VSゴブリン。旧ミネスト領トマト畑跡にて

 命のやり取りが目の前で行われているのに、戦々恐々としていた私たち姉妹。

 ――いつまでも、呆けてはいられないよね……。

 私は、なんとか立ち直る。

 そして、隣で目を点にしているお姉ちゃんの肩を揺すった。


「お姉ちゃん、しっかりして!」


「……! ごめん、実兎。ありがとう」


「ううん……気持ちはわかるけれど……呆けていたら危ないかも……みんなが馬車を守るために戦ってくれているとはいえ、ゴブリンがこっちに来ないとも限らないし……」


 私は、ゴブリンの動向を警戒しながら、そう言った。

 お姉ちゃんが、ごもっともとでもいうかのように、頷く。


「そうね。ここは戦場なんだし……、うっかりしてたら命を落としかねないわね……」


 お姉ちゃんの言葉を聞きながら、そう、ここは――なんだ。と、私ははっきりと認識し、深く刻み込んだ。そんな思考に割り込むかのように、


「一匹ずつ切り伏せるの、めんどくさいから、戦闘スタイル変更するよー。集中するから動けなくなるけど、まあ愚鈍なゴブリン相手ならいっかー。見る限り遠距離攻撃手段ないみたいだしねー。改めてこうじょー口上。残念だったねー。キミたちの人生は、ここで終わりだよー!」


 戦場に似つかわしくない緩い声がして、発声元に、目を向けた。

 すると。


「多量顕現――指揮コマンド!」


 そこで、コリンがゴブリンの集団に立ち向かっている様子を見た。


じゅーりん蹂躙♪ とーばつ討伐♪ 私の勝率、なんと100パー!? いぇい、いぇーい♪」


 という頓珍漢な歌を歌いながら、コリンは指揮者が指揮棒を振るかのように、指を振っていた。

 その仕草は、まるで何かを動かしているかのようだった。

 そして、コリンの傍らには沢山の光の剣が浮いていた。


「あれは……コリンの魔法……なの?」


 私が呟くと、お姉ちゃんがそれに反応した。


「そう……みたいね。あの剣は、コリンの指の動きと連動しているわ」


 お姉ちゃんはそう分析したようだ。

 たしかにそうかも、と私は納得する。お姉ちゃんの言う通り、コリンが指揮をするのは――あの煌めく光の剣みたい。

 その光の剣が、次々とゴブリンらに突き刺さっていく。

 そして。ゴブリンに深く突き刺さった光の剣が消え、穴となったところから、どす黒い血がぶしゃーと吹き出した。

 ――私は、吐き気を催した……。口元を抑える。

 突きだけではなく薙ぎを遂行する光の剣もあり、綺麗な切断面とか……、臓物とか……が目に入ってしまった。かなりグロい……。グロすぎて……吐き気が……。

 手を口元に持っていく私を置いてきぼりにして、事態は進む。

 光の剣から攻撃を受けたゴブリンは、バタバタバタと倒れていった。

 色々なものを撒き散らしながら……。

 コリンによるものだけではなく、あっちこっちで、そんなグロ画像のバーゲンセールが繰り広げられている。

 ゴブリンが狩られていく……惨状を見てしまった私は、


「…………うっ……、おぇぇ……」


 涙を流しながら、嗚咽おえつした。


「実兎、大丈夫……?」


 自分も気持ち悪いのかお姉ちゃんは自らの口元を抑えながらも、私の背中を擦ってくれた。

 お姉ちゃんが頑張って耐えているのを見て、私も触発される。

 ――このままじゃダメだ……。

 

「……これからは、スプラッターにも耐えないといけないんだね……」


 そう言って、苦しいながらも私はなんとか立ち直る。

 ……まだ、すっごく気持ち悪いけど……。


「コリン、すごいね……」


 他のゴブリンにも果敢に立ち向かっていき蹂躙していく、コリンの勇姿を見ながら私は言った。


「そうね……。私たちもあのくらい出来るようになるのかしら……?」


「かもね……」


 本当に、コリンは凄いよ……。

 あんなグロ画像見ても、平気で、どんどん殺ってるし……。

 むしろ、嬉々として殺っているように見えるのは、おそらく、気のせいだろう……。

 気のせいだと思いたい……。

 私たちがコリンをめていると、


《――耐性『スプラッター』を獲得》


 急に、身体に新たな力が流れ込んできたかのような感覚が訪れる。


「あっ、なんか、ビビッと来たわ」


「私も……スプラッター耐性? ……って……なんだろ? そういえば、サナが耐性を獲得したら分かるようにしておくとか言っていたような……」


「たぶんそれよね。ゲームみたいな感じで、スプラッターを経験したことにより、耐性が身に付いたのかしら?」


 お姉ちゃんがそう推理する。


「……そうかもね」


 そう応える私は、悔しさに包まれていた。

 たとえ、そうだったとしても、納得がいかないよ!

 正直、もっと早く欲しかったのに!


「あれ見ても吐き気はしなくなった。でも、嫌なものは嫌ね……」


 耐性が付いたからといって、グロに慣れる私たちではなかった……。

 ビジュアル的にも、乙女の一人としても、なんとしても、ゲロだけは絶対吐かないようにしないとダメだなぁ……。

 ……これはなかなかの苦難だね……。


「だけど、慣れるしかないよね」


「ええ……」


 グロを相手に立ち向かおうと頑張る私たち姉妹だった。




「あら、武器が積載されているわ」


 馬車に武器があることに気づいたお姉ちゃんが、その中から槍を手に取った。


「やっぱり扱いやすい武器がいいわよね」


 お姉ちゃんは、私にも槍を渡そうとするけれど、私はやんわりと拒否する。


「あら。剣がいいのかしら?」


「うん」


「待ってて――はい」


 鉄の剣を渡された。ちょっと重みがあるけれど、振ってみると、わりといけた。

 これもサナのおかげかな。だとしたら、女神様々だね。


「これでもしゴブリンがこっちまで抜けて来ても、安心ね」


「そうだね」


 備えあれば憂いなし。来たら返り討ちにするとか、なんとかそんな心持ちで、ちょっとはりきったけれど。しかし、ゴブリンはまったく来なかった……。

 まあ、来ない方がいいけれど。なんかね。せっかくあげた気分が……。




 敵対するゴブリンも残り僅かとなり(ゴブリンの中には、不利を悟り、逃げていった少しばかり賢しいやつもいた。)戦いは、佳境に入っていった。

 護衛の騎士たちが剣を構え、襲いかかるゴブリンを返り討ちにする。

 大抵の人は鉄製と思わしき鎧なのだけど、一人だけ緋色の鎧の人がいる。めちゃくちゃ目立っている。

 その緋色の鎧の人は、真紅の剣を構えていた。

 騎士たちの中でも腕が立つらしく、ゴブリンたちを他の誰よりも俊敏な動きで斬り伏せていく。

 しかも、時々、剣から燃えたぎる炎を出して、遠隔攻撃も交えている。

 そうして、猛火にあぶられたゴブリンは、こんがり丸焼けを通り越し、真っ黒い炭になった。

 完成されて研ぎ澄まされた完璧な戦法に、私は感心を通り越し放心して、魅入ってしまっていた。

 近接も遠隔も強いなんて……。

 向かうところ敵なしといったところかな……。

 ――いつか、教えを乞いたいなぁ……。

 ああいう戦い方には憧れる。

 赤き鎧。赤い剣。紅蓮の炎。

 あの中には、どんなに格好いい人が入っているのだろう……。

 そうして騎士たちがゴブリンをバッサバッサと切り捨てたりメラメラと燃やしている中、神父様がめちゃくちゃ頑張っているのが、一際、目を引いた。

 お爺ちゃんなのに、「まだまだ若いもんに負けはせんぞー!」と咆哮ほうこうしながら、軽快に動き、杖――ファンタジー世界だからロッドかな?――を持って、「浄化します! ホーリーライト!!」と叫びながら、聖なる光を放っていた。

 もちろん味方を巻き込まないように。

 とても神々しく輝いているが、特に目がチカチカするなどの害は全くない。

 まあ、そもそもの話、戦闘の邪魔になるような技なら使わないか。

 むしろ、温かみと安心感を覚えた。

 それに対し、聖なる光をモロに浴びたゴブリンたちは、消滅していく。

 ゴブリンといえば、闇のイメージがある。

 だからこそ、効果は絶大だったのだろう。

 しかも、神父様のホーリーライトが及んだ範囲は、とても広かった。

 そして、その輝きも、威力も群を抜いていた。

 決しておとしめたいわけではないけれど、コリンの魔法(光の剣)の輝きと、つい比べてしまう。

 コリンもなかなかいい線いってはいるけれど、あそこまででは……。

 だけど、コリンなら、きっといつかあの域に達せれると、私は信じているよ。

 光の魔法の練度は、おそらく、信仰心に比例しているのだろうと思われる。

 流石は神父様といったところだろうか。

 ゴブリンは、一気に、その数を減らしていっていた。

 神父様によって、天に召されたゴブリンたちは、心なしか安らかな顔をしているような……、気がした……。

 一方、チャラ男はというと、神父様に、「下がりなさい」と言われてしまうほどに、苦戦していた……。私たちにいいところ見せるつもりだったのか、かなりの数を相手にして、失敗したみたい。

 肩をザクりとやられたのかそこから血をだくだく垂らしている……、大丈夫かな……?

 下がりながら、悔しそうにうつむいていたチャラ男は、修道女に手当てされている。

 その様は、

 ――頑張れ、チャラ男……。

 と、思わず、応援してしまうくらいに、痛々しかった。

 治療中のチャラ男と目があってしまった。

 私はドキリとする(ときめいたわけではない、天地がひっくり返ってもあり得ない、ただ単に見ていたことがバレたから、そうなっただけ)。

 チャラ男が何かを訴えるかのように、取り乱した様子で、身を乗り出して、


「ミウさん、ユヅキさん! 後ろ後ろ!!」


 と、全力で叫びながら、こちらを指差す。


「――ん? 後ろに何が……」


 私は怪訝けげんに思いながらも振り返る。

 ひときわ大きなゴブリン――おそらく、ホブゴブリン――と目があった。


「――ッ!」


 私が声にならない悲鳴を上げると、お姉ちゃんが「どうしたの!?」と心配の声をかけてくる。

 お姉ちゃんは、すぐにホブゴブリンに気付いて、私を庇うように前に出、槍で対処しようとする。しかし、ホブゴブリンの威圧感はすさまじく、迎え撃とうとしていたお姉ちゃんの動きは止まってしまい、へびにらままれたカエルごとく、石像のように固まってしまった。

 位置的にお姉ちゃんの方がホブゴブリンに近かったから、驚きも大きかったのだろう。

 ――その硬直は致命的だった。

 呆けているお姉ちゃんに向けて、無慈悲むじひにもホブゴブリンが巨大な棍棒を振りかぶる。

 そこから先は、時間がとてもゆっくりに感じた。

 後方から駆け寄ってくる複数人の足音。

 護衛の騎士たち、もしくは教会関係者だろうか。もしかすると、両方かもしれない。

 極限状態の中。

 ――助けに入ろうとしている皆が、魔法を発射しないのは、皮肉なことに私たちがホブゴブリンの盾となってしまっているからか……。――

 と、推測する。

 無情にも、ホブゴブリンがお姉ちゃんに向け、棍棒を振り下ろそうとした。私たちの馬車の近くに来ていたゴブリンを返り討ちにしたセリファーが慌てて闇の斬撃を放ったけれど、あらぬ方向へ。ふらりとし、頭を振っている。こんな時に虚弱体質が発動って……、

 ――もう間に合わないかもしれない……。

 こんな時、いつもなら――、私が『お姉ちゃん、助けて……』と、泣き叫び、お姉ちゃんが助けてくれる。

 でも、今回はそんな風に私が、いつも助けを求めるお姉ちゃんの、ピンチだった。


 ――お姉ちゃんを助けなきゃ。


 しかし、ホブゴブリンの威圧感が凄まじく、立ち向かえない――。

 勇気を振り絞って向き合うと、


《――耐性『威圧』を獲得》


 威圧感を振り払えた。

 そしたらホブゴブリンに向かって身体が動いていた。

 頭も動かさなくてはならない。なんとか倒す術を見つけ出さなくては――。

 鉄の剣で斬る? ――いや、こんななまくらには頼れない。ホブゴブリンの命脈を絶つことはかなわず、ポッキリ折れてしまうのが、予想できてしまった。

 もう、とにかく――。


 ――私が、お姉ちゃんを守らなきゃ!!


 そう強く思う。半ばやけくそ気味に。


《――氷魔法『氷礫アイスグラベル』が開花》


 すると、私の内から、溢れんばかりの力が沸き出した。もしかして、火事場の馬鹿力?

 これはなに……? などと、気にしている余裕はもはやなかった。事態は一刻を争うのだ。


「アイスグラベル!」


 私は内から涌き出る力の照準をホブゴブリンに向け、その内なる力の全てを解き放つ――。


 ――次の瞬間。


 私の手から氷の魔力がほとばしり、幾つかの氷の礫となった。その氷礫は暴威ぼういを振るった。

 ホブゴブリンの肩口より上を盛大に吹き飛ばしたのだ。それはそれは、えげつない威力だった。

 びちゃびちゃびちゃ。

 私は返り血のシャワーを浴びてしまう。本物の生き血だ。あの辺に生えているトマトだったらどんなに良かったか……。

 辺りへと撒き散らされる大量の血で視界が赤一色に染まった。

 やがて、視界が晴れる。

 私は、まず始めに、お姉ちゃんの安否を確認した。お姉ちゃんは傷一つ負っておらず無事だった。

 何故かお姉ちゃんは顔に驚愕きょうがくを張り付けていたけれど……。

 お姉ちゃんの無事に安堵あんどの息を漏らした私は、ホブゴブリンがどうなったかを自分の目で認識してしまった。

 ――そして言葉を完全に失った。

 そこにあったのは、肩より上がない、ホブゴブリン

 とてつもない暴威ぼうい蹂躙じゅうりんしたのだろう。

 怪物に食い散らかされたかのようにぐちゃぐちゃな断面をさらしている。

 流石にもう生きてはいないだろう……。

 ホブゴブリンは、断末魔の叫びすらあげれずに、肩より上をうしない、死んだのだ……。

 生きながらにして暴虐ぼうぎゃくに、身体を破戒はかいされたのだ……。

 その苦しみは、うかがい知れない……。

 しかも、屈強くっきょうな身体は立った状態のままになっている。

 ホブゴブリンの肩より上、あと棍棒だったものが、その近くにあった。

 ぐちゃぐちゃに撒き散らされた肉片と木片が、私が放ったと思われる氷の破片とボブゴブリンのどす黒い血が入り交じった血溜まりに浮いていた。

 濃厚に立ち上る死の香りに、私の身体はガチガチになり、やがて、ピクリとも動かなくなってしまった。

 眼球運動のみで、回りを見ると、騎士たちと教会関係者たちが立ちすくんでいた。

 中には、錯乱さくらんしているものもいた。

 錯乱する者を「みな見たか、これが眷属様の力じゃー!」と巧みになだめようとしている者もいた。――おぞましい力を振るってしまった気がする私視点では、それを恐怖する人たちを宥めているように見えた。実際は、宥めるというより、サナへの信仰心で言っているだけなのだろう――。

 だけど。今の私はそれどころじゃなかった……。


「……私が……これを……」


 私の口が動いて、うわ言が発される。

 どうやら私は、とんでもないことをしでかしてしまったらしい……

 心にメキメキメキとヒビが入っていく、そんな感じがした。


 ……あ……ああ………あああ…………。


 全てを理解したとき、事態のおぞましさに一気に身体が底冷えし、全身が震えに震える。

 ホブゴブリンのむくろで形成されたスプラッターの破壊力が、人よりも繊細せんさいな私のグロを許容できる範囲をとうとう越えてしまったのだろうか……。

 気付くと、私は絶叫していた。

 金属を切り裂けるかのような声の振動が大気を震わせる。

 自分から発されたとは思えないそんな声に驚いたりはしなかった。――いや、できなかった。

 もう既に、私の意識は朦朧もうろうとしていたから。あんな高威力の魔法を解き放ってしまったのだから、魔力切れというやつなのかもしれないし、もしくはホブゴブリンを惨殺してしまったことで精神がすり減ってしまったのかもしれない……、あるいはその両方か……。

 間もなく、ぐらりと私の身体が後方に倒れ込んだ。

 ――直後。目の前が真っ暗になった。

 それを最後に私の意識は途絶えるのだった……。

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