第17話

「はい、みなさんごきげんよう。遅れずに集まったわね?」

 その日の夜、リヒト達は再び観測室に集まった。碧い光が満ちた部屋の中をカティエが見回す。皆揃っているようだ。

「それじゃあ、各自望遠鏡の調整を始めて」

 カティエが促すと、生徒達は各々望遠鏡の調整に入った。

 リヒトも手近な望遠鏡の前に立ち、何度か覗き込みながらレバーを回す。

 最後にもう一度覗くと、視界いっぱいに夜空が広がった。

「こんな感じかな」

「リヒト、望遠鏡の使い方覚えたんだね」

 フォスが感心して言う。

「まあね。占星術士が星の見方も分からないんじゃ格好つかないでしょ?なにより、毎回フォスにやってもらう訳にはいかないし」

「はは、それもそうだね」

「準備は出来たかしら?これ、あなた達の分の課題よ」

 順に様子を見て回っていたカティエが昼に回収した課題を返しにきた。

 課題を受け取り、リヒトが応答する。

「ありがとうございます、カティエ先生。望遠鏡はばっちりですよ」

「あら素晴らしい。どれどれ……うん、綺麗に映っているわね」

 リヒトは得意げに言った。

「椅子に座った勉強は苦手だけどこういうのは好きなんです」

「好きなものや得意なことがあるのは良いことね。とはいえ、座学もしっかりね」

 カティエは苦笑しつつそう言って部屋の中央へと戻ると、ぱん、と手を叩き皆の注目を集めた。

「皆さん準備出来たわね?今返却した課題と、今夜の位置が正しいか確認してください。合っていたなら点数をあげます」

 点数とは、試験の点とは別に学業での成績や日々の活動で教師から授与されるもので、それは年に何度か行われる昇級試験への参加資格でもある。

 リヒトが夢を叶えるには絶対に必要な物だ。

 望遠鏡を覗き込み、課題の星座を探す。それを見つけては占星図に描き写した。一週間前に描いた星座と見比べて見ると、殆ど差が無かった。

「あ、結構いい感じかも」

「そうね。上出来じゃない?」

「あら、良いじゃない。これなら点数をあげられるわ」

「本当ですか、ありがとうございます!」

 今夜の星はいつもより輝いて見えた。


 授業の後、リヒトとスピカは真っ直ぐ寮の自室に戻った。それぞれベッドに横たわり、ぽつりぽつりと他愛のない会話を交わす。

「そういえば明日は実技授業の日ね」

「うん、楽しみで眠れないよ―って言いたいところだけど……ふわぁ……」

「ふふ、眠そうね。ねえ、リヒト」

 スピカが寝返りを打つ音がする。

「んー……なに……?」

「リヒトのお父さんとお母さんはどんな人なの?」

 一瞬、リヒトの呼吸が止まる。

 一気に微睡みから引き戻されたが、それを瞼の裏に隠したまま、リヒトは答えた。

「……優しい人――だよ」

 返事は無かった。不安になり思わず振り返ると、そこにいる少女は無垢な表情を浮かべたまま、寝息を立て始めていた。

 リヒトは拍子抜けしつつもベッドに潜り込み、再び目を閉じた。闇の中にぼんやりと亡き両親の顔が浮かんでは消える。傍にはアニーもいる。

―みんな一緒にいるのかな……そうだといいな。

 久しぶりに見た三人の姿はあの頃と変わって居ない。リヒトだけが二年分大人に成長している。

 寂しさは当然あるが、それさえも自分が前に進んでいることを証明しているようにも思えて、少し誇らしかった。リヒトは心配そうな表情でこちらを見る三人を安心させる様に、にこりと微笑んだ。

 そこで漸く三人も笑った。

 気付けば朝日が昇っていた。起床の鐘も響いている。

「……もう朝か……あれ?」

 頬に違和感を覚えて指先で触れる。―濡れていた。家族の事を想ったからか、昨晩はどうやら眠ったまま泣いていたらしい。

 深く息をついて体を起こす。スピカは今朝も寝坊のようだ。

 布団にくるまっているスピカを揺り起こす。

「もう。スピカ、起きて」

「うー……ん」

―駄目か。

 ふと、リヒトは悪戯心が芽生え、スピカの頬を思い切り抓ってやった。フォスの言うところの最終手段だ。

「起きろー!」

「い、いひゃい!?」

「あはは。目、覚めた?」

「う……もう、リヒトまでぇ……」

「スピカ、相変わらず寝起きが悪いんだもん。さ、支度しよう」

 涙目のスピカをベッドから引っ張り出し、洗面所へ連れ出す。顔を洗って、制服に袖を通して、髪を結う。

―いつもの朝だ。

 大丈夫、弱気になってはいけないと自分を励ます。

 不意に、隣に立ったスピカがリヒトの顔を覗き込んだ。

「あれ?リヒト、なんか目腫れてない……?」

「そう?寝不足かな」

「昨日は授業で遅くなったものね」

「これからも授業で夜更かしすることは何回もあるだろうし、慣れていかないとね」

 実際のところは、昨夜の夢で泣いたせいで目が腫れたのだろう。スピカに気を遣わせたくなかったリヒトは上手く誤魔化せたことに安堵した。

「お肌荒れちゃいそうだけど、そうも言ってられないわよね」

「そうだね―おっと、そろそろ朝ご飯の時間だね」

 腹の虫も急かしている。リヒト達は食堂に降りた。

 今朝はバターの香る艶々としたスクランブルエッグに、こんがりと焼かれたベーコン、瑞々しい野菜が彩るサラダ。そしておなじみの、焼きたてのブロートだ。

「今朝も美味しそう……!」

「また始まった……。おはよ、フォス」

 席につきながらスピカが声を掛ける。

 いつも通り、リヒト達が座る席の向かいにはフォスがいる。

 スピカと目が合い、フォスは微笑を浮かべた。朝日に照らされた彼の薄緑色の髪は、まるで新緑の様に美しかった。

「おはよう。今日は実技授業だね」

「ええ、そうね。リヒトなんか昨日からそわそわしてたわよ」

「はは、リヒトらしいね」

 今日の糧に祈りを捧げた後、食事に手を付ける一同。

「ん〜美味しい!」

 実技授業―力を発揮するにはしっかり食べて、栄養を摂らなくては。そう思いながら、リヒトはブロートにかぶりついた。

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