第4話『B687』
俺はシロネズミのB687だ。変な名前だって?気にするな。
突然だけど、君はRTAって知ってるかな。
簡単に説明すると、リアルタイムアタックといってゲームをいかに早くクリアするかを競う競技のことだ。
記録を出すために何百回も同じゲームをやり直す人間もいるらしい。人間というのは本当に末恐ろしいね。
ゲームを純粋に遊ぶときと違ってアイテムの入手場所や秘密のパスワードを全て初めから知っていたり、迷路のようなマップ構造でも迷わず正しい道を最短ルートで進めるらしい。
なんでも、そういうクリアに必要な情報や操作手順をまとめたものをチャートと呼ぶんだそうだ。
もちろん俺が実際にそういうゲームをやったことがある訳じゃあない。
研究室に遊びに来た人間の子供がそういう話をしていたのを盗み聞きしていたのさ。
なんでこんな話をしたのかって?
何を隠そう、実は俺もRTA走者なんだ。
正確には、今からRTA走者になるところだ。
ゲームはいたってシンプル、俺が迷路から脱出するだけ。ただし失敗すると俺は死ぬ。
さらに付け加えるなら、俺はこのゲームをやるのは今日が初めてだ。
これを聞いた君はタイムアタックどころかクリアすら出来ないんじゃないかと心配したことだろう。
けど心配は不要だ。俺の頭の中にはゴールまでの道筋がちゃーんと入っている。
不思議なもんだろ。けど事実として、俺の記憶の中にはあのチェス盤の上を何度も彷徨った記憶がある。
道中で何度も道を間違え、何度も死んだ。だけど迷路をクリアした記憶が一回だけある。かなり最近のものだ。
正しい道順を知っているんだ、クリアできないはずないだろ。
大学院生のジェシカが俺の首ねっこをつまみスタート地点まで乱暴に運んだ。
俺はジェシカが嫌いだ。餌のほうれん草をケチるし、餌のとき以外は俺に見向きもしない。髪はボサボサで変な臭いがする。
俺はスタート地点に雑に置かれた。
ジェシカはパソコンを触ってばかりで誰も俺の雄姿を見てくれちゃいないが、そのくらいが丁度いい。プレッシャーがない分緊張して足を踏み外す危険性が低いからな。
さて、問題のチェス盤の迷路だけど、答えの道筋はこうだ――
右4右3右2左2右3右2左3右3左2左2右2右6右3右2左2左7右3右2左5右1左3右2左3左
3右3左3右1左3左1右1左2右2右2左2
曲がり角が多すぎて作った人間の意地の悪さが伺えるね。
んじゃ、よーいスタート!
俺はゴールを目指し走った。まあ曲がり角付近では減速したけど。
チェス盤の上を順調に進んでいき、そうしないうちにゴールまで曲がり角があと4つの所までたどり着いた。
――ここの角を飛び越してゴールに飛び込みたいところだが、それに失敗して死んだ記憶がある。焦りは禁物だ。
俺は道順どおりに移動しゴールの門を堂々とくぐり抜けた。
ふぅ。やっとクリアできたぜ。中々いいタイムが残せたんじゃないか。
さて、完走した感想でも述べたいところだ。おっ、丁度いいところにカメラが置いてあるじゃん。
俺はゴール地点の真上に置かれたカメラを見上げた。
いぇーい!俺、ちゃんと映ってる?
俺は興奮していたが、一つ気がかりなことがあった。
迷路をクリアした記憶が一回だけあったが、その後の記憶がどこにも無いのだ。
デスゲームを生還したならその後の記憶があるはずだ。ほうれん草を食べたり運動したり眠ったり。それが無いというのはおかしい。
記憶の曖昧さを訝しんでいる俺の目の前に准教授のカールがほうれん草を並べた。
――おっ、なんだよあるんじゃんご褒美。じゃあ早速いただきまーす。
俺は差し出されたほうれん草を迷いなく食べ尽くした。
――ふうっ。腹が膨れたら急に眠くなってきたな。
その時、背中にチクッとした痛みがした。
痛みの正体を確かめようと後ろを振り返る途中で俺は深い眠りについてしまった。
そしてそのまま二度と目覚めることは無かった。
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