第27話

 来た道を戻って行くと、途中でフォスと合流することが出来た。

「お待たせ」

「平気だよ。スピカとも話せたし」

「聞いたんだね、あのこと」

「うん。ちょっと誤解もあったみたいで……それも無事に解けたよ」

「え、誤解?」

 先程の話を掻い摘んでフォスに話すと、なんだかバツが悪そうにリヒトから目を逸らした。

「そ、そっか……誤解、解けてよかったね」

「近いうちに仲直り出来るといいね、スピカ」

「ええ。今回もリヒトに助けられたわね」

「大したことしてないよ。それに本当の仲直りはお父さんと話してからでしょ?」

「そうね。近いうちに一度家に帰ることにするわ。―さ、それはそうと買い物よ!」

「あ……ちょっと待って」

 駆けていく二人を遠目に、フォスは呟いた。

「――なんで気付いてあげられなかったのかな。いや、気付かないふりをしていたのは僕の方か」 

 その日は何件もの店を回って―否、スピカに連れ回された。

 日が暮れた頃、リヒト達は沢山の荷物を抱えて寮に帰ってきた。

「あー、買った買った。今日はかなり散財したわね」

「買いすぎ買いすぎ。―フォス、荷物半分持たせてごめんね」

「いいよこれくらい。僕これでも男だから」

 フォスは細身だが、年相応に筋力はあるようだ。歳はリヒトと同じの筈だが、落ち着きのある振る舞いのせいか、時々自分よりずっと年上に見えることもある。

「ありがとう。その辺に置いてもらえるかな」

「うん。よっ……と。―じゃあ僕も部屋に戻るね、掃除を手伝わないと」

 リヒトが指した場所に荷物を置くとフォスは踵を返した。

「掃除?誰の?」とスピカが訊ねる。

「相部屋の子。休日だしね」

「そっか。頑張ってね」

「フォス、また明日ね」

 フォスを見送ったその次は荷物の開封だ。―とはいっても、殆どスピカの買い物だったので、リヒトは彼女の破いた包み紙を片付けるのが大半だが。

 鼻歌交じりにびりびりと包装紙を破くスピカ。それを散らかったそばからリヒトが集める。

「ふん、ふふん〜。これは新しい髪飾りでしょー、こっちは新作のリップ―」

 上機嫌なスピカの様子にリヒトの表情も綻んだ。

 スピカから紡がれるメロディに合わせて、リヒトもハミングする。

 その日、二人の部屋からは可愛らしいハーモニーが聴こえてきた。と、一部の生徒の間で話題になった。


 季節は移り、冬がやってきた。リヒト達がユース学園に入学してから既に四ヶ月が経っていた。

 初めての天体観測や昇級試験、親元を離れての寮暮らし―短い期間でも、それは確かに積み重ねた大切な日々だ。

「リヒト、教室行きましょ」

「次は歴史だね」

 ユース学園では約半分が専門授業、残りが中等教育を含む授業を行っている。

 そのため、卒業後は一般職に就く選択肢も残される。競争率の高い占星術師が職にあぶれてしまわないためのカリキュラムが組まれている。

「フォスの得意科目じゃない。―にしても寒いわね……!」

「本当そうだね。風が冷たくて耳が痛くなってきたよ……」

 冷えて赤くなった耳を擦りながら歩いていると、対面からアンライトがやってきた。

 アンライトは片手を上げてこちらに合図しながら近付いてきた。その後ろから黒髪の彼がついてくる。

「ああ、いたいた。フォスくん、ちょっと良いかな?」

「僕ですか?はい、大丈夫ですけど……」

 アンライトはフォスを指名らしい。リヒトは立ち聞きしない方が良いと思い、アンライトに訊ねた。

「あ……だったらボク達は先に行った方が良いですか?」

「いえ、構いませんよ。それでフォスくん、部屋替えの件なんだけど、彼―アキラくんが今一人部屋なので、君の部屋に引越ししてもらおうかと思っているのですが、いかがですか?」

 アンライトの横に立つ黒髪の少年こと、アキラが会釈した。

 部屋替えとは何のことだろうか。

「大丈夫ですよ。僕の部屋の方は掃除は終わっていますし、いつでも」

 フォスが前に相部屋の子の掃除をすると話していたことを思い出した。

 相部屋の子はどうしたのか、訪ねる前にアンライトが口を開いた。

「良かった。―あ、まずい次の授業が……!すみませんアキラくん、転室届は後で私のところに持ってきてもらえますか?」

「はい、分かりました」

 慌ただしく去っていくアンライト。

 星霊学の授業とリヒト達の担任を兼任している彼はなかなか忙しいようだ。

 廊下に四人取り残され、呼吸ひとつ分の沈黙が訪れた。沈黙を破ろうと誰かが何かを言おうとした時、アキラが名乗った。

「―じゃあ改めて……同学年だしお互い顔は知ってるだろうけど、アキラです。よろしく」

 アキラはリヒト達より頭一つ分背が高い。以前会った時より少しだけ伸びた髪は、同じ色のシンプルなリボンで束ねられている。

 長い前髪の奥で茶色の瞳が静かな水面みなものようにこちらを見つめている。

「よろしく、僕はフォス」

 アキラが差し出した手をフォスが握る。

「知ってるよ、学年首席だろ。お互い気楽な一人部屋生活じゃなくなったけど、仲良くやろう」

「うん。後で引越し手伝うから声掛けてよ」

「なんだかこの間からフォスには荷物持たせてばっかりね」

 スピカが口を挟むのをフォスが窘める。

「スピカ、その言い方は誤解を産むから駄目」

「ふふ、ごめんごめん。今呼ばれた通りあたしはスピカ、フォスとは幼馴染なの。よろしくね」

「その発言から察するに、フォスはたまにスピカの荷物持ちにされてるんだな。よろしく」

 真顔の発言にフォスが遠い目をする。

「なっ、早速誤解が……」

「はは。冗談だよ」

 ここまでの会話から彼は案外性格だと分かる。

 互いに緊張しないよう気遣う意図もあるのだろう。

 だが、アキラの気遣いとは裏腹にリヒトは平時の溌剌さを崩していた。

「……えっと、ボクはリヒト。ってこの間洗面所で会ったよね」

「そうだな。あんたがリヒトか、よろしく」

「君が……アキラくんだったんだね」

 向き合った彼の顔を少し見上げると目が合った。そうすると彼は愛想笑いだろうか、小さく口元に笑みを含ませた。

「あれ、前から俺の名前知ってたんだ」

「あ、いやその……」

 観測室に入ろうとしたあの夜、使用者名簿に書かれた名前。あの時から知っていたんだと伝えたいのに、どうしてだろうか―アキラと話すと少し、言葉に詰まる。

 そんなリヒトのことを、先を行くスピカが急かす。

「はいはいそこまで、教室急ぐわよ。―アキラくんもね!」

「ああ。―行こう、リヒト」

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