共有と提案

「実兎、朝よ、起きなさい」


 お姉ちゃんの声がした。身体を揺すられている。

 意識がちょっとずつはっきりしてきた……けど……、私は目を開けられなかった。


「ううん……まだ眠いよ……」


 そう寝言のように答える。


「もう、相変わらず、寝坊助なんだから……。こうなったら――」


 ――うっ……寒い!

 どうやらお姉ちゃんに、布団を捲りあげられたらしい。

 そしたら、横向きに寝てたのに、無理やり仰向け状態にさせられた。

 さらに、私の両胸に何かが触れてくる。

 しかもそれは、めり込んでくる五つ股の何か――というか指!

 と、次の瞬間。

 私のおっぱいが、ぐわしと鷲掴みにされた。


「――ひゃうん!?」


 思わず、私は声をあげてしまう。

 ――これは……まさか!

 心当たりが大いにあった。


「秘技――おっぱいこねこね!」


 お姉ちゃんがそう言って、粘土を捏ねるかのように、おっぱいを揉んできた。

 ……そう。朝が弱い私は、こうやって起こされることがよくあるのである。


「……んっ! ……うっ! やめてっ! お姉ちゃんっ! 起きるからぁ……」


 私は息を荒くしながらも、お姉ちゃんの両腕を突っぱねた。


(もう、お姉ちゃんったら……。朝からエッチな気分になっちゃったじゃん……)


 と、心中で思い、私は唇をとがらせた。

 そして、恨みがましくお姉ちゃんをにらみ付ける。


「うん。相変わらず、いい感触ね! 私も元気出たし、ひとまず、今日はこの辺で勘弁してあげるわね」


 満足げにそう言うお姉ちゃんを見て、


「……むぅ」


 対して、私は不満げにそう漏らすのだった。


「さあ、着替えて、新居に行くわよ!」


「新居!?」


 私は唐突なお姉ちゃんの進言に目を見開いた。


「急いで着替えないと置いていくわよ!」


 お姉ちゃんはそう言って部屋を出ていってしまった。

 置いていくようなことは流石にしないだろうけれど、小言を一杯言われそう。


「――ま、まってよ!! お姉ちゃん」


 私は、慌てて着替えて、出る準備を始めるのだった――。




 できる限りのスピードで準備を終えてお姉ちゃんの後を追うように出る。

 お姉ちゃんは宿屋のエントランスで腕と足を組んでふんずり返って待っていて、ため息混じりに声を掛けてきた。


「もう、遅かったじゃない……。おかげで何度か変なのに絡まれちゃちゃったじゃないの、追っ払ったけど」


 私が全面的に悪いから、すっごく申し訳ない気分になった。


「……ごめんね。けど……、寝癖整えたり、歯を磨いたり、トイレにいったり、色々準備があるじゃん……」


「…………まあいいわ……。――ほら、シャキッとして、服乱れてるわよ」


 そう言って、お姉ちゃんが、私の服のしわになっているところを引っ張ったりして直してくれた。


「あっ、ありがと」


「いくわよ」


 お姉ちゃんに手をぐいっ、と引っ張られた。

 これじゃあ、私、飼い主に引っ張られる犬じゃん……と心中で思い、私はなんだかんだ面倒見のいいお姉ちゃんとだらしない自分の関係性に苦笑した。

 お姉ちゃんが言うには、今度は王様のパシりとしてルーシアが寝ぼけた様子で早朝に尋ねてきて、


「転移をこんな風に利用されるから、なるべく王城から姿を消しているというのに。御父が献上されたというミードの誘惑に負けてしまった……とても眠い」


 ルーシア王女がふらっと傾く。柚月は慌てて身体を支えにいった。


「ちょっと、ルーシア王女ってば、大丈夫なの? あと取り締まる法がないからってそんな早くからお酒は駄目よ」


「駄目っすね。これとこれを渡すだけでいいらしいし、眠いし帰る。……ん? ていうか、あれ、お酒なんて言ったっけ? ……あ、ミードって、お酒だったのか。クソ、飲めないというのに。御父め……、蜂蜜ドリンクとか上手いこと言いおってからに……。眠くて理解力が鈍いうちに嵌められた。まあ、とりあえず柚月に罪は無いし、素直に渡しとくよ」


 そうして、虚空に手を伸ばしたルーシアから、家を用意したという旨の私宛の手紙(地図付き)と、昨日王女様に貸した服が洗濯されて返されたそう。


「そういえば柚月と妹の実兎ってサナティス神の眷族なんだって?」


「……ええ」


「さっき御父から聞かされて度肝を抜かれたよ。それなら態度を改めないといけないかもなー」


「別にそんなのいいわよ。気にしなくて」


「いや、サナティス神の顰蹙を買いたくないし」


 気怠げだったルーシア王女がピシッと居住まいを正して、


「以降、気を付けます」


 とっても真面目な顔つきになった。


「いやいや、無理しないで。サナだってそんなことで怒ったりしないはずだから」


 柚月がそう伝えると、ルーシア王女は一気に脱力した。


「そう? ならいいんだけど……。じゃあ、そろそろ帰るね。朝から転移なんて使ったから余計に眠くなっちゃってさ……」


 ルーシア王女が欠伸まじりに言う。


「わざわざどうもありがとう……。迷惑かけたみたいでごめんなさいね」


「ううん、別に」


「帰り気を付けなさいよ。転移ですぐだろうけど……」


「そう思うなら、変なところに転移しないことを祈っといて」


「ええ……」


 ってやり取りがあったそうな。

 というわけで、地図に従い、新居へと向かう。

 ぷらぷらと歩いていると、


「段々と建物のレベルが上がっているような……」


 お姉ちゃんが呟いたので、


「うん、立派な家が多くなってきたよね」


 頷いて肯定する。高級住宅街の区画ってやつに入ってしまったようだった。


「まあ、相応の立場になってしまったようだしね。VIP待遇でも受け入れましょうか」


「一応女神の眷族だしね」


 そんなことを話していると、やがて、地図が示す所へと着いたので、立ち止まった。


「えっと……、この建物かしら?」


 一際、立派な大きなお屋敷があった。

 貴族の住んでいそうなクラスの屋敷だった。

 庭もとんでもなく広々としている。噴水なんかもあった。


「広いね……」


「王様に感謝しなきゃね」


「うんうん」


 私たち姉妹が感無量になっていると、そこで、これまた大きなドアが開く。

 ――え、先に住んでる人いるの? これはもしや、王様の確認ミス?

 昨日のコリンの発言を思い出して、王様マジでボケてるんじゃないかと失礼なことを考えてしまうと、


「――あれ、コリン?」


 中から出てきた桃色の髪の少女――コリンと目があった。


「えっ? なんで、二人がここにー?」


 コリンは驚きに目を見開いていた。

 私たち姉妹は、新居となる予定の屋敷から出てくるコリンとばったり遭遇した。


『なんでやねん』


 私たち姉妹は口を揃えて、関西弁でツッコんだ。

 ホンマになんでやねん。




 私たち姉妹が提供された新居には、先客――コリンがいた。

 驚きつつもとりあえず、どういうわけでこうなったのか話を聞こうということになり、コリンの招きで、中へと入る。

 家の中は、豪勢で、見るからに高そうな豪華な家具、沢山の調度品が所狭しと飾られていた。

 私たちはそれらを眺めてあんぐりとしながら、先導するコリンに、若干気後れしながらも着いていく。

 やがて。コリンがとある部屋の前で立ち止まった。

 そして。大きな扉を開ける。扉の装飾も、凄くお洒落。

 コリンは先に、中へと入り――、


「ここが応接間ー」


 くるりんとまわり、ぱっ、と両手を広げ、どや顔した。

 応接間らしいその部屋も例に漏れず、豪勢だった。


「すっごいわね……」


「芸術品が一杯……」


 私たち姉妹は、圧倒されながらも応接間に入る。


「そうでしょう、そうでしょう」


 したり顔をしつつ、満足げにこくこくしたコリンは対面に並ぶソファーの片方を掌で示し、


「どうぞそちらに座ってー」


 と、言ってくれた。


 私たち姉妹は素直に従い、座る。

 そうして、三人で、ふっかふかのソファーに向かい合って座った。


「で、なんで、コリンが私たちの新居にいるのよ?」


 お姉ちゃんが口火を切り問い掛けると、「それはねー」と前置きしコリンが答える。


「ここが私の家だからだよー!」


 コリンが「ババババーン!」と両手を広げると――、

 サプライズー♪ とでもいうかのように、謎の紙吹雪が噴射し、すぐ消える。


「――な、なんですって!」


「――え! そうなの!?」


 私たち姉妹に電撃が走る! ――目を見開いておったまげた!!


「えっと……。つまりどういうこと?」


 落ち着いたお姉ちゃんが再度、コリンに問い掛ける。


「それはねー。ほーら、この家広いじゃん?」


 コリンは共感を求めるように言った。

 沈黙が場を包んだ。


「ごめんわかんない……、広いから何……?」


「広いから困ってたのー」


 コリンの煮え切らない発言に、


「つまり?」


 お姉ちゃんは苛立ったようにし、続きを促すように訊いた。


「部屋も多いしー、私一人じゃ、もて余しちゃってー、対象を女性に絞り、ルームシェア相手を募集したって訳さー! 家賃は取らないけど……維持費は取るよー! 庭師を度々雇ったり、色々お金がかかってねー。ご飯は自炊でいけるけど、仕送りだけでやりくりするのもそろそろ限界かもってのが本音なのー。かといって、婚約者がウザすぎて家に帰りたくないしさー。というわけで、働かざるもの食うべからずで、もちろん食費は捻出して貰うよー!」


「そういうことね」


「……なるほど」


 私たち姉妹は一応の納得を示した。

 これだけ広いとお金目当てで誰かに貸したくなるよね。維持費もあるし。コリン自身にも色々事情があるようだしね。

 ちなみにルームシェアというのは、何人かで部屋を共有するってことだよ。


「じゃあ、次はとりあえず朝食だねー」


「ええ、そうね」


「うん」


「その為に食材を買いにいこうと思ってたんだけどー……」


 コリンが咎めるような目で、私たちを見る。


「まあ、しょうがないじゃない……文句はあの王様に言って頂戴」


「しっかり計らってくれなかった王様が悪い」


「じゃあ、ローゼフのせいってことでー」


『さんせー』


 全会一致でローゼフが悪者にされた。

 よって、朝食は有り合わせで済ませることとなった。


「そして、提案があるんだけどー」


 朝食を食べた後、コリンが唐突にそう切り出した。


「なにかしら?」


「これだけ広いと召し使いが欲しくなっちゃってねー。実家にはメイドがちゃんといるんだけど、別にいっかって、連れてこなかったんだー。まっ、そのうち、誰か来るでしょー」


「……あはは」


 テキトーだなと苦笑い。


「まあ、それでも今は来てないから困ってるってわけさー。現地調達をしようともしたんだけど、人を見分けるのってなかなか難しくってさー」


 すると、お姉ちゃんがうんうんと頷いて相槌を打つ。


「わかるー。こんな家持ってたら、下手な人雇えないし。家を任せるんだから、不安にもなるし。そもそも人の善悪なんて分かんないわよねー」


「そう、それなんだよー!」


 そこでコリン手をパンと叩く。


「それで。私は今や修道士だから立場的に難しいんだけどー、私の代わりに二人が奴隷を購入するのはどうだろー? ほら、奴隷ならそういう心配はあまりないし、商売する方も商売だからきちんと要望に答えてくれるはず! よもや変なのは押し付けては来ないだろうしねー。押し付けてきたら、ぶっ潰す」


「ほどほどに……」と私は物騒なこと言うコリンに若干引き気味。


 お姉ちゃんも、あはは、なんてから笑いしている。


「もちろん主人は二人のどちらか、もしくは両方でいいよー」


 奴隷かぁ……。メイドとかじゃないのは継続的にお給金を払わずに済むからかな? ケチったってことね。

 それって、どうなのかな……。

 奴隷を買ってこきつかうって、こっちの人にとっては当たり前な事かもしれないんだけど、私たちにとっては未知で忌避感を抱きかねない事だった。

 お姉ちゃんは難しい顔をし、考える素振りをみせる。


「……まあ、いい案な事は確かね」


 やがて、お姉ちゃんは渋々といった様子で頷いた。


「ミウちゃんは反対?」


 私が黙っていたからかコリンに訊かれた。


「ううん、特には」


 私も反対する理由はなかったので、頷いた。

 郷に入れば郷に従えっていうしね。

 こっちにはこっちの常識があるのだろう。


「そんじゃ早速行ってみよー、奴隷しょー


 なんかコリンがノリノリだ。私たちはあんまり気が乗ってこないけど、合わせてあげる。


『……おー』


 そうして、屋敷を出て、私たち三人は奴隷商へと向かう。

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