婚約破棄の理由
有馬 千
第1話
「王女である私、エリザベート・フォンタナ・ガラリアは、ハルフォート伯爵家長男
コンラッドとの婚約を解消する。新たな婚約者は、伯爵家三男のジェームスだ」
王女殿下の十五歳を祝うパーティーの席上、私は婚約破棄を言い渡された。
何の前触れも無く、唐突に。解せぬ。
しかしながら、王太子たる殿下に口答えなど以ての外。よって、
「は、仰せのままに」
一言申し上げて、ホールから退出した。
そういえば、婚約も突然だった。
八歳の頃、父上に連れられ初めて王都に上がった。父上が女王陛下に拝謁する間、控えの部屋でお菓子を戴いていたら、ノックも無しにドアが開いて女の子が顔をのぞかせた。
「あなた、だぁれ?いくつ?」
(えっと、父上は「お城では名前を全て名乗りなさい」って言ってたっけ)
「僕、コンラッド・ハルフォート・ノスバルツ、八歳」
「じゃあ私の方がお姉さん。ねぇ、『お姉様』って言ってみて?」
言いながら近づくと、菓子皿のクッキーを一口摘まんで、にんまり。
(あっ、それ一番おいしそうだから取っておいたのに・・・)
「言わなきゃ、もっと食べちゃうわよ?さぁ、言って?」
「お、おねえ・・・さま?」
「・・・・・ん~ん、いいわぁ・・・すばらしぃ・・・」
何かぷるぷる震えながら、とろけるような笑みを浮かべていた。
その時、部屋の外から
「エリザベート様、エリザベート様ぁ、何処にいらっしゃるのですかぁ!」
城の侍女が誰かを探しているようだ。ちょっと怒っている様子。
女の子の笑顔が固まり、心なしか顔色が青ざめた。同時に部屋の扉がノックされ、
「失礼致します。こちらにエリザベート様はいらっしゃい・・・ますね」
「あ、あははは・・・・・」
「笑い事ではありませんっ!今は歴史の時間ですっ!さぁ、司教様が首を長くして
お待ちです!」
「それはすごいわ!見てみたい!」
「物の例えですっ!」
侍女は女の子(エリザベート様?)の首根っこをつかむ勢いで部屋から連れ出した。扉を閉じる前にひと言、
「お騒がせ致しました。菓子皿は新しくお持ちしますので、しばしお待ちを」
「何だったんだろう・・・」
クッキーと淹れ直してもらったお茶を戴きつつ、唸る僕であった。
その晩、王都の屋敷で父上と話していると、
「失礼致します、旦那様。王城より急ぎの書状です。使者は返信を待っております」
執事が封書を持ってきた。
「はて、今日の拝謁で用済みのはずだが・・・何だと?」
「どうかなさいましたか、父上?」
「明日おまえを連れて登城せよ、との事。しかも昼餉を共にするように、とな」
「なぜ僕が?」
「わからん。だが陛下と食事を共にするというのは非常に栄誉ある事。それこそ何が何だかわからんが・・・お断りなどあり得ん」
今回の上都、僕は拝謁の予定が無かった為、正式な礼装を持ってこなかった。
そこで父上の幼少時の礼装を屋敷の物置から探し出し、 夜も更けて眠い目の侍女に申し訳なさを感じつつ、寸法直しをお願いした。並行して拝謁の作法を父上から教わり、全ての準備を終えたのは夜半過ぎであった。
婚約破棄の理由 有馬 千 @arimasen
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