プロローグ3 セカイワタリの儀

 サナは女神様ということを信じ、異世界にいくこととなった私たち。

 おそらく、ひとまずファミレスを出よう。って考えに思い至ったのであろうお姉ちゃんが、飲み物を飲み干した。

 ちょっまっ! って心の声で焦りを表現しつつ、私も慌ててジンジャーエールを片付ける。


「よし!」


 お姉ちゃんは、タイミングを見計らって、パンと両の手を打った。


「とりあえず、お会計を済ませましょうか」


「そうだね」


「そうですね。そうしましょう」


 お姉ちゃんが進言したので、私とサナはそれに異論なく賛同する。

 そして。ドリンク代+デザート代をそれぞれ支払った。

 ごちそうさまでした。

 そんな感じでお会計を済ませた私たちはファミレスを出た。




「では、私の家へ向かいましょう」


 早速、サナがこの先の方針を決める。

 サナの家かー。サナの家ってどんな家だろう……、全く想像がつかないよ。そりゃそうか、行ったことないしね。


「わかったわ」


「うん」


 女神様がそう仰せなら、お姉ちゃんと私は従うまで。

 というわけで、サナの家へ向かうことになった。

 サナの案内に従い、信号を渡り、通りを少し進む。

 すると。サナがとある一軒家の前で立ち止まった。


「こちらが私の家です」


 サナは、一軒家を手で示しそう教えてくれた。

 どうやら、サナの家の前に付いたらしい。

 以外とファミレスに近かった。

 そして件の家のご様子はというと……。

 うん、普通。普通の一軒家。特筆することなし。


「女神というから、どんな家に住んでいるかと思えば……」


 お姉ちゃんの反応をみるに、お姉ちゃんもサナの家には始めて来たという感じなのかな?

 ともかく。女神であるサナ様の家は、一見普通の一軒家。

 ……なのだけど、なにか特殊なギミックがあるのかもしれない。

 などと、警戒していると、サナがドアに鍵を挿し込み開けてくれた。


「どうぞ、入って」


 サナが、優雅な所作で靴を脱ぎながら手招きをする。お招きにあずかり私たちも後に続くことに。

 お姉ちゃんが先に入り、私は次に入る。


「お邪魔するわね」


「お邪魔します」


 靴を脱いでいると、立ったまま踵を上げて靴を脱ぐお姉ちゃんが目についた。立ったまま脱ぐのは別にいいけどね……。

 ――あっ、お姉ちゃんったら脱ぎ散らかしたよ。

 まったくもう……こういうところはずぼらなんだから。もうちょっと淑女としての嗜みをだね……。

 そう溜め息をつきつつ、


「お姉ちゃん、はしたないよ。靴くらいちゃんと揃えてよね……」


 無作法なお姉ちゃんの行為に、私は注意をした。

 そして靴を脱いだ私は自分の靴を揃えるついでに、雑に脱いでいったお姉ちゃんの靴もきちんと並べる。


「あっ、実兎、ごめん、ありがと」


 両手を合わせお姉ちゃんが謝る。

 もう、お姉ちゃんったら……。


「しょうがないなあ……」


 そんなやり取りを経て、サナの入った部屋に入る。

 ん、サナがいない。部屋をざっと見回しても何処にもいなかった。一応上をみる――天井にも張り付いていたりはしていなかった。

 となると……どこかに隠れてる?

 何のために?

 まさか、高校3年生にもなって悪戯しようとしてるのかな……?

 いや女神って言ってたし、実年齢は不明なんだけども。


「あれ、サナ、どこいったの?」


 お姉ちゃんもどこにいったのかわからないようで、探している。

 私たちはサナを見失った。

 本当にどこいったの……?


「――あのー。柚月さん、実兎ちゃん、こっちですよー」


 私たちがキョロキョロしていると、下の方からサナの声がした。

 え? 下って……?


「たぶん、床下に空間があるんだわ」


「かもね」


「とりあえず叩いてみましょう」


 言うが早いかお姉ちゃんが床を叩きだす。

 私も叩いてみる。あちこち叩くも違いが、あまりよくわからないな……。

 そうして私たち姉妹はサナの声のした、方向をあてに床を叩いた。

 やがて――、


「ん?」


 お姉ちゃんが、なにかに気づいたらしい。

 しきりに床板の同じ所を確認している。

 どうやら不自然な箇所があったらしい。


「どうしたの? お姉ちゃん」


「ここだけ音が違うのよ。なんか空洞があるみたい」


 床を叩きながらお姉ちゃんは言う。

 私も確認してみることにした。

 お姉ちゃんにどいてもらい、件の床を叩く。

 ――ポコッ、ポコッ。

 比較するために、違うところも叩いてみる。

 ――コツン、コツン。


「あっ、ほんとだ」


 たしかに、そこだけ微妙に音が違った。


「音が違うってのはわかったけれど、どうするの?」


 と、聞きながらお姉ちゃんを見たつもりが……そこにいたはずのお姉ちゃんが消えていた。

 ――あれ、お姉ちゃん?

 探す。

 ――あっ、いた。

 すぐ見つけた。

 いつの間にか移動していたお姉ちゃんは、なぜか猫の置物を弄っている。何やってるんだろう……あれが、気に入ったのかな? 

 てか、人の家のものを勝手に……。

 私が注意しようとしたら、


「これか!」


 お姉ちゃんが、猫の置物を「えいっ☆」と押した。

 ――カチッ。

 どこからか……というかおそらく猫の置物から、スイッチの入った音がした。

 次の瞬間――。

 突如、猫の置物傍の壁がガラガラガラと横に開き、そこから犬のロボットが現れる。


『――わっ!?』


 私たちは突然現れた犬のロボットに驚いた。


「――ワンッ、ワンッ。危険です。下がってください」


 犬のロボットは警告をした。私たち姉妹に向けて。

 すると私の足元に、赤いラインで印がついた。

 危険地帯ということなのかな? 危険なら電車のホームドア的な感じなもので、あらかじめ侵入できないようにしとけばいいのに……。とか思ってしまうけれど、その分家狭くなるしね……、言ってもしょうがないか……。


「ワンッ、ワンッ」


「美羽、下がりなさいよ」


 おっと。考え事してる時じゃないね。


「ごめんね。今下がるから」


 犬のロボットが吠えるので、私は言われた通りに下がる。

 私が下がると、

 ――ゴゴゴゴゴゴ。

 床が音を立てて動き出した。

 何が起こるんだろ?

 その様子をじっと見ていると――やがて、階段が現れた。


『え!?』


 私たち姉妹は仰天した。


「これってもしや、隠し階段?」


 私は、階段を目にしそう言う。


「たまげたわ……。そう、みたいね」


 お姉ちゃんも、心底驚いたようだった。

 そりゃあ、家に地下室を持っているならまだしも隠し階段なんてね……。誰でも驚くよ。

 お姉ちゃんが、確認するように私に声をかけた。


「じゃあ行こっか」


「うん」


 先んじて階段に足をかけたお姉ちゃんに続いて、私も恐る恐る地下への入り口へ。

 そして階段を下っていく。

 地下ということもあり窓は無かったけど、照明はちゃんとあった。なので明るい。


「空気が若干ひんやりしているわね」


「地下だしね」


 ちなみにさっきの犬のロボットは元の壁へと引っ込み、開いた床は私たちが下っている最中に自然に閉じた。時間差で閉じるようになっていたのだろう。

 なんて大掛かりな仕掛けなんだろう……と私は驚嘆した。


 階段を下り終えると、広々とした部屋へと出た。

 黒一色に統一されたその部屋は不思議な雰囲気を帯びた地下室。

 燭台に載ったきらびやかな鉱石が灯りとなっている。

 そして、そこには既にサナがいた。


「サナ、置いていくなんてひどいわ」


 不満を漏らすお姉ちゃん。


「ほんとだよ……」


 私もそれには同意なのでうんうんと頷く。


「ごめんなさいね、二人とも」


 サナが謝る。

 と、そこで、そのサナの足元が視界に入った。なにやら幾何学的な模様の魔法陣のようなものが描かれている。

 魔法陣は淡く光り、不思議な感じ。

 ――魔方陣に鉱石。

 まるで儀式を執り行う儀式場かのように思えた。


「ん? 不思議な部屋ね」


 お姉ちゃんは、無遠慮に部屋に立ち入り、周囲を見回した。

 ――ピピー!

 地下室に、ホイッスルの音がこだまする。


「わわっ!?」


「なに!?」


 その音に驚くお姉ちゃんと私。

 お姉ちゃんの行いを、ぞんざいな行いとでも思ったのか、サナはホイッスルを吹き、どこからか取り出したレッドカードを突き付けた。


「レッドカードです、柚月さん。ここは儀式の間です。神聖にして、常人にとって、不可侵な間。貴方たちは女神である私に選ばれたという事を自覚してください。――あまり迂闊なことをすると天罰が下りますよ」


「あっ、なんかすいません……でした」


 サナのあまりの気迫に、お姉ちゃんは素直に謝る。今のお姉ちゃんの行動は、配慮が足りなかったということだ。

 お姉ちゃんはマナーに反したらしい。

 そんな格式の高い空間なのか……、そこは……。おそろしや……。

 ちなみに私はまだ階段の上だ。儀式の間には踏み行っていない。なんとなく気が引けたから。


「実兎ちゃんもどうぞこちらへ」


 手招きされたので、私は慎重に足を踏み入れた。


「それでは、早速ではありますが、儀式の概要を説明したいと思います」


 サナが切り出す。


「ええ、どうぞ」


「うん」


 私はこくんと頷く。

 サナは私たちに異論がないのを確認して続けた。


「まず始めに、今回執り行うのは貴女方を異世界に転移させるという非常に大がかりな儀式です。私は先程ファミレスでこちらの世界とあちらの世界の行き来は可能と言いました――」


 サナはそこで一旦言葉を区切った。一拍置いて口を開く。


「――が、この大がかりな儀式を執り行うのには教会や神殿などの聖なる力を借りねばなりません。それらがあれば、行き来し放題かと思うでしょうが、そうはいきません。聖なる力には休養が必要なのです。なので毎日のように行き来するのは不可能です」


 なるほど、聖なる力さんも毎日働いていられないということかな。

 でもまあ、そんな頻繁にこちらの世界とあちらの世界を行き来することにはならないだろう。ホームシックになりかねないから時々は戻ってきたいけれど。聖なる力さんに無理を強いるわけにはいかないか……。


「次に、私はここから転移はできないので、神界を経由して向かいます。諸々の手続きやら他の神々との示し合わしやらも済ますことになるので、合流には若干タイムラグが生じます」


「え、それって大丈夫なの?」


 お姉ちゃんが不安をぶつけた。つられて私も不安になる。

 サナは別にどうってことないって顔でそれに答える。


「いえ、心配には及びません。貴女方は、安全な私を祀る神殿へ、お送りします。そこでは私を崇める信徒たちが待っていますので、私と合流できるまでは、その方々と、修道院のある城下町スーウェルで待っててください。待ってていただければ、なるはやで必ず私が駆けつけます」


「それなら安心だね」


「同感。サナ、さまさまよね」


 私が胸を撫で下ろすと、お姉ちゃんも頷いて同意を示す。


「貴女方にはあちらの世界で、簡単に敵に倒されないように、私と並べるように、色々な力を授けます。そして、それが貴女たちを選んだ理由でもあります。あっちの人――現地人には力を授けるということが困難ですが、こっちの人には割りと容易いんです。しかも、私と波長のあった貴女方の場合はさらに」


「具体的にはどのような力をくれるのかしら? 自分の授けられた力がわからないほど、不気味なことはないでしょうし……。教えておいてほしいわね」


 お姉ちゃんがもっともなことを訊いた。確かに、突然未知の力を開花させられてもビビる。


「よろしい、お教えしましょう」


 コクりと頷いたサナは、得意気に説明し始める。指を一本立てて、


「まず――精霊の力。これは貴女方が精霊になるんです」


「精霊ってあの精霊!?」


「えっ!? 精霊になるの!?」


「ええ」


 私たち姉妹の反応を想定していたのか、サナがにっこりと笑みを浮かべ、そのまま続けた。


「マナというあちらの世界固有の神秘的ないわゆる力の源に柔軟に馴染んでいただくためには、それが一番効率的だったので。もちろん、こちらの世界に戻ってきてからの身体はそのままに、悪影響が出るということも、決してありませんのでご安心を」


 私たち姉妹がコクりと理解を示すと、サナは次へと移る。二本の指を立てて、


「次に――身体能力。元から持っている身体能力があちらの世界基準になります」


「ほう……」


「これは反応しづらいわね……」


 サナが苦笑。そして、三本の指を立てて、


「最後に――知恵。向こうの世界の言語の読み書き、そしてあちらの世界への理解を身に付けさせてあげます」


 サナがつらつらと並べ立てる、いささか反則っぽい授け物。

 これは有能。さすがは女神様です。なかなかにいい仕事をしてくれる。……などと心中で讃えまくっている私に対して、


「知恵って……そんなに詰め込まれて平気かしら……」


 お姉ちゃんが脳みその心配をする。私もキャパシティオーバーにならないかと不安になってくる。

 私たちのそんな顔を一瞥いちべつし、サナは自信満々に「任せてください」と胸を叩いた。


「それはうまくやりますので大丈夫です。私を信じて下さい」


「うん、信じる」


「私もサナを信じるわ」


 私が即答するとサナが微笑みを浮かべる。遅れてお姉ちゃんも、サナを見て頷いた。


「……あっ、服装はあちらの世界基準になりますが、今着ているその服は消失とかはせずに、こちらに戻れば服もそれに戻りますので、ご安心を」


「ふむふむ」


「あちらの服ってどんなのかしらね」


 ファンタジックな服を想像し、期待に胸が踊った。

 と、そこで、お姉ちゃんが、


「あっ、ちょっと待って、……ということはスマホの持ち込みは不可ってことなのね」


「ええ、ハイテクの産物は持っていけません。それに伴い、知識の発信も制限されます。神達の協定違反になりますので……」


「それはショックかも……」


 私が落胆していると、お姉ちゃんが何かに気づいたようで、


「あれ? なら……、私たち……、人間が連れていけるのなら、もしかして生物は持ち込み可能ってこと?」


「そちらも不可となります……この世界の種の持ち込みは神達の協定違反です。生物はなおのこと、植物も、植物の種子も、現地の植生に影響をきたすので禁止です」


「人間はセーフってこと?」


「知的生物なおかつ、神がコントロール可能なので」


 私たち姉妹は納得を示す。


「なるほど理解したわ」


「大体わかったよ」


「他に疑問はないですね?」


 親切にも、サナは再度問い掛けてくれた。


「ないわね」


「私も」


「では、あらましの説明は以上です。後は……、現地でのが早いと思うので、早速飛ばしますね。――こちらに並んでください」


「わかったわ」


「うん」


 私たち姉妹が頷くと、サナは早速指示してくれる。


「実兎ちゃん、もうちょっと右、私から見てね」


 言われた通り右に動いた。するとサナは今度はお姉ちゃんに視線を向けた。


「柚月さんは、そこでストップ」


 お姉ちゃんがぴたりと動きを止める。


「実兎ちゃん、そこでOK。グッドです」


 サナがオッケーサインを出してくれた。


「…………さて、準備ができました。――では、目を瞑ってください」


 私たち姉妹は指示通りに並び、言われた通りに目を瞑った。

 うわぁ、ついに異世界へと旅立つのかぁ。

 異世界に冒険に行くのだという実感を伴ってきた。期待と一抹いちまつの不安が入り交じりドキドキする。


「〈女神たるサナティスが懇願こんがんする。偉大なる神よ、彼の者らを異なる時空の地球の分身たる彼の世界へと導きたまえ――〉」


 サナが祈りのこめられたまじないの文句を唱える。同時に魔法陣が淡く輝いた。

 サナ視点では、二人の姿が薄くなっていくように見えていた。

 サナが最後まで唱えたところで私たちの意識が途切れた。ぷっつりと。

 こうして、お姉ちゃんと私は世界を渡り異世界へと旅立つのであった――。


 柚月と実兎が、異世界へと旅立っていき、サナは一人残された。

 ――成功しましたね。私もすぐ行きますよ。

 サナは心のなかで呟いた。

 彼女らにとっては見知らぬ世界であるし、言い出しっぺである私より先に行かすのは心苦しかった。

 さてと、私も神界へと向かうとしますか。

 サナは神界へと帰還するため、神聖句を唱えることにする。

 転移の句〈セカイワタリ〉とは違い本当は無しでもいいのだが、無言で還ったりするのは品性が疑われる。

 これは神々を驚かさないためにも必要な手順である。


「〈女神たるサナティスが神界へと帰還します〉」


 聖なるオーラを纏まとい、神々しく輝く紗菜。ふわりと浮かびその姿は書き消えた。

 サナは女神の力を使いワープしたのだ。サナは神々の世界である神界へと昇っていく。

 ――柚月さん、実兎ちゃん、待っててくださいね。

 あの姉妹のことだ。私との約束は守ってくれるはず。きっと、待っててくれる。

 ゆえに、サナは急ぐ。

 ――私もすぐ向かいますから。

 その後。神界についたサナは、全速力で異世界へと渡る準備を進めるのだった。

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