隣の聖女の本性を、僕だけが知っている

小笠原 雪兎(ゆきと)

仮面の下はエグくて赤いが、それは返り血のせいではない

第1話 隣の花は仮面の下で赤く咲く

*絶対に予告した作品を投稿しない系ライター






「ねぇねぇ、遠空くん。教科書見せてくれる?」

「え、あ、はい……」

「あっ、じゃあ秋夜、俺が教科書見せるぜっ!」

「隣の席の方が見やすいから大丈夫。ありがとね」


 前の席の男子が持ちかけてきた誘いをきっぱり断り、僕の方に机を寄せてくる彼女。

 名前は秋夜柚菜。彼女はこの学年の聖女的存在である。それだけで説明は事足りるだろう。

 休み時間のたびに彼女の周りに女子が集まり、姦しく駄弁り、それを遠目から男子が眺め、妄想のなかで彼女を穢す。

 そして僕は英単語帳に向き直りながら隣で彼女たちの会話を聞く。別に、妄想の中であの清廉で綺麗な黒髪だったり、柔和な優しげな顔だったり、あのスリムな体型に釣り合った大きめの胸だったりを穢したりなんてしてない。

 ――ウソついたので謝る。実はよくやってます。ゴメンナサイ。


 まぁそんな彼女が僕と机をくっつけて、ぼそりと呟いた。

 ちょうど妄想していたこともあって、彼女の呟きにどきりとするが、その睥睨が前の男子の背中に向けられているのを見て、ほっと一息。


「キモ……死ねばいいのに……」


 僕だけが知っている。超絶美人な聖女の一面を。この学年の聖女的な存在の裏面を。その本性を。そしてそれが、エグいことを……。



 *



「彼女欲しい」


 僕はなんの気なしに呟いた。先生が授業を脱線して、なぜか嫁さんの愚痴を語りだしたからだ。嫁から連想されるものといえば彼女。彼女といえば、僕が夢見る存在だ。口から漏れないわけがない。

 僕の教科書を覗き込んでいた秋夜さんはそれを聞いて僕を下から見上げた。綺麗な瞳と目が合う。端正な顔が僕を見上げている。

 近い。ヤバい、いい匂いがするっ……。


 彼女は唐突に聞いてきた。


「それは告白かしら?」

「ちっ、違うよっ!?」

「じゃあお喋りがしたいのかしら? そのための話題提示?」

「いや、そうでもなくて……」

「じゃあ何かしら? 気になるわ」


 秋夜さんは体を起こし、僕に体を向け、頬杖をついて僕を見つめる。そしてにこりと笑う。

 なんだこれ、新手の拷問か? 罪状はなんだ? 己の欲望を吐露したことか? だって仕方ないじゃん! 彼女欲しいんだし!

 てか冷酷でクールな口調なのにちょっと柔らかいし、いい匂いするし、ドキドキするし! なんだよこれ!

 沈黙が生まれるが、秋夜さんは眉を持ち上げるだけで再度問い、僕の答えをゆっくりと待つ。


 顔を背けようとすると、彼女は僕の顔を覗き込むように回り込んでくる。クールな表情なのに、そこに純真さが混じってるのがまた別の意味でエグい。可愛すぎてエグい。


 いつもは『~だよね』とか『~かな?』とか、明るいほんわか系の口調なのに、何故か僕と話すときは『~よね』とか『~かしら?』とか、お嬢様系の口調になる。

 ――『死ねよ』とかのさっきのヤンキーみたいな口調は例外だ。あの口調は仮面を外した直後に多い。フラストレーション溜まってんのかな?


 沈黙が苦しくなり、僕は小声で答える。


「えとっ、普通に彼女が欲しいなって思っただけで……」

「そう。なら話は簡単だわ。私と付き合えばいいのよ」

「は?」

「それ。私に告白したら済む話よね? そう思わないかしら?」

「いや、断るじゃん。そんなことしたら」

「さぁ、断るとは限らないわ」


 秋夜さんはどうやら僕をからかったりしているつもりはないようだ。ただ純粋に疑問を僕に提示しているようだ。

 ——なんかムードがぶっ飛んだ。彼女の真面目な顔が、彼女の言動にいちいちドキドキしてる僕をバカらしく思わせる。

 いい加減疲れてため息を吐くと、彼女は首をかしげた。


「どうかしたの?」

「あのね、恋愛ってものは『好き』の気持ちが前提なの。彼女欲しいから告白するんじゃなくて、『好き』だから告白するの。んでもって、両思いだったら交際が始まるわけ。理解した?」

「――つまりあなたは私のことが嫌いと?」

「そうは言ってないじゃん。まぁ好きとも言ってないけど」

「そうね。じゃあ今すぐ私のことを好きになりなさい。そしたら告白できるでしょ?」


 時々、秋夜さんはぶっ飛んだことを言う。まさに今の発言がいい例だ。

 本気で彼女は訳ありのどこかの国の王女様なんじゃないかって思うぐらい、彼女は不思議な感性と極論を持っている。

 こめかみを押さえ、僕は訂正した。


「それも違う。『好き』っていうのは長い時間を掛けてその人のいいところだったり、悪いところを見てって、だんだん芽生えてくものなのっ!

 って、現役のJKに何で僕が恋愛論を語ってんだよっ!」

「……まだ入学して一週間しか経たないけれど、もう三人に告白されたわ。どれも気持ち悪かったから断ったけれど」

「うわぁ……。流石美少女。生まれて一回も告白されてこなかった僕が何人いても敵わないや」

「よく分からないけれど、ともかくその人達はどうなわけ? あなたの恋愛論に矛盾する存在ね。消した方がいいかしら?」

「最後のは聞かなかったことにする。で、別にこれは僕の価値観であって、つまり主観であって一般論でも何でもない。ただ、僕は僕が告白しない根拠を述べたまでだよ」

「そう。諦念を得たわ」

「お、おう。そうか」


 『テイネン』って何? 定年退職? ……いや、なんか聞いたことあるな? なんだっけ。家帰ったら調べよう。

 難しい単語が出てきたので適当に返事をして、消される寸前だった黒板の解説を慌ててノートに書き写す。


 隣の秋夜さんを見れば、彼女はほっと胸をなで下ろしたような動きをして、小さく呟いた。


「なら告白してこないのも納得だわ」

「え?」

「何でもない」


 秋夜さんはついっと僕から顔を背けてしまった。

 心臓がドキドキと跳ね始める。さっきの接近のせいじゃない、また別の理由で僕の鼓動が速くなっている。

 つい今しがた自分で説明しておいて、分からないわけがない。この胸の鼓動の意味は、ただ一つである。よくある、人生数回目の恋である。



 *



「死ねゴミクズ……。群れずには生きられない底辺め……」


 先生が教室に入ってきて、秋夜さんを囲んでいた女子の輪が解けた後、秋夜さんはだるそうに低く呟いた。

 やっぱり、ヤンキーみたいな口調で怖い。


「あの~……秋夜さん? 漏れてますよ?」


 良かった、今が終礼の騒がしい瞬間で。あと僕以外に聞いてるヤツがいなくて。無自覚で言っているのだとしたらかなり重症だ。いつか誰かに聞かれて秋夜さんが居場所をなくしてしまうかもしれない。

 なぜか僕が彼女の分の危惧を感じて、そう注意する。だけど僕のそんな心配無視して彼女はつまらなさそうに言った。


「いいの、敢えて漏らしているもの」

「バレたら多分、居場所なくなるよ? 入学してすぐだし、変なレッテルがついたら……」

「バレても問題ないわ。あなたは既に私を知っている。にもかかわらず、私を避けたりなんてしないもの。でしょう?」

「あ、うん……」


 でもそれだと僕だけしか話し相手いないじゃん。そう思ったけど、言うと自意識が過剰なだけに思われそうなので、やめておいた。

 だけど、そんな僕の心を読んだかのように彼女が言う。


「私はあなたがいるので十分だわ」

「……何、それ。告白?」


 恥ずかしくなって、もしかしてからかわれているのかと思って、そう聞き返してみる。すると彼女の返答が、いや、反応があるまでに長い沈黙があった。


「………………は……? はぁ……? ……は、は、はは、はぁ!?」


 顔が真っ赤にした彼女が大声を出して席から立つ。

 仮面のほんわかっぷりやら、本性の落ち着きっぷりやらはどこへか、そこには焦りと動揺しか見えない。初めてこんな秋夜さん見た。

 終礼中に突然大声を出したのだ。流石に担任が注意する。


「どうした秋夜~!」

「あ、いえっ、何でもないです。えへへっ、ちょっとこっちの事情ですっ。すいません!」

「そうか、終礼中は静かにな~! で、え~と、明日は健康診断だからいつもと登校時間違うぞ~!」


 秋夜さんは聖女の仮面をかぶって誤魔化して席に着き、机に突っ伏す。すると前の席の男子が秋夜さんを振り帰返って話しかけた。


「秋夜どうかしたか? 俺が話聞こうか?」

「消えろ愚民。穢悪わいおに塗れた貴様など存在も知りとうない。

 私が、この私が……そ、そんなわけ……ないわ……」

「えぇ?」

「あ、いやっ、何でもないよ? うん。大丈夫、ありがとねっ」

「顔赤いけど、問題ないのか?」

「えっ、あ、うん。大丈夫だから、心配しないでね」

「そ、そうか。ならいいけどなっ、何かあったら俺を頼れよっ」

「ありがとねっ」


 一瞬のキャラ崩壊の後、秋夜さんは何かをもごもごと呟き、それに驚いた男子の困惑の声に、慌てていつもの仮面を被った。

 そして男子が体を前に戻した後、秋夜さんは真っ赤な顔を両手で押さえ、指の隙間から僕に恨めしそうな視線を向ける。


 その真っ赤な顔を真正面から拝ませてはくれないのか、前の席の男子には見せてあげたのに。と不満を抱きながら首を傾げて見せる。心境は、チートキャラ過ぎるどこかの賢者のお孫さんの気持ちだ。『俺、なにかしちゃいました?』的な感じ。

 もしかして本当に告白のつもりで言ってて、図星だったのかな? いやいやまさか、彼女に限ってそんなことはない。きっと別の理由があったんだろう。


 すると秋夜さんはぷいっと顔を僕から背けてしまった。

 そのとき、最後の挨拶の号令がかかり、そのまま終わってしまう。秋夜さんは顔を隠したままだ。


 いつもなら放課後も女子に囲まれてお喋りをしているが、何故か今日は足早に席を離れた彼女。僕とすれ違う瞬間に、彼女は耳元で言った。


「このバカッ。あなたなんか許さないわっ」

「え? 許されないような悪いことした?」

「知らないっ!」


 捨て台詞みたいなのを吐くだけ吐いて、帰ってしまった。

 その背中を見て、僕は首を傾げる。

 ……なんか怒らせるようなことしたっけ?

 思い返しても、何も分からなかった。






PS:夏の小説。『ぼくはな』の続編じゃなくてゴメンね。合間を縫って、夏休みの間だけ復活して投稿します。毎日投稿の予定だけど、完結するかな……?

 まぁ、端的に言って多重豹変系ツンデレです。要はツンデレです。

 1話目なんで少し文章が冗長ですが、次話からスムーズにいく、はず。

 お星様とかフォローとか、いっぱいしてくれると嬉しいです。

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