第31話
リヒトとスピカがユキムラと共に『星降りの舞』の練習に励んでいる頃、アキラは一人、部屋で杖を磨いていた。
黒色に光るそれを
傷は無いようだ。アキラは再び
もう一度夜光石を見つめると、表面に自分の顔が映る程輝いていた。
「……よし、行くか」
アキラは寮を出てある場所に向かった。
フォスとの例の約束があるからだ。
指先が冷えない様、上着のポケットに右手を突っ込み、左手で杖を持って歩く。
フォスは先に行って待っているらしい。
広い敷地を
「やあ、アキラ」
建物の陰からゆっくりとフォスが現れた。
「よう。待たせたか?」
「いいや、僕も心の準備が出来て良かったよ」
「そうか。……って、別にただの特訓なんだから、そんなに緊張することないだろ」
アキラは思ったままにそう言ったが、フォスはぎこちなく笑った。
「あはは。僕にとってはそのくらい重要なことだから。それじゃあ、始めようか」
「ああ。まずは属性付与からやるか。エーテルを集めて、黄色に変わるか見てみよう」
「あ――僕、まだエーテルも視えないんだ……」
早々に気落ちしたフォスを励まそうと、アキラはフォスの肩を軽く叩いた。
「そうなのか。まあ、お互い杖を持ってまだ半年も経ってないんだ、そういうもんだろ。俺もこの間まで視えてなかったし、練習あるのみだな」
「……練習あるのみ、その通りだね」
「俺の練習方法教えるよ。こうやって――」
アキラは杖を目の前に持ってくると、じっと見つめて意識を集中させた。すぐに星々の声が集まり、アキラの夜光石が瞬く。
フォスの目には視えていないが、エーテルが淡く赤色を纏い始めた。そしてエーテルは炎に変わり、円を描いたり、渦を巻いたりとまるで遊ぶように形を変えていく。
「――こんな風に、炎を操って自分の思い通りに動かせるように練習してる。こうするとエーテルの量も調節できるし、エーテルも視えるようになると思う」
「やってみる。まずは杖を……」
「そんなに構える必要はないから、思うようにやってみなよ」
「わ、分かった……!」
アキラの言う通り、肩の力を抜いて星々の声に耳を傾けると、散り散りのエーテルがフォスの杖に集まった。
まだこの目には視えなくとも、その愉しげな声は耳をくすぐっている。
「よし……」
その様子を見て、アキラは小さく頷いた。
――まだ視えないって聞いた時はどうしたもんかと思ったけど、エーテルを集めること自体は問題無さそうだな。
「氷……じゃなかった、雷をイメージして……」
フォスの真剣さとは裏腹に、集まっていた碧い光は徐々に薄く広がっていく。
それは霧のように、形を成すことなく淡い光となって消えてしまった。
今のは不完全な光属性――つまり、失敗ということだ。
「――――ああ、だめだ。また……」
「大丈夫か?」
「難しいね。雷と光ってなんだかイメージが混合しちゃって……」
フォスがため息をつく。
「フォスは性格も優しいからな……それが星の声にも伝わって、雷になる前に光属性に変わってるんじゃないか?」
「僕自身が反映されてるってことかい?」
「ああ、俺にはそう見える」
アキラは杖にエーテルを集めると、嵐のような雲を瞼の裏に描いた。
夜光石に黄色のエーテルが渦を巻く。
「――雷属性ってちょっと攻撃的っていうかさ、激しい感じがするだろ、ほら」
パチッという何かが爆ぜる音と共に、夜光石の表面を小さな稲妻が走った。
初めて雷属性を使ってみたが、確かにフォスの言う通り、制御が難しい属性だった。
雷光のイメージが先行してしまうと途端に光属性の方にエーテルが傾いてしまう。
ほんの一瞬とはいえ一度目で成功したアキラを見て、フォスは複雑そうな表情で呟いた。
「……すごいね、アキラはなんでもできるんだね」
「いや、そんな…………」
ふと、アキラは考えた。
フォスが優しいのは確かだ。けれど果たして、彼の性格はそれだけなのか、と。
アキラは少し、彼を試すことにした。
「フォスはちょっと理詰めで考えすぎなんじゃないか?」
「君の言う通り、僕はちょっと机に向かい過ぎて頭でっかちになっていたのかも」
「思ったままにやってみればいいんだよ。学年首席様には難しいか?」
「……その言い方はちょっと癇に障るな」
「なんだよ、出来ないのか?」
平静を装っていたが、フォスの口元は歪んでいた。
「挑発のつもりかい?悪いけど、僕はただでさえ君たちに遅れをとっているんだ。聞き流す余裕はあんまり……」
もう一押しと踏んだアキラは更にフォスを煽る。
「ハッ……やっぱり遅れてるって自覚はあるんだな」
その一言でフォスの目の色が変わった。
「な……ッ!アキラ……君は……!」
「悔しいならかかってこいよ」
アキラの狙い通り挑発に乗ったフォスは、これまでにないほど大量のエーテルを集めだした。
光がバチバチと音を立てる。――エーテルは黄色に染まっていた。
これだ、とアキラはほんの少し口角を上げた。フォスをこじ開ける為の鍵は、自分達に対する対抗心だ。
強い風がアキラに叩き付けられる。足元がふらついたが、その視線はフォスに向けられたままだ。
「僕にだってできる……!負けてなんか無いッ!」
「く……っ」
頬を引っ掻くビリビリとした感覚と、ゆっくりと首筋に伝う汗。
緊張感と僅かな高揚感がアキラの体温を上げる。
――来る。
アキラは杖を強く握った。
小さく息を吸って、夜光石に祝詞を捧げる。
「天にまします星々よ――」
雷がフォスの怒りを乗せて真っ直ぐ向かってくる。
――間に合うか……!?
アキラの詠唱に合わせて夜光石が瞬く。
「――堅牢なる光の壁で、私をお守りください」
杖から光が放たれ、淡い白を纏った透明な光の壁がアキラの前に現れた。
同時に、フォスの雷が壁にぶつかる。
嵐に見舞われたような激しい音が辺りを包み、打ち付ける稲妻は光壁を突き破ろうと一層強く迫ってくる。
そうならないようアキラは祈った。
「割れるなよ……!」
ジリジリとした熱と光を肌で感じられるようになった辺りでフォスがハッと我に返る。
光と音が止み、アキラも光壁を解いた。
フォスが心配そうに駆け寄って来る。
「――アキラ!ごめん、僕……なんてことを……」
「いいよ、ちゃんと防げたし。それより――」
ほんの少し、呼吸ひとつ分の間を置いて。
「ちゃんと出来たな、雷属性」
ニッと笑うアキラを見てフォスが気付く。
「あ……もしかしてさっきの……」
「試して悪かった。フォスを怒らせたら攻撃してくると思ったんだ」
「なるほどね……スピカやリヒトにはきっと思いつかなかっただろうな」
「だろうな。――とはいえ、嫌なこと言ってごめんな」
口に出た以上、全く心にない言葉では無かったのだろう。結果的にフォスは雷属性を使えるようになったものの、アキラは自分の吐いた言葉に後悔していた。――彼の雷より、ずっと痛くて辛い言葉だったはずだから。
「謝る必要ないよ。僕の方こそごめんね、本当に怪我はない?」
「ああ。大丈夫だ――」
互いに胸のつかえが取れ、握手を交わしたその時。
「こらーッ!そこの二人!」
聞き覚えのある声だった。アンライトだ。
その後ろには案の定リヒト、スピカ、そしてユキムラがついてきている。
誰かが二人の騒ぎを聞きつけてアンライトを呼んだのだろう。渦中の一人が一年首席のフォスということもあり、野次馬まで集まっているようだ。
「げっ……」
「あー、さっきの騒ぎが先生に伝わっちゃったかな」
「フォスくん、アキラくん、ここで何をしているんですか」
「あ……と、その」
アンライトの咎める視線に怯むフォスだったが、隣に立つアキラは臆することなく口を開いた。
「二人で占星術の練習をしていました。そうしたら途中で言い争いになってしまって、喧嘩になりました」
アキラの言ったことは嘘ではない。
上手い言い訳が思いつくものだ、とフォスは感心した。
「でも、もうお互い仲直りしました」
二人の発言にアンライトは虚をつかれた様子だったが、彼は額に手を当て、ふー……と長いため息をついた。
「五等星以下は人に向かって占星術を
「はい。平気です」
「僕も特に怪我はしていません」
それを聞いてアンライトは一瞬、安堵の表情を浮かべたが、すぐにまた厳しい視線で二人を叱った。
「そうですか、ああ良かった――ですが、校則違反は確かです。後で処分を伝えますから、職員室に来るように」
「はい……」
「すみませんでした」
二人は頭を下げた。違反の理由をアンライトに伏せたのは事実だが、校則違反についてはもちろん反省している。
「皆さんも、野次馬なんかしていないで寮に戻るように。課題追加しちゃいますよ」
アンライトがそう言うと、周りに集まっていた生徒達は蜘蛛の子を散らすようにその場を去っていった。
では後ほど、とアンライトも校舎へ向かっていき、残ったのはいつもの四人とユキムラだけだった。
「フォス、アキラくん」
「リヒト……騒がせてごめんね」
「全くよ、もう。しかも校則違反までしちゃって……処分って聞いたわよ!」
「まあまあ、落ち着いて。――あ、私は三年のユキムラ。さっきまで二人と星霊祭に向けて『星降りの舞』の練習をしていたのだけれど、その成り行きでついてきてしまった」
「は、はじめまして……フォスです」
「アキラです。よろしくお願いします」
タイミングのおかしな出会いだったが、お陰でスピカも落ち着いたようだ。
リヒトがフォス達に訊ねる。
「それで、喧嘩の理由って何だったの?」
「ああ……それは……」
「内緒」
口ごもるフォスの代わりにアキラがいたずらっぽく言う。
「ええ、なんでよ」
「男同士の友情ってこと」
「良く分かんないけど、確かに二人とも仲良さそうだね」
「だろ?」
リヒトの言う通り、アキラとフォスに何となくあった、心の壁のようなものは消えたようだった。
「……ま、この調子なら心配なさそうね。引き止めて悪かったわ、アンライト先生にもーっと怒られて来なさい」
「スピカ、心配掛けて悪かった」
「あたしよりリヒトの方が心配してたわよ。オロオロしてたし」
さりげなく暴露され、リヒトが慌てる。
寮で喧嘩の話を聞いて、二人がこのまま仲違いしてしまったら……と案じていたのだが、実際に目にした二人の様子を見て、それは口にしないと決めていたのだ。
「ちょっと、言わないでよ……っ」
「友達に心配掛けたことを反省させてるのよ。さ、あたし達は寮に帰るわよ。ユキムラ先輩も戻りましょう」
いつかの仕返しだろうか。スピカはどこか楽しげだった。
「あ、うん。それじゃ、処分が軽いことを祈っておくよ」
しかし、この後二人に告げられた処分は、一同が肩を落とす内容だった。
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