ジークメシア・机上の迷案MAKER

沖田一

北方全面攻勢編

北1・初立案は突然に

「で、四〇三大隊はどうなっちゃってんの?」


 気だるさとハリを両立した声が北方司令部の参謀課会議室に響く。長机を囲む他の5人の男が、しかめた顔を突き合わせている。青年のこの質問に、30歳前後の中肉中背の男が答える。


 「はっ、該当大隊は前線、北方のサンドリア山脈において探索任務完遂後、帰還途中にサンドリア公国軍二個大隊に包囲され、身動きが取れなくなっている状態です。」


 ハキハキと答えたのは、北方司令部参謀次長、ダール・アレクセイだ。彼よりも遥かに年下の青年の目を見ながら、緊張した面持ちでいる。


 「なるほどねぇ。でも……四の大隊ってことは『空の祝福者ブレスド』でしょ?飛んで帰ってくればいいじゃない?」


 青年がゆったりとした口調で答える。会議に参加している北方司令部参謀課5人の軍人たちにズケズケとタメ口で話すこの青年、彼こそが、齢18にしてこの国の北方司令部参謀長を務める黒月視来くろつきみくるなのだ。


 夜の空よりも深い黒の瞳、それを包み込むかのような優しい目つき、微笑めば誰もが心を開く、美しくも柔らかな口、女性でいうところのベリーベリーショートほどの長さのこれまた漆黒の髪、容姿端麗というよりは優しさ溢れる好青年といった顔立ちだ。その容姿は彼がスラっとした細身なのと相まって、お堅い軍服があまり似合わない。


 「はい。それはそうなのですが、長期探索任務完遂後ということで、消耗がかなり激しいようです。囲まれた状況から飛び去るほどの力は残っていないかと。さらには、敵軍は二又に分かれた尾根沿いに我が軍を包囲しておりまして、その間の谷間にいる四〇三大隊は頭を押さえられている状況ですので、そもそもの話、飛行による戦闘・離脱は難しいかと。」


 戦火の絶えないこの世界で、黒月の祖国・ジークメシア帝国も例外なく戦争に巻き込まれていた。この北方司令部の主な対象敵国は、サンドリア山脈を挟んだその北にあるサンドリア公国だ。1年弱くらい前から戦線は膠着状態で、山脈を挟んで戦線が行ったり来たりを繰り返している。


 「マジですか。」


 軍人に似つかない言葉使いは黒月だ。


 「マジであります。」


 黒月につられて、アレクセイも敬語と交じったよく分からない返答をする。


 黒月、アレクセイのみならず、ここにいる参謀課の皆はこの状況がどれほどマズイ状況かをよく分かっている。だから皆しかめっ面なのだ。前線である山脈で一個大隊が殲滅されたとなれば、大事な空戦力を失うばかりでなく、公国に勝機を見いだされ、全面攻勢を受けかねない。


 つまり、大隊を救えなければ、公国との急な全面対決を強いられることになるのだ。それだけは避けなければならない。国家全体の軍事力では公国に勝るジークメシア帝国だが、とある事情で帝国がこの北方に配置している人員は公国のそれよりはるかに少なく、本部の援軍なしに全面攻勢を受ければ、即敗北である。


 「これは相当にヤバいねぇ……」


 そう呟きながら、黒月は卓上に散らばる地図を再度見直す。


 「そうかそうか……囲まれたのは山脈のこちら側、頂上より少し下から中腹にかけての谷間……。」


 黒月はブツブツと何か言いながら思考をまとめている。周りの参謀課の皆も黒月のその動向をジッと見つめて、沈黙を続けている。状況が状況なだけに、心なしか葉巻を吸う者のそのペースがいつもより速い。


 そうして葉巻がその先端に灰を蓄え、それが皿の上に落ちることを2回ほど繰り返し、3回目の灰も落ちそうになった時、突如


 「うし、決まった!行こう参謀諸君!勝ちのロジックが立った!」


 黒月が立ち上がって言い放った。他の参謀メンバーは驚きの形相である。灰が皿の外に落ちてしまった。アレクセイが疑問を浮かべた顔で黒月に聞く。


 「あ、あの……参謀長?勝ちのロジックというのは……?」


 「いや、だからもう勝利に達したって言ってんのさ。四〇三大隊は救える。申し訳ないけどサンドリアの方々には少々犠牲を払ってもらうけどね。」


 「は、はあ……。」


 勝利を確信し胸躍らせる黒月とは裏腹に、アレクセイ含め参謀課はまだ疑問の表情である。灰がまた机の上に直接落ちた。


 「じゃあさっそく始めよう。当該谷間の数キロ東に『力の祝福者ブレスド』大隊がいたよね?その第1中隊を当該谷間の山頂側の尾根付近に配置して。そんでもってこの北方基地にいる四一二大隊を麓側の尾根に速攻で向かわせて。当たり前だけど、限界速度で飛行だ。」


 テキパキと黒月が指示を出す。上官の指示は絶対であり、さらにはいつ公国が殲滅を開始するか分からないこの状況、そしてなにより黒月の迷いのない目と口調が参謀課の皆を動かした。


 「はっ!」


 軍人にふさわしい明朗な返事を参謀課の他のメンバーがする。


 「じゃあ、総司令官に今の伝えて。あとはよろしく頼むよ~。名付けてオセロ・オセロ作戦と行こうじゃないか。」


 軍人にはふさわしくないダラダラとした口調で、黒月はよく分からない作戦名を告げた。そして、参謀長用の椅子に勢い良く腰を下ろし、黒月特製・砂糖入れすぎ紅茶を飲みほした。





 「参謀長、この度のオセロ・オセロ作戦、実に見事でございました。四一二大隊出立から一時間、たった今作戦完全成功の電報が入りました。」


 北方司令部の隙間風冷たい廊下で、初老の白髪男性が黒月の後ろに付いて歩いている。彼は黒月お気に入りの参謀課のメンバーの一人、ミケルチョフだ。


 「ああ、よかったよかった。でも言ったでしょ?勝利のロジックは立ったって。ねえ、ミケ爺。」


 「はあ、それはそうでございますが……。なにせ今作戦が黒月参謀長がこの北方にいらしてからの初指揮でありましたうえ、あの状況から一個大隊を綺麗に救出するとは……。あとミケ爺ではなくミケルチョフ参謀三段でございます。」


 「まあね。ちゃんと地図の等高線見れば分かることだったよ。あと君はミケ爺です。」


 黒月にとって、ミケルチョフは親戚のおじいちゃんのようなものだ。この北方に来てから、ここの情勢をいろいろと教えてくれたのも彼だ。


 ふたりは廊下を歩き、その突き当りから2つ手前にある参謀課室に入る。ひと仕事終えた他のメンバーたちは今頃休憩室で仮眠を取っているのだろうか、この部屋には誰もいない。


 「それにしても見事でございました。今となってはそのロジックとやらも分かりますが、黒月参謀長は如何にしてそれを組み立てられたのですか?」


 軍に努めて35年、参謀となって20年のミケルチョフだが、今回のオセロ・オセロ作戦については初見も初見で、その立案過程が謎であった。


 「ああ、それはね……


 黒月は参謀長用の席に座り、お気に入りの特製・砂糖入れすぎ紅茶を淹れながら語り始めた。

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