第23話
寮に着いたのは門限ギリギリの時間だったが、アンライトがどうやら本当に上手く言ってくれたらしい。おかげで寮母に叱られることもなく夕食の席に着くことが出来た。
だが、温かい湯気が前髪を濡らしても、あの碧い光が目に焼きついて離れない。
リヒトがぼうっとしたままスプーンを握っていると、スピカがその肩を揺すった。
「リヒト……話聞いてる?なんか変よ」
「え?いや、そんな事ないよ」
アンライトからは、星霊と邂逅したことは伏せておくように言われた。勿論、アンライトが連れているそれについてもだ。
―また秘密を一つ抱えてしまった。
「なら良いけど。―でさ、昇級試験のことだけど、やっぱりフォスは氷属性にするの?」
試験官―つまりは教師に見せる占星術の属性について話していたらしい。
「そうだね。雷属性も少し練習はしているけど、やっぱり氷属性の方が使い慣れてきたから、今回の試験はそうするよ」
「得意属性が二つあるなんてちょっとずるいわよねー」
「先生も素質があるって言っていたし、フォスはすごいよね」
漸く二人の話題に追い付いたリヒトが相槌を打つ。何の気なしに同調したのだが、スピカはため息混じりに続けた。
「リヒトだって光属性で試験受けるんでしょ?楽勝じゃない。ここにきて一番心配なのはあたしよ」
「だから今度練習付き合うって言ったじゃないか」
「頼むわよ、あんた達が頼りなんだから……!」
スピカの目は真剣だった。
「任せてよ」
―とは言ったものの、やはり炎を見ることに抵抗はある。スピカの為にも手伝ってやりたいが、助けになれるか正直不安だった。
そうこうしている内に約束していた練習の日はやってきて、三人はリヒトの練習場となりつつある校舎裏に集まった。
「さ、始めましょ!」
「えっと、じゃあまず小さな炎から……」
「小さい炎ね、了解。うーん、
呟いた後、スピカは目を閉じ杖に向かって唸り始めた。それを見守るリヒトはごくりと唾を飲んだ。
「―きた!」
すると、スピカの杖が紅く光った。
花を
「見て!ちょうど
「うん……出来てる!しかも祝詞無しで成功したね」
「あたしだってやれば出来るのよ!…………ところで、これどうやって消したらいいのかしら」
思わず転けてしまいそうになったが、小さな火を手に慌てるスピカが可笑しくて、リヒトはつい吹き出した。
「ふ、あはは!」
「わ、笑い事じゃないわよー!」
「やれやれ……天にまします星々よ―」
見かねたフォスが杖を向ける。得意の氷のエーテルで消火してくれたようだ。
火が消えて、スピカはほっと胸を撫で下ろした。
「よし、じゃあ次はもう少し大きな火に挑戦してみようか」
フォスの提案に乗り、次はランタンの大きさを目指すことにした。
「んん〜……さっきよりも大きく、ね―」
また杖が紅い光を放つ。
炎属性のエーテルは紅く光るらしい。―スピカの髪に似た色だ。
「―あら?」
「どうしたの?」
「今気付いたんだけど、何だかエーテルの色が変わって見えるわ……これって」
ぱっと顔を上げて、スピカがリヒトの方を見た。
同じものが視えているリヒトは頷いた。
「スピカもエーテルが視えるようになったんだね」
エーテルの可視化は得意属性を扱うのにとても役立つ。試験の前にこれが出来るようになったのは大きいだろう。
「エーテルの流れが視えるとどれだけエーテルが集まっているか分かるから、調節がしやすいわ」
そう言って、スピカはあっという間にランタン大の炎を灯した。
その様子を注意深く観察していたフォスが小さくため息をついた。
「まだ視えてないのは僕だけか……」
「落ち込むことないよ、フォス。すぐに視えるようになるって!」
「―ああ、いや気にしないで。おめでとうスピカ」
そう言いながらフォスはまたスピカの出した炎に氷を吹き付けた。
「……ありがと。次は
二人の間に流れた繊細な空気は紅いエーテルにかき消され、リヒトに伝わることはなかった。
段階を踏んでスピカの灯す火は大きくなっていく。スピカの出す炎だからだろうか、不思議と恐怖は感じなかった。
そうして繰り返し練習を続け、日が傾く頃にスピカは杖を置いた。
「――ふぅ。これだけ出来れば試験は楽々突破よ!」
「もうすっかり炎属性のコツを掴んだみたいだし、これで試験もばっちりだね」
「あたしにかかればこんなもんよ」
ふふん、と鼻を鳴らすスピカ。
「本番は火の始末は自分でやるんだよ」
「分かってるわよ。最初の授業でもちゃんと出来てたじゃない」
尚もスピカは胸を張っていたが、すかさずリヒトが反論する。
「あの時はボクに氷片が飛んできたけど」
「あ、あら?もうこんな時間ね!さ、帰りましょ!」
「あー、誤魔化した」
「ね。誤魔化したね、リヒト」
「ほらほら、もうすぐ鐘が鳴っちゃうわ!」
二人の背中をぐいぐいと押して、半ば無理やりに連れ帰る。
「分かったわかった―そういえばフォスは練習平気?」
「うん。何とかなりそうだよ」
「よかった。試験頑張ろうね、二人とも!」
「もちろんよ。……練習付き合ってくれて、ありがとね」
「お易い御用だよ。勉強は二人ほどは出来ないけど、実技ならボクの領分だからね」
自分で言っておいて少々悲しいが、人には得意不得意というものがある。しかし、それでも手は抜いていないし、自分なりに頑張っているのだ。
無いものを
それを補い高め合える存在が友人なのだから、これからもこの学び舎で苦楽を分かちあっていけばいい。
宵の明星がそんな三人のやり取りを静かに見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます