第28話

 ユース学園のある地域には一年の締めくくりを飾る大きな祭りがある。

 その祭りの名前は『星霊祭せいれいさい』。地上を見守ってくれた星々へ、一年の感謝を込めて二日に渡り宴を開く催しだ。

 星霊信仰の文化が根付いた地域ならではのこの祭りは毎年賑わっており、この期間は国の外からの旅行者も増えるそうだ。

 その星霊祭を間近に控え、街も学校も賑わいに満ちている。

 放課後、四人は敷地内の広場でその日の課題に取り掛かっていた。

 この場所はスピカの希望だったのだが、息も白く昇っていくこの季節に、なぜわざわざ屋外を選んだのか。

 リヒトはこのすぐ後に知ることとなる。

「楽しみね、星霊祭」

「ああ。人も多そうだけどな」

 あれから数日、新たにフォスと相部屋となったアキラは自然とリヒト達と共に過ごすようになった。それまでアキラはほとんど一人で行動していたらしい。(どちらかというと一人が好きなだけで、周りとつるむのが嫌な訳ではないようだ……。)

 フォスの元相部屋だった生徒がどうなったのかは、フォスにもアンライトにも聞けていない。―何となく、聞くのが怖かった。

 課題も片付き、他愛のない話をしていると、不意にスピカが星霊祭の踊り子について話題を振ってきた。

「ねえねえ、星霊祭の日は夜光石を囲んで舞を踊るんだって」

「へえ、街から踊り子さんを呼ぶのかな?」

「何言ってんの、踊るのはユース学園の生徒よ」

 スピカの後にフォスが説明してくれた。

 星霊祭の夜は今四人がいるこの広場に夜光石を運んできて、舞を踊って祈りを捧げるそうだ。

 夜光石が碧く輝く時、すべての星霊がこの地に集まると言い伝えられている。

「舞の時は巫女さんの衣装を着て踊るって聞いたよ」

「さすが、星霊信仰の土地だね」

「リヒトの住んでいた場所は違うのか?」

「あ、えと……うん。実家のある方は錬金術師の方が人気だったからね。錬金術師はあまり信仰とかはないんだ」

「ところでリヒト―さっきの踊り子の話なんだけど……」

 スピカがリヒトの方を見ながら怪しい笑みを浮かべている。

「待って、嫌な予感がする」

「はい!ここに、踊り子の衣装がありまーす」

 スピカの手にあるのは白と紫を基調とした衣装。それも案の定二着。

「やっぱり……!って、どこから出したのそれ―」

 慌てて立ち上がったが遅かった。

「一緒に練習しましょ。課題も終わったことだし、行くわよ!」

 しっかりと手を握られ、あっという間に逃げられなくなってしまった。

 一体、非力な彼女のどこからそんな力が出ているのか。

―っていうか、今踊るって言った!?

「ちょっ……待って、ボクも踊るってこと!?」

「勿論よ。いいじゃない、年に一度のお祭りよ!」

「あーぁー……」

 ぐいぐいと寮の方へ引っ張られていくリヒト。―その目は、ここまで一切止める素振りを見せなかったフォス達に恨めしそうな視線を送っている。

 フォスとアキラは二人を見送ると、どちらからともなく腰を上げた。

 先に口を開いたのはアキラだった。

「部屋に戻る前に食堂で何か温かいもん飲もうぜ、外寒い」

「賛成。あの二人―というかスピカ、ああなったら長いからさ、多分今日は戻ってこないよ」

 食堂に向かって歩きながらまた話しだす。

「そういえば、リヒトの出身ってこの辺じゃなかったんだな」

「あの子のことが気になるのかい?」

「そういう訳じゃ―いや、まあ……何となくな」

 始めは口ごもっていたアキラだったが、最後は素直にフォスの言葉を肯定した。

「やっぱり気になるんだね。僕も詳しくは知らないけど、出身はこの国の南側だって言っていたよ」

「南?都会だな」

「案外お金持ちなのかもね」

 食堂に着いた二人は温かいコーヒーを注文した。

 夕食の時間まで間がある為、この時間帯の食堂は閑散としていた。

 少し待つと挽きたてのコーヒーの良い香りが漂ってきた。

「はい、コーヒーどうぞ」

「ありがとうございます」

 カウンターから差し出されたコーヒーを受け取り、適当な席に向かい合って座る。

 話題は占星術師らしく、互いの得意属性の話に移った。

「……ところで、アキラの得意属性は?」

「ん、俺?っていうか俺ら相部屋なんだから、そんなの部屋にいる時に聞けばいいだろ」

「二人きり顔突合せてする話でもないでしょ」

 苦笑するフォス。

 対するアキラもさほど真剣な話でもないと思い直す。

「まあ、そうか。俺は炎属性と光属性」

 炎属性に適性がある者は占星術師に一番多いとされているが、逆にリヒトと同じ光属性は少ないと言われている。

 その上二属性に適性を持つとなると、該当する者は更に少ない。

 アキラは稀有な存在だった。

「君も二つあるのか……!」

ってことはそっちも?」

「うん、僕は氷属性と雷属性に適正があるみたいなんだ」

 氷属性、次いで雷属性の適性持ちも占星術師の中では比較的多い方だ。勿論、二属性となれば話は別であるが。

「へえ、やるな。一年の中じゃ俺以外の奴は初めて見たよ」

「ありがとう。……でも、実は――雷属性の方がまだうまく―というか、全然使えていないんだ」

「そうなのか。学年首席が意外だな」

 アキラはつい思ったまま口にしたが、その一言でフォスは顔を俯かせた。

「座学なんて机に向かっていればどうにでもなるさ。みんな僕を買い被りすぎだよ――。アキラはどう?両方ともうまく使えてる?」

 深緑色の瞳が不安げに揺れている。

「俺は、そうだな……炎属性の方が得意だな、今のところ。でも一応光属性の方も使えていると思う」

 言い終えると、フォスの瞳に力が入った。

 身を乗り出し、必死の表情で訴える。

「なら……あの、恥を承知で頼みたいんだけど……僕の特訓に付き合ってくれないか?」

「恥とか、そんな風に考えるなよ。俺ら友達だろ」

「本当かい?助かるよ。正直なところ、あの二人の優秀さに引け目を感じてるっていうか―所謂才能って奴が僕にはないんじゃないかって時々思うんだ……現にアキラだって二つとも使えているんだろう?」

 すっかり自信を失っているように見える。

 今まで二属性に適性を持つ人間はフォスのすぐ近くには他にいなかったのだろう。

 彼の悩みを少しでも理解出来るのは自分だけだ。

「なあ、俺も占星術は才能もある程度必要だと思うけど、結局最後は努力出来るやつが残るんだと思うぜ」

 アキラはコーヒーをぐっと飲み干した。

「フォスは努力しようとしてるじゃんか。だからきっと上手くいくよ」

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