事後処理

 私は、倒れる実兎みうを、心ここにあらずといった有り様で、ただ呆然と眺めていた。


「ホブゴブリンは確かに死にました。おそらく首領だったのでしょう、ゴブリンたちも撤退したようですね。しかし、このホブゴブリンの遺骸からは死してなお、妙な威圧感を感じます。それもかなり強めの。特異な個体だったのでしょうか……」


「ここになんかの破片があるな。こいつの魔石か?」


「ゼファーさん、勝手に……。……ちょっと貸してください!? これは禍々しい力を秘めている……?」


 ゼファーと話す何者かはそれを詳しく検分した。


「なるほど。このホブゴブリンは、悪の手先の寵愛を受けたのでしょう。突然現れたように思えた、からくりはこれでしょうね」


「気配隠匿系統の改造ってことか?」


「でしょうね。あの隊長ですら、殺気出すまで気付けなかったんですから、相当ですよ」


「それは自分の戦いに集中していたからだろう。……まあ、愚鈍なゴブリンじゃなきゃ、もっとヤバかったかもな」


「愚鈍なゴブリンだからこそ、この能力を付ける余地があった。僕はそう思いますね」


「ほう。そういえば、心当たりがある。俺に生傷を付けたゴブリンはやたら強かった……気がする」


 歯切れが悪い。


「それはただゼファーさんが妙に頑丈だから、戦闘感が鈍ってるんじゃないんですか?」


 思い当たる節があるのか、ゼファーがギクリとする。


「……ともかく奴は、明確にユヅキさんを狙っていた。何か匂うな……」


「単純に悪の手先の雑兵だから神聖なる者を敵視した、というだけではないですね……」


「明らかに裏で糸を引いているものがいるよな……頓痴気姫がまたやらかしたとかだったら話は単純なんだがな……」


 ゼファーは遠い目をした。


「……。……やりかねねえ」


 ホブゴブリンの遺骸を観察する誰かの声をぼんやりと聞く。まだごちゃごちゃと会話が続いているけれど、心情的に今はそういうのを聞きたくないから、意識をそらす。

 すると、眼前ではセリファーが頭を下げていた。彼女は、私たちを守るために奮戦してくれたのだし、それに勝手に馬車を出たのは私たちだ。こうなった原因を彼女に問うつもりはない。いざというときに動けなかったのは私だ。だから。そんなに気にしないでほしい。

 直前まで、私の可愛い妹――実兎が、私の目の前でホブゴブリンを殺すという、私にとっては壮絶な出来事が繰り広げられていたのだ。放心するのも無理はなかった。

 肩を揺すられる。


「――ユヅキちゃん! ねえ、ユヅキちゃんったら!!」


 私を呼び掛ける声。――女性の声。――コリンの声が、私の意識を呼び覚ました。


「……コリン」


 意識を覚ました私は、視界がぼんやりとしている中、コリン――仲間であるピンクの髪の少女を見て、呟いた。

 常に、おっとりとしているはずの彼女の表情が、

 悲痛に歪んでいるのはなぜだろう?

 間延びした口調はどこいった?

 何らかの負荷が要因で低下したと思われる思考力でそんなことを気にして疑問に思っていると――、


「大丈夫?」


 と、続けて心配そうに声を掛けられた。


「……大丈夫じゃ……ない……」


 私はとても苦しんでいた。

 さっきまで起こっていた出来事が信じられない。


 ……私は何故動けなかった? 動かなかった?


 責めるように自問する。

 情けなくも、怖かった……。

 大きなゴブリンが……。

 いつもは妹を守るためならって意気込みで律っせるのに……、今回は無理だった。

 私にも、女の子な面はあったということか……。

 ――はは……、なんか笑えてきたな……。


 そして――、


 ……実兎は一体何をした?

 ……私は実兎に何をさせてしまった?

 ……実兎にあんな絶叫をあげさせたのは、誰?


 ――全部、私のせい?


 心が。ぐちゃぐちゃぐちゃとくらーくにごっていく。気がした。


 ――悪いのは私? 私なの? 私が?


 もう……。何が何だかわからない……。


「……ユヅキちゃん」


 そんな私を見てコリンは、さらに表情を歪めた。

 ――……ああ……、私……、なにやっているんだろう……、実兎……、コリン……、二人を苦しめて、心配させて――

 私の心が壊れようとしていた。

 しかし、――それは未然に防がれる。心が壊れるその前に、コリンに真正面から抱擁ほうようされたから。

 胸と胸が重なり合う。

 ――あっ……乳比べで負けた。

 コリンでっかいなぁ……。ちょっと羨ましい。

 そんな場違いな、感想が浮かんだ。


「ユヅキちゃん、ミウちゃんを苦しめたのは自分とでも、思っているのだろうけど……。ダメだよ、自分を責めちゃ!! 元気出して……。この後、とりあえず、美味しいものでも食べようよ? 私は元気なユヅキちゃんとミウちゃんが見たいよ……。まだちょっとの付き合いだけど、そう思えるだけ、二人の絆は強固で……それは素晴らしいものなんだよ!!」


 コリンはエスパーなのかしら……?

 完全に心を読まれている。

 いや、私の今の態度からなら、それくらい読めてしまうのかもしれない。

 なにはともあれ、そこまで言われたら……、立ち直らないわけにはいかないか……。

 ようやく、私の目が覚めた。


「うん、そうだね! 私は可愛い妹を看病する!! だから、元気出すよ!!」


 私は倒れている実兎を抱き上げた。

 お姫様抱っこである。

 わりと重い……というのは禁句……かな……。


「その意気だよー! よければ私も看病手伝うねー」


 コリンの口調がのんびりしたものに戻っていた。

 さっきまで、深刻な感じだったので、とても安心する。


「ありがと。協力してもらうわね。あと、コリンはやっぱりそののんびりした感じの方がいいね」


「えへへー、そーおー?」


「うん」


 私とコリンは笑みを交わし合い、元の馬車へと戻る。

 途中、右肩に包帯を巻いたゼファーが心配そうにこちらを見ているのに気付いた。

 空気を読んだのだろうゼファーからは、たった一言、「ミウちゃん、大丈夫か?」と聞かれるにとどまった。

 私がそれに、「大丈夫よ、芯は強い娘なんだから」と答えると、ゼファーは「……そうか」と心底安心したような顔をし、自分の馬車に戻っていった。

 怪我を負っているゼファーの方が心配なんだけど……。

 それは言わないお約束ってやつかしらね……。

 ちなみに、事後処理――つまり、ゴブリンたちの遺骸いがいの処理はもう済んだそうで、幸い、こちら側の怪我人はほとんど出なかったらしい。

 ゼファーが右肩やられたくらいか……。


 馬車に戻ったので、馬車を確認してみると、私たちの馬車はほとんど無傷だった。

 ゴブリンらから、護衛の人の貢献もあり、無事に守りきれていたみたいで安心した。護衛の人ったら、いざってときに居なかったけど。


「実兎は、このまま私の膝でいいよね……?」


「そうだねー。その方がミウちゃんに取っても安らかに眠れるだろうし、いいと思うよー」


 私は実兎を自らの膝に乗せ、馬車に揺られるのだった。

 コリンには悪いけれど、「着いたら、起こして」と言い残し、さっきまでの出来事で、疲労もあり、私はすぐに眠りに落ちてしまった。




「――ちゃん、着いたよー!」


 ちょんちょん。


「ねー、ユヅキちゃん!」


 ゆっさゆっさ。


「もー、ユヅキちゃん、いい加減起きてよー!」


 もう、なによ、うるさいわね……。

 耳元で大きな声がし、微睡まどろみという揺り篭に揺られていた私は目を覚ました。

 目の前にいたのは、ピンクの髪をした可愛い少女、修道服のような服を着ている。

 すると、膝に暖かみを感じて、実兎を膝枕していたことと、眠る直前までのことを思い出す。

 つまり、私を起こしてくれたのはコリンだ。


「起きたわ。ありがとね」


 と礼を言う。――サービスで、にこりという笑みを付けて。


「どういたしましてー」


 コリンも笑みを浮かべた。


「ありがとうごさいましたー」


 コリンが見送ると、セリファーを乗せ、馬車は去っていった。

 えっと……。どうやら目的地――たしか修道院だっけ?――に着いたということかしら。

 睡眠時間は短いのだろうけど……なんだか、夢を見た気がする。

 夢の内容は覚えていない。暖かいものだったような……、陰鬱いんうつとしたようなものだったような……まあ、夢の内容なんて、無理に思い出さずほどのことじゃないかもしれない。


「この建物だよー」


 コリンが目の前の建物を示した。

 ――あれ?

 私は、目の前にあった建物が、目的地とは違うということに気付く。


「ここ、宿屋じゃん?」


「当たり前でしょー、あんなことがあったんだしー……、ユヅキちゃんは今日はもう夜ごはん食べて寝るんだよー、もちろん神父さんも私と同意見だよー」


「……そっか」


 たしかに、そうかもしれないわね……。

 今日はもう、難しいお話しをする気分じゃないし……。


「色々ありがとね、コリン」


 私は、コリンが上手くはからってくれたことに感謝する。


「どういたしましてー、じゃあ、お食事行こっかー時間的にもちょうどいいしー」


 そう。コリンの言う通り、もう太陽は隠れて、お月様の時間なのだ。しかも、見上げると、マジでお月様あった! 異世界なのに!?

 まんまるのお月様を見て、はしゃいだテンションのまま、答えた。


「うん! そうね! 結構な量のスプラッター見ちゃったから、もりもり食べれるか心配だけど……」


「あれ急に元気でたねー、というかもりもり食べる気だったんだー?」


「当然よ! この世界の料理、気になるしね!」


 というわけで。宿屋に入った私たちは、早速言い匂いが漂ってくる食堂へと向か――おうとして、食欲をこらええながら踏みとどまり、カウンターへ向かい、一部屋、部屋を取る。

 チャリッと鍵を受け取り、実兎を部屋で寝かせて、しっかり戸締まり。

 そうして、改めて食堂へと向かった。




「ご飯奢るよー、おすすめのを注文しとくねー」


 鬼が出るか蛇が出るかといった心構えになりつつ、コリンにメニューを注文してもらい、食堂で出されたのは、鳥の照り焼きだった。

 これって、もしかして、私たちの世界でいう、鶏かしら……?

 鳥の照り焼きは、どう見ても、照り焼きチキンだった。

 そして。パンと山盛りの野菜付き。

 野菜も食べろと言うことなのだろう。

 飲み物はお水にした。珈琲、紅茶もあるみたいだけど(流石に緑茶は無いみたいかな)……、今は飲む気分じゃない……。


「鳥肉はこの世界でも牛や豚と並ぶくらいメジャーな食肉なんだよー」


「へー」


 疲れているので雑に返事をする。

 とりあえず、鶏がコカトリス・牛がミノタウロス・豚がオーク……とかじゃなくてよかったわ。

 そんなことを考えながら、コリンとお食事を楽しんだ。

 ちなみに、お代はコリンのおごりだった。

 ゴブリン討伐で懐が暖かくなったのでー、とのことらしい。

 初めて食べた異世界の料理は、照り焼きチキンの味がして、とても美味しかった。

 ちなみに、コリンは結構お上品で洗練された所作で食べていた、バカっぽいのに。

 お食事を終えると「ミウちゃんと二人きりの夜を楽しんでー」と言い残して、コリンは自宅へと帰っていった。

 コリンを送り出した私は、風呂に入り、宿屋の部屋に戻る。

 実兎は無事にそこにいて安堵あんどした。かわいいからって、拐われたりしたら目も当てられない。

 さて、実兎は今日はもう起きる気配もないし、私も、もう寝ようかな。

 私は「おやすみ、実兎」と明かりを消した。




 翌朝。私は、宿に届いた実兎が遂げたゴブリン討伐一匹分の報酬、そして身分証のようなものを姉妹分受け取り、冒険の基本はお店巡りよねと、お店を巡る。すると道具屋でアイテムが保管できるアイテムボックスなる目ぼしいものを見つけたので、実兎の分も含めて買った。


《――霊装顕現が開花》


 サナが言ってた精霊の力が馴染んできたのか急に来たので、町の外の平原に出てやってみる。


《――雷鳴の三叉槍『無銘』を召喚》


 私は精神を統一し、呼び掛けた。名前を付けた方がいい感じらしいので名付けもする。


「出でよ! 雷鳴の三叉槍――サントラ君!」


 ビリビリバチバチし、三叉槍が現れる。

 と、同時にこれはあくまで演出であり即時召喚も可能であることが分かった。演出にここまで力を入れるとは、なかなか粋なことをしてくれる世界だ。しかも、この演出で攻撃も出来るらしい。面白いなぁ。

 そしたら昼になったので、宿に戻った。

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