酔狂な奴隷

 神父様もチャラ男も居なくなり、

 いよいよ。奴隷とご対面の時が来た。

 あっ、奴隷商に入る前にコリンを起こさなきゃね。――と。

 私は倒れ付したコリンに近寄った。


「コリン、今起こすからね」


「うん、早く起こしてー」


 伸ばされたコリンの手をガッシリとつかむ。


「わかった」


 と、私が起こそうとすると、


「私も手伝おうか?」


 お姉ちゃんが協力を申し出てくる。

 ――うーん……。まあ、コリンはそんなに重くないでしょ。たぶん。


「一人で大丈夫」


 そう答えた私はコリンの手を掴み――ちょっと重かった。――「うんしょ……」と、力一杯、引っ張り起こすと、なんとか立ち上がってくれた。


「ぶー、神父様ったら意地悪なんだからー……」


 ぶーたれるコリンに私たち姉妹は肩を竦めて、


「いや、自業自得でしょ。『くたばれー』とか『死ねー』はひどいわ」


「酷いこと言っちゃ駄目だよ。お年寄りは労らなきゃ」


 などと口々に言った。


「…………それは聞かなかったことにしてー」


 両手を擦り合わせ懇願してくるコリンに、私たち姉妹は仕方ないなぁ……という風に笑うのだった。


 そして、今度こそ奴隷商へ立ち入ることに。


「じゃあ二人で行ってくるわね」


 お姉ちゃんが私を引き連れそう言うと、


「行ってらっしゃいー」


 と、コリンが見送ってくれた。


 私もコリンの顔を見て、


「行ってくるね」


 と、小さく手を振る。


 コリンと入り口で別れた私たち姉妹は奴隷商の中を見た。

 奴隷たちはまるで動物みたいに檻に入れられ、罪人のように首輪と腕輪が嵌められていた。売り物だからか不衛生って感じではなく、ちゃんと綺麗な格好をしていた。もとい、させられていた。

 私たち姉妹は目を見開くものの、首をふりふりなんとか不快感を抑えて、奴隷商の中を進む。


「誰にしようかしらね……」


 順繰りと奴隷を眺めながらお姉ちゃんが呟いた。


「うーん、男性はなしで、今はコリン含め女の子しかいないんだし」


 私はそう言った。色々あるしね……。


「そりゃそうよ」


 お姉ちゃんがさも当然かのような顔をしてそう返す。


 ――と、そこで私はある娘にかれたので、


「あの娘にしない?」


 その娘を掌で示す。


「ふむ、狐人族の女の子ね。年齢不詳みたいだけど、幼いような感じだからJCくらいかしら。なかなか可愛いじゃない」


 ちらっと値札を見て種族と年齢の欄を確認したお姉ちゃんは声を潜めて、容姿を褒める。

 声を潜めたのは、狐人族の女の子がすぅすぅと寝息をたてて眠っていたから。

 ――狐人族という名前の通り、狐の耳と尻尾を持つ女の子だった。毛はまさにきつね色で小麦色の肌、和服のような服を着ていて、眠っている姿勢もよく雰囲気には凄く清楚さを感じる。これは買うっきゃないでしょ。狐なんて見たら、惹かれちゃうよね。

 値札の額は、今の残金でギリギリなんとかなりそう。おでぶゴブリンちゃんさまさまだよね、ほんと。

 お姉ちゃんは奴隷商人を探して、すぐに見付けて、


「あっ、奴隷商人さーん」


 と、呼び掛けた。その呼び掛けはどうかと思うけど、話がややこしくなるので、わざわざ口にはしない。現に私も心の中ではそう呼んでるしね。


「はいはい。なんでございましょう?」


 こっちに向かってきた奴隷商人は、両手をすりすりへいこらしている。


「この娘を買い取りたいのだけど、この娘、家事とかできるかしら?」


 お姉ちゃんが質問する。


「ちょっとお待ちください……――出来ますね。炊事洗濯一通り。特に料理はかなりの腕だそうです。どうやら独特な料理を作るようです。あっ、こちらとなります。お口に合うかはわかりませんが……」


 そう言って奴隷商人が狐の女の娘が作ったと思われる料理のイラストを見せてくれた。料理も美味しそうだけど。絵を描いた人もお上手。

 それを見た私たち姉妹は、顔を見合わせた。

 食材はこちらの世界準拠だけど、それはどう見ても日本食のようだったから。


「買ったわ!」


 お姉ちゃんがお金を出した。


「わっかりました。毎度ありー」


 買った狐の女の娘を連れて、奴隷商を出た。ちなみにお姉ちゃんがおぶってる。

 コリンがよって来た。「しー」とジェスチャーでお口チャックさせる。

 コリンはきょとんとしてたけど、お姉ちゃんがおぶる狐の女の娘を見た瞬間、微笑んだ。

 そして、「わかりました」とでもいうかのように頭の前に片手を持っていって敬礼した。

 そうして。三人で帰り道に着く。元の道を引き返すだけの簡単な帰路。

 そして。特に何事もなく家に到着した。

 狐の女の娘は起きなかったので、お姉ちゃんがリビングのソファーに横たわらせ、毛布をかけてあげていた。

 お姉ちゃんとコリンが協力して昼御飯を作る。

 結局、自分たちでお昼は作るのね……。まあいっか。

 ちなみに私はリビングで狐の女の娘の御守り担当。すると料理の匂いが漂ってくる。美味しそうな匂いだなぁ……。

 狐の女の娘が鼻をピクピクする。

 やがて、むくりと起きた。

 そして。開けた目をぱちくりし戸惑っている。

 そりゃそうだよね。目を開けたら豪邸の中だもんね。

 私は狐の女の娘に事情を説明した。

 私たちの名前。と。お前は今日から私たちの召し使いとなるんだよ。ってことを覚え込ませるように言う。

 頷きながら全部をちゃんと聞いてくれた狐の女の子は、


「ルルカです。ご主人様、これからよろしくお願いします」


 私を見て、ぺこりとお辞儀をした。


「よろしくね」


 と、私は微笑んで挨拶を返した。

 ご主人様はやめてと言おうとしたけれど、まあ一応奴隷とご主人の関係だし、このままでいっか。

 お姉ちゃんとコリンが出来上がった昼食を持って、リビングに戻って来た。


「あら、起きたのね」


「おはようー」


「ルルカです。ユヅキ様、コリン様、よろしくお願いします」


「おおーちゃんとヅって言ってるわね。ズと間違えなかった。コリンより賢いわねー」


 お姉ちゃんがルルカをなでなでする。


「賢いだなんて……そんな……。照れますよ」


「狐の耳がモッフモッフしてて気持ちいいわ」


「ユヅキちゃんのアホー! 私をバカにするなー!」


 コリンがお姉ちゃんに向けて憤慨した。さすがにあの光の剣は出さなかったけどね……。


 そして。皆で昼食を食べることに。

 お姉ちゃんとコリンが作ったのは、サラダとスープだった。ちなみに主食はパン。

 

「こんなによくしていただいてよろしいのでしょうか……」


 ルルカが感動している。

 そんなに奴隷としての待遇が悪かったのかな?

 いや、そっか。人と心を通わせながらご飯を食べれる環境ではなかったのかもね。


「まあ、そんなこと言わずにたんと食べるのよ」


「遠慮しないで」


「どんどんお食べよー」


 心なしか優しい目をして、私たちはそれぞれ言葉を送る。

 それは三者三様とはいえ、心からの言葉。優しい空間が築き上げられた。


「はい」


 ルルカは目を細め、笑顔を浮かべてからコクりと頷いて、昼食をお上品に味わっていた。良かったね。

 ああ、そうそう。二人が作ったお昼ごはんは割りと美味しかったよ。




「そろそろ、サナが心配になってきたわ……」


 唐突に。お姉ちゃんが不安そうな表情をし、ぽつりと呟いた。

 私は、ああ、そういえば……そうだよね……。うっかり忘れるところだった……。と、心の中で反省し、


「いつになっても来ないしね……」


 と、心配するお姉ちゃんに合わせるように呟いた。

 私が、流石に悠長に待ってるだけというのも良くないかも……? と、考え出すと、


「よし! 神殿の様子を見にいこっか!」


 お姉ちゃんが、パンッと手を打ちならし提案する。


「それがいいと思いますー」


 コリンがその提案に乗った。


「でもなぁ……」


 私は思わずそう漏らす。不安要素があったから。


「なーに、実兎? 思ったことがあるのなら言って」


 お姉ちゃんは私の呟きに反応しこちらを見ながらそう言った。

 お姉ちゃんにうながされたのも後押しし、私は進言する――。


「でも準備なしに行くのは危ないよね」


 ――何をするにも事前準備は大事、と。


「そうね!」


 お姉ちゃんが指をパチンと鳴らす。お姉ちゃんはそのままこっちに近寄ってきて――、


「さっすが、実兎、いいこと言うわね」


 そして。お姉ちゃんは、私に抱きつき、私のことをよしよししながら優しい笑みを浮かべ「偉い偉い」と、めてくれた。


「いや、大したこと言ったつもりないんだけどなぁ……」


 私はお姉ちゃんに抱きつかれたことにより、その温もりにドキドキしつつ、満更でもないので頬を指でなぞる。

 まったくもうお姉ちゃんったら皆の前で恥ずかしいよ……。


 お姉ちゃんは私を解放し、続けて――、


「腹も減ってないから戦できる! とりあえず例の草原でこの世界での私たちの力を確かめるわよ!」


 そう宣言した。


 そして。お姉ちゃんは、もちろん行くわよね? 的な顔をし、確かめるように私とコリンの顔を順繰りと見る。


「賛成!」


 私は頷き賛成する。


 コリンが「うん!」と言って両手をパンと打ちならし、


「じゃあー、ミウちゃん、ユヅキちゃん行こー!」


 と、意気揚々とリビングのドアの前へ飛んで行って、はやくはやくーとでもいうように手招きする。


 私たち姉妹は苦笑いを浮かべた。


 そして――、


「じゃあルルカお留守番宜しくね」


「いってきます」


「家のことは任せたよー」


 と、ルルカに留守番を言い付けて向かおうとした。けど――、


「あのう……」


 ルルカが躊躇ためらい気味に私たちを呼び止めた。


「ん? 何かしら?」


 お姉ちゃんが振り向き、ルルカへと顔を向ける。


「実は私――」


 と。話を切り出し、どろんと狐の姿になった。


「わわわ!」


 私はビックリした。そのかわいさに。

 内心は――かわいいお狐さんが現れたよ! 毛がふわふわ全身に生えている。服は溶け消えるように粒子を散らし、消えていっちゃった。マナで創世した特殊な服とかなのかな……? 推測だけど……。――とまあ、こんな感じ。つまり、ワックワックのドッキドキってことだね。


「わお! これまたキュートな姿に変身したわね!」


 お姉ちゃんが手を叩きながらピョンと飛んだ。

 そして、ルルカのもとへ両手を広げながら駆け寄り、ギュッと抱きついた。

 そのまま、くんくんという感じに鼻をピクピクし、

 「いい香りがするわねー」などと匂いを評価して――

 さらに、「あったかいわ」とすりすり頬擦りを始めた。


「く、くすぐったいですよ……」


 そんなお姉ちゃんの様子に、満更でもなさそうにルルカは呟いた。

 私は、あっ、ルルカの頬がちょっと赤くなってる……と目敏めざとく気付き、お姉ちゃんとルルカの過激なスキンシップに、じと目を向ける。

 ルルカ、お姉ちゃんにあんなにべとべと触られて……羨ましい! 私も狐になればいいのかな……? って感じで見てたら、ルルカと目がぱっちり合っちゃった。

 そうして。私の様子に気付いてしまったルルカは、私のことを――大丈夫ですよ――とでもいうかのように目を細めて見た。


「ユヅキ様、申し訳ありませんが離れてください」


 そしてルルカは、優しくお姉ちゃんを引き剥がし、またどろんと人間の姿に戻る。


「あー、もふもふがー!!」


 お姉ちゃんがそう嘆くのにルルカは嘆息を返す。

 それから――、


「ユヅキ様。私は性奴隷ではありませんよ。過度なスキンシップはつつしんでください」


 お姉ちゃんに忠告したルルカは、私を見て、これで宜しいでしょうか? という風な顔をする。

 私はルルカを見てコクりと頷いた。ルルカって、めっちゃいい娘だね!

 そして。ルルカは「ごほん」と咳払いし、


「このように。獣人に化けた妖狐でして……数百年ほど生きていまして……」


 逸れた話を続け、衝撃の新事実を投下した。

 私たちはびっくらぎょうてん、おったまげた。

 そしたら。コリンが目をパカッと見開き、きらっきらっした瞳を見せながら、両手をパンとし、


「つまりー、ロリババアってことだねー!」


 などと失礼なことを言い放った。続けて、「ようやく本性現したかー」と言っているあたり勘づいていたらしい。黙っていたあたり、察して、一応、気を回していたのかな?

 黙っていたことについては、特に問題なかったので、思考がコリンのロリババア発言に戻る。

 まあ、でも見た目十歳くらいだしね……。けど……、歳上は敬いなよ……。――と、私は咎めるようにじとーとした目でコリンを見る。

 ちなみにお姉ちゃんも同じような目でコリンを見てたよ。

 ルルカはちょっと顔をしかめたけど、続ける。――あれ、今「巨乳ピンク……死んでください……」って小さく呟かなかった……? ま、まあ気のせいだよね……ルルカの話聞こ……


「で、ですね。戦闘奴隷として生きていたこともあるんですよ」


 ほほう……。

 ということは……、つまり、ルルカも戦えるってことかな……?


「えっと、つまり?」


 ルルカが何を言いたいのかわかってなさそうな顔をしてお姉ちゃんは、ルルカに続きをうながした。つまり、もっと詳細に説明してってな感じでルルカにゆだねたということ。


「それでですね。私は一応ある程度戦えるんですよ。ここでは出しませんが、霊装も持ってます。ちなみに刀で、銘は『朧月あぼろづき』と言います」


 へぇー、すごい。


「えっ、戦えるのに何で奴隷やってるの? 魔物討伐で稼げるじゃん」


 お姉ちゃんにしては的確な指摘だった。


「そうだよー、戦えるってだけで山籠りとか色々生き方あるのにー」


 コリンも冴えてる。


「それもやったのですよ。既に」


 そう答えてから、なぜかルルカは本棚にすたすた歩いていき、「どこかなー」と呟きながら何かの本を探す素振りを見せる。

 やがて発見したのか「ありました」と歴史書を持ってテーブルへと向かい、トサッとその歴史書をテーブルの上に乗っける。

 そして私たちを、ちこうよれって感じに手招きして呼んだ。

 私たちは行ってみようかって感じで顔を見合わせて、皆でルルカを囲うようにテーブルの周囲へ陣取った。

 ――ちなみに、「えーはやくいきましょうよ」とコリンがぶーたれたけど、お姉ちゃんがお尻をペチンしたら「ひぐっ!」って鳴いて、「いくわよ?」とお姉ちゃんが手を引っ張って連れてきた。お尻をひっぱだかれたコリンが、悦に浸るような表情をしていたのは気のせいだと思いたい。

 ルルカは私たちが傍に来たのを目視すると目次を開いて――


「えーっと、確か……」


 と、声に出しながら、瞳を上下に、つまり視線を本の字の上を這うように順繰りと動かし何かを探す素振りを見せて――、


「あっ、これです。逸話――山に籠る仙狐」


 見付けたのか瞳を見開きながらそう言った。

 そこそこ厚みのある本だった。そういうお話を集めたやつかな。

 該当のページを開いてこっちに見せてくる。

 著者は榊珠理となっている。


「――さかきじゅり?」


「日本人っぽいけどよくわからないわね」


 お姉ちゃんもかぶりを振った。

 まあいいや。逸話って……、つまりマイナーなんだね……と感想を抱きながら、皆に見えるように開いた。現代文の授業でも思うけど、人前で読み上げるのは恥ずかしいから、とりあえず黙読してみよう。――とすると、ルルカが膝の上に乗ってきて、別に重くないけど、ちょっと読みづらい……。

 ともあれ、読書のお時間。私の趣味でもあるから、活字を読むのには慣れていた。


 ――群れをはぐれて、ひとりで山に籠る妖狐がいました。妖狐は自由気ままに自給自足の生活を送り、ひとりぼっちで寂しく孤独に暮らしてました。


「ここの記述絶対悪意ありますよね」


 ルルカが指を指し不平を漏らす。

 苦笑いする私たち。


 ――そんな寂しい独り身のもとに、雪女が訪ねに行きました。それもあってか、ある日ふらりと何処かへ行ってしまい、そのまま居なくなりました。まあ、妖狐は長生きなので何処かで今も元気に暮らしているでしょう。おしまい。


 ……えっ、終わり? と私は目をぱちくりした。

 すると――、


「ちょっ、これ適当すぎない!?」


 お姉ちゃんがたまらずといった様子で内容に突っ込む。


「あはは……ごもっともな感じでもあるのですが……。まあ、こうして書物に記されているだけ奇跡みたいなものですから……。あっ、雪女は気味が悪かったので追い払いました。拠点を移したのも、それが原因ですね。まあそれはともかく、おそらく妖狐は人間たちにとっては、珍しいので記録に残っていたのでしょう」


 ルルカは苦笑いを浮かべながらそう言った。


「日本人っぽい著者な時点でなんか裏もありそうだけどね……」


 呟くお姉ちゃんは、神妙な表情で著者名を見ていた。


「そもそも妖狐の存在を認知してる時点でおかしくないかなー」


 コリンの指摘に、


「まあどうせあの雪女が書いたんでしょう。悪意ありすぎですよ、まったく……」


 ぼやいたルルカは私の膝から降り、皆の前へ、そのまま話の主導権を握り直す。


「……話を戻しますが。それでですね。まあ、山籠りとか自給自足をするということに飽きてしまいまして……。奴隷になるってどんな感じかなー? という考えで、試しになってみたわけですよ――」


「――ちょっ! その考えおかしいって!! 試しにってなによ! 試しにって!!」


 たまらずお姉ちゃんが突っ込みを入れる。


「ユヅキ様、話は最後まで聞いてください」


 ルルカは顔をしかめて咎めた。


「ごめん」


「わかればいいんです」


 ルルカはため息をついて、お話を再開――


「――で、どこまで話しましたっけ……?」


 出来なかった。


 ずっこける私たち姉妹。


「おかしな考えまでだよー」


 唯一ずっこけなかったコリンが助け船を出した。いささか問題のある泥舟だけど……。


「うるさいですね……」


 そう呟いたルルカは、コリンの胸部の辺りを見ながら「はぁー」とふかーく嘆息し、


「…………やれやれこれだから巨乳は駄目なんですよ」


 と、首を緩やかにふり、肩をすくめる。

 すると、ルルカがコリンの胸部に注ぐ視線が冷ややかなものへと変化した。


「滅びればいいんです。というか死んでください」


 表情を暗くしたルルカが、冷たく吐き捨てる。


「ちょーっ、ルルカちゃーん! なーんか私に対するあたりきつーいよねー! 貧乳の分際でなー・まー・いー・きぃー!」


 コリンが指をバシバシさしながら身を乗り出し訴えるも、ルルカは取り合わず――、


「えっと……、奴隷になったというところからですね――」


 ルルカは改めて話を再開する。

 あらら。コリンのこと華麗に無視スルーしたね……。なんだか険悪なムード……。


「コリンがロリババアとか言うからきっと根に持ってるのよ」


 お姉ちゃんがルルカに聞こえないようにぼそっと呟いた。


「見ての通り、容姿が幼いですからね。売り込みは大変です」


 訥々と語るルルカ。


「おーい」


 コリンがそんなルルカに呼び掛ける。


「――戦闘や家事やります! って感じで、ちょいと実力を見せてやります――」


 しかし。ルルカは語り続ける。


「無視すんなー」


 コリンが話を遮ろうと手をルルカの顔の前で振ると、ルルカはイラッと眉間に皺をよせ、スッとコリンの背後に回り、ぺしんとコリンのお尻を叩いた。


「ひぎぃっ!」


 コリンがお尻を押さえ倒れ込んだ。

 ――あれれ、今度はお口がだらしなく緩んじゃって涎垂れちゃってる。やっぱり神父様に開発されちゃってるのかな? 悦んでいるかのように見えるんだけど……。


「――そしたらこれが大人気で、色々こき使われました」


 ルルカがパンと手を打ち鳴らした。

 ……。


「――えっ、おしまい?」


「です」


 どうやら、ルルカの話はここで終わりらしい。もうちょっと詳しく聞きたかったなぁ……。


「ルルカちゃんにしっつもーん! 普通に狩人やら兵士という道もあるのにー、わざわざ奴隷となることを選んだのは、もしかして性癖せいへきですかぁー?」


 復活したコリンが挙手して質問をする。まるで煽るように。


「――違いまーす」


 ルルカは即否定するも、私たち姉妹とコリンには届かなかった。

 そして。私はコリンの問いに同調するように、


「確かに……ルルカってもしかしてド変態?」


 などと失礼なことを呟いてしまう。


「――違いますって……」


 ルルカがあきれ声で否定するも、


「えっ、ルルカってマゾ!?」


 お姉ちゃんが私の発言を聞いてびっくらこき――、


「うっわぁ……」


 お姉ちゃんは、次にルルカの顔を見て引き気味にそう呟いた。


「――だから、違いますって!!」


 ルルカが、お姉ちゃんに向け身を乗りだし、全力で否定するも――、


「ううん。そういうのにも理解を示してあげなきゃダメね……」


 お姉ちゃんは自分の世界に入り込んでしまう。


「――あのう……、ユヅキ様……」


 ルルカがそんなお姉ちゃんに眼前で手をふりふりしながら声をかけるも反応なし。


「ねえ、お姉ちゃんルルカが……」


 そこで。ルルカがなんか言いたげなことに気付いた私がお姉ちゃんの袖を引っ張るもこれまた反応なし。


「鞭を買っておかないと駄目かしら……」


 お姉ちゃんはそうぼそぼそ呟いていた。


「いらないです! 私にそんな趣味はありません!」


 ルルカが声を張り上げ叫んだ。


「えっ! もっと高度なプレイをご所望なの……業が深いわ……困ったわね……」


 お姉ちゃんはいやいやと両手で顔を覆い、――あらやだ、どうしましょ……――とでもいうかのような困り顔を浮かべる。


「業が深いのはユヅキ様ですよ!! 勝手に私に変なキャラ付けしないでください!」


 我慢できなくなったルルカが、テーブルをバンッ! と叩いて言い放った。


「なーんだ、勘違いだったのね」


 ようやく自分の世界から帰ってきたお姉ちゃんが、ほっとしたように息を吐く。


「なんかごめん……」


 私は、ルルカにお姉ちゃんの不始末を詫びた。


「もう……皆して……、いったい何を言うんですか……」


 ルルカは嘆いた。


「えー、私たち間違ってないはずだよー、好き好んで奴隷になる人なんて普通いないし、変態でしょー」


 コリンの言い分に私は――その通りっちゃその通りなんだけど……、ルルカとの関係悪化に繋がるからそれ以上やめて……険悪は嫌なの……。――と困り顔。

 ルルカはコリンに対し、真顔でとてつもなく空虚な目を向け、それから気を落ち着けるように深呼吸し続けた――、


「少し考えれば分かることだと思いますが」


 前置きがおこな感情を表しているね。


「狩人や兵士になるのは人脈がなかったので諦めたんです」


 なるほど。確かに山籠りしていたって言ってたもんね。ゼロから築き上げるのは大変か。獣人に成り済ましていたのは、その辺の事情も関わってたりするのかもね。


「奴隷の道を選んだのは、それもありますが、もちろん自分の成長のためですよ――」


「は? 意味わっかんねー」


 コリンが敵意剥き出しに肩を竦めたけど、ルルカは無視を決め込み、続ける。


「――あえて過酷な環境に身を置くことで、精神に負荷をかけて、私は精神的にも成長を遂げたということですよ――」


「そうですかー、すごいですねー」


 コリンが棒読みで割り込むも、ルルカはスルー。


「美味しくない冷や飯を食べさせながら、時に空腹にも耐えながら……」


 そう言って、くずおれるルルカ。「飯と言っても、このあたりの主食はパンですので固くて美味しくないパンの事ですからね」と小声で補足説明すると、部屋の明かりがなぜか消え、謎のスポットライトがルルカを照らす。

 そして。すぐ明かりが点き謎のスポットライトが消える。


「――あっ、もちろん限度はあります。耐え兼ねた場合はその辺の魔物狩って食べてました――」


 ルルカはぴこんと起き上がり、刀を振るジェスチャーで狩りを示し、さらにお食事のジェスチャーをして――、


「――まあ、そんなこんなで主人の命令に従う忠実な奴隷と化すことで、私はとても忍耐強くなりました。はい」


 ルルカはパンと手を打ちならして締めた。

 つらつらと力説したルルカの語り口は、実体験だからか真に迫っていた。身ぶり手振りも加えてたしね。


「うわー、変態だー、とんでもない変態だー、ここに変態がいるぞー!」


 コリンがそれを聞いて、触れ回るかのように感想を言った。辛辣しんらつ


「その考え方が、まごうことなきど変態なんだけどね……やっぱマゾじゃん……」


 お姉ちゃんが呆れたようにそうぼやく。辛辣ぅ!


「努力家といってくださいな。――あんまり変態、変態言うなら、ご主人様といえどぶっ殺しますよ?」


 さらっとぶっ殺すって言ったよ……? うわーお、殺意マックスゥ! これはまずいなぁ……。


「じゃ……じゃあ、つまりルルカも来るってこと……?」


 私が不穏な空気を変えるようにルルカにそう尋ねると――、


「もちろん。お供しますとも」


 ルルカは態度を一転し、にっこりと答えるのだった。

 というわけで。力を確かめるために、草原に向かうことが全会一致で可決された。


「あっ、そういえば私は、誰の所有という扱いなのでしょうか?」


 道すがらルルカが問う。


「実兎よ。ホブゴブリン討伐の報酬で買ったんだしね」


「えっ!? 私!?」


「そうですか。では実兎様がご主人様なのですね。同性のご主人様というのは、接しやすくてありがたいです」


「実兎、ちゃんとルルカを手懐けるのよ」


 お姉ちゃんがひそひそ声で耳打ちしてきた。


「わかったよ……」


 私は困りつつも了承した。『物ではなく一人の人間として扱う』という自分の言った言葉を思い出したから。ルルカの面倒は私が見てあげないと、自分から奴隷になった、かなりの変わり者だし、放っておけないのもあった。酔狂極めすぎだよ……。

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