第26話

「―ご馳走様でした」

 手に残ったホットドッグの包み紙をくしゃりと丸め、ごみ箱へ放り込んだ。

 腹も膨れたので、そろそろ動き出そうとリヒトが立ち上がると、見慣れない人間が街を彷徨うろついているのが気になった。

 リヒトより先にスピカが口にする。

「あら……なんかあの三人組、占星術師っぽくないわね」

「そうだね。あの白衣みたいなローブは錬金術師だよ」

 自分が袖を通すことはなかったが、憧れだった姿だ。だが―。

「なんか怖い雰囲気ね」

 スピカの言う通り、その様子は何やら怪しげだ。

 三人組は何かを探すような動きで街を歩いている。一人はがっしりと大柄な男性で、残りの二人は女性だろうか。

 遠巻きには背格好しか分からないが、占星術師ユース学園の生徒ばかりのこの地域では異状に目立っている。

「だね。あまり近づかないようにしよう」

 フォスの言葉に同意し、三人は商店街に繰り出した。リヒトの目的である郵便局もこの商店街の中にある。

 大通りを進んで曲がり角を右へ。

 ユース学園に来てすぐ、アンライトに訊ねた通りの場所にそれはあった。

「着いた。じゃあ、ボク手紙出してくるけど二人はどうする?」

「僕も両親に手紙を出そうかな。……ああでも、ここで書いていくからちょっと時間掛かるかも」

「それくらい待つわよ」

 スピカがそう言うと、フォスは礼を告げて先に中へ入っていった。

 その後を追ったリヒトが振り返る。

「手紙出したらすぐ戻るから、そしたらちょっと街を歩こう」

「ええ。また後でね」


 郵便局に入って順番を待つ間、手紙を書きながらフォスが話してくれた。

「あのさ、リヒト。―スピカってさ、やたら親を毛嫌いしてるだろ?」

「あ……うん。喧嘩でもしてるのかなって思ってたんだけど、違うんだよね」

 フォスは頷いた。

「前にスピカが『占星術師になりたくてユース学園に入った訳じゃない』って言っていたの、覚えているかい?」

「覚えてる。あれはちょっと衝撃だったよ」

「リヒトは僕と同じで元々占星術師になることが夢でユース学園に入学したから、びっくりしたよね」

 フォスの手が止まり、少し遠くを見るように顔を上げた。

「スピカはね、元々夢があったんだけど、あの子のお父さんの希望でここに来たんだ。やりたいことをやらせてもらえなかった―その反抗心だけで一等星を目指しているんだ」

 あの時スピカが言っていた、とはきっと、彼女の父親のことだったのだろう。

「……そうだったんだね……。ねえ、どうしてボクに話してくれたの?」

「リヒトも知っての通り、スピカはあの性格だから女の子の友達がいなくてさ。リヒトが友達になってくれて実はちょっと安心しているんだ」

 フォスは続けた。

「だからこそ、このままずっと秘密にしておきたくはなかったんだ。黙っていたせいでリヒトとの関係にヒビが入ったら嫌だからね」

「なんで……」

 リヒトが疑問を口にする前にフォスが謝罪した。

「ごめん、スピカの口から直接聞きたかったよね。―でもスピカの問題は、僕の問題でもあるから」

 その儚げな横顔には固い決意のようなものを感じる。

「ありがとう。でも続きはスピカに聞いてもいいかな?」

 リヒトはその決意に応えたいと思った。

 友として力になりたい。それだけだ。

 リヒトの言葉で、フォスは安堵したようにふっと目を細めた。

「うん。どうかスピカの話を聞いてやって欲しい。……僕が頼りないせいか、僕の前では強がってばかりだからさ」

「頼りないなんて、そんなことないよ。でも、任せて」

「……よし、手紙も書けた」

「随分長い手紙だね」

 フォスが便箋を三枚、手に取って言う。

「ああ、こっちはスピカのご両親に宛てたものだよ」

 もう片方の手には二枚の便箋。

「―で、こっちが僕の親宛て」

「スピカの家族にも手紙書いたの?」

「だってこうでもしないとスピカが元気にしてるか分からないだろ?……まあ僕とスピカの家は近所だし、僕の両親から様子は伝わってるとは思うけど、一応、ね」

 義理堅いフォスの性格を知り、リヒトは益々彼を好ましく思った。

 そして、自分よりもスピカのことを長く綴っていたことに気付き、胸が温かくなった。

「やっぱり優しいんだね、フォスは」

「リヒトだってそうだろ、面倒がらずに僕らのことを一緒に考えようとしてくれてる」

 受付からリヒトを呼ぶ声が聞こえた。

 リヒトは立ち上がって、はにかんでみせた。

「こっちにきて初めての友達だから……頼って欲しいだけ」

 用事を済ませたリヒトが郵便局を出てスピカを探すと、すぐ近くの花屋に彼女は居た。

 足音に気付いた彼女が先に振り返る。

「スピカ、お待たせ」

「もう終わったの?あっという間だったわね」

「フォスはまだ少し掛かりそう。お花見てたの?」

「ええ。……どれも綺麗でしょ、色も形もぜーんぶ少しずつ違うのよ」

 鉢植えを見つめる眼差しは慈しみに溢れていた。

「好きなんだね、お花」

「…………好きよ。とっても」

 好きな物を好きだと言う、たったそれだけのことに随分考え込んでいた。

 その様子を見てリヒトは一つの結論に思い至った。答え合わせは案外早かった。

「あのさ、折角だからちょっと歩かない?」

「いいわよ。……って、さっきそう約束したじゃない」

「あはは、そうだった」

 大通り沿いを二人で歩く。どう切り出すか少し迷ったが、思い切って結論から聞くことにした。

「……スピカは花屋さんになりたいの?」

「――どうして、それを」

 一拍置いて答える。

「スピカのことを見てたら分かるよ」

「……フォスから聞いたのね」

「スピカがお父さんの意向でユース学園に入学したってことはね。後は本当に想像しただけ」

「そう……当たりよ、あたしは将来花屋を開きたいの。でもあの親父が占星術師になれって無理やりあたしをユース学園に入らせたのよ」

 スピカは吐き捨てるように言った 。

「それでも一等星になりたいのは、お父さんに義理を立てるためだよね」

「そうよ。それだけの成績を取ればあいつだって黙るはず……あたしは―卒業したら好きに生きてやるんだ……!」

「スピカの夢、ボクは応援してるよ。―ねえ、お父さんはスピカが花屋さんになりたいことを知ってるの?」

 リヒトは核心を突いたつもりだったが、肝心のスピカはきょとんとしていた。何かがおかしい。

「え……し、知ってると……思うけど……」

「お父さんにはっきりそう伝えたことはある?」

 そう問われ、スピカは閉口した。

 立ち聞きとはいえ、彼女の父親の話も聞いていたリヒトには薄々察しがついていたが、この二人にはそもそも会話自体が足りていないのだろう。

「うーん、と……スピカとスピカのお父さんの間にちょっと誤解があるかな……」

「誤解……?」

 ここは二人の思いを知っている自分が一肌脱ぐしかないだろう、とリヒトはスピカの目を見た。

「スピカとお父さんが誤解したままじゃ悲しいから、これだけは聞いて欲しい。スピカのお父さんは、スピカが大人になっても困らないようにユース学園を受けてもらったんだよ。無理やり占星術師にさせたかった訳じゃない」

「……じゃあ、父さんは……あたしのために?」

 リヒトは強く頷いた。

「スピカのお父さんはスピカのことが大好きだから、スピカの夢のことを話したらきっと応援してくれると思うよ」

「――なん、だ。あたしが。あたしがちゃんと話さなかった、から」

 ぱたぱたとみちしずくが落ちる。

 そんなスピカの背中をさすりながらリヒトは語りかけた。

「スピカが占星術師になるのやめたいなら、それでも良いと思う。でも……」

「ううん、あたしはやめないわ。だって決めたもの、一等星になるって!夢は一つじゃなきゃダメだなんて決まりはないんだから」

 顔を上げたスピカの瞳には沢山の星が散っていた。

「それに、今はまだちょっと勇気が出ないけど、必ずあたしから話すわ」

 風が涙の跡を乾かすように吹いていた。

 それはまるでスピカの背中を押すように。

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