第12話
この日の昼食はナスと鶏肉のトマトリゾットだった。付け合わせのスープとサラダと合わさって彩りも良い。
寮の食堂と違い、校内の食堂は各々が料理をトレーに載せて席に運び、席もそれぞれで選ぶ事になっている。
食堂はかなり混んでいたが、幸い三人の席は確保出来た。
湯気の立つトレーが並んだところで三人は手を組んだ。
今度はフォスが音頭を取る。
「遥か天上より光をお与えくださる星々よ」
リヒトとスピカもそれに続く。
「私達を見守り育むその慈悲深き輝きに感謝致します。―じゃあ、頂こうか」
「うん。……んん!」
リゾットを口に運んだリヒトは目を見開いた。その様子にフォスが驚いてリヒトに声を掛けた。
「リ、リヒト、どうしたの?」
二人が察する通り、返ってきた言葉は至って平和なものだった。
「お、美味しいぃ……!」
「やっぱり……うん。確かに美味しいね」
「リヒトに関してはいつもの事ね」
毎食感激しているリヒトを意に介さないスピカは、上品な仕草でサラダを食べていた。
「スピカ、リゾット食べないの?」
「後で食べるわよ。野菜から食べた方が健康にいいのよ」
「そ、そうなんだ……!」
リヒトは慌ててサラダに手を付けた。
「スピカって可愛いし肌も綺麗だし、ボクと違って色々気を使っているんだね。夜も何か色々顔に塗ってたし」
「……あんたは天然でその見た目って訳ね」
昨晩、入浴後特に何のケアもせずに床に就いたリヒトを思い出し、スピカはわなわなと唇を震わせた。
その怒気を察し、リヒトは慌ててスピカに問う。
「な、なんか怒ってる?」
「悪気が無いのが一番怖いなあ」
返事のないスピカに代わり、苦笑するフォス。今回はフォスにもフォローのしようが無かった。
リヒトはなんとか話題を変えようと思い、ある事を提案した。
「あ、そうだ!ねえ、今度天体観測しようよ」
せっかくユース学園に入学したのだ。ここでしか見られない夜空への期待に胸を膨らませる。
「いいね。観測室借りられるかな」
「うーん、どうかな……後でアンライト先生に聞いてみよう。スピカも来るでしょ?」
言い出したものの、生徒が自由に使えるものなのかは分からない。スピカに声を掛けると、すぐに首を縦に振ってくれた。
「もちろんよ」
「決まり!じゃあ、授業の後先生のところ行こうか」
「そうね」
はふはふと息を漏らしながら、三人は熱々のリゾットを口に運び続けた。
やがて三人の器が全て空になると、誰からともなくまた手を組んだ。
「―我らの糧となった生命に感謝致します」
食器を返して外に出る。太陽は高く、暖かい日差しが心地よい。
秋の風と共にやってきた眠気につい欠伸が出た。
「ふわぁ……そうだ、午後の初めの授業ってなんだっけ?」
「星詠みだよ」
「じゃあ次の授業は教室か。……ボク外での授業の方が好きだな」
「そう?僕は教室の方が落ち着くけどなあ」
「あたしも同感。大体、もう秋とはいえ何時間も太陽の下にいたら肌が焼けちゃうわ」
そう言うスピカに気を遣い、二人はなるべく日陰を選んで歩く。
「スピカ、色白だもんね」
「あんたも気を付けないと、将来シミだらけになるわよ」
「それは嫌かも……」
そんな話をしている内に校舎に着いた。
今度の授業では時間に余裕を持って席に着くことが出来た。
廊下から床を鳴らす靴音が響く。教壇に立ったのはスタイル抜群の女性だ。
波打つ茶髪は毛先にかけてオレンジ色のグラデーションで彩られている。
「みなさん、ごきげんよう」
歌うような調子で挨拶をしたこの女性こそが星詠みの担当教師、カティエだ。
「それじゃあ、さっそく今日の授業を始めるわよ。昨日は占星図の見方について説明したから、今から言う星座の1週間後の位置を予測してね」
そう言うと、カティエはつらつらと星座の観測時期と光度を解説し始めた。と、同時にリヒト達は一斉に鉛筆を執る。
黒板は真っ黒のままだ。星霊学担当のアンライトとは対照的に、彼女はあまり板書をしないのだ。生徒達は手は鉛筆に、耳はカティエの声に神経を尖らせている。
どこで息継ぎをしているのかも分からない。リヒトが座学を苦手に思う理由は、彼女に起因するところが大きかった。
「―以上ね。これらの星は今の時期も観られるし、初めての問題には丁度良いわよね。……ちょっとペース早すぎたかしら?」
ちょっとどころではない。が、茶々を入れている余裕は無い。カティエの説明が止まった今がチャンスだ。
カティエはグラスに水を注いでいる。一気に説明した後、こうして水分を摂るのがいつもの流れだ。
その隙にリヒトは授業の内容を遡ってノートをまとめていく。しかし中盤の星座がどうしても思い出せない。
リヒトが困っている様子に気付き、隣のスピカが呼び掛ける。
「……リヒト、大丈夫?」
「じ、実はさっきの説明、途中の内容飛んじゃって……」
「どこから?」
「えっと、竜座の次から……」
「ああ、小熊座とカシオペア座ね。光度と解説は―後でノート貸すわ」
スピカはリヒトの方を向いてウインクをした。彼女の容姿から繰り出されたそれは破壊力抜群で、リヒトは思わず胸を鳴らしてしまった。
「っ。ありがとう、今度お礼するね」
「別に良いわよ」
ふふん、とスピカは得意気に前を向く。
彼女は座学、こと星詠みにおいては自信があるようだ。
安心したのも束の間、優雅とも緩慢とも取れる所作でカティエがグラスを置いた。
「―ふぅ。じゃあ、続けるわね」
カティエが指先でくるくると髪を弄りながら授業を再開する。
「前も言ったけど、星詠みの本質は星を覚える事じゃなくて、
両親が健在の頃は週に二度家庭教師が家に訪れていた。家庭学習ならばリヒトにも多少の心得があったが、今のような授業の内容をその場でまとめるという経験には乏しい。
「一週間後の授業で答え合わせするから、きちんとやっておくように」
―ひとまず覚えている分は書き起こした。残りはスピカに力を借りることにして、リヒトは占星図に目をやった。大きな紙の下部に直線が引かれており、そこから等間隔で細い曲線が伸び、半円がいくつも描かれている。
この曲線に沿って星座を描いて観測予測をするらしい。
今回の課題はこの時期でも見られる星座だとカティエが言っていた。
彼女は明言しなかったが、今夜のうちに観測地点を確認しなければこの課題は終えられないだろう。
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