第30話
リヒト達の部屋を出た後、再度ユキムラから話を切り出した。
陽の落ちた時間帯ということもあり、カティエを送りがてらエントランスに向かう。
「それでカティエ先生、用事というのは?」
「ええ、あなたの進路のことについてよ」
その一言に、ここまでずっと落ち着いていたユキムラが初めて目の色を変えた。
「……私は――今の実力で、やっていけるでしょうか」
「あなたがそんなに不安そうな目をするのは珍しいわね。あなたぐらいの実力と成績なら、卒業する頃に二等星まで昇級していれば問題ないそうよ」
ユキムラの卒業は三年後を予定しているが、卒業後の進路を早くも決めていた。
そのユキムラにとってカティエの返答は喜ぶべきものであったが、彼女は依然、険しい表情を貼り付けたままだった。
「二等星、ですか……」
今のユキムラは三等星。あと一回の昇級で条件に達するが、試験内容は非常に厳しいものだと噂に聞いている。
更に言えば二等星の占星術師自体、全体のひと握りしか居ない。実際、ユース学園卒業生の多くは三等星なのだ。
「大丈夫よぉ、ユキムラさんなら。良い星霊もついてるし、心配要らないわよ」
「……ありがとうございます。頑張ります」
カティエの励ましにようやくユキムラも表情を少し緩めた。
「ユキムラさんは星詠みの成績も三年間トップだから王宮でも活躍出来ると思うわ。私も出来る限りサポートするし、一緒に頑張りましょう」
「元・宮廷占星術師のカティエ先生にお力添え頂けるなら百人力です」
ユキムラが言った通り、カティエはユース学園で教職に就く前、王宮で宮廷占星術師として国の
とある理由で王宮勤めを辞したが、当時のツテを頼って今回、王宮にユキムラを紹介したのだった。
未来のヴァルトエーベルを支える存在――それがユキムラの目指す宮廷占星術師だ。
「……ところで、今まで先生の占いが外れたことはあるんですか?」
「勿論あるわよぉ、二回ね」
「二回……?たったのですか?」
宮廷占星術師を務めていただけあって、星詠みの正確性も規格外のようだ。
ユキムラは驚きを隠せなかった。
「あら、宮廷占星術師が占いを外すのは結構な問題よ?まあ、私の場合はどっちもプライベートで占ったからお仕事には影響なかったけどねぇ」
カティエの言葉が真実ならば、公的には一度も外していないということになる。
ユキムラは若くしてこの才覚を持った彼女に畏怖の感情を抱いていた。
「一回目の時は何を占ったんですか?」
会話が途切れないよう、恐る恐る訊ねた。
「好きな人を食事に誘えるか占ったのぉ……そうしたら結果が凶になって、がっかりしてたらなんとその人、その日に仕事を辞めて、王宮を去っていたのよぉ」
「その人とは今は?」
「なーんにも進展無しよ」
そう言って笑うカティエに悲壮感はない。
ユキムラとはまた違う美貌を持つカティエだが、そんな彼女に靡かない人に少し興味が湧いた。
「カティエ先生ほどお綺麗な方が苦戦しているとは、かなりの強敵ですね」
「全くだわぁ。――なんてね、うふふ」
エントランスに着き、扉を開けてカティエをエスコートする。ユキムラの生まれ持った容姿故に染み付いた習慣だった。
見上げれば、空には薄く雲が広がっている。今宵、星空は拝めそうになかった。
「ちなみにあともう一回の方は?」
ユキムラが訊ねると、カティエは何かを思い出すように曇った夜空を見上げた。
「ああ、それねぇ……自分でも笑っちゃうんだけど、まだ私がユキムラさんと同じぐらいの歳の頃に未来を占ったの。そしたら近い将来天災が起きて、この国――ヴァルトエーベルを呑み込んじゃうって結果が出たのよ」
「天災……ですか」
思いもよらない言葉だった。
扉に手を掛けたまま、ユキムラの動きが止まる。
「まあでも、今現在そんなの起きていないし、起きる気配もないのだから……きっと外れていたのよねぇ」
「今のヴァルトエーベルはとても平和ですからね。……にしても、随分突拍子の無い結果が出るものですね」
半分冗談のようなものだろう。―だが、カティエの占いの正確性を考えれば『外れた』と言い切る彼女の言葉を、心から信じることは出来なかった。
冷たい風が吹き込んで、扉を開けっ放しにしていたことに気付いた。
急いで扉を閉めると、屋内の灯りが生徒達の声ごと切り離された。
目の前にあるのはただ静かな夜だった。
「私達は星霊の声を聴く者――そして、それを地上に伝えることが役目。……けれどあの時は解釈の仕方が誤っていたのかも知れないわねぇ」
カティエの後を追って数歩進むと、足音に気付いて振り返ったカティエが続ける。
「でも、寧ろ外れて良かったわよぉ。――ああ、ここまでで良いわ。お見送りさせてごめんなさいねぇ。また明日」
「――はい、ありがとうございました。カティエ先生、帰り道お気を付けて」
にこ、と笑みを残してまたカティエが歩き出す。
カティエの背が少しずつ遠ざかっていく。
静寂がまた訪れる。
「……本当に、外れたんですよね……?」
強い風が再びユキムラを通り抜けていったが、胸に残る不安はしっかりと根を張っていた。
それから一週間と数日の間、リヒト達はユキムラと暇を見ては『星降りの舞』の練習を重ねた。
ユキムラの指導もあってリヒトもスピカもどんどん上達していき、一時間――とまではいかないものの、初めより随分長く踊ることができるようになった。
「――よし、二人とも良く頑張ったね。これなら本番も最後まで踊れそうだ」
「やった、ユキムラ先輩のお陰です」
「ええ、本当に!まさかあたしもここまで踊れるようになるだなんて……」
「そうだね、特にスピカは初めの息切れが嘘みたいだよ。さて、いよいよ星霊祭も間近だね。年明け以降は授業内容も今より専門性が上がって高度になってくる。二人とも、勉強はついていけているかな?」
話題は移り、ユキムラは二人の成績について訊ねた。
「はい。この間の座学試験でも上の方でした」
「そんな気がしていたよ、スピカは聡い子の瞳をしているからね。リヒトはどう?」
「ボクもスピカとフォスに教えてもらいながらですけど、なんとか」
「フォス?ああ、一年の首席くんだね。仲が良いんだ?」
「はい。入学式の日に二人と出会ってそれからずっと一緒です。あ、それと最近アキラくんっていう男の子とも仲良くなりました」
「そう、
「そうですね、舞が終わったらみんなで露店を回る予定です。良かったら先輩も一緒に回りませんか?」
「嬉しいお誘いだけど、私みたいな先輩が一緒でお邪魔じゃないかい?」
「そんなことないですよ!あ、もちろん無理にとは言わないので……」
「そう?ならご一緒させてもらおうかな。そうだ、舞を頑張ったらご褒美に星霊祭の露店で何かご馳走しよう。当日は街の名店からもいくつか出店されるんだよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「あんたね、遠慮ってものを知らないの?」
食欲に素直なリヒトは目を輝かせる。
それを見たスピカが呆れたように言うと、リヒトは頬を赤らめた。
「あ……すみません……」
「いや、構わないよ。スピカも遠慮はいらないからね。実は最近、時々日雇いで給金を貰っているからちょっとだけお金持ちなんだ」
「じ、じゃあお言葉に甘えて」
先日カティエに紹介してもらって以来、ユキムラは宮廷占星術師の見習いとして、学業の合間に雑務をこなしている。
宮廷と付くだけあって給金は高く、見習い――それも学生の身ながら、上手く節約すれば暮らしていけるだけの収入をユキムラは得ていた。
ただ、それは王宮からユキムラのもう遠くない将来に対する期待であることも理解している。
「先輩みたいに何でも出来る人だと学校とも両立出来ちゃうんですね」
「まあ、空いた時間を充てているだけだから、そんなに長いこと入っている訳じゃないよ。君達も学園生活に慣れてきたら何かやってみるといい」
外の大人に交じって働くのは、ユース学園に限らず学生には良い刺激になるだろう。
普段、自分が何気なく口にしている食材一つだって誰かが作ったものだ。だが、占星術という人の営みから少し離れたものに触れていると、そういった当たり前のことからも遠ざかってしまうような気がしていた。
「日雇いかあ……」
リヒトは実家のパブを手伝っていた頃を思い出した。やはり大変なこともあったが、今思えば楽しかったことも多い。
「お小遣いも稼げるし、スピカには良いかもね」
「そうね、あたしはちょっと興味あるわ。また考えてみますね」
「学生のうちに色んなことを経験しておくといいよ。……と言っても、ユース学園では私もまだ折り返しだから、一緒に成長していこうね」
「はい!」
会話が途切れ、ふと部屋の外が騒がしいことに気付いた。
「なんだか賑やかですね」
「そうだね。何かあったかな?」
ドアを開けたところで、丁度部屋の前を通り過ぎようとした生徒を呼び止める。
「ねえ、騒がしいけど何かあったの?」
「あ、リヒト。……とユキムラ先輩。それが、裏庭で生徒同士が喧嘩してるって騒ぎになってて――」
「喧嘩?なんでまた……」
学生の喧嘩でこれほどの騒ぎになるとは思いもしなかったリヒトは、次の言葉に面食らった。
「しかも片方が一年の首席らしいのよ」
「え……フォスが!?」
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