異世界に到着したよ

 友達サナ=女神サナティスに冒険者に選出されたことにより、異世界に渡ることになった私たち美里みさと姉妹。

 サナによる異世界に渡る儀式にかけられてから、混迷する意識。なんかぐわんぐわんした。

 数秒たった今は、落ち着いてきている。

 ……もうそろそろ異世界に着いた頃合いだよね?


《――『サナティス神の眷族』となりました》


《――タレント『氷使い』を獲得》


 タレントいきなり獲得しちゃったよ……。

 というか、目を開けていいのかな……?


「雷使い……?」


 呟きが聞こえたけれど、お姉ちゃん、隣にいるのかな? と、不安になったのも後押しし、両目を恐る恐る開けると、そこは、またもや儀式場のような空間だった。

 でも、先程とは微妙に違くて、壁は石造りっぽく、床は石畳。

 そこで気づく、自分の服装が不思議な感じの可愛い衣装に変わっていた。

 どうやらこれが、私の異世界での服ということらしい。

 流石、ファッションクイーン、サナといったところか、なかなかいいセンスをしている。

 布面積はちゃんとある。露出が増えたというわけではないので、そこはとても安心した。

 目の前に誰かが居るような気配がしたけれど、それはそれとして今は後回しに、隣を見る。お姉ちゃんが居た。

 お姉ちゃんの服は、微妙に私のよりも格好いい感じだった。

 私がスカートなのに対して、お姉ちゃんはズボンを履いている。

 おまけに視界に入った足元には、大きな魔方陣があった。

 お姉ちゃんの視点は目の前に釘付けだったので、私もお姉ちゃんの視線の先を見る。

 するとそこには、宗教人めいた衣装を着た人たちが居た。それを目視した途端に、萎縮いしゅくしてかしこまってしまう。

 その衣装を着てる人は計三人居た。顔を見るに、性別は、男性、男性、女性と思われる。

 いや、女性は確実に女性かな。

 だって、豊満な胸が衣装越しに、自己主張しているし。

 ――あれは……、私と同じくらいある……? それとももっと……?

 あまり主張したくはないけれど、私もそれなりのものを持っている。

 ちなみにお姉ちゃんは、私よりちょこっと小さい感じ。

 そんなことを考えていると、


「よくぞいらっしゃいました、女神様の眷属様!! 私はサナティス教の司祭グスタフです」


 先頭に居た如何にも私は神父です。――といった装いの初老の男性が、柔和な笑みを浮かべ、大仰な仕草を交え、歓迎してくれた。

 テンション高くて、元気なお爺さんだ。凄く優しそうな雰囲気を漂わせている。

 そんなお爺さん……じゃなかった神父様の発言のなかで一つ気になったワードがあった。


『サナティス教……?』


 安直すぎる宗教名に、私たち姉妹は呆気に取られた。お姉ちゃんと声が重なる。


「サナ……、じゃなかった女神サナティス……様? を崇める宗教ね。なるほど……」


 お姉ちゃんが小さく呟いた。納得したらしい。

 サナの信者の前だから当然だけど、めっちゃ言葉選んでるね。

 すると、神父様の後ろにいた二人も声をかけてきた。


「いらっしゃい、お嬢さん方」


「いらっしゃーい、貴方たちは姉妹かなー?」


 神父様の後ろにいるのは、若い男女、ぱっと見二人とも、私たちと同世代っぽい。

 男は特に興味を引かれないので割愛。

 女の子の方は緩い感じの喋り方。

 二人とも、ファンタジーめいてはいるけれど、落ち着いた色合いの修道服という感じの出で立ちで、おそらく修道士と思われる。言うならばブラザーとシスターさんかな。


「そうです。姉妹です。よろしくね」


 お姉ちゃんがそう答えて、シスターの方ににっこりと会釈した。あれ、お姉ちゃん……ブラザーの方には挨拶しないの?


「えっと……、よろしく」


 私もお姉ちゃんに続いて二人に会釈する。


「おいおい、姉さん……俺は、ねえ俺には」


 そんな私に満足そうな顔をしたブラザーは、今度は表情を不満そうなものにしてお姉ちゃんに詰め寄った。


「誰が姉さんよ……てかよくわかったわね。私が姉だって」


「ああ、そりゃあ、ね。大人びてるからなぁ」


「……私が子供っぽいって言うの……」


 思わず、話に割り込んだ。


「いやいや言ってない」


「いや、事実子供っぽいでしょ?」


「む……」


 お姉ちゃんに酷いこと言われた。


「と……ともかく。なんとなくぞんざいに扱っていい気がしたのよ、あなたは」


 お姉ちゃんは無理やり話を戻した。もう、まだ話は終わってないのに……。


「ひどいなぁ……」


 ブラザーが空笑い。


「冗談よ。あなたもよろしくね」


「あ、ああ……」


 終始お姉ちゃんのペースに飲まれていたブラザーだったけど……、忽然と何かに祈りだす。


「それにしても、こんな可愛いらしいお嬢様方が来てくださるなんて……、感激です。サナティス様には、感謝せねばなりませんね」


 恍惚の境地に至ったらしいブラザーが感極まったように言った。


「うげぇ……」


 お姉ちゃんがひいた。そういうタイプか……、と私もひいた。

 可愛らしいと褒められたけれど、素直に受け取りづらい。たぶん、心から言っているんだろうけれど、雰囲気が……ね。

 修道士らしいけれど、赤毛で軽薄な雰囲気を漂わせているのでブラザーでなく、チャラ男とする。


「いやほんと美しい」


「そ、それほどでも……」


 お姉ちゃんは、にじり寄ってくるチャラ男に、困ったようにそう言いながら、私を自分の後ろに守るようにして隠す。

 私にとって、チャラ男みたいな浮わついたのは苦手なタイプだった……。


「こら」


 そんなチャラ男の腕を引っ張り、神父様が注意した。


「君、眷属様まで口説く気かね。君は常日頃から素行が悪いのだから、神罰が下りかねない。よしたまえよ? 本当に」


 チャラ男の態度が目についたのか、語気が強く叱責とも受け取れる神父様の説教。


「へいへい、わかってますよ」


「もうー、駄目だよー、眷属様に迷惑お掛けしちゃー」


 ふわふわの桃色の髪をしたシスターさんにも言われてるじゃん。てか、シスターさん何処からか光輝く武器出しちゃってるよ……いつの間に。


「ちょっ、フォトンソード出すなよ……わかったから」


 神父様とシスターに睨まれ、わかってるのかわかってないのかそんな態度ですごすごとチャラ男は引っ込む。


「せっかく美少女見っけたのになぁ……分からず屋が二人もいるのが難点だ」


 おまけにがっかり気にため息までついている。

 ため息をつきたいのはこっちだっていうのに……。


「失礼、お見苦しい所をお見せしました」


「ごめんねー」


 神父様が、腰を折り謝意を示した。シスターさんも謝ってくれる。部下とはちょっと違うかもだけど、下のものの失態を上のものが謝るのはこの世界でもおんなじらしい。おっと、無自覚的にチャラ男をシスターより下に見ていた。歳も近そうだし、まあ、歳だけじゃ参考にならないけれど、同じくらいの立場かもしれない。


「いえいえ。あっ、私は美里柚月ゆづきです。柚月が名前です」


 お姉ちゃんが名乗った。

 私も名乗らなきゃ……。


「美里実兎みうです」


「ユヅキ様、ミウ様ですか。……ですが私は眷属様と呼ばせていただきます、悪しからず。色々聞きたい事もあるかと思いますが。ここでは場所が悪い。まずは私たちの修道院へと参りましょう。馬車へ案内します、着いてきてください」


「ええ、わかったわ」


「はい」


「こちらです」


 神父様が儀式場の出口を手で示しながら先導する。


「行こっか」


「うん」


 私たち姉妹は顔を見合せ頷き合い、言われた通りに着いていくことにした。知らない人に着いて行っちゃいけないっていうけれど、私たちはそれが適用されるほど子供じゃない……と思う。サナを信用していないわけではないけど、もしまかり間違ってこの人たちと敵対することとなっても、降りかかる火の粉はお姉ちゃんが払ってくれる……よね。

 ともかく。他に宛もないし、ここは現地人に身柄をゆだねよう。


「……」


 他人任せでいいのかな、という不安が脳裏によぎった。足を止めてしまう。


「……実兎?」


 お姉ちゃんが心配してくれる。


「なんでもないよ」


 けれど、サナを信じて進もう。

 そして隣にお姉ちゃんがいる事実は、私に、未知なる異世界を歩む勇気を与えた。




 儀式場を出ると、大きな建物の内部かのような広々とした通路に出た。

 真っ白……と緑。屋内なのに、若干苔むしている。――というか謎に光っている苔まである。さっきの儀式場は特別に綺麗だったので、変な感じがする。


「植物はただ無造作に生えているわけではありません。きちんと計算されています。言うならば自然との調和! 素晴らしいでしょう?」


 私の心のうちを読んだようなタイミングで語りだした神父様、私が呆気にとられている間に、語り終えた神父様がこちらに振り向く。誇らしげな表情をしている神父様に、同意を求められてるような感じがした。


「え、ええ……」


 お姉ちゃんが冷や汗を浮かべるので、私も一応頷いておく。


「……なるほど」


 自然との調和ね。

 すると、シスターさんが寄ってきてこっそり?(にしては声があまり潜められていない)教えてくれた。


「後援してくれてたミネスト家が大惨事で、管理が行き届いていないだけですー」


『へ、へぇー』


 私たち姉妹のリアクションは微妙なものとなってしまった。

 ぶっちゃけられても困るよね。

 にしても、人気がない。

 ここは、本来、あまり人が出入りしない場所なのかな?

 でも神殿って管理している人もいるはずだし……。

 考え事をしていると、お姉ちゃんからちょっと離れてしまった。お姉ちゃんは周囲の観察に気をとられているのか、気づかない。

 そこにすかさず、チャラ男が声をかけてきた。


「ミウさんミウさん!」


 赤い髪で、近くで見ると、顔は認めたくないけれど、イケメンであると言える。そんなチャラ男に呼ばれた。

 そんな風に声かけられても、対応に困る……。

 困り果てた私は、顔を下に向ける。それでもチャラ男ってば、しつこく声をかけてくる。


「ねえ、ミウさんってば!!」


 大きな声にビクッとして、思わずチャラ男の方に顔を向けてしまった。


「やっとこっち見てくれた。町についたら、一杯お茶しない?」


「……しません」


 思わず、敬語で答えてしまう。


「えぇー、そんな即答って……。もしかして、照れてるの? 俺はいつでもミウさんのことを待ってるからね」


 …………そんなこと言われても困るんだけどなぁ……。

 私は苦笑した。

 すると、チャラ男の執拗なアプローチを見かねたのか、シスターさんがチャラ男から庇うように、間に立つ。


不躾ぶしつけなその人は無視していいですよー。後で神父様に言いつけておきますからー」


 ふわふわの桃色の髪をし、間延びした独特の口調で話すシスターさんが庇ってくれた。


「それはやめて! 神父様の拳骨痛いんだぞ!」


「やめるのはそっちでしょー、この娘困ってるじゃないー」


「わかったわかった」


 チャラ男が肩を竦めた。


「本当にわかってるのー、あんまりおいたがすぎるようならー……」


「それはやめてくれ!!」


 シスターさんは脅迫したようだ。何かチャラ男の弱みでも握ってるのかな? それとも単純に実力差があるのかも、チャラ男びくついたし……。

 チャラ男も多少大人しくなったから改めて見回す。

 通路は、神父様の先導が無ければ迷ってしまうくらいには入り組んでいた。迷宮内部かのような複雑な構造をしているみたい。

 そして色々な部屋があるみたい。宝物庫とかあるかな? ファンタジー世界だし宝物の数も段違いだろうと勝手に思う、比例して宝物庫も大量にあるかもしれない。

 あと、通り道には、濁りのない清らかな水の流れる水路や、サナをモチーフにした石像が幾つか合った。石像サナは建物内を照らす明かりを持っていたり、弓を構えていたりした。あれが、サナの武器なのかな……?

 そういえば、この世界に来る前にサナが神殿がどうとか言ってたなぁ……。

 ここがその神殿なのかな? などと思っていたら、


「あの、神父様、ここは何処ですか?」


 同様に思っていたらしいお姉ちゃんが、神父様に尋ねた。

 ちょうど私も気になっていたところだ。と、これ幸いに耳を傾ける。おそらく神殿だと思うけれど、再確認をするため。


「ここは彼の女神、サナティス様がまつられている神殿です」


「ああ、そうだった。そういえば、サナが言ってたわね。ここが例の神殿なのね……」


 そんな会話を耳にしながら、私は大きな影を目撃する。目を凝らすと、そこには白くて大きな竜が居た。竜は鎮座していた。正面を向いている、金色の目だ。

 始めて見る竜という、ファンタジーな要素に心が踊るとはいかず、ぎょっとする。普通に怖い。圧がスゴい。

 竜に怯えた私は、震え声で神父様に尋ねる。


「……神父様。……あ、あの竜は……なんですか?」


「怖がらせてしまいましたかな。そう怖がることはありません。あの竜はここを守護する役目を背負わされています。個体名はトゥルク。雌です。私たち教団の者や眷属様方の前ならば大人しいので、ご安心を」


 神父様が答える。

 何故か、神父様もチャラ男とシスターさんも優しい目をしていた。


「そう、ですか……」


 ひとまず理解はするけれど、恐怖心はなかなか薄れない。


「あっはっは、怖がりだな、ミウさんは」


 チャラ男が笑う。

 なんだかめっちゃムカついたので、抗議の意思を込めて睨んだ。


「それじゃあ、ただの上目遣い」


 むぅ……。悔しい。

 チャラ男とそんなやり取りをしていると、


「竜を初めて見たのだから、無理もないですよー」


 シスターさんが擁護してくれた。


「実兎、大丈夫? これからは竜みたいな整った美形な生物以外のも、目にするかも知れないのよ?」


 まだこちらに着たばかりなのに、先の事も見据えているなんて……、凄いなぁ、お姉ちゃんは。

 正直、あんまりグロテスクなモンスターには会いたくないなぁ……。

 そう思うと、竜は全然大丈夫な方か……。


「……大丈夫だよ、お姉ちゃん。……唐突な竜の登場に、少しびっくりしただけだから……」


 口では言うものの、内心、ビックビックである……。

 強大な存在って存在感からして違うんだね……。

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