第16話
次の授業は星霊学だった。
教室に入ってきたアンライトが最前列の生徒に何かを配った。一枚ずつ取って後ろに回されていく。
リヒトも一枚抜き取り、残りを後ろの席に渡した。
「これって……」
「今みんなに配ったのは、小試験です。来月の座学試験に向けて、前回の授業までのおさらいだよ」
小試験―つまり、問題数を絞った擬似的な試験である。直接成績に響く訳では無いが、本番に向けて自分の弱点を確認できる非常に有意義な機会だ。
生徒達からは口々に不満の声が上がるが、リヒトにとってはこれ以上ない程ありがたかった。
「じゃあ時間は15分。時間になったら合図をするから手を止めてね。じゃあ、始め」
アンライトの合図と共に、生徒達が一斉に小試験の問題数と睨み合う。
問一、星霊の中で最も代表的な星座の集まりをなんと言うか。
―これは簡単だ。『十二星霊』。
問二、星々の声を集めた力をエーテルと呼ぶが、これを五つに分類したものを総称してなんと言うか。また、それぞれ五つ答えよ。(順不同)
―これは……『属性』。それぞれの名前は『炎、氷、雷、光、闇』。
なんだ簡単じゃないかと気を抜いた矢先、問題の難易度がぐんと上がった。
問三、
―まずい、思い出せない。
ペン先がくるくると宙をなぞる。そこからは先は坂を転がるようにペースを崩した。残りの問題も何とか答えを書いたが、どれも自信が無い。
「……はい、
アンライトの合図で全員が手を止める。
その後は一問目から順にアンライトが解説してくれた。―結果は散々だった。
「はあ……星霊学なら得意だと思ったんだけどなぁ……」
得意科目と思っていただけに少々気落ちした。そんなリヒトを案じて、スピカが声を掛けた。
「リヒト、今日ずっと落ち込んでるけどそんなに試験危ないの?」
「うん、実は星詠みも星霊学も全然自信なくて……」
「リヒトは実技の方が得意みたいだしね。僕は知っての通り逆だけど。困ってるんなら放課後に勉強会とかしようか?」
「ほ、本当?やってくれたらすごく助かる!」
自虐も交えつつリヒトを気遣うフォスに涙目で縋り付く。
「もちろん。一緒に一等星を目指すって言っただろう?助け合っていこうよ」
「そうよ。星詠みならあたしに任せて!」
とん、と胸を叩いてみせるスピカ。
快諾してくれた二人の力を遠慮なく借りることにした。
「―にしても、最近座学ばっかりだし……そろそろ実技の授業が恋しいなあ……」
沢山の小さな声に包まれるあの感覚が早くも懐かしく感じる。杖に触れている間だけ訪れるあの神秘的な時間を待ち望んでいた。
「これで今日の授業は終わります。明日は久しぶりに実技をやりますので杖を忘れないように」
「実技?やったあ!」
喜びの余り立ち上がったリヒト。皆の視線がリヒトに集まった。
「はは。リヒトくん、喜び過ぎですよ」
「あ……あはは。すみません……」
恥ずかしそうに再び着席する。
「リヒトったら……」
「楽しみにしていたということですね。じゃあ、今日はここまで」
放課後、フォスとスピカに連れられリヒトは図書館にやってきた。
微かに紙が擦れる音だけが部屋を満たしている。
「―静か、だね」
「図書館だからね。大きい声は出しちゃ駄目だよ」
「分かった」
「入浴の時間まであんまり間が無いし、ささっと始めちゃいましょ」
スピカが窓際の席を指差す。
三人はそこに座ると、教科書を広げた。
「さて。今日は星霊学をやろうか」
「お、お願いします……!」
フォスの指導は丁寧だった。何もかもを教える訳ではなく、自分で考えられる様にヒントをくれる。時間はあっという間に過ぎていった。
「えーっと……
「星座の作りから見てみようか。この星座は麦を持つ女神を表しているんだ」
「麦……あ、そうだ、【豊穣】だ」
「正解よ」
答えたのはスピカだった。
「なぜスピカが……」
「だってあたしは
そう言うスピカの表情はどこか晴れない。以前彼女は占星術師になりたくてユース学園に入学した訳ではないと言っていた。
ここまでの話を聞いて、スピカの父親である彼が、スピカを占星術士にしたいと強く願っていることが伺える。
だがこれではまるで、スピカという名前に縛られている様なものだ。
「どんな意味があっても、スピカの名前は素敵だよ」
リヒトは力強く言った。その言葉にスピカは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの勝気な表情に戻った。
「そうよね。……名前は名前。その通りに生きる必要なんてないわよね」
「さて、リヒトの試験対策も結構進んだし、今日はもう寮に戻ろうか」
フォスがそう言って教科書をまとめる。それに続くように二人も帰り支度をする。
「そうね。リヒトもお腹空いたでしょ」
「う、バレてる……でも本当に今日はありがとう。この調子なら試験も何とかなるかも」
「こっちこそ。ありがとね」
リヒトは自分が何か礼を言われるような事をした覚えはなかったが、スピカはどこか吹っ切れた様子だった。
「ボクなんかしたっけ……?」
「気にしないで。明日は星詠みの対策しよっか」
「よ……よろしくね……」
「なーんでちょっと嫌そうなのよ。ありがたく思いなさいよね」
「はいぃ……」
スピカに頬を抓られる。彼女御用達のケア用品で整えられた肌は、ほんのり赤い跡を残しつつすぐに元の丸みを取り戻した。
図書館を出ると、とっぷりと日が暮れていた。もうすぐ星たちの時間がやってくる。
昼の子である自分達は本来ならもう
「今夜もまた観測室だよね?」
「そうだよ。遅れないようにね」
「今夜も少し冷えそうね」
スピカが宙を見上げて呟く。
「先生達が着ているローブ、ボク達にも欲しいよね」
アンライトやカティエが着ているようなローブを想像する。それを着たイメージの自分は、威厳のある教師の姿をしていた。
とはいえ、今の自分がユース学園で教鞭を執っているところは想像つかない。
「あれ着ていると一気に占星術士っぽく見えるよね」
「確かに雰囲気出るね」
「ボク達、まだまだ見習いだもんなぁ。昇級試験、絶対合格するぞ……!」
「あんたはまず座学試験の心配しなさいよ」
「そうだった……」
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