ミネスト領都へいざ出陣かと思いきや悶着する

「あっ、もちろんですが、フレイア王女たちにはここで帰ってもらいます」


「皆さん、どうかミネスト領をお願いします」


 それぞれ頷く私たち。

 フレイア王女は満足そうにしていた。

 そして、


「レシアちゃん、お姉ちゃんは着いていくことができませんが……。どうか頑張ってくださいね」


 フレイア王女は最後にレシア王女にそう声を掛け、名残惜しそうに帰っていた。

 すると、目の前がパーッと輝き、何者かが現れる。

 入れ替わるように来たのは、三人の見目麗しい少女たちだった。

 フレイア王女を幼くしたようでレシア王女よりも成長した容姿の彼女たちは、


「流石にサナティス様の命には逆らえないよねー」


 いつになく気怠そうなルーシア王女と――


「……(はじめまして、…………ミリアだよ……)」


 フードを深く被って顔を隠した大人しそうな女の子に、


「どもー! シンシアちゃんです! 姫騎士やってまーす! で、今日の敵さんはどこかなぁ? 早く首をはねたいよぉ♡」


 明るいけど物騒な女の子が来た。

 彼女は、明らかにヤバい人の目だったけれど、それよりも気になることが――

 え?! なんか言葉伝わってきたけど⁉


「『伝心』のタレントですね」


 サナが解説してくれる。なるほど。

 すると、


「ああ、こっちの大人しいのが第五王女やっているミリアでそっちのおかし――おっかないのが第七王女と姫騎士やっているシンシアね。で、バックに背景としているのが近衛兵ってやつ。私たち王族だから、それとなく警護されてるのよ。これだから気が抜けないわー」


 ルーシア王女が教えてくれた。

 今、おかしいって言おうとしたよね……?

 と、とりあえず……、彼女らが第五王女ミリアと第七王女兼姫騎士のシンシアということらしい。


「敵を手に掛けるのが私の使命!」


 物騒なことを口走ったシンシア王女は猛ダッシュ――敵とやらを探しに行ってしまったようだ……。


「……(うわっ、クズ男いるね……。ミリアは、あっちで涼んでるね……)」


 ミリア王女も人混みとローゼフ閣下を避けるように、その辺のベンチに座って静かにしている。ポケットから取り出した飴を舐め始めた。


「シンシアはともかく。ミリアはいるだけで皆のモチベーションが上がるからね。まあ私たちよりお姫様感あるから」


 いやいや流石にオーラでわかるんだけど、お姫様感がないわけじゃないし……。


「そういうことね」


「じゃあ私は一足先に休むから、じゃあね」


 ルーシア王女はどっかに行ってしまう。

 自由だなあ。

 そしてレシア王女は私に着いてくるからそのままと。

 まあ犬みたいに扱っていいだろう。

 しっかし――、


「くぅ――」


 さっきから、なんで私がこんな目にみたいな顔をしているけれど、ほとんど自業自得だよね、この人。

 サナも「まだまだ調教が必要ですね」なんて言っている。

 私は調教師というわけだ。

 レシア王女の再教育はほとんど自分で望んだことだけど、よくよく考えてみると、なんだかなあ……って感じだった。


「レシア様ー!!」


 突然、呼び掛けが。

 あっ、なんかウマミミの人が血相を変えてこっちに向かってくる。たしかウェンディンっていう名前のレシア王女のメイドだっけ。すっかり忘れてたよ。


「ウェンディン……」


 レシア王女はきゅっと唇を噛んだ。

 いまさらほぞを噛んでももう遅いんだけど、まあ自分の今の状態を知られたくないだろうなあ……。

 ウェンディンは続けてレシア王女に呼び掛ける。


「レシア様、なんでその女神の側にいるんですか! ――もしや! サナティスに脅されて!!」


 私たちをキッと睨みつけてくるウェンディン。

 さっと視線から逸れたサナは、ずずいっと私の背を押す。


「実兎ちゃん出番ですよ! わからせてやってください!」


 なんで私がと思いながらも、渋々前に出る。

 すると、


「なんなら一番奴隷の私が格の違いをわからせますが」


 ルルカから有難い提案。一番奴隷ってなんだ……って思いつつも、助かる申し出なのでそのまま任せてしまおう。ちなみに、セリファーも主張しようとしていたけどまあ、ドンマイ。


「ローゼフ、木剣を持ってきなさい」


 今は私のペットポジのはずなのに偉そうに命令しおるレシア王女に、パシらされたローゼフ閣下がぶつくさ不平を垂れながらも、どこかへ行き――皆のそのまま帰ってくるなという願いも虚しく――やがて木剣を二本持ってくる。


「チャンバラやってたガキどもから分捕って来たぞ」


 とんでもないことを口にしたローゼフ閣下を皆で睨め付ける。

 それでも涼しい顔をするローゼフ閣下にコリンが、


「ひっどいことするねー。子どもたちに謝れー!」


 まあ無視されちゃったけどね……。

 そして、ウェンディンには普通に木剣を渡したのにローゼフ閣下ときたら、「ほらよ」ルルカに向かって木剣をぶん投げた。


「隙さえあれば、クズね」


 ルルカは己に目掛けて飛んでくる木剣を上手くキャッチして受け取り、


「ふむ……。紳士的でない殿方もいるものですね」


 とてもがっかりしていた。

 私としても、レシア王女よりも先にローゼフ閣下の性根をしっかり叩き直すべきだろうとは思う。

 一方、ルルカは、


「ともあれまあ始めましょうか」


 気合を入れ直すが、ウェンディンが、


「先に言っておきますが。私のタレントは特殊で、まさか模擬戦で全力は出せませんから」


 と伝えると、ルルカがあんぐりとする。

 すると、


「本当よ、ルルカ。ウェンディンは一日数回しか真の力を解放できないの」


「ウェンディンの本気など、あってもなくても変わらんがな」


 レシア王女が肯定し、ローゼフ閣下がやかましい。


「えー」


 ルルカが意気込んでいたところにこの宣言なので、ルルカ、少し萎えちゃったっぽい。


「やーい、ルルカちゃん、舐めプされてやんのー」


 すかさずコリンが野次を飛ばす。


「コリン様は隙さえあれば煽ってきますよね……。ああでもコリン様との昼時の模擬戦は手加減してましたよ。私、自分よりも弱いものをいたぶる趣味はないんですよ」


「ルルカちゃんはどちらかというといたぶられる方だしね。――フォトン・ウィップ」


 何故か、光の鞭を取り出したコリンは目をギラつかせる。


「まだ言いますか!」


 それに食って掛かったルルカ。

 そうやってルルカがコリンに意識を向けている隙に、


「取りました!」


 しゅんと疾走ったウェンディンがルルカを倒そうとする。

 しかし、


「見事に誘い込まれましたね」


「うわっつ!」


「火の仔ですよ。勝負するまでもありませんでしたか」


 木剣がルルカの出した狐火により燃やされていた。ルルカは対外的には魔法ということにしているらしい、妖怪バレしてしまうからだろう。

 熱さを感じたのか、慌てて手を引っ込め、飛び退るウェンディン。


「やりますねぇ!」


 サナがルルカの方を讃える。

 するとキャッキャと騒ぎ出したのは――、


「わざと隙を見せたのね! やるじゃない! ルルカ!」


「おい、レシア! お前はどっちの味方なんだ!」


 外野のレシア王女とローゼフ閣下がうるさい。

 反転したルルカが一息で距離を詰め、木剣を突き付けた。


「……貴女、ろくに剣なんて握ってないでしょう。動きが素人です」


 ルルカは余裕綽々といった感じなのか、その姿勢のまま、こっちに目を向けて、ギャラリーに語り掛け始めた。


「皆さんにもおわかり頂けたでしょうか。彼女と私との、力の差が如何程かが」


 なになに公開処刑でも始めようとしているの?


「身体任せでタックルしていくのがウェンディンの基本戦闘スタイルだから――」


 レシア王女の言葉を勝手にローゼフ閣下が引き継ぐ。


「とはいえ所詮はウェンディン、勝負にならないのも当然だ」


 ドヤ顔で語るなよ……。

 そしてルルカは、ルルカにまったく隙が見い出せず、動けなくて悔しそうにしているウェンディンにさらに言った。


「ウェンディンさん、そんな程度では、全力を出していないとか言って保険をかけたとしても、言い訳には足りませんよね」


「逆に、貴女ごときは私が全力を出すに値しない実力であると考えられませんか」


 もちろんハッタリだろうことは誰にでも分かる――はずだった。


「えっ、そうなんですか!?」


 なんと真に受けてしまうルルカ。


「隙あり!」


 どんっ、とウェンディンのタックルをモロに受けてしまった。


「――かはっ」


 くの字に曲がったルルカが喀血し、そのまま転がっていった。


「ルルカ!」


 心配する私を押し退けて、ローゼフ閣下がウェンディンに声援を送る。


「いいぞ、ウェンディン。奴のダメージは甚大なはずだ。そのまま始末してしまえ」


 そうやって跳ね飛ばされたところに、


「――まだ終わってないですよ!」


 さらなるウェンディンのとっしんを、「よくも騙しましたね……」騙されたことに気づいて目を据わらせたルルカはひらりとかわし、その背中に飛び乗った。ウェンディンが身を捩り、振り落とそうとするも、ルルカはがっしりフォールドして離れなかった。


「こんなこともあろうかと、予めトマトを口に含んでおいてよかったですよ。勝ったと思ったときが一番油断するものですしね。とはいえ、よくもやってくれましたね、お仕置きです!」


 あとはまあやりたい放題だ……。


「徹底的にいたぶるのいいですね! 私の触の心に通ずるものがあります!」


 サナはグッドサインを出し、大絶賛している。

 しょくのこころって?

 そうして戻ってきたルルカを、


「まあ今回はルルカちゃんが素直に強かったねー」


 コリンは認めざるを得ないかー、って感じで言う。


「まあコリン様よりも私は強いですからね」


 調子に乗ったルルカが胸を張る。


「調子に乗んなー!」


 コリンがルルカの胸を揉もうとしてスカる。


「揉むほどなかったー!」


「こんのおおおーーーーーー!!」


 ルルカが興奮してコリンに襲い掛かった。

 そのままルルカの手腕でコリンのおっぱいが蹂躙される様は、流石に人の目に入ったらまずいので、私が介入して、ルルカを羽交い締めにして速攻で止めておいたんだけど……、物理に出れない分、口論(痴話喧嘩)はヒートアップしている。

 もうそんないつもの二人は置いといて――、


「やっぱりやるなあ、ルルカちゃん! ゴブリンを相手にしてたときもだけど、戦っているときの凛々しさが堪らんのだわ!」


「あー、なんか分かります! キリッとしてますよね!」


 何故かチャラ男がギャラリーに混ざっているのが気になった。サナがチャラ男に相槌を打っているのはもっと気になるけど、それは置いといて、


「ルルカを口説きに来たのかな?」


「ん?」


 私が呟くとお姉ちゃんも、すぐにチャラ男の存在に気づいて、


「あれ、ゼファーじゃない。なんでいるの?」


「ひどいなあ、ユヅキさんは」


 あっはっは、参ったなー、と微苦笑するチャラ男は肩をすくめた。


「というかなあ、なぜというなら、なぜ聖騎士団長殿とレシア王女殿下がここに居るんだよ」


 チャラ男は特にローゼフ閣下が気に入らないらしく、鋭く睨めつけた。

 完全アウェーなのもあり、私の傍で大人しくしていたレシア王女がビクッと肩を震わせた。

 ローゼフ閣下はというと、


「ああ、あのときの雑魚か」


「あのとき――?」


 チャラ男は思い出そうとする。

 やがてはっとして、


「あっ、てめぇ! その態度! 顔隠してやがったが昨日俺たちを打ちのめしたヤツだろ! 路地裏で!」


 そんな一幕あったの!?


「なんのことだかわからんが、野卑な野郎を打ちのめした記憶はあるな」


 とぼけるローゼフ閣下――ほとんど認めているようなものだが――に詰め寄るチャラ男。


「騎士団長があんなことして許されると思っているのかよ!」


 それなー。

 皆もそう思ってるよ。きっと。

 

「とはいっても心当たりがとんとない。言い掛かりは止してくれ」


 あくまでしらを切るつもりらしい。


「くう! コイツクズすぎねえ! こんなの相手してるだけでムカムカしてくるわ!」


『うんうん』


 皆で激しく同意する。

 すると、もう構うのは止すことにしたのか、チャラ男はローゼフ閣下から意識を背け、


「あっ、レシア王女殿下、今日も麗しいですね。そのチョーカーも似合っております」


 レシア王女を口説き始める。

 手当たりしだいって感じで驚いた。

 ほれみろ、周りの女性陣皆頬を引き攣らせているよ。感情の乏しいセリファーですらちょっと後ずさっている。

 あれそういえばお姉ちゃんとサナとコリンとニノがいないな……。あっ、ルルカの方に行ってるや。

 それはともかく、


「……どうも」


 レシア王女は首輪を褒められてバツが悪そうだった。ファッションクイーンのサナが用意しただけあって、確かにオシャレだけどね。曰く付きどころじゃないんだけど!

 しかしレシア王女も、ローゼフ閣下とタイプの違うのもあるのか、チャラ男が苦手っぽい。

 チャラ男は、ずいずい迫っているけどね。

 見てて面白いから見てよっと。誰もチャラ男止めないし。




 ルルカのもとに寄っていくサナが、


「いい戦いっぷりでした! 『見事に誘い込まれましたね。――火の仔ですよ。勝負するまでもありませんでしたか』のシーンには痺れました!」


 すっかりルルカのことを気に入ったようで、よいしょしている。

 というか、再現しないであげて……。あれ、ルルカ? 普通に喜んでるわね。


「女神様に褒められるとなんだか複雑ですね……」


 ルルカは頬を掻き、照れくさそうな顔をしてる。

 あやかし陣営としては複雑な胸中らしい。


「ボクも見てましたよ。さすがです、ルルカさん」


 ニノが褒めると、ルルカは途端にイヤそうな顔をした。


「ニノに褒められても別に嬉しくありません。というかしれっと話に加わらないでください」


 冷たい態度を取るルルカを見かねた私も口を出すことにした。


「まあいいじゃないの、同胞なんでしょう? いい加減仲良くしなさいよ」


「誰が同胞ですか! 誰が!」


『まあまあ』


 私とニノとでルルカを宥める。

 ――ん?

 ふと気づけば村の子供が二人やってきていた。男の子と女の子だ。

 どうやらローゼフを追いかけてきたらしい。


「お姉ちゃんたちこんにちはー!」


 にこーっと挨拶してくれる女の子。

 男の子の方は、少しシャイなのか、一緒に頭を下げている。


「ロリとショタだ!」


「こらこら」


 またどうしようもないことを言っているサナの頭を小突いた。


「あっ、サナティス様もこんにちは!」「こんにちは」


「こんにちはー!」


 二人の子供に声を掛けられたサナがいつも以上ににっこにっこしている。

 後ろに隠した手がわきわきと動き、触手に切り替わりそうになっているのを私は見逃さない。

 駄目だわ、この子……、早くなんとかしないと。

 私は、サナから幼気な子供たちを守ることを決めた。


「あれ、それ私の剣だー! 聖騎士団長に持っていかれてたのー!」


「あああ、そうなんですね! すいません、お返しします!」


 ルルカが慌てて木剣を返すと、女の子は満足げになる。


「いいよー、ありがとー! 狐耳かわいいねー!」


「ありがとうございます」


 すると、二人のやり取りが終わるのを待っていた男の子がルルカに声を掛けた。


「狐の人間さん、僕の剣を知りませんか?」


「えーっと……」


 ルルカは気まずそうにさっきの残骸の方に指を差した。


「え、え、ぼ、僕の剣が」


 男の子は、木剣の燃えカスを見て、見る見るうちに顔を曇らせる。


「――う、うぅ、うぇーん!!」


 わんわんと泣き出してしまった。


「わわっ! ご、ごめんなさい! 機嫌をお直しください!」


 慌てふためくルルカ。


「もー、泣かないでー!」


 女の子が一生懸命宥めている。


「あーあ、ルルカちゃん子供泣かしちゃったよー」


 でもルルカも見た目は子供よね。


「大丈夫ですよ。そろそろ――」


 サナが意味深なことを言う。

 すると、いつの間に何処かに行っていたミリア王女が木剣を持ってくる。


「……(武器屋で貰ってきたよ……。あげるね……)」


 男の子の頭を撫でて木剣を手渡すミリア王女は、木剣が燃えてしまった辺りで、こうなることが予想出来ていたらしい。しかし衛生兵は何をやっていたのだろうって思ったら、娘の成長を見守る親のような顔をしていた……。

 それはともかく男の子が、


「お、王女様!?」


 面識はないっぽいけど、雰囲気でピンときたらしい。


「……(そんなに見られると恥ずかしいかな……)」


 ミリア王女をじっと見つめてしまう男の子を――


「えいっ!」


 女の子が木剣の柄でぽかっと叩く。


「王女様どうもありがとうございました」


 女の子はミリア王女に事務的に挨拶したかと思えば、


「――ほら、行くよ!」


 そのまま男の子の首根っこを掴んで連れて行ってしまう。


「な、なんで僕打たれたの……?」


 疑問符を浮かべる男の子に、


「知らないもん!」


 女の子がぷりぷりと怒っていたのが遠目に見えた。


「あー、いいですねー!」


 その様子をじーっと見ていたサナが放心状態だった。

 サナったら、涎なんか垂らしちゃってはしたないわね……。

 すると背後から突然――


「サナティス様、ご挨拶遅れて申し訳ありません! 女神直属隊の隊長ラミア・ベネットです!」


 そういえば挨拶してなかったわね……。

 サナはといえば、即座にシャキッとし振り向いた。


「おお、ラミアさん! いつもありがとうございます!」


「いえいえ、滅相もございません」


「で、そちらが副団長のラケルトさんですね! わざわざ私のもとにご挨拶に来てくれたんですか?」


「はい、一応ハスターも連れてまいりました」


 ハスターって誰のことだろう? なんて思っていたら、


「あたしメリィさん」


 メリィと思われる少女がぺこりと挨拶をした。

 激しい既視感がして、ゾッと怖気が走る。『あたしメリーさん今あなたの後ろにいるの』とかいう幻聴が聞こえたけど気のせいだろう。

 メリィさんってまさかあのメリーさんじゃないわよね……。

 怪異に類するものだとしてもルルカたちのお仲間ということで穏便にすませてほしいものね……。

 そんなことを考えていると、リッケンがサナに尋ねる。


「眷属様にお訊きしたいのですが、シンシア王女殿下はどちらにいらっしゃいますか? 来てるはずだと思うんですが……」


「敵を探しにどっか行っちゃったわね……」


「そうですか……」


 ラケルトが困った顔をしている。

 王女たち自由すぎるしね。ローゼフはあんなだし苦労人っぽいわ……。

 すると、


「女神様、僭越ながら私から意見がございます」


「どうぞー」


「今日はもう暮れも近いですし、出陣は明日以降にしませんか」


「それもそうですね。では明日以降にするということで、そもそも領都に攻め込むわけだから、入念に作戦を練らねばなりませんしね。人選も細かく選定していかねばなりませんし、最短でも一週間くらいはかかるかな?」


「偵察を送り込まねばなんとも言えませんね」


 ラケルトがそう言うと、


「やろうと思えば明日にも攻め込めるぞ。雑兵のゴブリンどもを無視すれば、標的は冷気を操る女、ただ一人だ」


 ローゼフが会話に割り込んできたわ……。


「そうは言いますがね。ローゼフさん、貴方が敵わなかった敵をどうやって倒すんですか」


「前々から思っていたが、お前が倒せばいい」


「私はユヅキちゃんたち姉妹を守るのに忙しいので無理です!」


「言っても無駄か」


 ローゼフはそんな捨て台詞をいい去っていった。

 ラケルトはその背を見て、


「ローゼフ閣下……」


 とても悲痛そうな表情をしていた。




 一方、ルルカはしょんぼりとしていた。


「ルルカさん!」


 そんなルルカのもとにゼファーが来て、声を掛ける。


「……はい。…………えっと、ゼファーさんでしたっけ?」


「あれ、元気ない?」


「……ええ。ちょっと失敗してしまいまして……」


「そっかー、俺もあるよ、そういうこと。取り返しのつかないことだったら大変だけど。まあ、あんまり気にしないで次に生かせばいいんじゃない」


「なるほど、要は失敗に囚われるなということですか! たしかにそのとおりです! くよくよしてばかりではいれません!」


 段々と距離を詰めていたゼファーはここが好機とばかりに切り出す。


「というわけで、リフレッシュがてら一杯お茶しない?」


「しませんよ! 突然なんなんですか貴方は!」


 一転して、サッと距離を取ったルルカ。


「えぇー、そんなきっぱりと。自信無くすなー。まあ気が向いたらでいいから、また今度ね」


 ゼファーは何処かに行ってしまった。村人の女性をナンパしだしたのはまた別の話。

 ルルカは、


「まあ、あの人はタイプではないですね」


 ぼそっと呟いた。辛辣だった。




 それから、領都に攻め込むのは明日以降に延期という旨が皆に伝達された。

 王国の聖騎士の一団と女神直属隊の兵たちはこれからお仕事があるらしい――コリンとニノもそっちに行ってしまった――が、それ以外の私たちには若干弛緩したムードが流れる。


「というわけで、今日はもうフリーなのでのんびりしましょう!」


「どういうわけよ」


「さっきのロリとショタどこかなあ……」


 サナが腕を額の前に、まるで遠くを見るように、村を見回す。


「やめなさい!」


 私はサナをどついた。


「もー、いたいよぉー、柚月ちゃん!」


 やれやれだ……。

 私たちがぷらぷらとし始めると、


「ああ、お姉ちゃん」


 すぐに実兎と、まだ護衛を続けてくれているセリファーと、実兎に引き連れられているレシア王女と、ルルカにこっぴどくやられて大人しくなったウェンディンも合流する。


「実兎ちゃんー!」


 サナが私たち姉妹を抱き寄せたわ。


「色々落ち着いたのでやっといちゃいちゃできますね! 皆でデートしましょうか! ああ、ルルカちゃんに、あそこでたそがれているミリアちゃんも誘いましょう! ――あっ、ゼファーさんは呼んでないので!」


 それからハ人で村を散策することに。多くない……?


「……(なんでミリアまで……)」


「もちろん、ミリアちゃんがかわいいからですよー! 王女たちは私の娘みたいなものなんです!」


『娘って……』


 私たち姉妹の呆れ声が重なった。


「ミネスト領といえばトマトです! その辺の農家に突撃して新鮮なトマトを買いましょう!」


 サナが提案する。

 皆特に行きたいってところがあるわけでじゃないらしく、それに賛同した。

 そうしてサナが先導して向かうと、みずみずしいトマトが献上されたのだった。


「お金払うって言ったのになあ……」


「……(気持ちはわかるよ……。私もさっき武器屋でね……)」


 ミリア王女も似たような一幕があったらしい。


「女神からお金取れないでしょう。立場ってものを考えなさいよ」


「それもそうですね。私はもっとフランクに接してもらって構わないのですが、皆が皆、そうはいかないのでしょう。難しいものですねー」


「大丈夫だよ、サナ。私たちが付いてるから」


 実兎がそう言うので、私も「うんうん」と頷く。


「……皆さん仲がよろしいんですね」


 私たち三人の関係性を垣間見て、ルルカが疎外感を感じてしまっているらしい。


「ルルカちゃんももう友達ですよ!」


 サナがそう言うと、


「はい!」


 ルルカがめちゃくちゃ嬉しそうに破顔した。




 ――私、キョウカ、今あなたたちの後ろにいるの。

 敵の集まっているところに偵察に来た私だったが、たまたま女神たちの集団を目撃し、気配を消しながら後を付けていたというわけだ。

 そんな私は決定的な場面を目撃してしまった。

 なんとサナティスが私のルルカに目を付けたのである。

 月花も月花で満更でもなさそうで……。

 今なら炎も起こせそうだった。

 どうしても月花を誑かすあの女神が許せなかった。

 それにあの眷属姉妹の妹の方――実兎というらしい――が、月花と距離がとっても近くてムカムカする。

 ご主人様っていう言葉が聞こえるたびに何があったのかと気になってしまうし、沸々と胸の奥で何かが沸き立つ。

 どうせ戦うんだしここでぶちのめしてしまってもいいのではという考えまでも湧いてきた。

 その前に訊いてみよう……。

 後ろ暗い感情に突き動かされ、私は女神たちのもとへと向かった。




「おっと、トマトが」


 うっかりかサナが落としてしまい、ころころとトマトが転がっていった。


「あっ、私が取ってきますね」


「ええ、神通力で戻ってこさせるので大丈夫ですよ」


 サナのその言葉を聞く前に、転がっていったトマトを追いかけにいってしまうルルカ。

 そこに突如、びゅーっと冷気が吹き荒れ、一瞬でルルカが氷漬けになってしまった。

 突然のことに皆が唖然としていると――、

 誰かが真正面から歩いてくる。

 とても淑やかで上品な出で立ちの人だ。

 すかさずサナが前に出て、


「止まりなさい。貴女、只者ではありませんね?」


 警告するも、無視されてルルカの目の前にまで来てしまう。

 すると、ぶわっと火焔が熾り、ルルカを覆っていた氷が溶ける。

 解凍されたルルカはブルッと震えた。


「へっくしょん! いきなり氷漬けとか勘弁してほしいですよ……」


「月花、私のことを思い出したでしょうか?」


「あっ、また貴女ですか! 何度も言いますが貴女なんて知らないですよ!」


「ええ……」


 ショックを受けたようにしているけれど――

 え、誰……?

 とても肌の白い美人で思わず見惚れてしまう。

 しっかし誰なんだ……?

 ルルカは反応したけれど、私はわからなかった。てか私たちはまだ異世界来たばっかりだし当然ちゃ当然だけど。


「って、ソイツよ!」


 レシア王女が彼女に指を差す。


「な、なんでここに貴女が!!」


 傍でウェンディンも警戒している。

 人に指差しちゃいけないから、とりあえず首輪の力で快楽を与えといた。


「――ぐっ! 実、実兎!」


 レシア王女には、キッと恨みがましく睨まれる。


「んぅ!」


 反抗的なので快楽を追加しておいた。


「はあ、はあ……」


「レ、レシア様、私の力が及ばないばかりに……」


 ……なんか楽しいかも。

 余韻で悶えてしまっているレシア王女を見て私は思ってしまった。

 サナの気持ちがちょっと理解できてしまって複雑だった。

 ともあれ、話は続いていて、


「まあそういうことです」


 ……なるほどわからん。


「そういうことでしたか」


 なんかわかったような感じのルルカが妖刀を顕現させて、鋭く相手を見据えている。


「私が、いえ厳密には私の本体が現在ミネスト領都を治めるキョウカです」


 ――え、そうなの!?


「まあ敵のいっぱいいるところにのこのこ本体が出てきませんよね」


 そう呟くサナみたいな分身体なのだろう。

 そんなキョウカに食って掛かるのは――


「何が治めるよ! ゴブリンたちしかいないくせに! 私のミネスト領を返しなさい! ――はあん♡」


 レシア王女のものではないので快楽を与えておいた。

 するとキョウカが、


「あら、発情期ですか? 急にいやらしい声を出さないでください。破廉恥です。というか、そんな大事な領都すらも取り戻せない無能は黙っていてください」


 そうやって喋っているところに、斬り掛かるルルカ。

 するとキョウカを中心に吹雪が巻き起こる。


「――わわわっ!」


 勢いもあり、直撃を食らったルルカが吹き飛ばされる。

 吹雪が収まると、雪だるまのモンスターが三体現れた。


「雪モンです。かわいいでしょう?」


「見た目に惑わされないでください! 魔力を有しているので相応に硬く強いです!」


 サナの警告がとぶ。


「こっちは任せて」


 雪モンは、セリファーが一人で相手をしてくれるらしい。


「柚月ちゃん、実兎ちゃん、下がって!」


 サナの注意に従い、私は下がる。


「……(私も戦えないから……)」


 ミリア王女もこっちに来た。

 一方、お姉ちゃんは雷鳴の三叉槍を顕現させていて、


「サナ、私も戦うわ! 守られるだけなんて真っ平よ!」


「でしょうね。柚月さんならそう言うと思ってましたよ」


 サナは仕方ないなあと受け入れた。

 そして、


「――ライトニング・ストライク」


 突き進む稲光も――、


「そんな攻撃が当たるものですか!」


 キョウカの創った大きな氷の結晶が盾となり、受け止められる。


「――そこっ、と!」


 サナも白銀の弓を顕現させて光の矢を放った。それも氷の結晶に受け止められてしまったが――、私がトマトを投げる! えいっ! えいっ! えいっ!

 でも冷気で瞬時に凍らされて、


「食べ物を粗末にしてはいけませんよ」


 何故かキョウカに諭された。ドライトマトがふわっと返ってくる。

 かーっと頬が熱くなる。

 ドライトマトを取り返しながら、


「常識人ぶって!!」


「常識の話でいうのならこの状況集団リンチですよ? サナティスに与するものたちがこんなことしてよろしいんですか? 私は全てを淘汰できるので、一向に構いませんがね」


 うわー出た出た。無駄に力を持っているからって調子乗る奴ー!!

 とそこで、気づけば隣のミリア王女が覚悟を決めていて、


「……(わーーーーーーーーーっ!!)」


「――きゃああああああ!! なんですか!? この強烈な言葉は!! 耳を塞いでも響いてくる!?」


 ミリア王女の『伝心』のタレントで暴力的な勢いのある言葉の奔流が直接キョウカの脳内に送り込まれ、堪らず頭を抱えたことにより大きな隙ができた。

 その隙に、


「ミリアちゃんナイスです! 貴女の貢献無駄にはしませんよ! 氷属性ならこっちの方が効果的ですかね!」


 とサナが聖炎を放つ。

 すると、体制を立て直していたルルカも「なるほど」と狐火を放つ。

 強固だと思われていた氷の結晶があっという間に溶けてしまった。

 そこにウェンディンが体当たりしようとするが、かわされてしまう。

 でも煤まみれとなったキョウカも弱っているのか、動きが鈍っていた。

 すかさずレシア王女が切り込み、鬱憤を晴らすように蹴り飛ばした。

 そしたら、どっかから湧いて出てきたシンシア王女が「てぇーい☆」ズパッと首を刎ね飛ばし!? ってああああああああ!!

 しでかした本人は「あれおかしいな? 頸椎の感触がなかったけど」とか言ってる。

 それも含め、皆が愕然としている中――、


「あ、死んでませんよ。本体は別にいますので」


 キョウカの首が喋ったああああああああ!!


「まあこの程度の力では火属性には勝てませんよね」


 悟ったキョウカの首が遠い目をした。


「どうやらこの雪人形は限界のようです。また領都で会いましょう。――ねえ、実兎さん」


 キョウカの雪人形は「そのときは首を刎ねるのだけは勘弁してもらいたいものですね……」と言い残し、そのままどろーりと溶けてしまった。セリファーと対峙していた三体の雪モンもだ。


「……うっわ」


 お姉ちゃんを皮切りに皆が気味悪そうにしている。

 しかし最後に私をひと睨みしていったのはなんだったんだ……。


「ちっ! 本体はどこ!」


「首刎ねても死なないとかあるんだ!! 刎ねたい放題じゃん!! もっともっと!!」


 そうやってレシア王女らが一方は目を血走らせたり、もう一方は輝かせたりしているのを横目に、


「なんだか面倒なことになってきたわね……」


 お姉ちゃんが呟く。

 ホントだよ。

 それはともあれ、


「ミリアちゃん助かりました!」「ミリア王女殿下どうもありがとうございます!」


 讃えられていたミリア王女はフードをギュッと掴み、恥ずかしそうにしていた。


「ミリア王女様、私からもありがとうございました!」「ミリア王女、頑張ったね!」


 私たち姉妹も便乗して讃えた。

 今日のMVPはミリア王女である。




「あっ、ひとまずドライトマト食べちゃいましょうか」


 サナの提案により、皆でドライトマトを食べる。

 意外と美味でなんだか悔しい。

 否が応でも便利な人だと認識させられてしまう。

 シンシア王女までもが、


「冷たくて最高だね!! こんなに美味しいなら首を刎ねるのは止めるよー!!」


 とか言っていた。

 完全に虜になってしまっているなあ……。

 そんなわけで、冷たい料理はこちらの世界では珍しいらしく、こっちの世界の皆には大好評だ。

 私たち地球組もそれには異存はないんだけど……、キョウカにしてやられた私だけはどうにも納得いかなかった。

 ぐぬぬ……。




 その後は、ミリア王女を中心にお食事回をすることになった。

 もちろんコリンやニノをハブるなんてことはせず、ちゃんと呼びに行った。

 食堂に向かうと、なぜかルーシア王女が居た。


「あれ、皆も来たの?」


「あら、ルーシアちゃんじゃありませんか! せっかくなので相席していいですか?」


「いいけど……サナティス様、グイグイ来ますね……」


 さしものルーシア王女も、サナには敬語である。


「かわいい子は食べちゃいたいくらい好きなので!」


 とか言ってるサナに貞操の危機を感じる一同。


「ちょっとみなさんなんで引き気味なんですか!」


「だって……ねえ」


 ルーシア王女の言葉にサナ除く、皆で頷く。


「サナ、ちょっと落ち着いて……」


「身の危険を感じたわ…」


 私たち姉妹がそれぞれ言うと、サナが嘆息した。


「実兎ちゃんたちまでそんなことを……。まったくみなさん理解が足りないんですよ」


「サナが高度すぎるのよ……」


「そうだよ」


 サナのそういうところは、いくら親しいとはいえど、ちっとも理解できない私達なのだった。


「うーん、おいしいよぉ♡」


 しっかし、トマトの赤色で血を連想しているのか、恍惚とした表情で美味しそうに食べるシンシア王女を見ると、


「貴女がトマト料理を美味しそうに食べていると、なんか含みを感じるのよ」


 こればかりはレシア王女に同意してしまう。


「ご飯が美味しくなくなるから、視界に入らないでほしいわ」


 それは同意しかねるので快楽刑に処す。


「やんっ! 食事中に何するのよ、実兎!」


「ひどいこと言うからだよ」


 ちなみにレシア王女は隣席に座らせている。

 ルルカも反対隣に座らせているし、抜かりはなかった。


「今更ですが、どうしてレシア王女が同行しているのですか?」


 と思ったら、レシア王女のこととかしっかり皆に話していなかったかも。

 なんか流れで全部説明した気になっていた。

 サナも抜けていたらしい。「かくかくしかじか」説明し始めた。

 そんなこんなで賑やかな食事が終わると、


「実兎ちゃん、お話があります。柚月さんも」


「一旦私たちだけで状況を整理することにしましょう」


「それもそうね」「うん」


 というわけで、私たち姉妹はサナとお話することになったよ。




「とりあえず汗を流しましょう」


 というわけで皆で、入浴する。

 一緒に入るのは慣れもあってその点は大丈夫だったけれど、向こうとは勝手が違うのに少し戸惑ってしまった。

 なお浴槽はちゃんとある。

 お湯に浸かって、疲れを癒やしていると、「美兎ちゃん」呼んできたサナが真面目な顔をして、私を見る。

 なんだろうと、向き直ると、


「おっぱい揉ませてください」


「……ヤダ」


 手をワキワキさせながら近づいてくるサナを拒絶し、身を守る。


「むう。無理強いはできませんし、しょうがないですね。見るだけで我慢します」


 ここぞとばかりにじーっと見てくる。

 見られてると意識してしまうと恥ずかしくなってくるので、こっちが折れて「せめて顔とかにして……」と伝えた。


「サナって全然遠慮とかしないよね……」


「それほどでも」


 するとお姉ちゃんが会話に加わってくる。


「サナ、異世界来てから暴走してない?」


「いいえー。ただこっちだと、色々と融通が効くからですね。特にこの国では私が法律みたいなものなので!」


 何故か誇らしげに胸を張った。

 立ち上がり裸身を惜しげもなく見せつけてくれるものだから、こっちが恥ずかしい。

 それからも断続するサナのセクハラから辛うじて逃れつつ、お風呂から出ると、部屋で姉妹並んで座らさせられた。

 対面に着座したサナが切り出す。


「異世界に来たのですし、お二人に高揚感があるのはわかります。けれど、力を手に入れて粋がっていませんか? 特に柚月さん」


「そんなことはないわよ」


「じゃあなんでゴブリンなんかと戦っているんですか! 路地裏の暴漢は仕方ないとしても、ゴブリンと戦う理由なんてなかったじゃないですか! これは実兎ちゃんにも言えることですよ!」


「ギクッ」


 確かに異世界に来て、調子に乗ってしまったところはなくもなかった。自分からゴブリンと対峙しようとするとか、今思うと異世界の雰囲気に乗せられてたのかも……。


「こちらに送る前に、私が守りますって言ったじゃないですか。勝手な戦闘行為なんてもってのほか、これからは私の目の届くところで行ってほしいです。大切なお友達が傷つくところなんて想像したくもありません……」


「ありがとうサナ。気持ちはわかったわ。でも守られてばかりはいられないのは理解してほしいの」


「柚月さんならそう言ってくると思っていました」


 サナはまだお小言モードを解くつもりはなさそうだった。私としてもお姉ちゃんと同じ気持ちだった。

 だから私がサナの両手を掴み取って伝える。

  

「今の私達には仲間もいるし、大丈夫だよ」


 というわけだ。


「うーん。美兎ちゃんがそういうのなら……」


 サナも、ひとまずは理解を示してくれたようだった。

 ところで、もう一言伝えておきたくなった。


「サナだって大事なんだよ。だよね、お姉ちゃん」


「ええ」


「美兎ちゃん! 柚月さん!」


 サナが私たち姉妹を抱き寄せる。

 そうして友情を再確認することができたのだった。


「よし、今日は英気を養いますか!」


 他の部屋から皆を呼んで、女子会をした後、私たち三人は眠りに就くのだった。




「皆にボコボコにされて病みそう……」


 それに加えて雪人形にMPを持っていかれたのもあって落ち込むキョウカの前には、氷漬けにされた少女がいた。

 その肌は、グロテスクな紋様に侵されている。


「ああ、かわいそうなラーン。貴女を救うことのできない私を許してください……」


 ラーンは貴族の娘であった。しかして、彼女の一族ルールー家はタレント『竜殺し』を脈々と受け継ぐ一族だったのである。彼女には竜と戦うにあたって、秀でた才能があった。

 それに目をつけたある者が、竜の財宝を目当てにし、竜と戦うように仕向けた。

 そうしてラーンは、果敢に竜に挑むも、倒されてしまった。

 ゆえにこのような状態になってしまったのである。

 呪いを解くには竜の赦しを得るしかないのだろう。

 ラーンがキョウカのもとにいるのは何故か。

 キョウカもキョウカでラーンを捕らえていた竜を追い払っていたからだ。

 キョウカの場合はジュリの指示の元によるものでラーンの身柄を確保するために動いたのだが、それは結果的にラーンを助けたことになった。

 呪いで苦しいらしいので、本人の同意を得て、氷漬けにして封印している。


「安らかに眠っているところ申し訳ないのですが起きていただきます。これもそれも忌々しきサナティスのせいで……、妖怪のより良い未来のためには絶対に勝たなければいけないんです」


 ラーンを起こす。


「キョウカ? ――ッ!」


 ラーンは起きた途端に痛みに悶える。

 キョウカは小瓶を取り出した。


「それは?」


 ラーンは謎の文字で書かれた薬の表記を見て、首を傾げた。


「異世界から召喚した呪いに効果のあるお薬です。胃腸……もとい万能薬ですね。これをまだ成人でない貴女は二錠、水で飲み込めば多少楽になるでしょう」


「ありがとう」


 薬を飲んだラーンは、問い掛けてきた。


「それで私は何をすればいいの?」


 察しが良くて助かる。


「女神サナティスの率いる一団と戦っていただければ。私のために協力してはいただけないでしょうか?」


「もちろん、キョウカは私のためにずっと解呪の方法を探してくれていた。助けてもらったことも感謝している。少しくらいは恩を返すよ」


「ありがとうございます。必ず勝ちましょう」


 これで準備は万端だろう。いつでも迎え撃てる。

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