月下美人よもう一度
戸織真理
第一夜
「こちらが破損して感覚を失っても、当院では責任は負いかねますよ?」
私は覚悟の上だったので、簡潔に返事をする。
「分かってます」
医師は手のひらに明らかに頑丈そうでないプラスチックの玉を持ち、諦めたような声色で私に告げる。
「そうですか。
では、手術を執り行います。
麻酔をかけた後、受容体の注射から始めますので」
そう言われて数分後、私は医師の麻酔によって深い眠りに落ちた。
日が沈み暗くなりつつある大部屋のベッドの上で、私は目を覚ます。
もう麻酔はすっかり切れていたので、ベッドからのそのそと起き上がる。
起き抜けの頭でテレビのリモコンを引き寄せ、電源を付ける。
夕方のニュースが事件を伝える。
『昨晩、市内にある大学校舎で男性が倒れているのを巡回していた警備員が発見しました。男性は病院に運ばれ、命に別状はありませんが片目が見えなくなっているとのことです』
何かに視覚を乗り移らせたんだ、と私は瞬時に分かってしまった。
続いてニュースのコメンテーターが持論を展開する。
「SCTは、やはり一般公開すべきではなかったと私は思いますね。
感覚を乗り移した物が壊れれば、永遠にその感覚が失われてしまうんですよ!
リスクが高すぎますよ」
私の父
一番の業績は、数年前に実用化された「物に自分の感覚を乗り移らせる技術(Sense Conversion Technology)」。
通称SCTは、目が見えない子供に親の顔を見せ、遠くにいる家族と同じ気温を感じさせ、手が動かなくなった人が愛おしい人に触れることを可能とした。
多くの人々に希望を与えて父は賞賛の声を浴びているが、一方で連日事故が起こり批判も受けている。
そのストレスは相当なものだと私は思う。
何より父は私の唯一の家族で、私が心配にならないわけがない。
ニュースの映像と音声が私の前を流れる。
頭では、こんな状況でも母がいれば励ましてもらえたんだろうな、と考えていた。
父に母のことを聞いても、私が産まれた時に亡くなったとしか教えてくれない。
何度も聞いたが父は頑なに口を閉ざしたままで、今はその話題に触れることさえ難しい。
しかし、私は母について知りたい。
教えてくれないのなら自分で調べるまでと思い、アルバイト代や貯めていたお金全てを使って密かに準備をしてきた。
そして高校二年のこの夏、ついに計画をスタートさせた。
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