第10話

 翌日、星霊学の授業で教室へ集まると、教壇の前に昨日と同様に紫色の布が掛けられた台車が用意されていた。

 アンライトが布を取り払うと、大小様々な碧い輝きが顔を出した。

「みんな、お待ちかねの魔杖だよ。順番に取りにおいで」

「わあ、すごい!あたしの杖、石がたくさん付いてる!」

 スピカの杖には花を象った飾りの中心に、丸く磨かれた夜光石が嵌め込まれている。

「スピカの杖、もっと可愛くなったね」

「そ、そう?リヒトに言われると悪い気はしないわね」

 スピカはもじもじとツインテールを弄りだした。―今日は自力で起きて結んでくれたので良かった。

「フォスの杖は石が大きいね」

「うん、大きい方が沢山エーテルを集められるのかな?それにしても、夜光石って本当に綺麗だね……!」

 フォスの杖は燭台のような窪みにぴったりと大きな石が嵌め込まれていた。こちらは原石からあまり削り過ぎず、形を整える程度に抑えられている。

「リヒトの杖は?」

「うん―」

 アンライトが苦心の末用意してくれた杖は、鏃型の両先端にマーキースカットが施された夜光石を嵌め込んだ、シンプルだが実用性のあるデザインに加工されていた。

「格好いいじゃない!」

 元のデザインもほとんど崩さずに残してくれている。リヒトは感激して、アンライトに深々と頭を下げた。

「先生、ありがとうございます!」

「いいよいいよ!これも私の仕事だからね」

「というか、これだけの数をどうやって?」

 新入生は50人いる。アンライトは他の学年でも授業をしているはずだから、他の教師と協力したとしても、一晩でこれをこなした事になる。フォスの疑問は当然だった。

 だが、当のアンライトは含みのある笑みを浮かべるばかりだった。

「ん?内緒。さあ、授業を始めるから席に着いて」

 そう言ってはぐらかされてしまったが、リヒトはアンライトの「私達」という言い方が気になっていた。何となく、他の教師ではないの力を使っているような気がしていた。

「リヒト、どうしたんだい?難しい顔をして」

「あ、ううん。何でもないよ」

 フォスに声を掛けられ我に返ったリヒトは、慌てて教科書を開いた。

「はい、じゃあ今日も授業の後半は外に移動しますが、まずは星霊の話をしていこう」

 アンライトは教科書の『星霊』のページを開くように言った。

 この友達言葉タメ口と敬語が入り交じった独特の口調にも慣れてきた。

「星霊は、星座を構成する星々が一つの意思を持ったものだと言ったね。このそらには様々な星座がいるんだけど、その中でも特に偉大な星座の総称を何て言うか―分かる人はいるかな?」

 暫しの沈黙の後、フォスが手を挙げた。

「はい、フォス君」

「『十二星座』だと思います」

「その通り、さすが首席だね。十二星座は、牡羊座ヴィッダー牡牛座シュティーア双子座ツヴィリンゲ蟹座クレープス獅子座レーヴェ乙女座ユングフラウ天秤座ヴァーゲ蠍座スコルピオーン射手座シュッツェ山羊座シュタインボック水瓶座ヴァッサーマン魚座フィッシェの十二星座の事を指しているんだ」

 アンライトは今言った十二星座の名前を黒板に書いていく。

「一年は十二カ月あるよね?この法則を作ったのは占星術師の祖・アトラス=マディアだけど―これは入学試験にも出題されたよね?この暦に十二星座を当てはめることで運勢を占う『星詠』が発展していったんだ」

 アンライトは更に続ける。

「―と、このように私達占星術師と特に関わりの深い十二星座ですが、これらの星霊について説明します。星霊学の授業では便宜上、『十二星霊じゅうにせいれい』と呼称します」

 アンライトが順に星霊の説明をしていくが、今のリヒトには一部を覚えるので精一杯だった。

「―次に、獅子座レーヴェですが、黄金の獅子の姿をしています。7月23日から8月22日に生まれた生命に強い【高潔】の加護を与えます。この中に獅子座レーヴェの生まれの人はいるかな?」

 アンライトの問いに何人かの生徒が手を挙げた。

 その中にいる黒髪の少年が目に入った。リヒトの席は後ろの方だった為、顔は分からなかったが、肩に届く緩やかにうねった髪が美しく印象的だった。

「うんうん、いくらかはいるね。君達は気高く、勇敢な占星術士になるだろう。―と、いけない、脱線してしまったね。説明の続きは次回にしよう。ここからは占星術の実践をします。校庭に出るので杖を忘れないように!」


 各自杖を持って校庭に移動すると、アンライトも自身の杖を手にしていた。

「占星術は星々が姿を現す夜にこそ強い力を持ちますが、かと言って昼間はその力が無いかと言えばそうではありません。昨日も同じですが、今この時間帯でも星の声を聴くことは可能です。では早速一つやってみましょう」

 アンライトは杖を掲げると、昨日のように祝詞のりとを唱えた。

「天にまします星々よ、我が魔杖示す先に大地を震わす藍氷をお恵みください」

 アンライトの杖に冷気が集まり始める。

「う……さ、寒い……」

 鳥肌が立ち、リヒトは思わず両腕をさすった。だが決してアンライトから目を離さなかった。

「なに、これ……」

「これは―」

 冷気は徐々に塊へと形を変えていき、やがて大きな氷の結晶となった。

「はッ!」

 アンライトが杖を振る。指し示された先は校庭に植えられた大樹だ。

 すると、結晶は小さな欠片を生み出しながら大樹に向かって飛んでいった。

 ドスドスと音を立てて、結晶が大樹に突き刺さる。まるで投げナイフのようだ。

「すごい……!」

 大樹からは冷気が煙のように立ち上っている。

「エーテルに氷属性を付与した占星術だよ。これをみんなにやってもらうよ」

「で、出来るかなぁ……」

「まずはフォス君からやってみようか」

「は、はい!」

 フォスは深呼吸の後、アンライトの真似をして杖を掲げた。祝詞を唱えると、フォスの夜光石が瞬き、冷気が生まれ始める。

 最終的に小さな氷塊が形作られた。

「で、でき……」

 だが気を抜いた途端、氷塊は砕け散ってしまった。欠片がぱらぱらとフォスに降り注ぐ。

 それを優しく払いながらアンライトが評する。

「うん、初めてにしては悪くなかったよ。ただ、途中で気を抜いてしまったね?」

「は、はい……」

「占星術は強い集中力が必要になるんだ。祝詞はただエーテルを集めて属性を付与するだけのものじゃなく、為に唱えるものだからね」

「はい、ありがとうございます」

 アンライトの言葉を素直に聞き入れるフォスを見て、彼の失敗を笑う者はいなかった。

「じゃあ次はスピカ君、いってみよう」

「はい。―天にまします星々よ……」

 スピカは腕の力が弱いのか、杖を地面に突き立てて挑むようだ。

 祝詞が終わると、スピカの周りを取り囲むように小さな氷塊がいくつも生み出される。氷塊は細かく砕け、欠片が周囲の木々に突き刺さっていった。

 その内の一つがリヒトの方へ飛んできた。

「リヒトッ!やだッ―」

 避ける余裕など無く、咄嗟に腕で庇うが、いつまでも氷片が刺さる気配はない。

 恐る恐る目を前を見ると、アンライトが素手で氷片を掴んで止めていた。

「よく出来ました。―でもスピカ君はもう少し加減を覚えないとね。初めてだし、仕方のない事だから、これからゆっくり覚えていけばいいよ」

「は、はい……リヒト、大丈夫?」

「うん、平気だよ」

 アンライトは氷片を溶かし、リヒトの方を振り返った。

「それじゃあ次はリヒト君がやってみて」

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