第6話 ライバル?
「クレアお嬢様? なにしてるんですか?」
部屋の扉に立っていたのは、メイドのアリスだった。
そういえば、アリスが部屋の掃除にそろそろやってくる時間だった。
わたしは慌てて、フィルの肩から手を離す。あと一歩で、フィルを抱きしめている姿をアリスに見られちゃうところだった。
でも、わたしとフィルが見つめ合っているのはばっちり見られてしまっているわけで、あまり変わらないかもしれない。
アリスはにやにやと笑っていた。
「お嬢様……そんなにフィル様のことを気に入られたのですか?」
わたしは肩をすくめてみせる。
「もちろん。こんなかわいい弟ができたら、好きにならないわけがないじゃない。アリスだったら、フィルみたいな弟ができたら、どうする?」
「それはもちろん、すっごく優しくして、可愛がりますよ」
アリスはふふっと笑った。
そして、アリスはフィルに近づいて、身をかがめた。
「はじめまして、フィル様。あたしはアリス・ラ・クロイツです。クロイツ準男爵の娘で、行儀見習いとしてこのお屋敷のメイドをしています」
アリスは貴族だ。ただし、最下級かつ財政難の家系で、リアレス公爵家の支配下に置かれている。
そういう家の子弟は、行儀見習いとして上位貴族の家に奉公する。
アリスがわたしの専属メイドとなっているのも、貴族出身ということによるところが大きい。
わたしはフィルとアリスの二人が関わりを持つことを、少し警戒している。
前回、わたしがちょうど12歳のときに、アリスは命を落としている。
原因は、フィルと二人で洞窟に行き、事故にあったことだ。
この事故が、わたしとフィルの仲を険悪にさせた。
今度はアリスを救うためにも、フィルとの仲を維持するためにも、そんな運命は回避しなければならない。
まあ、逆に言えば、二人が洞窟に行くのさえ止めればいいんだ。前回、フィルはわたしと疎遠だったから、アリスと仲良くなったわけだし、今回は事情が違う……はずだ。
そこまで考えて、わたしは焦った。
本当に、フィルはアリスよりわたしに懐くんだろうか?
もちろん、今回のわたしはフィルを全力で甘やかす方針だ。
けど、だからといって、フィルがアリスよりわたしを選ぶとは限らない。
わたしは中身17歳とはいえ、見た目は12歳。
一方、アリスはわたしより二つ年上の14歳だ。もう体つきもわりと女性らしくて、メイドとして働いているから、大人びた雰囲気もある。
もしわたしがフィルの立場だったら、どっちを頼るだろう? アリス……かも。
フィルとアリスが親しくなることは、わたしの未来に不確定な要素を増やしてしまう。
けど、それ以上に、わたしはフィルを独り占めしたかった。
せっかく、フィルはわたしをお姉ちゃんと呼んでくれたのに。アリスにとられちゃったら、どうしよう?
わたしは緊張して、アリスにフィルがどう答えるか、見守った。
フィルはびくっと震えると、わたしを見上げる。
そして、わたしの裾をつまみながら、フィルが小声で言う。
「……はじめまして」
フィルはとても小さな声で言い、わたしの背中の後ろに回ってしまった。
もしかして、人見知りのフィルはアリスを怖がっている?
そして、わたしにかばってもらおうとしたみたいだ。
アリスは灰色の瞳を丸くして、そしてくすくす笑った。
「フィル様も、クレアお嬢様のことが好きなんですね」
フィルはこくこくとうなずいて、顔を赤くした。
わたしは「ちゃんと挨拶しないとダメよ」と言ってみたものの、内心ではとても嬉しかった。
フィルがわたしを頼ってくれた。今の段階では、フィルはアリスじゃなくて、わたしを選んでくれている。
もちろん、この先もそうとは限らない。それに、フィルとアリスにはある程度は仲良くしてもらわないと困る。
だから、フィルにとって、わたしはアリスより頼りがいのある姉でいないといけない。
王太子の婚約者として努力するなんて、今回はまっぴら御免だ。
けど、フィルにとって良い姉ではありたいと思う。
だって、フィルはわたしのことを「クレアお姉ちゃん」と呼んでくれたんだから。
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