
秋夜さんは自分の――いや、僕のマスクをポケットにしまって、僕の顔を見て、突然に吹き出した。
震える指で唇の端に触れると、指にグロスがついた。
PS:マスクネタでこれがやりたかった。(ご時世的に最悪)
タイムオーバーです。始業式になったので、これにて完結。
戯れに書いただけあって、最初に構想していた秋夜さんのキャラの芯がぶれぶれになってしまいましたが、日付と成績に追われて書いていたのでご愛嬌といったところ。
こちらの続話は出すことはないと思います。(前述の通りブレブレすぎるので)
夏休みの私の趣味に、お付き合いいただきありがとうございました。
この1ヶ月だけで266星、42998PV、807フォロー、1785ハート、85コメントと、たくさんの応援と元気とやる気を頂きました。
本当にありがとうございます。楽しかったです。
今後1年と半年は更新しませんが、復活した時にその通知をするのでよければ私自身へのフォロー、よろしくお願いします。
PIXIVのフリー台本——もとい性癖暴露は時々してるかもしれません。
ちなみにカクヨムよりもPIXIVやツイッターの方が反応が早いです。(一週間単位)
まだまだラブコメのネタは沢山浮かんでいます。
『ぼくはな』の方は2年後、最後を修正しつつ更新するつもりですので、そちらの方をお楽しみに。
それではみなさま、また会う日まで!
(私の癖——というか謎の流儀で、最終話へのコメントには返信していませんが、ご容赦)
ぼくはな:https://kakuyomu.jp/works/1177354054896641667
PIXIV:https://www.pixiv.net/users/64704222
Twitter:https://twitter.com/kt64_ogasawara
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