北5・机にカジリツクタイム
「お、アレクセイ、どうしたんだい?」
黒月が声をかけると、アレクセイは黒月に気付き、立ち止まって振り返った。
「これはこれは参謀長。私は、今回のオセロ・オセロ作戦の始末書を事務の方に提出してきた帰りであります。参謀長の方こそ、お話がお済になられたのですね。総司令官殿の呼び出しの要件はなんだったのですか?」
当たり前だが、アレクセイも話の内容が気になっていたようだ。
「ああ、そうだね。とりあえず、参謀課のメンバーを全員、今すぐ参謀課室に集めてくれ。話はそれからだ。あと、まだ15時だけど、今日は、というより数日は帰れないだろうから、それも皆に伝えておいてくれ。」
「はっ。ただ今。」
並々ならぬ事態を嗅ぎ取ったアレクセイが、足早に休憩室の方へ向かう。他のメンバーはまだ仮眠をとっているようだ。少々寝すぎな気もするが。
黒月も足早に参謀課室に向かう。黒月のその内心は穏やかではない。「あーあ……初回の作戦が上手く行ったと思ったら次は全面攻勢かいな……。でも、これは勝つしかないよなぁ。このクソみたいな戦争を早く終わらすためにさ。いや、それ以上に、『未祝福者』の俺自身の目的のためにもなぁ……。」
傾き始めた陽光が廊下の大きな窓から差し込み、黒月の体を照らす。黒月は陽光よりも熱い思いを燃やしながら、参謀課室のドアを開けた。
オセロ・オセロ作戦を実行した翌日の午後、北方司令部参謀課の6人のメンバーは、参謀課室の机に、いや、正確に言えば椅子に縛り付けられていた。
なんでも、もう6日後にはサンドリアに全面攻勢開始、2日後には中央からの援軍3個師団が到着するという話で、黒月含めた参謀課のメンバーは攻勢の立案を急がねばならないのだ。南の戦線もかなり深刻な状況のなか、この北方に3個師団のも人員を一斉投下するという中央の判断には、何が何でもこのタイミングでサンドリアを抑えたいという意思を、ひしひしと感じざるを得ない。
ちなみに、このジークメシア帝国の軍隊編成単位は全て4の倍数で成り立っている(飛行部隊のみは3の倍数)。4人で1班、4班で1分隊、4分隊で1小隊……といった具合だ。それが中隊、大隊、連隊、師団、軍団と続く。つまり、3個師団とは約5万人くらいの兵だ。
「ちょうど……会議開始から24時間経過ですな。参謀長。」
ミケルチョフが、右ポケットから銀色の光をヒラリと反射させる懐中時計を取り出して言う。
「ああ、だな。しかし、こうも有効な作戦がひとつもでないとは……。なかなかにマズイし、情けないな。」
黒月の表情に焦りと疲れが見える。他のメンバーも、さすがに一日中考え詰めとあって、目の下がうっすらとあさ黒いクマになっている。机の上の灰皿には、たんまりと積もった葉巻の山がそびえたっている。
「くそっ、こうも上手く行かないとさすがにストレスがたまるな。」
メンバーの一人がドン、と机に拳を振り下ろす。ガタンと衝撃で揺れた灰皿の上の山は崩れ去り、吸い殻は灰皿の縁に支えられて何とか留まる。
「まあ、その気持ちも十分に理解できますが……。今一度条件と可能性を洗い直しましょう。3個師団も増援があれば、多少強引な作戦でも押せる可能性はあります。」
「ああ、そうだねアレクセイ。前提として戦線の確認をしようか。昨日の作戦成功のおかげで、戦線はちょうど山脈の尾根まで押し返せた。山脈を挟んで敵対する状況になってる。山脈のこちら側には敵はいなくなっているから、こちら側での工作や基地の設置は可能な状況だね。」
黒月が今一度状況を確認する。しかし、5万もの兵が追加され、この北方軍と合わせて10万を超える兵を一斉投入するという予定であるのに、どうも楽な勝利が見えない。山脈越しの戦いは盆地国家のサンドリア公国の方が得意だし、そもそも公国はこのサンドリア山脈にしか戦線を抱えていないので、投入できる兵の数が違うのだ。兵数的には、今回援軍が来てやっと互角、いや、それでもまだ足りないくらいだ。
「何か戦線に風穴を開ける作戦が必要でしょうな。とにかく、初手を仕掛けるのは山脈が低く、なだらかな東、右翼側からということは決定でしょう。あそこは山脈というよりはほぼ高地、丘陵といった具合ですから。我が軍も戦いやすいことでしょう。」
ミケルチョフが、とりあえず現時点で決定できる事項を確認する。
「ああ、それには賛成だな。」
「ああ、私も同じくだ。」
他のメンバーがこの初手に賛成する。アレクセイも無言で頷く。とにかく、これで初手の戦略は決定だ。地理的にも、この初手が最も効率的だろう。恐らく、そのまま右翼側が主戦場になるはずだ。黒月は、次点の作戦について考え始める。
「じゃあ次はそこからの次点作戦か……。やっぱり包囲作戦が有効ではあるけど、どうするかねぇ。一旦戦線を下げて誘いこむっていう古典戦術はあるけど、でも山脈の高い西、左翼側から回り込むのは難しいよなぁ。」
「そうですな。では、右翼側で初手攻撃を仕掛けている間に、四一二大隊を公国首都まで飛ばさせますか。あの部隊なら気付かれずに到達可能でしょう。」
メンバーの一人が発案する。
「しかし、彼らは隠密性と移動速度には優れますが、首都にたどり着いたとして、国際法に反して民間人の住む首都を焼き尽くすなんてことは不可能でございましょう。首都の軍施設に侵入する、などは彼らの専門外ですしな。やはり、この山脈戦線でなんとかする他ないのではないかと。」
ミケルチョフがすぐに反論を出す。流石はこの道数十年の参謀だ。どの部隊が何をできるのかを完全に把握している。黒月も、ミケ爺のこういったところはしっかりと尊敬している。ミケ爺というあだ名も、しっかりと敬意を込めた呼び名なのだ……ということにしておこう。
「そうですね。やはり、この山脈戦線で包囲作戦に出るのが最も効果的かと。援軍を含め我が軍は計7個師団、うちひとつは飛行部隊、さらにもうひとつは後方支援部隊です。地上前戦で使えるのは実質5個師団ですから、最低でも1個半師団が相手陣地後方に回り込めるような状況が好ましいですね。」
地図と部隊編成表を見直しながら、アレクセイが包囲戦における的確な提案をする。
「どこか、できれば左翼側のどこからか敵陣地に風穴を開けられれば良いのですが……。左翼側は全体的に山脈が険しく、正面突破は困難です。それに、時間をかけて山を越えていたのでは、相手の飛行部隊の格好の獲物ですし……。」
「ああ、風穴ねえ。こっちの飛行部隊を全投入して左翼の制空権を先に握る……でもそんなことしたらこんどは主戦場の右翼の空ががら空きだしなあ。そんな状況で爆撃機でも飛んできたらひとたまりもないし。どうしようかね……。」
黒月は、その黒髪をガリガリと掻きながら唸った。他のメンバーたちも、多少の睡眠はとっているもののずっと脳をフル回転させているためか、完全に思考力が抜けきっている。メンバーの数人がもうずっと吸い続けている葉巻の煙が、部屋を満たしていった。
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