北4・2次立案も突然に

 総司令官、この場合はこの北方司令部の総司令官ということになるのだが、その呼び出しを食らうとは、一体何の用件だろうか。今回のオセロ・オセロ作戦についてだろうか。黒月が総司令官と一対一で話すのは、この北方に来たその初日以来なので、なんだか緊張する。


 黒月は「説教とか尋問とかだったら嫌だな~。」と、そんなのん気なことを思いながら参謀課室を出て総司令官室に向かう。廊下を歩くと、どうも廊下を通り抜ける隙間風が軍服と肌の間に入り込んできてひんやりとする。今はまだ秋、と言っても晩秋に差し掛かる頃ではあるが、既にこの北方の地はうっすらと白化粧をまとう日もある。


 総司令官室は、廊下の反対側の突き当りから3つ手前の部屋だ。この部屋だけドアが両開きのドアで、どちらの扉をノックすべきか少しばかり迷う。部屋の前に着いた黒月は、なんとなく右側の扉を選んで、しっかりと3回のノックをした。


 「失礼します!総司令官よりお呼び出し頂きました、黒月参謀長であります!」


 と扉に向かって申請する。先ほどのアレクセイの行動を省みて、すぐには扉を開けない。


 「うむ。入って来てくれ。」


 部屋の中からの女性の声が黒月の入室を許可する。艶やかではあるが、どことなく幼さや子供っぽい純粋さも感じる声だ。


 「失礼します。」


 再度断ってから、とりあえずノックした右側の扉を開けて入室する。誰かの変な声は聞こえない。


 総司令官室に入ると、正面には黒月と同じくらいの身長、アレクセイと同じくらいの歳の女性が、部屋のやや奥側にある机の向こう側の、いかにも重鎮用の椅子の横に立っていた。髪はショートカットの明るい茶髪、黒月に負けず劣らずの柔らかい口元、しかし目元はキリっと引き締まっていて、気品の高さのようなものを感じる。彼女こそがこの北方司令部総司令官のようだ。


 部屋の右側、机の手前には、これまた女性が立っている。身長は黒月より15センチくらい低く、その身の細さは黒月と同じくらいの若い女性だ。


 「急に呼び出して悪かった。だが、急用だからな。ああ、セリア君はどうもお疲れ。下がってくれ。」


 楊が、黒月と部屋の右側に立っていた細身の女性に声をかける。やはりどこかしら少女感のある声だ。


 「はっ、ありがとうございます。失礼いたしました。」


 細身の女性がピシッと敬礼をして、部屋から出ていく。黒月は、彼女とは知り合いだ。彼女は四一二大隊、この北方が誇る最高の隠密飛行部隊の大隊長、セリア・ミラレット一段だ。ミラレットが部屋から出るのを待って、楊が口を開ける。


 「で、まあまずはこの度の四〇三大隊救出作戦の立案、ご苦労だった。」


 「ありがとうございます。現場の友軍、そしてなにより作戦を指揮して下さった総司令官のご尽力あってこその作戦成功であります。」


 黒月も一応は軍人なので、上司とのやりとりはそれなりにしっかりと行う。ましてや、相手は総司令官だ。


 「そんな無理に私を持ち上げんでもよい。感謝するなら君の妙案通りに動いてくれた現場部隊にしてやれ。」


 楊は現場思いの指揮官のようだ。黒月も、今度ミラレットさんをアフタヌーンティーに誘ってみるか、と思った。実際は、自慢の紅茶を披露したいだけではあるが、それは内緒である。


 「で、さっそくだが君を呼び出したのは、本部からこの電報が来たからだ。」


 「拝見いたします。」


 黒月は机の前までスタスタ歩き、その机の上に置いてある、電報を書きとった書類を手に取る。何かの指示書のようだ。その文書の頭には『最重要』と書かれているので、気を引き締めて文に目を通す。


 右へ左へと、電報を読む黒月の瞳が動く。読み進めるにつれ、黒月の口は引き締まり、目はだんだんと見開いていく。


 「こ、これはっ!」


 黒月が勢いよく顔を上げ、視線を楊に移して問いかける。


 「そうだ。読んでもらった通り、我が軍は冬を迎える前に公国に全面攻勢を仕掛け、サンドリア山脈を完全支配する。その後、一時の停戦またはそのまま公国全体を支配する。」


 「しかし、攻勢開始はたったの一週間後……?詳細な作戦は北方司令部に全面委任って、中央本部は何を考えているのですか?」


 あまりに突飛な内容に黒月は戸惑った口調だ。楊は既に内容を読んでいたからか、目だけは黒月の動揺に同情している。


 「ああ、あまりに突然の話だが、上がやれというのなら我々はやらざるを得ん。書いてある通り、中央からの増援が3日後には到着する。恐らくはまあ、今回サンドリア軍を綺麗に退けたことに勝機を見い出し、そして南の戦線がこれ以上過激化する前、それも冬が来る前に一旦こちら側を片付けておきたい、という話なのだろうな。」


 楊は淡々と告げた。確かに、このまま南北の両戦線をズルズルと展開し続けても消耗するばかりだ。特に、この北方の戦線を維持したまま越冬となれば、相当の人的・物的消費を覚悟しなくてはならない。


 そして、南の戦線。というのも、帝国の南方にある半島、ザックノア半島に位置するザック国もまた、ジークメシア帝国と戦争中なのだ。軍隊の強さ、練度で比べれば帝国の方が圧倒的に上なのだが、ザック国は集団戦術に長けた国で、そのせいで戦線は北方と同じく停滞、しかも過激化してゆく一方だと聞く。


 「全く中央の奴らも、詳細は丸投げっていうのはひどい話だ。が、奴らも南の戦線で手一杯なんだろう。黒月参謀長、そういうわけで、早急な作戦の立案を頼んだ。」


 「り、了解いたしました……。最善を尽くさせていただきます。」


 黒月は出来るかぎりの返事をする。楊も内心は分かってくれていると思うが、こんな突飛な話、「最善を尽くす」以外に言えることなんて無い。


 「いや、最善をつくすのはそうだが、この攻勢、勝利が絶対だ。南に負担を掛けないためにも、なんとしても帝国優勢の状況で冬を越さねばならん。今一度、よろしく頼んだぞ。」


 まさかの「最善を尽くします。」以上の要求を明言されてしまった。楊は、自身がその立場で「勝利は絶対」と言うことのタチの悪さに気付いているのだろうか。もし分かって言っているのだとしたらそれはもう……いや、それは心の中でも言わないでおこう。


 「はっ。お任せください。それでは、失礼いたしました。」


 とりあえずはビシッと敬礼をして、くるっと綺麗な回れ右をして扉の方に向かう。黒月は苦悶の表情を浮かべ、電報は右手で握りしめている。入って来た時とは逆の、外から見て左側の扉を開け、退室する。無論、退室の際の再敬礼は欠かさない。


 総司令官室を出ると、ちょうどアレクセイが目の前を通り過ぎるところだった。


 

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