北2・優しき非祝福者

 まあ、あの地域の地図を見直したらね、山頂側の尾根はゆるやかで、麓側はわりと急だったんだよね。そこがこの作戦のとっかかり。そんでもって、相手はこちらの大隊を人数的にも位置的も完全に優位な状況で包囲してたってこと。この条件でこのオセロ・オセロ作戦が上手くいくと確信したのさ。


 まずは谷間の四〇三大隊に攻撃指示を出す。無論、そのまま脱出なんで出来ない。出来たらそうしてほしかったけど、消耗してるんじゃ仕方ないね。すると相手はそらきたって感じで殲滅を開始する。そして、こちらの大隊が攻撃を開始したのと同時に麓側の尾根に向かっていた四一二の飛行大隊が到着、麓側の尾根にいる公国軍を挟撃するんだね。


 そうすると、圧倒的優位にいた奴らは「びっくり」しちゃうわけよ。「え、いつの間に麓側挟まれてない!?」って感じで。四一二大隊は北方でも最優秀の隠密飛行隊だし。相手の「覚の祝福者ブレスド」にも気付かれはしない。そして、さらに四一二大隊到着に気をとられている間に、鼻差で今度は山頂側から「力の祝福者ブレスド」中隊が襲うわけ。相手はもうこれにも「びっくり」よね。


 しかも、最初にたどり着いたのは大隊だから、後から来た中隊を見ても、そのあとさらに増援が来るに違いない、これはマズイ。包囲したと思っていたらその外側から包囲し返された、って勘違いするわけだね。四一二大隊の不意打ちで混乱しているからなおさらだ。


 で、すると奴らはどうするか。出来るなら脱出を望むだろう。そして、幸いにも山頂側の尾根はゆるいから尾根を降りてあっち側に逃げるのは容易だ。山頂側から挟撃したのは東から来た一個中隊だから、西からあっち側に逃げるには十分な抜け道があるはず。まあその抜け道もこっちが用意したものだけどね。それで、麓側の連中も尾根つたいに山脈のあっち側まで逃げ出す、って算段さ。


 ……オセロみたいに挟まれたならこっちもオセロし直せば良いっていう話だよね。まあ、今回はこっちの手持ちが良くて、地形も味方してくれてたってのはあるけどね。」


 黒月が紅茶をたしなみながらミケルチョフに今回の作戦の立案過程を明かした。


 「ね?言われてみれば単純明快でしょ?オセロ・オセロ作戦。」


 黒月は未だ訝し気な顔をしたミケルチョフに得意げに問う。


 「いや、確かにそうではありますが……。そんな『びっくり』という要素だけでこのような大規模作戦を実行に移すとは……。良くも悪くも驚きであります。」


 確かに論理は簡単だが、それを実行に移すとなると話は別だ。


 「何?ミケ爺。他に何か不満でも?上手く行ったんだから結果オーライでしょ。」


 「はっ。それはそうでございますね。しかし……せっかく包囲したならそのまま殲滅してもよかったのではありませんか?逃げ道を作った理由がわかりかねます。」


 ミケルチョフは、率直な疑問を述べた。窓の外では、任務から帰還した四一二大隊が武器の掃除や点検などの事後処理をしている。


 「いや、今回の目的は単純に救出だからさ。無駄に人殺してもかわいそうじゃないか。幸い、と言っていいのかわからないけど、今回こっち側の犠牲は1人で済んだわけだし。」


 「か、かわいそう……?でありますか?」


 戦争においておそらく最も似つかない、それはもう黒月の軍服姿よりも似合わない「敵がかわいそう」という言葉に、ミケルチョフはまた眉間にしわを寄せる。まあ、もう初老の彼の額には常にしわが寄っているのだが。


 「そう、かわいそうでしょ。軍人とは言え、死にたい奴なんていないだろうし。こいつらもそうだし、敵にも家族はいるんだよ。死んだら悲しむ奴がさ。だから不必要には殺さないべきなんだ。人殺しなんて、恨みを買うだけだからね。いいことなんてありゃしない。」


 黒月も窓の外の四一二大隊を見ながら言う。今回の紅茶は出来がいいのか、何度もその香りを楽しむように、息を吸い込み鼻を少し膨らませている。


 ミケルチョフは表情の変化で忙しい。敵を殺さないべきだとかいうトンデモ発言に、今度は驚きの表情で黒月の顔を見る。


 「なんだよミケ爺。『その発言は帝国軍人としてあるまじき発言ですぞ!』とでも言いたいのかい?まあ安心してよ。僕は個人的にそういう信条を持っているだけで、帝国軍人としてやらなきゃいけないことは全うするよ。最小の資源で、最大の功績を出す。その為の作戦を考えるのが僕らの仕事だから。」


 黒月は外の四一二大隊を眺め続けている。整備が終わって宿舎に帰る兵がちらほら出始める。


 「いえ、まあ、それは……。上官の個人的な意見には何も口を挟みませんよ。私は参謀長の部下ですし。まあ、ただ今回の作戦が見事であったと、今一度述べさせていただくのみであります。」


 そう言うとミケルチョフは部屋から出ようとドアに向かって歩き始める。彼も初老なだけあって、少しの仮眠を取りたいのだろう。

 

 「ああ、どうも。」


 黒月は外を見たまま返事をする。ミケルチョフがドアノブを握り、それをひねる前に一言発した。


 「では、失礼いたします。流石は参謀長でございました。同じ『知の祝福者ブレスド』でも私とは雲泥の差であるように感じますね。」


 ミケルチョフがしみじみと言う。自分の孫ほどの歳の上司が今回あまりに突飛な作戦を成功させ、さらには人を殺したくないとまで公言して、驚きの連続であった。


 「え?『知の祝福者ブレスド』?」


 ミケルチョフが部屋から出ようとドアノブをひねったとき、間抜けな青年の声が聞こえた。そう、黒月の声である。


 「は、はい。参謀長も『知の祝福者ブレスド』でございましょう?と言いますか、帝国軍の参謀幹部は皆ほぼ『知の祝福者ブレスド』でございましょうに。」


 ミケルチョフが首だけ黒月の方に向けて言う。

 

 「え、まあそうだけど、俺は『非祝福者ノンブレスド』だよ?」


 「はい?」


 ミケルチョフがまた今日何度目かの驚きの表情を作り、首だけでなく体ごと黒月に向けた。


 「そう、だから俺は『非祝福者ノンブレスト』だって言ったの。残念ながらね。『あの日』に夢を見なかったから……。」 

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