第29話

 スピカに連れられて(引っ張られて)部屋に戻ってきたリヒトは、薄紫色のヴェールを渡された。

「はいこれ。舞の振り付け自体は簡単みたいなんだけど、ヴェールの扱いがちょっと難しいらしいのよね」

 そう言ってスピカはヴェール―星衣と言うらしい―を腕に羽織るようにして纏うと、くるりとターンしてみせた。

「―ね?上手い人は星衣がエーテルの流れみたいに綺麗に動くみたいなんだけど、あたしのはそうじゃなかったでしょ」

「うーん、今のも充分綺麗だったけどなあ」

「やだ、照れるじゃない。でも先輩達の舞はこんなのの比じゃないのよ」

「舞が上手な先輩に教えてもらえたら、もっと上達しそうだね」

「そう言うと思って、先輩をお呼びしたわ。そろそろ来られると思うけど……」

 スピカが言いかけた時、タイミング良く部屋の扉がノックされた。

「はーい!―えっ」

 扉に近かったリヒトが出迎えると、背の高い生徒が目の前に立っていた。

 スピカよりも色素の薄いピンク色の髪はショートカットに整えられており、より大人びた印象を与える。

 一瞬戸惑ったのは、その服装のせいだ。

 上着は男子の詰襟を着ているのだが、ズボンはリヒトと同じ女子生徒用のショートパンツを身に付けており、すらりと長い脚が伸びている。

 目の前の生徒は愛想の良い笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。

「―やあ、お待たせ」

「あ、来てくれてありがとうございます、ユキムラ先輩!」

 駆け寄ったスピカに、ユキムラと呼ばれたその人ががまた柔和な笑みを向ける。

 どうやらこの人がスピカの話していた先輩らしい。

「スピカ、今日からよろしくね。それと―」

 ユキムラが再びリヒトの方を向いた。

「いくら私が同性だからって、不用心にドアを開けるのは感心しないな。次からは相手を確かめてから開けてね」

「は……はい……」

 ユキムラは女性のようだ―が、あまりにも麗しいという言葉が似合う彼女には最早性別の概念すら不要と思える。

「いい子だ。ああ、君は初対面だったね。改めて―私はユキムラ、ユース学園三年だ」

「ボクはリヒトっていいます。スピカと同じく一年生です」

 ユキムラは二年先輩のようだ。普段、上級生との関わりは無いはずだが、スピカは彼女とどうやって知り合ったのだろうか。

 スピカの人脈の広さにリヒトは驚くばかりだった。

「うん、よろしく。さて……星霊祭で踊る舞を教えて欲しいんだっけ」

「はい、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします!」

「元気がいいね、早速始めようか。じゃあ一度やってみせるね」

 ユキムラは手に持っていた星衣を纏うと、長い手足を使って舞を踊った。

 円を描くように腕を回せば星衣がひらりと靡いてきらきらと光を散らす。

 エーテルの流れを思わせるその輝きはスピカの話そのままだ。

 彼女は腕の使い方だけでなく足運びも見事で、先程から足音をほとんど立てずにステップを踏んでいる。

「綺麗――」

 最後に星衣で顔を隠すポーズで止まる。

 こうして顔を隠すことで、昼の子の時間は終わり、星々の時間が始まったことを示すのだという。

「す、すごいです……!」

「とっても綺麗でした!」

 二人はユキムラの美しさを拍手で讃えた。

「どうもありがとう。今のが舞の振り付けの短縮版といったところかな。本番ではここのステップを繰り返すんだ」

「どれくらい―ですか?」

 リヒトの問いに、ユキムラは事も無げに答える。

「うん?星降りの舞は一日目の夕方から星が昇るまで続けるから、ほんの一時間くらいかな」

「いっ!?」

「な、なかなか覚悟が要りますね……」

 ユキムラの持つ儚げな雰囲気のせいで華奢な印象を受けていたが、見れば彼女の脚には靱やかな筋肉がしっかりと付いている。

 占星術師として日夜行っているフィールドワークの賜物だろう。

「二人共体力にはあまり自信が無いかな?」

「いえボクは何とか……」

「あたしがちょっと……」

 口ごもる二人にユキムラは苦笑した。

「まあまずはやってみようか。最初は出来なくても良いから私の真似をして」

 ユキムラに従い、リヒト達も星衣を纏う。

「じゃあいくよ……一、二―」

 ユキムラのカウントに合わせて見様見真似で舞を踊る。

 初めは動きからしてズレていたが、リヒトは徐々に足運びを覚えていった。

 先程と同じ位の長さでステップを三度繰り返した後、ユキムラが合図した。

 二人も動きを止める。

 目の前にひらりと垂れる星衣の向こうでユキムラが何やら考え込んでいる。

「はぁ……はぁ……なんとなく、動きは分かってきたけど」

「ええ……か、体がついていかないわね……」

「二人とも、姿勢戻していいよ」

 スピカと顔を見合わせて互いを労っていると、ユキムラが近くに歩み寄ってきた。

「あ、はい」

「どうでしたか……?」

「うーん……リヒトは足元に視線を向けすぎかな。できるだけ前を見るようにしようか。スピカは振りの覚えは早そうだね。ただ、体が小さいから動きをもっと大きくした方がいい。体力を使うから大変だろうけど、その方が綺麗に見えるよ」

 手本として踊りながらも細かく自分達の動きを観察していたことに驚きつつ、リヒトは一礼した。

「ありがとうございます、次は意識してみます」

「それじゃあもう一度やって見ようか」

「はい……!」


 初めは乗り気でなかったリヒトも、ユキムラの的確な指導と、スピカの真剣さに感化され、気付けば二人と同じくらい真剣に取り組んでいた。

「うん、良くなってきた。いいよ、リヒト」

「ありがとうございますっ」

「スピカも腕の伸びが綺麗になったね」

 ユキムラのアドバイス通りに体全体を使って踊っているスピカの額からは大粒の汗が伝っている。

「は、はいっ……はぁはぁ……」

「息が上がっているね、少し休もうか」

「はぁ……っ、すみません……」

 そう言ってスピカはその場にへたり込んでしまった。

「うわ、大丈夫?スピカ」

「へ……平気……」

 口ではそう言うが顔が真っ赤だった。湯気が出そうだな、とリヒトはグラスに注いだ水を差し出した。

「―じゃ、なさそうだね……はい、お水」

「ありがと……」

「二人とも筋は良いから、あとは体力面だね」

 暫しの休憩を取っているところで、再び部屋の扉が開いた。

「ユキムラさん、いるかしらぁ?」

「カティエ先生」

 やってきたのはカティエだった。猫のようなつり目をふっと細めて笑うと、緩くウェーブのかかった長い髪が揺れた。

「あらぁ、やっぱりいたわ。ごきげんよう、皆さん」

「どうしてここに?」

 ユキムラがここにいることを何故カティエが知っているのだろうか。そう思いリヒトは素直な疑問をぶつけた。

 カティエはきょとんとして言う。

「どうしてって……探している相手がどこにいるか占う方法、前に授業で教えたじゃない」

「そ、そうでした……」

 星詠みが苦手教科であるリヒトは胸を刺されたようにぎくりとした。

―忘れてた……!やっちゃった……。

「次の座学試験もあるから復習はしっかりねぇ?」

「はい……」

 カティエから発される言外の圧に思わず肩が丸くなる。

 空気を締めようとユキムラが口を開いた。

「ああ、それでカティエ先生。私に何か御用ですか?」

「そうだったわぁ。じゃあ悪いけど二人とも、ユキムラさん借りていくわねぇ」

 カティエは思い出したようにそう言うと、踵を返した。

 それに続いてユキムラも扉の方へ向かう。

「じゃあ二人とも、またね」

「ユキムラ先輩、今日はありがとうございました」

「またお願いします!」

 リヒト達が礼を言うと、ユキムラは薄く笑って応えた。

「うん、また時間を作って練習しよう」

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