第13話
星詠みの授業の後、善は急げとリヒト達はアンライトの元へ向かった。観測室の使用許可について訊ねるためだ。
職員室は教室棟の二階にある。ノックをして扉を開けると、紙とコーヒーの香りが漂ってきた。
「失礼します。アンライト先生いらっしゃいますか?」
奥の方で山積みの教材に隠れたアンライトを見つけた。近くへ行くと、アンライトは眠たげな目を教材からリヒトへ移した。
「―リヒトくん?おや、フォスくんにスピカくんまで。君達も天体観測かな?」
「……も?」
「星詠みの課題をこなす為に、他のみんなも今夜星を見るんですね」
フォスの推察にアンライトが頷く。
「そういう事。観測室を使うなら管理簿に学年と名前、それと等級を書いてね。管理簿は観測室の入口そばにあるから」
「はい、ありがとうございます」
フォスが駄目押しで訊ねる。
「それだけでいいんですね」
「まあねー。ここは占星術師を育てる為の学校だから、勉強の為の施設は基本常時開放しているんだよ。管理簿は万が一備品の破損や紛失があった時の為に必要だからよろしくね」
アンライトに礼を告げて、三人は職員室を後にした。
窓に夕日の気配が差し込んでいる。
「―さて、今日はもう授業ないけど、二人はこの後どうするの?」
リヒトが二人に問い掛ける。スピカがそれに答えた。
「あたしはこれからちょっと寄る所があるから。―はいこれ、さっきの授業のノート」
「そっか、分かった。ノートありがとう、寮で返すね。フォスは?」
「僕は図書館に行こうと思って」
「そっかぁ。じゃあまた寮でね!」
二人と別れ、残されたリヒトはノートを手に校内を歩き出した。このまま寮に戻るか、それとも――迷った末にリヒトは杖を手にした。
―ちょっとだけ占星術の練習をしよう。
足を向けたのは裏庭だった。
座学でくたびれてしまったのだ。ノートの写しはこの息抜きが終わってからでいいだろう、とリヒトは誰に対してか分からない言い訳を心中で唱えた。
日陰になった裏庭に出るとそこには誰もおらず、またしてもリヒトは一人だった。だがその分、誰憚る事無く占星術の練習が出来るというものだ。
「まずは杖を構えて……と」
杖の先端にある夜光石をじっと見つめ、意識を集中させる。微かに耳を掠める囁きにリヒトの意思を乗せて祝詞を唱えた。
「天にまします星々よ、我が魔杖に千里を照らす光明をお与えください」
願い通り、杖に集まったエーテルは真っ直ぐに宙へと伸びる一筋の光となった。
昼間の復習も兼ねての練習は上手くいったようだ。
「で、出来た!光属性のエーテル……!」
だが、やはり光属性となると中々イメージが膨らまない。今のままではいつでも明かりが灯せるだけだ。
意識が逸れていくにつれ、光は徐々に弱々しくなり、リヒトは再び影の中へと戻ってきた。
「うーん……やっぱり難しいな……」
リヒトは更に頭を捻る。
「光―陽の光……そうだ」
何かを閃いたリヒトは杖を高く掲げた。傾き始めた太陽に杖の先が重なる。
「天にまします星々よ―」
ほんの思いつきだが、何となく思った通りになる確信があった。
「我が魔杖に大地温む陽光をお与えください」
声を束ねて杖に収束させると、光の玉が生まれた。それはリヒトの意思に従い大きさを増していく。
光が暖かく降り注いでくる。本物の陽の光を集めたかのように、光のカーテンがリヒトを包んだ。
「わあ……!っと、いけない」
リヒトは思わず気が逸れてしまった事に気付き、もう一度杖の先に視線をやった。
エーテルは気を抜くとすぐに散らばってしまう。それ位儚く繊細なものなのだ。
集めた光の玉を杖で突くと、それは水泡のように弾けた。蝶の鱗粉のような光は目に沁みる程美しかった。
「綺麗だ……夜空に向けてやったらもっと綺麗に見えるかな」
フォスやスピカに披露する事を考えていると、夕刻の鐘が鳴った。あと三十分もしないうちに入浴の時間になる。
「そろそろ戻らないと……!」
杖とノートを抱え、リヒトは急いで寮へ走った。
自室に着くと既にスピカが帰っていた。髪を下ろして、何度も櫛で梳いている。
「……あ、やっと戻ってきた。おかえり」
「た、ただいま」
「どこ行ってたの?」
特に咎めるような様子もなく、スピカは長い髪を整えながら訊ねた。
リヒトもつられて自身の髪に触れながら答える。
「ちょっと占星術の練習を……」
「ふうん。それよりお風呂行きましょ、汗かいちゃった」
「え?ああ、うん」
スピカの聞き流すような素振りに一瞬呆気に取られたが、リヒトもスピカに倣い、髪のリボンを解いた。ブロンドの髪が肩にぱさりと掛かる。
「えっと、石鹸は―と……あった」
持っていた杖とノートを石鹸とバスタオルに持ち替え、戻ってきたばかりの部屋を出た。
浴場は階下に降りて談笑室の奥にある。
ユース学園の北側に位置するポラールシュテルン寮は、一年生から三年生専用なだけあってかなり広い。
―ちなみに南側のズューデンスクロイツ寮は四年生から六年生専用だ。
造りが新しいのは嬉しいが、うっかりしていると建物内で迷いそうになる。
特にリヒトとスピカに割り当てられた二階は個室ばかりで移動に難儀する。これもあと数日もすれば慣れるのだろうが。
なんとか脱衣場の前まで辿り着いた。女子用のドアを勢い良く開けると、駆け出していく湯気がリヒト達を撫でた。
「んん……!この湯気浴びるとお風呂!って感じがするよね」
「そうね、早くお湯に浸かりたいわ」
いそいそと制服を脱ぎ、二人は身を清めに洗い場に向かった。
「はあぁー……溶けるう……」
待ち兼ねた湯船に浸かり、スピカは縁に頭を預け脱力している。
「あはは、スピカぐでんぐでんだね」
「んんん……」
「そんなに疲れたの?」
「当たり前よ。……あんたは疲れてないの?今日初めてやったばかりの占星術、練習してたんでしょ?」
「うーん……どちらかと言うと楽しい、かな。イメージして、それを形にしてっていうのを繰り返すのは確かにちょっと集中力が要るけどね」
「でもなんかその顔、ちょっとコツ掴みましたって感じね」
「まあね。スピカも後で一緒にやろうよ」
リヒトの誘いに二つ返事で乗るかと思ったが、スピカは微かに表情を曇らせた。
湯気で朧気になっていても、リヒトはそれを見逃さなかった。
「あたしは……。そうね、考えとく」
「―何かあった?」
「……なんでそう思うの?」
「何となく。フォスと比べたら知り合って日も浅いけどさ、何となくは分かるよ」
入学式の日もそうだったが、スピカも何か抱えているように思える。初めての友達に出来る事があるなら、力になりたかった。
だがスピカの返答は予想外のものだった。
「ふふ―何言ってるのよ、何にも無いわ。リヒトの勘違い」
「あれ?そ、そっか……なら、良いんだけど」
拍子抜けしつつも、スピカの言葉に安堵を覚えた。
―そっか、何も無いのか。それなら本当にボクの勘違いなんだ。良かった……。
「あーあ、そろそろのぼせそうだわ。あたし、先に上がるわね。あ、天体観測は一緒に行くのよ!」
「うん―……」
逃げる様なスピカの振る舞いに違和感を覚えたのは、彼女が浴場を出た後だった。
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