第7話

 四月にタイムトライアルがあり、その打ち上げの飲み会が行われた。伸介は柴田と桂子の振る舞いにそれとなく注目していたが、一次会では二人は特に親密な素振りは見せなかった。二次会に行っても二人は離れて座り、この前のような情景の再現はなさそうだった。    

 一次会で柴田は伸介の横に座っていた。二人の話は結構弾み、彼等は飲み放題のその店で酒の種類を変えながらかなりの量を飲んだ。二人の話が弾んだのは伸介が柴田に調子を合わせたことが一つの理由だった。伸介は柴田と恋敵のような関係になりたくなかった。柴田も同じ気持だったのかも知れないが、振られた側の伸介としては、それで柴田を妬んでいるなどと思われたくなかった。それは惨めというより滑稽であり、馬鹿げたことだった。柴田との間に無用な摩擦を起こしたくないという気持が、それだけ伸介に気を遣わせていた。

 二次会でも柴田は桂子とは離れて伸介の斜め前に座った。伸介の隣には山本という二十代の男がいた。山本は去年の夏の記録会で五十メートルの平泳ぎに出て、三十五秒という記録を出していた。百メートルの個人メドレーでも一分十秒台の好記録を出している男だった。その山本を見ながら柴田が、

「山本君も最近ちょっとしつこ過ぎてね」

 と言った。柴田の隣に座っていた若い女のインストラクターが、「何が」と訊くと、柴田は山本の顔を見て、「ね」と笑いかけた。山本は、「え。やめてくださいよ。こんなところで」と真顔で制止しようとした。その反応でインストラクターの女の子は好奇心を刺激され、「何、どうしたの」と急き込んで尋ねた。

「山本君は最近シャワー室まで入ってくるんですよ。僕がシャワーを浴びていると」      

 と柴田は言った。山本は「参ったなぁ」と言って横に倒れた。

「それ、どういうこと」

 と女の子が更に尋ねると、

「僕の体は惚れ惚れするらしい」

 と柴田は満更でもない表情で答えた。

「それって、つまり」

 と女の子は口ごもった。

「ホモってことか」

 と、側で聞いていた伸介が焦って言った。「そう」と女の子は頷いた。柴田はニヤニヤするだけで否定しなかった。そして、

「柏木さんにもそんな雰囲気があるじゃない」

 と言った。

 「え」と言って伸介は絶句した。冗談じゃない。俺がお前に気を遣っているのは他の理由があるからだぞ、と伸介は心の中で叫んだ。彼の内部で不快感が急速に広がった。それは不安感とも言えた。酔っていて話の脈絡が分からない伸介には柴田の話が冗談なのか本当なのか、判断がつかなかった。同様になぜこんな場でそういう話をするのかも理解できなかった。ただ伸介が心の一部で恐れていた世界がこんな身近にあるのだという思いがひどく彼を脅かしていた。                     

 伸介は二年前に過酷な体験をしていた。それは彼にとっては自分が男であることを否定されたような体験だった。

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