第6話

「へえ、ここがあんたの宿か。なかなかいいところだな。」


「あんたじゃなくてクラウンだって言ってんだろ、この脳筋野郎め。」


おっちゃんとの一悶着を終えた俺たちは俺の経営する宿、”羽休め亭”の目の前まで来ていた。


羽休め亭に帰る道中で軽く俺の自己紹介をしたのだけれど、このあほ獣人は脳まで筋肉でできているようだ。


「とりあえず中入ってくれー。外の目も気になるしな。」


俺は獣人たちを宿の中に入れると扉をしめた。


「あ、あの。私、あんこって言います。先ほどは助けていただきありがとうございまひゅっ、うぅ...。」


扉を閉めると先ほどの美人さん、あんこが駆け寄ってきて丁寧に自己紹介までしてくれた。


それにしても噛んじゃってかわいいですね。僕もひと噛みよろしいです


「かあああ!!いってえええええ!!!」


「クラウンの代わりにディアがクラウン噛んであげる。」


勝手に俺の頭の中を見ないでもらいたい。


「だ、だいじょうぶですか??」


あんこさん、こんな汚い俺のことも心配してくれるんですね。


「ああ、気にしないでくれ。それよりあんこって変わった名前だな。」


「あ、はい。これはニックネームで本名じゃないんです。本名など私たちの元居た世界での個人情報は全て秘匿するようにという来訪者たちの間での取り決めでして。」


なるほど、そーゆー線引きはちゃんとしてるわけだ。


「あんこ、あんこ...うーん、どっかで聞いたことのある名前なんだよな。」


そういいながら白色の髪の毛をかき分けるようにして額にある一本の角を握っているのは小柄の鬼人。垂れた瞳は深青色で体格は中学生のよう。


「?初めて名前を知ったような口ぶりだな。お前らは全員元居た世界でも知り合いだと思ってたけど。」


「ああ、俺っちたちはプレイヤーズには加入しないでこの世界で生きていくっていう志のもと集まっただけだからよ。

あんこの名前もさっき初めて知ったんだ。ちなみに俺っちの名前は小鬼、よろしく頼むぜ。」


見た目通りの名前だな。まあ覚えやすくて助かるけど。


「俺の名前はトラだ。よろしくう。」


「フーフーと言います。よろしく頼みます。」


小鬼に便乗して自己紹介をしたのは、獣人のトラとエルフのフーフー。


トラは虎の獣人であり、ひじと膝から下に生える毛並みや肉球、耳は虎そのものだった。


それ以外は人族と変わらぬ外見のはずなのだが、こちらを射抜くような碧色の鋭い目つきや巨大な体躯、褐色の肌に、はじけんばかりの筋肉は彼に野獣のようなどう猛さを纏わせている。


フーフーはトラとは対照的に華奢な体躯、肩まである深緑色の長髪と前髪で少し隠れた黄緑色の瞳からは知的な印象を受けた。


「さて、次は当然あの方の自己紹介なんでしょうね?」


フーフーがのぞき込むようにして俺に尋ねた。


「ああ、ディア。」


「ん、ディアはディア。クラウンのガーディアン。」


ディアに目を向けると今まで黙ってみんなの自己紹介を聞いていた彼女はひどく端的な自己紹介をして見せた。


こんな自己紹介であいつら満足するかね。


「ななな、なんて美しくもはかなげな声...」


「ぐへへ、かわいいなぁ。」


「わぉーん。」


あ、満足してるわ。トラに至ってはまた犬になっている。そろそろ突っ込んでやったほうがいいんだろうか。


「なあ、お前らに聞きたいんだがな。」


「後にしてください、クラ坊。」


「今感傷に浸ってるだろうが、クラ坊。」


「あほか、クラ坊。」


「クラ坊って呼ぶな!てか最後のはただの悪口じゃねえか!!」


まったく、なんなんだこいつらは。


俺は一度わざとらしく咳をして質問を続ける。


「ディアをかわいいと思うのはよくわかる。うん、確かにめちゃくちゃかわいい。だけどさ、お前らのすぐ近くにもう一人めちゃくちゃな美人がいるよな?」


俺はすぐあんこの方へと視線を向けた。その視線につられるように全員があんこに注目する。


「わっ、私ですか!?」


驚いて顔を赤くするあんこさんもかわいいなあ。


「はい、確かにかわいいですよ。」


「ああ、あの女神と同じくらいにな。」


「二人に同じく。」


「じゃあ、なんでそんな薄いリアクションなんだ?」


俺からしたらあんこの方がディアよりモテそうではあるけどな。


あ、あんこが顔を真っ赤にして目を回してるじゃないか。よし、しょうがないベッドに連れて行かなきゃ。


「んー。女神も言ってた通り、俺たちの外見は本当の俺たちのものじゃないんだ。」


「そうそう、こっちの世界の住人に恋をするのはまだわかるけどよー。元の外見と今が違う人を好きになるのはちょっとなあ。」


トラと小鬼が頷きあいながら理由を話す。


「ふーん、そういうもんかね。」


以外にも真剣な回答に俺はあんこ誘拐作戦を断念した。


「ん?そういえばフーフーの理由は?」


こいつが一番そういう真面目そうなこと考えてそうだけどな。


「あ、私は幼女専門。いわゆるロリコンですので。」


「おまわりさーん!!こっちです!こっちーー!!!」


「ちょっと!扉を開けないでください!!マジで警備が来ちゃうから!!」


フーフーは急いで俺を扉からはがす。


それにしてもこいつはマジでディアには近づけれないな。


「まったく、ロリコンというぐらいで大げさな。」


「それを公言してるところにやばさを感じるんだけどな?」


こいつマジで頭がいかれてやがる。


「そうだぜ、人の性癖を悪く言うもんじゃねえ。」


「うんうん。俺っちも同意だね。」


トラと小鬼がフーフーをかばうようにして俺に向き合う。


「ま、まあ確かに。それもそうだな。悪かったよ。」


「分かればいいんですよ。」


たしかにロリコンというだけで変態扱いは間違っていたかもしれないな。


「あ、ディアさん。誤解も解けたことですし、この後私の部屋で楽しいことしませんか?」


「おまわりさああああああん!!!!助けてくださああああい!!!変態が、本物の変態がいますうううう!!!!」


「すみませんすみません!!ちょっ、ほんとに!!ほんとに来ちゃうから!!夜にその声はマジのやつだから!!!!」


「あいつ馬鹿だろ。」


「どうしたらあのタイミングでその言葉が出てくるんだろうか。」


フーフーはなんとか俺にしがみつき俺が外に行くことを阻止してくる。


そんなフーフーを見てトラと小鬼が呆れた顔をしていた。


「ええい!!分かったから離せ!!気持ち悪い!!」


「ふう、あぶないあぶない。」


そういうとフーフーはしれっとした顔で服についたほこりをはたき落とし始めた。


こいつはいつか確実にしばこう。


「そういえば私からも質問してよろしいですか?」


気を取り直したフーフーが一度深くため息をついてからわざとらしい咳をする。


「なんであなたは私たち来訪者を快く自分の宿に泊めさせられるのですか?」


言いながらフーフーの顔つきが真剣になっていく。


それを聞いた他の皆も「確かにそうだ。」といった感じで真剣な目つきをしていた。


「あー、それは俺が元日本人の転生者でお前らが日本人なのもすぐわかったからな。」


「「「「っ!!」」」」


俺の言葉を聞いた途端、フーフーと小鬼、トラはその場に立ち上がり警戒心をむき出しにした。あんこはそんな三人を見てあわあわと慌てている。


「まっ、待て!俺はあの女神のいたずらに関係してねえよ!」


「...その証拠は?」


フーフーが警戒しながらもそう尋ねた。


「証拠は...特にないけどなあ、だが俺がもしあの女神の関係者だとしたら、女神のいたずらから逃げたお前らをその場で殺して他の日本人たちにみせしめるとは思わないか?」


「だからここに連れてきたのでは?」


「こんな人がいっぱい泊まってるところで女神から力を与えられたお前らと転生者である俺がやりあうってのか?」


フーフーの質問に俺が質問で返すと彼らは考える素振りを見せた。


「ま、疑ってもしょうがねえ。どうせここ以外行くとこないんだしよ。クラウンの言うこと信じようぜ。」


「ふう、そうですね。クラウンさんすみません。恩に無礼を重ねてしまいました。」


「俺っちは最初から信じてたけどな!」


フーフーたちは肩の力を抜くと俺に笑みを見せた。それを見たあんこもほっと胸をなでおろしている。


てか小鬼さんよ、あんた一番ビビってたよな?


「ん?待てよ。クラウンが転生者ってのは分かったけどよ、どうやって俺たちが日本人だってわかったんだ?」


「なんでって、お前らバリバリの日本語使ってるじゃねえか。」


「でも俺っちたちの言葉はこの世界の人にも通じたぞ?俺っち、勝手に異世界語でしゃべってるのかと思ったぜ。」


ああ、なるほどな。


「お前らは女神から力をもらった。そうだよな?」


「ええ、そのようですね。」


「その時に異界語自動翻訳ってのを一緒にもらったんだろ。俺ももらったし。」


皆がそれぞれの仕草で納得したことをアピールしている。


「あ、あの。ディアさんは一体何者なんですか?さっきもクラウンさんのガーディアンだと言っていましたし。」


突然、いままで黙っていたあんこがおずおずと俺に尋ねてきた。


「さっきも言ってただろ?ディアは俺のガーディアン。守護天使ってやつだよ。」


俺は何事もないかのようにそう言った。実際に女神を見たこいつらならそんなことで驚くことはないだろうしな。


「「「「...て、天使!?」」」」


そうでもなかったみたい...。

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