お墨付きなシスターとモノホンの魔物
そうこうしている内に、外に出た。
ともあれ、どうやら神殿のあるこの地は森林の奥深くの拓けた場所らしいね。
足元には階段があり、階段の先には馬車が複数台止まっていた。
「足元お気を付けて、お降り下さい」
それは神父様にも言えることではないのかな? と思ったけれど、
神父様は、お爺さんなのに健脚で危なげなく下ってる。
皆が階段を下り終えると、神父様が言った。
「私はあちらの馬車に乗ります。コリン、案内なさい。――おい、ゼファー、行くな。君じゃない、君には言ってないだろう」
神父様はシスターに声をかけたのに、お呼びでないチャラ男がこっちへ向かおうとしたので、神父様が腕を引き呼び止める。
「ちぇー」
悪態をついたチャラ男はゼファーと言うらしい。まあチャラ男でいいよね。
「何が悲しくて、こんな爺さんと……一緒に乗り込む護衛も男だしよぉ……」
失礼すぎ……。
神父様が鬼の形相。ありゃりゃ……、完全におこだね。
「修行が足りんな。今からでも、滝行するか? ちょうどいい滝があるから紹介するぞ」
「うげぇ……」
とチャラ男。青ざめていた。何か苦い思いででもあるらしい。
「すみませんでした。冗談でもやめてくれよ……」
そう言うチャラ男に神父様はにこりともしない。
「冗談じゃないんだが」
本気で言ってたみたい……。
そんな感じに言い合いながら、チャラ男は神父様に引き連れられていく。
まあそれはどうでもいいとして、神父様に呼ばれてシスターさんが反応した。
さっき擁護してくれたあの人だ。
巨乳で、綿菓子のようにふわふわのピンク色の髪をした彼女はコリンという名前らしい。
「はーい、神父様ー、任せてくださいー」
緩い返事を神父様にして、こちらに向かってくるコリン。
神父様にあの態度とは……、大物なのか、はたまた……。
コリンがとある馬車を示して、
「こちらの馬車にお乗りくださいませー。色々説明しますので、私も御相席よろしいでしょうかー?」
「良いですよ。色々聞かせてくださいね」
お姉ちゃんが答える。私も頷く。
コリンの案内で、私たち姉妹は馬車へと乗り込んだ。
やがてガコンと馬車が発進した。木漏れ日の差し込む林道を進んでゆく。
そして馬車の中。
お姉ちゃんとコリンが両サイドに座り、何故か私は真ん中に座らされることになった。ぎゅうぎゅうだ。
――あっちは一人なのに。
そう。目の前に護衛の女の子がいた。けれど、沈黙しているので背景として処理することに。――だけど、それじゃあ、扱い雑すぎるかも? と、思い直す。とりあえず、青い髪をしているから、青髪ちゃんと心のなかで呼んであげる。青白い顔をした薄幸そうな少女であり、存在感が希薄だった。肌に合わないのか、鎧は着ていなくて、軽装だった。
「なんで私が真ん中なの……?」
「実兎、この世界に来て、不安でしょ? だからよ」
「お姉ちゃん……」
血を分けた姉妹であるお姉ちゃんには、全てお見通しだったらしい。
私はさっきまでは、教団員の手前だったのもあり、平常心ぶってはいたけれど、内心不安でいっぱいだった。
私たち姉妹がそう見詰め合っていると、
「仲睦まじい姉妹さんですねー。なんだか羨ましいですー」
コリンが羨望のまなざしで見てきた。人差し指を口に当てている。
コリンは一人っ子なのかな? もしくは、姉妹・兄弟と険悪・疎遠?
そこで。コリンが何かに気づいたように、はっとする。
「あー、私ったら、名も名乗らずに申し訳ないですー。念のため改めて名乗りますねー。私はコリンですー。よろしくお願いしますー」
「別に敬語使わなくてもいいわよ」
「わかったー」
頷くコリン。
「歳、同じくらいでしょ?」
「んー。どうかなー?」
首を傾げるコリン。
「ん? まあいいわ。年齢は関係ないもの。仲良くしましょう」
言って、お姉ちゃんは手を差し出す。即座にコリンが握った。握手。もちろん私ともした。コリンがにへらーと笑う。私たちも微笑み、自己紹介。
「美里柚月、姉妹の姉の方よ」
お姉ちゃんは、右手を胸にポンとあてながら、言った。
「美里実兎、妹の方」
緊張が解れない……。ちょっと固かったかもしれない。コリンは気にしていないようだけど。
「じゃあ、ミウちゃんとユズキちゃんでいいかなー?」
コリンは二人の顔を見て、左右の手で私たち姉妹を示しながら訊いてきた。
「うん」
私は頷く。お姉ちゃんは若干不満気な顔をして、
「いいわ。あと、ズじゃなくてヅね」
指摘した。
コリンは「あちゃー」と、両の手を口に。そして、胸の前に両手をもっていった。
「ごめんねー、間違えちゃったー」
「いいわよ。別に。よくあることだしね」
寛大なお姉ちゃんに許されたコリンが「あっ、そうだった」と何かを思い出したように手を打った。
「私は女神様の冒険のお供にも選出されたから、これからも一緒だねー、神父様のお墨付きだよー」
とのことらしい。
というわけで、お墨付きなシスターコリンが仲間になったよ。めでたいね。
と冷静に受け入れるまでに落ち着いた対応とはいかず……、私たち姉妹はコリンの突然の仲間入りに困惑するのだった。
「これからよろしくね、コリン」
お姉ちゃんが新たな仲間を受け入れた。
「……よろしく、お願いします」
私も迎え入れる。
「うん」
コリンはにこっと笑みを浮かべた。
「えっと、あなたは?」
ふと、お姉ちゃんが、青髪ちゃんに聞いた。
「…………」
沈黙する青髪ちゃん。
「?」
お姉ちゃんが首をかしげる。
「この娘はセリファー・ラージスちゃん。護衛だよー。タレントは『虚弱体質』っていうデバフだけど、実力は折り紙つきだから安心してねー」
コリンが助け船を出した。
虚弱体質って……。
「セリファー、よろしくね」
「私からも」
私たち姉妹が挨拶すると、
「…………」
セリファーはコクりと頷いた。そして何故かコリンを見る。
お姉ちゃんはそれ以上追求しなかった。なにか事情がありそうだから、そっとしておくことにしたのかも。
そしてそのまま、私とセリファーを除く二人で
にしても、セリファーも全くしゃべらないけど、大丈夫かな? 無口なのかもね。
と思ったら、セリファーにじっと見据えられていたコリンが思い出したように言った。
「あっ、言い忘れてたよー。彼女、悪の所業で声が出なくなっちゃってねー。治す方法を模索してるんだー。特異な出で識字も出来なくてねー。今は意志疎通が難しいのー」
セリファーを指してコリンが言った。
「こら! それ、先に説明しなさいよ!」
お姉ちゃんが咎めた。
「ごめんねー、セリファーちゃん」
セリファーは『ううん』と頭を振った。
「というわけでー、この世界に来て右も左も分からない二人に先輩として指南を始めるよー」
コリンは改めて、話し始めた。
私たち姉妹は聞く姿勢に移る。
「まず警戒すべきはゴブリン。そこら中に生息しているんだよー」
「ほう」
結構重要な話だなぁ……。
「特にこの辺り、そのまんま神殿へ続く道って言うんだけどねー。林道を抜けると、ゴブリンの生息域と重なるから注意してねー」
「神聖な道なのになんで!?」
お姉ちゃんがすかさず突っ込んだ。
「近くに滅ぼされた町があるから住み着いちゃったんだよー」
「物騒ね。どんな町で誰が滅ぼしたの?」
「旧ミネスト公爵領だねー。サナノ神聖王国の第八王女レシア様の臣下である現騎士団長のローゼフが治める予定だったんだー。滅ぼしたのは悪の手先とか言われてるねー。そして、ゴブリンはただの雑兵かなー、一番数が多いのー」
「へぇー」
としか言いようがないだろう。
情報過多だし、ローゼフなんて知らんし。第八王女もだけど。というか、王女何人いるんだ……? あとサナノ神聖王国?
ふつふつとわく疑問を整理するのは大変だった。
頭がオーバーヒートしそう。
そんなこんなで、馬車に揺られていると――、
――キキィィィィ! と。
馬車が地面を荒削りしながら、急ストップ。
「きゃあっ!!」
急な停止にバランスを崩しそうになる私。
このままだと、馬車の壁に脳天がぶち当たってしまいかねない! 私が、あわやトマトケチャップを作成しそうになった――とそこで、救世主が現れる。
「おっとっとー」
と、馬車の急ストップという、緊急事態にしては、間の抜けた声を出したのは――コリンだ。
そのコリンは前に吹っ飛びそうになった私を横からダイレクトキャッチし、そのまま抱きすくめた。
その結果、私が飛び込むとなったのは、馬車の木の壁ではなく――、ボインと効果音が鳴りそうな程の凄いおっぱいだった。下手したら、谷間に挟まれてしまいそうだ。
抱き込まれた私は、コリンの包み込むような優しさに、母性をひしひしと感じるのだった。
しかし、状況は刻々と進み、私をそんな
私の意識は、次なる事柄へと移る。
『――敵襲だー!』
外から聞こえたのは、御者らの叫び。
馬車の急停止という、予兆はあったので、急ではないかもだけど……、私は恐怖におののいた。
「敵襲みたいだねー」
コリンが穏やかーに状況を復唱する。《敵襲》という危機的状況なのに、のんびりとしているように思えた。
余裕があるのか――、それとも非常時でもこんな調子なのか――、はわからないけれど……、そんな調子は、事実、たわやかなおっぱいとの相乗効果もあって、パニックに陥りそうになった私を落ち着いた状態にしてくれていた。
目の前にはおっぱいがあるため、様子は見えないけれど、お姉ちゃんがコリンに向けてツッコみを、入れるのが耳に入る。
「いやに落ち着いてるわね! 敵襲よ!? 危機が迫っているのよ!? ここは――迎撃するか、撤退するか、といった切羽詰まった局面でしょ! 作戦会議しなきゃでしょ!! いえ、するべきだわ!!」
コリンとは対照的に、お姉ちゃんは
視界は真っ暗で、動作は見えないけど、
それに答えたのは、
「その必要はないよー」
もちろんコリンである。
コリンはホールドしていた私を優しく放した。
あっ……。暖かかったのに……、と、今度はおっぱいではなく、名残惜しさに包まれる私。
「必要ないってどういうことよ」
お姉ちゃんが問い詰める。
「私が行ってくるねー」
答えになっていないような、答えを残し、コリンは馬車を出ていった。ちなみにセリファーも出たけれど、馬車の近くに陣取っているみたい。
暫くは待機するも、コリンもセリファーもなかなか戻ってこない。
お姉ちゃんが心配そうにしていた。
やがて、いつからか、お姉ちゃんは考える素振りを見せ始める。
そうして、結論を出したのだろう。
私の顔を見て、言う。
「美羽、私たちもいくわよ」
「うん、お姉ちゃん」
私は即座に頷いた。
私も戻ってこないコリンたちを不安に思っていたから……。
私たち姉妹は外へと出る。
馬車道を外れると、足元の土が柔いことに気づく。
どうやら、こっちの方はトマト畑の跡みたいだね。点々とトマトが植生しているし、あっちの方は麦畑だ。
馬車の内部よりも若干低温な、外の空気を感じながら、外の様子を目視した。
「うわっ……」
お姉ちゃんが、思わずといった様子で驚いた声を漏らす。私も驚いた。
――それもそのはず、外には、ファンタジーものでよくお見かけするあのゴブリンの群れが居たのだ。しかも、戦闘中だった。
ゴブリンらに対し、迎撃しているのは、教会関係者とおぼしき人々、加えて護衛の騎士もいる。
その中には、神父様、チャラ男、コリンも居た。
ゴブリンらは何匹か既に始末されていた。
今も、奮戦する味方陣営にて数を減らしている。
血のにおいがした。死のにおいがした。……命を散らす、ゴブリンの断末魔が聞こえてしまった。
だけど、それよりも――
私たちは、戦闘の様子よりも先に、ゴブリンの姿に目を奪われた。
脳が無意識に《ゴブリンの命が散っていっている》ということの認識を避けたのかもしれない。
「……本物のゴブリンなんて始めてみたよ……おっかないね……」
自分が発した声は、驚くほどに、感情が籠っていなかった。
「……私もよ……あれが、ゴブリンなのね……」
お姉ちゃんの声も、感情が抜け落ちてて、空っぽだった。
現実逃避気味に、私たち姉妹は、各々、呆然と、初めて見たゴブリンの感想を呟くのだった。
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