第11話

 初めての占星術を使う機会。その順番がリヒトに回ってきた。

 自信はないが、やるしかない。リヒト

は杖を横向きに構えると、祝詞を唱えた。

 その瞬間、幾つもの声と共に杖の両先端に嵌め込まれた夜光石が眩く輝き、夥しい量の冷気を纏い始めた。

「くっ……手が……」

「リヒト、頑張って!」

 あまりの冷たさに杖を離しそうになるが、スピカの声援を力にぐっと堪える。

 杖の両端に集まった冷気はアンライトが生み出した時よりも大きな氷塊となった。

「……これは想像以上だ」

「……えいッ!」

 リヒトが力を込めると、氷塊は日差しの下で煌めきながら欠片を放っていった。

 鋭い音を立てて飛んで行く氷片。狙いは外さなかった。全て大樹に命中している。

「―は……やっ、た……」

 リヒトはまだ悴んで痛む手を胸に抱き、興奮冷めやらぬ様子だった。

 生徒達はリヒトの術の迫力に静まり返っていた。その沈黙を割くようにアンライトが手を叩く。

「素晴らしい!リヒト君、きみはなかなか素質があるね」

「あ、ありがとうございます……!」

 高揚感に包まれながらリヒトは頭を下げた。心做しか顔も赤いような気がする。

 この時ばかりはリヒトも自分に才能を感じ、自惚れた。

 だが、それも早々に打ち砕かれる。

「エーテルの質も量もとりあえず及第点だね。一回目の昇級試験に向けて、これから鍛錬を続けるように」

 アンライトの評価を受けて、リヒトは落ち込んだかに思えた。が、リヒトは寧ろ燃えていた。

 ―この程度で満足する訳にはいかない。

 自分はまだ一番下の六等星、目指すべきは最上級の一等星である。

 顔を上げたリヒトはアンライトの目を真っ直ぐに見て言った。

「アンライト先生、ボクは……必ず一等星になります……!」

「良い目だね。期待しているよ」

 アンライトは淡く微笑んだ後リヒトの肩をぽんと叩き、他の生徒達の方を向いた。

「じゃあ次は―」


 残りの生徒達も占星術のテストを実施し、アンライトも大まかに素質の有無を見定め終えた。リヒトの様に上手く出来た者、スピカやフォスのように失敗した者、結果は様々だった。アンライトはそんな生徒達をどう見ただろうか。

「……さて、昨日言った自分に合った属性の確認をしようか」

 アンライトは生徒達にもう一度杖を構えるように言った。

 炎、氷、雷、光、闇―この五つの属性の中から、最も自分が得意とする属性を調べるのだという。

 どうやって調べるのかと誰かが訊ねた。

「やり方だけど、これから言う祝詞を自分の杖に向かって唱えてください」

 "天にまします星々よ、我が魔状に声の色をお見せください"

 そう唱えると、属性を象徴する色を夜光石に映すのだとアンライトは言った。

「自分の未来を意識して強く願ってね。そしたら星々が君達の未来を視てくれるから」

 リヒト達がそれぞれ祝詞を口にすると、夜光石が七色に光りだし、思わず目が眩んだ。

 光は徐々に色を減らしていき、最後は一色を残して淡く光り続けた。

「僕の属性は……氷?」

 フォスの石は青い光を放っている。

「えー、あたし達の中で一人だけ失敗してたのに?」

「は、初めてだったんだから仕方ないだろ。それに、星々の声がそう言うんだからきっとそうなんだよ」

「あれ?でも、もう一色あるように見えるんだけど……」

 リヒトの言葉で二人がもう一度石を見てみると、青色に混じり黄色が微かに主張している。混ざり合う光は緑色にも見えた。

 まるでフォスの髪色のようだ。

「本当ね。よく見たら黄色にも光ってるわ」

「どれ、見せてご覧」

 リヒト達の話を聞いたアンライトがやって来て、フォスの杖を覗き込む。

「うん。君は確かに氷と雷の二属性に適性があるみたいだ」

「フォスすごいじゃない!」

「な、なんか実感湧かないや……さっきも失敗してたし……」

 さっきはスピカに言い返したものの、やはり少々気にしているらしい。

「自信を持ちなさい。フォス君は稀有な才能を持っているんだよ」

「はい……!」

 続いてスピカの杖を見る。

「さて、あたしのは―赤色ね。炎ってことかしら」

「スピカ君は―うん、炎属性で間違いないね」

「なあんだ。さっき氷属性も使えたから、青色も映ると思ったのにな……」

 スピカが肩を落とす。

「得意な属性以外は全く使えないという事はないんだ。ただ、最も自然に扱えるのが炎属性というだけだよ」

「そうなんですね。良かった……でも、炎属性か……」

 尚もスピカは少し落ち込んでいた。炎属性だと何か不都合があるのだろうか。

 尋ねてみようとしたが、アンライトに声を掛けられ、それは遮られた。

「リヒト君はもう自分の属性を見たかな?」

「ま、まだです。えっと、ボクのは……」

 映っているのは白一色だった。

「君は光属性が得意なんだね。光属性に適性がある子は少ないから、私も出来るだけ支援するよ」

「ありがとうございます」

 リヒトは、陽の光のように暖かく輝く夜光石に自らの成長を誓った。

「うん。これで大体のことが分かったよ」

 アンライトは帳面ノートに何かを書き込んだ。リヒト達の部屋割りも書いてあったあの手帳は、他には一体何が綴られているのだろうか。

「得意な属性はどんどん伸ばしていきましょう。ただ、昇級試験では色々な属性の占星術を使うことになります。日々の鍛錬は怠らないように」


 午前の授業を終え、リヒト達は食堂へ向かっていた。

 背負った杖の重みにまだ慣れない。

「今日のお昼ご飯は何だろうなあ!ボクもうお腹ぺこぺこだよ」

 リヒトの発言にスピカが同調した。

「本当。占星術って結構頭使うからお腹空くのね」

「イメージが大事ってアンライト先生も言ってたしね」

 フォスの言葉でリヒトは授業の内容を思い出す。占星術を上手く使うコツは属性に沿ったイメージだと教わった。

 とはいえ氷や炎、雷の占星術は比較的簡単にイメージしやすいが、リヒトの得意属性である光属性を扱うにはどんなイメージをすればいいのだろうか。リヒトはカロリーの足りない頭で考え込む。

「単純に暖かいイメージで考えたら炎と混同しちゃうし、かといって光は目に見えないものだし……」

「リーヒト!お腹空いたまま考えても仕方ないよ」

「―あ、うん。そうだね」

 食堂の入口には僅かに列が出来ていた。

 早く席につかなければ。温かいスープの香りを身にまといに、三人は歩を進めた。

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