お仕置き

 前からルームシェアする相手に奴隷購入を推奨する気満々だったのだろうコリンは、迷わずに奴隷商まで案内してくれた。

 ――あれ?

 私達三人は目撃した。

 奴隷商の前に、チャラ男と神父様がなぜかいたのだ。何してるんだろ……? と私は様子を見る。

 お姉ちゃんとコリンもそんな感じに思っているのかな……、三人の中には、神父様とチャラ男に声を掛けるものは居なかった。

 ――次の瞬間。神父様が、チャラ男に拳骨げんこつをお見舞いする。


「いでっ!」


「この馬鹿者! 修道士が性奴隷を買うなんて、流石に駄目に決まってるだろ!」


 ――性奴隷……!?

 たしかに、それは駄目だよね……。てか、昨日王女様拐われた責はどうなったの? 私が救出して有耶無耶? チャラ男と護衛で数十人は誘拐犯を倒したとは後に聞いたけど、なんかモヤモヤするなぁ……。懇意にしているとかで王女様の口添えかな……? 疑惑が渦巻き、私はチャラ男を白い目で見る。

 するとチャラ男が神父様の足にすり寄る。


「だってよぉ……」


 そうすがるチャラ男を、


「だってじゃない! 恥を知りなさい!」


 神父様が叱責した。


「ひぃぃ……」


 チャラ男はたじろいだ。

 これはつまり、チャラ男がやらかしたってことかな……? サナティス神の信徒は、奴隷はどうかはわからないけど、性奴隷は許されない、と。

 てか、昨日はぼろ雑巾だったのに、ピンピンしてるよ。復活はっや……。

 ――しかし、チャラ男はまたしても、ぼろ雑巾と似た状態と化すのだった。

 神父様が、もう一発拳骨をお見舞いすると、チャラ男は白目を剥いて気絶しちゃったから。


「加減を間違えたか……」


 神父様はそう呟いた。

 すると――、

 私は、コリンがここから逃げ出そうとしていることに気づく。

 なんで、コリンは逃げようとしてるのかな……?――などと、

 私が疑問に思ったのも束の間、神父様がこっちを向いた。


「ん? コリンじゃないか。それに眷属様まで……、もしや……」


 神父様が、勘づいたようにし、コリンをギロりと見た。


「――ギクッ!」


 ギクリとするコリンに、神父様が提案する。


「コリン、ここで懺悔ざんげなさい。そうすれば、多少は罰を軽くしよう」


「神父様ー……、実はー――」


 コリンは、奴隷の購入を推奨してしまったことを暴露した。


「なるほど……、そういうことか……」


 神父様は、神妙そうな顔で考え込むように腕を組む。


「ゆるしてー」


 コリンは懇願する。


「いや、簡単には許さんぞ、罰を受けて反省してもらおう」


 神父様は冷酷にそう言い放った。

 そんな神父様に向かってコリンが恨みがましい目を向け、


「嘘つきー! くたばれー!」


 などと、口汚く非難した。


「私は嘘などついてはいない。軽くしてやると言っただけだ。さあ、観念してあれを食らうがよい!」


「あれってまさかー……」


 コリンがみるみるうちに顔を青くしていく。心当たりがあるようだった。


「そのまさかだ」


 神父様がそう告げた。


「あれは、いやー!」


 コリンが跳び跳ね、そのまま脱兎だっとの如く、全力で逃走!


「――逃がさん!」


 神父様の手に二つの光の輪が突如降臨こうりん

 それを見た私は、光のドーナツみたいで美味しそう……とか、天使の輪みたい……とか、円形蛍光灯みたい……とか、思ってしまう。

 神父様は真顔で、スイッ! スイッ! と、二つの光の輪をフリスビーを投げるかのような動きで、コリンに向けて投げるッ!

 すると――、

 ――びゅーん、びゅーんと二つの光の輪が飛んでいく。

 そんな様は、まるで縁日でやる輪投げのようだった。

 計算し尽くされたかのような、ゆるーいカーブを描いて進んだ光の輪は、コリンに上から重なるように被さった。

 それは、お見事! と言ってしまいかねないくらいの精密な投擲とうてきだった。


「ひぎゃー! 離せー、離せー、クソ輪っか!!」


 コリンは抵抗するもむなしく――、

 ギュッと、コリンの両腕と両足が光の輪に縛り上げられてしまう。

 そのせいか、バランスがとれなくなったコリンはスッ転ぶ。

 両腕に巻き付いた方の光の輪は、お腹にまで食い込んでいった。


「うぐぉ……、中身が出ちゃうー!!」


 と、コリンが言うと、ちょっと光の輪の拘束が緩まった。

 それでも逃れられないような締めっぷりだけど……。

 やがて。神父様が、スッと手を上方向に動かす。

 すると、まるでそれに連動するかのように――、

 光の輪が、コリンを引っ張り起こした。

 そして。神父様の光の輪に対する巧みな誘導でコリンは、無理やり身体の向きを調整させられ、神父様の方向へと向き直る形となった。

 神父様がコリンの元へ歩みを進める。


「フォトン――ぐふぉ……」


 コリンは魔法を起こそうとするも、神父様がグッと腕を握ると、光の輪がキツく絞まり、詠唱を妨害する。


「やめろー、来るなー! 死ねー!!」


 魔法で抗えないコリンは、じたばたと暴れながら、攻撃できなきゃ変わりに口撃だとばかりに口をめいいっぱい開いて神父様へととんでもない暴言をぶつける。目は殺意に満ち満ちていた。

 その様は、癇癪かんしゃくを起こした子供のようだ。死ねとはまあ……、とにかくひどい……。


『…………うわぁ……』


 私とお姉ちゃんは、豹変したコリンを冷ややかな目で見た。おまけに、私は擁護しようという気が失くなってしまっていた。どんなお仕置きかはわからないけれど、命に関わらない限り見守ることにする。

 お姉ちゃんも動こうとしないので傍観することに決めたのだろうか? もしあれで、コリンに失望して、「もう仲間とは呼ばない」とか言ったら、どうしようか……。まあ、その時は私が仲を取り成すか、あっ神父様が何か発言するようだよ――


「愚かですね……」


 そう言って神父様は菩薩ぼさつ様のように微笑んだ。

 そんな神父様は、《おこ》の状態に見えた。

 つまり怒っているようだったということ。

 そして、光の輪の力か、コリンの体勢が神父様に向けて、お尻を差し出すようなものへと変えられる。

 ――もしかして、コリンへのお仕置きって、エッチな方?

 とか私は考えてしまう……。

 そんなわけなかった。


「女神の眷属様に奴隷の購入を推奨するとは、修道士にあるまじき行い! 不届き千万! 恥を知りなさい!」


 神父様がバットのようなものを取り出す。

 もしや、ケツバットってやつを……? と私が思ったのも束の間――、

 神父様は、バット? を思いっきり振り上げ、


「渇ッ!」


 と、叫び声をあげながら――、

 力一杯振り切るフルスイング

 コリンのぷりっとしたお尻がバシンッと叩かれた。


「――ひぎぃっ!!」


 コリンの悲鳴。


(いたそう……)


 身体の中を、電撃が駆け抜けたかのような痛みが走ったと思われるコリンは、足をガクガクぷるぷるし、やがて、立っていられなくなったのか、地べたへと両手と両膝をついてしまう。

 そうして出来上がった四つん這いは、まるで、ワンコのポーズのようだった。


「参ったか!! これにこりて――」


 神父様が何かを言おうとしているのを――、


「――ぎゃー! お尻が二つに割れるー! ごめんなさいー!」


 そう言って、コリンがさえぎってしまう。

 四つん這い状態のコリンは、お尻を両手でさすりながら涙目で謝ったのだ。――ひどく素っ頓狂とんきょうな調子で。


「そんなくだらない冗句を言うとは、反省が足りんぞ!」


 神父様はコリンのお尻へと、もう一発、お見舞いする。


「もうしませんー! ゆるしてー! 私、おかしくなっちゃうー!」


 なぜか頬を染めたコリンの、口からはよだれが垂れていた。ビクンビクンしている。

 ――あれ、目覚めちゃった感じ……? 実は気持ちよかったのかな……?

 まさか……ね……。


「以降は気を付けるように」


 神父様がそう忠告すると、光の輪が砕けていった。

 拘束を解いてあげたのだろう。


「はーい……」


 コリンは、地べたへと突っ伏したまま、しょんぼりとそう返事をするのだった。

 まあ、これぞ……。男女平等だね……。ドンマイコリン……。そんな風に私が、コリンを哀れに思っていると――、

 神父様が私とお姉ちゃんを見た。ちなみに、お姉ちゃんはそんなコリンに呆れた様子でふかーく嘆息してた……。あっ、神父様がなんか喋るようだよ――


「……ですが。正しき心持ちで奴隷を購入したいのなら、私は引き留めはしません。結局は眷属様のお気持ち次第です」


 えっと、つまり噛み砕くと、奴隷を購入するのはとがめはしないけれど、優しくしてあげてね。ってことかな……。逆に、遠回しに、奴隷を買わないでくれとお願いされたようにも思えるなぁ……、どっちだろ……。

 ……とかなんとか、私が神父様の言葉を推し量ろうとしているとお姉ちゃんが神父様に反応する、


「…………はぁ」


 お姉ちゃんは神妙そうにそう答えた。神父様の真意をあんまり理解していないように思えた。よく見るとお姉ちゃんの目が困惑に揺れ動いている、これは「どうすればいいのー、やっべ、わかんね……」って顔かな……。

 ――そっか。お姉ちゃん、難しい話になると頭いたくなっちゃうタイプだもんね……。

 と、お姉ちゃんの役立たずっぷりをみかねた私は、神父様の目をしっかりと見て、


「購入するからには、物ではなく、一人の人間として扱うとお約束します」


 そう力強く宣言した。我ながら素晴らしい誓いだと思う。

 けれど、神父様の心にはあんまり響かなかったのか、微妙な顔をしてため息をついた、そしてそのまま続ける、


「……そうですか。まあ、眷属様のお仲間が一人でも増えるのは喜ばしいことですし。今は、それでよろしいでしょう」


 喜ばしいとか言っているけれど、言い方が、あんまり喜ばしそうには見えなかったなぁ……。まあ、とりあえず、納得してくれたということなのかな……? 『今は』の部分をやけに強調して言ってたなぁ……などと私がそんな神父様に内心当惑していると、コリンがピクリと動く、


「いいんじゃん! じゃあなんで私怒られたの!?」


 コリンは、身体は地べたと密着したまま、顔だけをあげ、神父様にぷりぷりと文句を言った。

 すると、そんなコリンに対し、神父様はやれやれとばかりに両手と首を動かして、ふかーくため息をついた。

 そして、コリンの目を見えて、


「さっきも言っただろう。色々とまずいのだ。法で禁じられてはいないとはいえ、堂々と修道士、それに眷属様がこういう場に立ち入るのは、信徒の心象に関わるのだよ……。悪い待遇からの救済のために、修道院、孤児院が時折、奴隷を引き取るのとはまた違うのだ。もし、眷属様が入っても、ここで待機していなさい。わかったね」


 語り聞かせるようにそう言った。


「はーい……。まあ、しょうがないかー……」


 コリンがやや不満げにそう答える。ちなみに、コリンは、まだ起き上がれていない。さっきから、起き上がろうと蠢いているのだけど、どうしても起き上がれないようであった。


「コリン、あんまり眷属様に迷惑かけるでないぞ」


「わかってるよー」


 コリンが伏せた体勢のままそう返事をすると、神父様は若干不安そうな表情を浮かべたものの、帰るつもりなのか踵を返す。


 ついでとばかりに、神父様はチャラ男の首根っこを引きって連れていく。

 そうやって、神父様に引き摺られている内に、チャラ男が目覚めた。


「あれ……今の美女とのイチャラブは……、……夢だったのか……」


「まったく……。ゼファー、君と来たら……」


 神父様は嘆息し、そのまま続けた。


「ゼファー、性奴隷を購入しウハウハ奴隷ハーレムを送ろうとした君は、拳骨数発程度では許さんぞ……。君はこれから地獄をみることになる。覚悟せよ……」


「ひぇぇぇえ、お許しをー!!」


 とか言い合いながら、去っていった。

 おそらく、修道院に戻ったのだろう……。

 私とお姉ちゃん、そしてコリンは目をつぶり、両手を合わせ、チャラ男のご冥福をお祈りするのだった……。

 チャラ男――スケベなやつだったよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る